外伝1 【探訪】C級配信者、真の異世界をバズらせる
潮風が運ぶ、磯の香りと鼻をくすぐる未知の香辛料の匂い。
辺境の交易都市、オルトゥーラ。
頭上から降り注ぐ陽光に、大通りの石畳は真珠のように白く輝いていた。
両脇には、地球には存在しない色とりどりの花々が飾られた石造りの建物。その上を覆うテラコッタ色のレンガ瓦が、どこまでも連なっている。
港の市場では、鮮やかな衣装を身に纏った商人たちが独特な旋律で声を張り上げ、荷車には異国の品々が雪崩れんばかりに積まれている。
海に浮かぶ巨大な帆船の甲板では、屈強な水夫たちがリュートの音色に合わせて陽気に歌い踊り、真昼間から木樽の酒を豪快に酌み交わしていた。
まさに、極彩色の喧騒。
「うわぁぁ……!すごい、当たり前だけど、地球と全然違う……!」
アスカは、手にした撮影用カメラを回しながら、感嘆の吐息を漏らした。
地下迷宮「ユリカゴ」第1階層。
地球人にとっての「開かずの裏口」から一歩踏み出した、外の世界。
リザレの特別許可を得て、アスカは今、真の異世界――『交易都市オルトゥーラ』の土を踏みしめていた。
「へへっ、アスカ嬢ちゃん。口が開いてやすぜ」
案内役を買って出たのは、よろず屋のゴズだ。
彼にとってここは「仕入れの場」であり、勝手知ったる裏庭のようなものだった。
「だってゴズさん、これ……本物ですよ!エルフに、ドワーフに、獣人さん達が普通に歩いてる!」
「そりゃあ、ここはオルトゥーラですからね。世界中の冒険者や商人が集まる交易都市ですぜ」
アスカは興奮を抑えきれず、カメラのシャッターを切り続けた。
異世界ゆえに電波は繋がらず、残念ながら「生配信」はできない。
だが、この映像を地球に持ち帰って編集し、動画としてアップロードすれば、間違いなく世界中がひっくり返るだろう。
「さ、まずは市場に買い出しに行きやすよ。あねご(リザレ)から頼まれてる『特製スパイス』も仕入れねぇといけませんからな」
「はいっ!」
◆ ◆
オルトゥーラの大市場は、地球のどんな巨大テーマパークもひれ伏すほどの熱気と混沌に満ちていた。
串刺しにして直火で焼かれる巨大な魚、腸詰めにされた香草入りポテト、内側から淡く発光する瑠璃色の果実。
そして、店先に無造作に並べられた、魔力を帯びてチリチリと火花を散らす武具の数々。
ゴズは身振り手振りを交え、商人やドワーフの鍛冶師たちとタフな価格交渉を行っている。
(すごい……これが、ダンジョンの向こう側に息づく、本当の世界……!)
アスカがカメラを回しながら、ガラス瓶の中で渦を巻く不思議な魔法薬に見入っていた、その時だった。
「ヒュウ。可愛いね、お嬢さん」
ふいに、横から声をかけられた。
振り返ると、使い込まれた革鎧を纏い、腰に細かなルーンが刻まれた長剣を帯びた、軽薄そうな笑みを浮かべる青年が立っていた。
「見ない服だけど、他の国からの旅行者?オルトゥーラが初めてなら、俺が案内してやろうか?」
ウインクを飛ばしてくる異世界の青年。
その身のこなしには隙がなく、本物の「冒険者」特有の危険な匂いが漂っている。ガチの異世界人からのナンパである。
アスカが戸惑って言葉に詰まっていると、背後からスッとゴズが割って入った。
「おっと兄さん。その子はダメだ。ウチの『あねご』の、大事な大事な客人でね」
「あねごぉ?誰だそりゃ」
「……そりゃ、まぁ良いじゃねぇか。とにかく手出し無用だ」
「ちぇっ、惜しいなぁ」
青年冒険者は肩をすくめ、ヒラヒラと手を振りながら人混みへと消えていく。
「なんか……いい!本物の冒険者って感じです!」
◆ ◆
「次は……あそこだ。アスカ嬢ちゃん、腰抜かさないでくだせぇよ」
ゴズに案内されたのは、都市の海沿いにそびえ立つ巨大なコロッセオ――『大闘技場』だった。
すり鉢状の観客席は、熱狂する数万の異界人たちで埋め尽くされている。
アスカはカメラを構えたまま、眼下で繰り広げられる光景に息を呑んだ。
「いっけぇぇぇ!!」
「そこだ、魔力障壁をブチ抜け!!」
闘技場で戦っているのは、オルトゥーラの冒険者達。今日は月に一度の昇級試験が行われていた。
ドゴォォォォンッ!!
