第8話 【超朗報】死んだ筈の幼馴染が生きてた模様
■地下迷宮「ユリカゴ」第35階層(中層):霧深い雨林
「人違い」
リザレは即答した。声色に感情はない。
彼女はくるりと背を向け、去ろうとする。
「いや、リリなんだろ?」
「私はリザレ。ここの管理者。もういいでしょ。帰って」
「まてっ!!」
ザイルが叫んだ。
それは、普段の彼からは想像もできない、悲痛な叫びだった。
彼は泥水を跳ね上げ、リザレの背中に詰め寄る。
「リザレだって?!嘘だ!髪の色や姿が変わっても、俺の目は誤魔化せない!そのオカリナ……あの日、任務中に宿で作ったやつだろ!?」
「……」
「お前はリリだ!俺の幼馴染の……村の時から、ずっと一緒にいたリリだろッ!!」
ザイルの声が震える。
「あの廃坑で、俺の目の前で……死んでいったはずの、リリだろッ!!」
リザレは足を止め、深くため息をついた。
頭の上のサクラモチが、ビクッとして縮こまる。
彼女はゆっくりと振り返り、呆れたように言った。
「……相変わらずしつこい。あんたのそういう所、信心が足りないって言うの」
カラン……。
ザイルの手から、短剣が滑り落ちた。
リザレがザイルの顔を見たことで、意図せず口から滑り出た言葉。「信心が足りない」。
それは、信心が浅かったザイル達に向かって、かつての彼女がいつも言っていた口癖だった。
その言葉を口にした瞬間、リザレの脳裏に、霧がかかっていた「人間だった頃」の記憶が、鮮烈な色彩を持って蘇った。
◆ ◆
【回想:リリ時代・安宿の食堂】
『おいリリ!まだ祈ってんのかよ!スープが冷めるぞ』
『うるさいなぁ。食事の前には神様への感謝を捧げるのが常識でしょ。ホント信心が足りないなぁ』
記憶の中の風景は、安宿の薄暗い食堂。
スープを啜るザイルと、肉を頬張るダーロクやリアムン(同業者達)。
私は呆れながら、行儀の悪い彼らを叱っていた。
『だいたい、今回の任務も危なかったじゃない。ザイルは、あそこで躓かなかったら見つかってたよ?』
『うるさい。お前だって、身体張りすぎなんだよ。もっと自分を大切にだな』
いつもの様に、ザイルと言い合いになる。昔からそう。
『はいはい、そういうのめんどいから』
『ったく』
私があしらうと、ザイルは決まって呆れ、それでも食いしん坊の私の皿に自分のおかずを分けてくれる。自分の身体の方が大きいのに。
そして、私より食い意地の張った他の二人は、私の皿をいつも狙う。
そんな、当たり前の懐かしい日常。
【回想:ある任務前夜・別の記憶】
『リリ、明日の任務、お前が囮になるのは危険すぎる』
ザイルが眉をひそめる。
部屋の隅では、ダーロクとリアムンが武器の手入れをしている。
『大丈夫だって。私、足速いし』
『そういう問題じゃない。もし捕まったら……』
『捕まらないよ。神様が守ってくれるもん』
私は胸に下げた粗末な護符を握りしめた。
村で作った、木彫りの小さな護符。
子供の頃、ザイルと一緒に「秘密結社」ごっこをして遊んだ時に作ったもの。
ザイルは、その護符を見て複雑な顔をした。
『……お前、本気で信じてるのか?神……デヒメル様とやらを』
『当たり前でしょ。信心足りないなぁ、ていうか、ザイル、もしかして信じてないの?』
『……信じてる』
ザイルは目をそらした。
【回想:最期の日】
そして――唐突に訪れた、冷たい別れ。
記憶の色が、温かい暖炉の光から、冷たい鉄と泥の色へと変わる。
組織の存続をかけた、クルーア廃坑の戦い。
閃光のような敵の一撃。
私の身体から、感覚がごっそりと消失した瞬間。
『リッ!……リリッ!!』
土埃と焦燥にまみれたザイルが、私の名前を叫んでいた。
あぁ、そんなに泣かないで。
泥だらけの顔が、涙でぐしゃぐしゃになってるじゃない。
涙を拭いてあげたいけれど、私の手はもう動かない。
『死ぬな!俺は……俺は、お前を……!』
必死に呼びかける彼の声が、遠のいていく。
視界が白く染まりゆく中で、私は最後に思ったのだ。
――ごめんね、ザイル。置いていって。
その時の、張り裂けるような胸の痛みが、今、蘇る。
■地下迷宮「ユリカゴ」第35階層(中層):霧深い雨林
ザイルは、2年間の後悔。喪失感。守れなかった自分への呪いが自分の中でのたうち回る。
そして、抑え込んでいた感情が、決壊した河川のように溢れ出した。
「あ……ぁ……」
ザイルはその場に膝から崩れ落ちた。
冷たい泥水が膝に染みるのも構わない。
彼は両手で顔を覆い、子供のように慟哭した。
「あぁ……あぁ……!生きて……生きていたのか……!俺はずっと……お前を救えなかった自分を、許せなくて……!」
暗殺者の仮面は砕け散り、そこにはただ、幼馴染の生還に打ち震える一人の青年がいた。
リザレは困ったように眉を下げる。
正直、もっとクールに去るつもりだったが、ここまで泣かれては無碍にもできない。
「……はぁ。泣き顔、ひどいよザイル」
リザレは仕方なく、彼に事情を説明し始めた。
「私はあの日、確かに死んだ。でも、死に際にデヒメル様への祈りが通じたみたい。『お前の魂は面白い』って、このダンジョンの管理者として転生させられたの」
「……はっ!?」
(まぁ、今は、そのデヒメル様が恐怖の上司になってるんだけど)
リザレの心のつぶやきを知る由もなく、ザイルが顔を上げた。涙で濡れた目が、驚愕に見開かれる。
「デヒメル様は……神話上の存在ではなく、実在されたのか!?」
「だから信心が足りないってば。子供の頃に村で秘密結社作って、一緒にお祈りしてたじゃん。それに、組織の崇拝神でもあるのに……。本当に実在を疑ってたわけ?」
ザイルは神様など始めから信じていなかった。
ただ、リリと一緒にいたかったから、彼女が信じていた神を、信じるフリをしていただけ。
そして、諜報組織に身を置いたのもそうだ。リリが入ったから仕方なく。全ては彼女のためだった。
ザイルは震える手で天(ダンジョンの天井)を仰いだ。
「あぁ……デヒメル様は実在し、大切なリリを救ってくださったのか……!」
彼の瞳に、かつてないほど狂信的な光が宿る。
感謝と、目の前の少女への想いが融合し、とてつもなく「重い」忠誠心が生まれた瞬間だった。
「リリ」
ザイルは立ち上がり、リザレの手を恭しく握りしめた。
「俺は組織にこの奇跡を報告しようと思う。そして、必ず!全速力で戻ってくる!」
「え?別に来なくていいけど」
リザレは嫌な予感がして手を引こうとするが、ザイルの力は強い。
「いや、来る。デヒメル様の聖地であるここを守り、何より……お前の、リリの平穏を守るために」
「リリ言うな。ていうか手!離して、痛い」
「待っていてくれ。すぐ準備を整えて戻る」
話が嚙み合っていない。
ザイルはリザレの手を名残惜しそうに離すと、影のようにスッと姿を消した。
「……あいつ、こんなに重かったっけ」
サクラモチが「ぷるん(どんまい)」と震えた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第35階層:地下雨林(中層)※ただしザイル
■友好関係
・サクラモチ(E級 ピュア・スライムLv58)
・オハナ(S級 古竜Lv91)
・藍野アスカ(Cランク探索者、チャンネル登録者10万)
・ゴズ・ヴェン(C級 よろず屋Lv30)
・ザイル・ヴェルンブラ(S級 暗殺者Lv67)
■BAN対象(永久追放)
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
・臼井クロト(Bランク探索者)ほか4名
罪状:冒険者達への陵虐
■BAN対象(装備ロスト)
・城嶋ジャック(Bランク探索者)ほか103名
罪状:上司の機嫌を損ねたため
■管理者コメント
黒歴史
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
結論:信心(とリリへの愛)が重すぎた。
ザイルに感動した、あるいは「重い幼馴染、あり!」と思った方は、ぜひ★や応援コメントをお願いします!
ザイル「リリへの♡、待っている(真顔)」
次回、愛の力で建築基準法を無視します。
★カクヨム様にて先行配信しております。
https://kakuyomu.jp/works/822139843894075364