剣と剣がぶつかり合うたびに、空気が爆ぜる。
放たれる魔法の雨、それを強引な筋力で弾き飛ばす前衛職。闘技場の結界がひび割れるほどのすさまじい衝撃波が、アスカの肌をビリビリと震わせた。
地球のS級探索者をも凌駕するような攻防。
先日、北海道で見た世界ランカーたちの死闘すら、ここでは「日常のエンタメ」として消費されているのだ。
「これが……ダンジョンの向こう側の、強さ……」
アスカは、圧倒的なスケールと、むき出しの命のやり取りが生み出す熱量に、ただただ圧倒されていた。
リザレやザイルが当たり前のように生きている世界。その規格外の常識の、ほんの一端を肌で感じられた気がした。
「さぁ、最高の画が撮れたでしょう。あねごのおやつを買って、帰りやすよ」
「……はいっ!!」
アスカは、胸の高鳴りを抱えたまま、この宝物のような映像データが詰まったカメラを両手で固く握りしめた。
◆ ◆
数日後。地球。
アスカのチャンネルにアップロードされた一本の動画。
タイトル:【超特大スクープ】裏口の向こう側!真の異世界『オルトゥーラ』観光ツアー!
この動画は、公開からわずか数時間で再生回数1億回を突破した。
【ネットの反応】
『うおおおおおおおおっ!!』
『ガチの異世界じゃねーか!!』
『エルフ!ケモミミ!魔法!!』
『映画のCGとかじゃないよなこれ……息遣いとか匂いまで伝わってくる』
『アスカちゃん、ついに人類未踏の領域をバズらせやがったwww』
『ナンパしてきた剣士のガチ異世界感よ。装備の使い込まれ方がリアルすぎる』
『地球最強のS級ランカーより、闘技場のモブ冒険者の方が強そうで絶望した』
『アスカ、もう地球のジャーナリスト全員超えただろ』
コメント欄は、未曾有の熱狂と興奮に包まれていた。
人類がこれまで恐れていた「ダンジョンの向こう側」は、決して暗い地獄ではない。そこには確かな文化があり、人々の息吹があり、果てしないロマンが広がっているのだ。
「ふふっ。大成功ですね!」
アスカは、跳ね上がる再生数と好意的なコメントの嵐を見ながら、満足げに微笑んだ。
そして、隣のソファでストロングゼロを煽りな
がらポテトチップスをかじっているリザレに振り返る。
「リザレさん。また今度、撮影に行ってもいいですか?」
「んー、アスカなら良いよ。私たちの世界の楽しいところ、いっぱい知ってほしいから」
いつもの気の抜けた声だが、その横顔は、少しだけ嬉しそうに見えた。
「……たまには、まともな事を言うのだな」
後ろで壁に寄りかかっていたザイルが、ふっと口元を綻ばせる。
選ばれし者(おやつ係)だけが許された、真の異世界へのパスポート。
C級配信者・藍野アスカの冒険は、これからも世界中を巻き込んでバズり続けるのだった。
【あとがき】
アスカが訪問した異世界の国、オルトゥーラ。
ここで繰り広げられる、別の物語を現在執筆しています。
完成はいつ頃になるかわかりませんが、投稿が始まりましたら是非ともお読みいただければ幸いです。




