第27話 【エピローグ】おやつと平和と、それぞれのその後
北海道、札幌市。
未曾有の蟲害をもたらした「北海道X-1」の脅威は、一人の(おやつを愛する)ダンジョン管理者と、集結したトップランカーたちによって完全に退けられた。
破壊された市街地には、まだ生々しい爪痕が残っている。
家族や友人を失った人々の悲しみは深く、癒えるには長い時間が必要だろう。しかし、空を覆っていた絶望の羽音が消え去ったことで、地元民たちは安堵の涙を流し、復興への第一歩を踏み出し始めていた。
そんな北海道へ、莫大な復興資金がもたらされた。
出処は、藍野アスカが主催した『チャリティー・オークション』である。
事の発端は、ザイルの一言だった。
「リリ。その辺に転がっている不用品を少し処分しろ。アスカ、これを換金して北の連中に送ってやれ」
ザイルが『不用品』と呼んだのは、深層でドロップした「魔石」や「オハナの鱗」「モフの抜け毛」など、その強度や美しさから多方面に活用できる超希少素材である。
これらが世界中の大企業や富豪たちに競り落とされ、その莫大な売上金が、北海道の児童施設や家を失った人々へ全額寄付されたのだ。
「すげぇ……これ、全部あの『管理ちゃん』からの寄付だってよ」
「女神だ⋯⋯」
真新しいランドセルを背負った孤児の少年は、動画配信サイトに映るリザレの姿(ストゼロを飲んでいる切り抜き画像)を真っ直ぐに見つめ、小さな拳を握りしめた。
「俺、大きくなったら探索者になる。絶対強くなって……管理ちゃんに、直接お礼を言うんだ!」
◆ ◆
【地下迷宮「ユリカゴ」・上層】
その頃、アスカはいつものようにダンジョン上層でカメラを回していた。
「皆さん、こんにちはー!今日も元気に探索していきますよ!」
今や彼女は、世界を救ったリザレの伝説の配信を行った者として、世界中から注目を集める超有名配信者となっていた。
しかし、彼女のスタイルは変わらない。謙虚に、堅実に、地道な探索を続けること。
コメント欄に目をやると、そこには古参ファンたちの熱い(そして平和な)マウント合戦が繰り広げられていた。
『新規ども道を開けろ!俺はアスカたんのフォロー二桁台だぜ?初めから彼女の堅実さを見抜いてた』
『いやいや、俺なんか底辺黎明期から応援してたし』
『お前らニワカか?俺なんかアスカが初めてスライムから逃げた時から……』
「ま、まあまあ!みんな、いつも応援してくれて本当にありがとね。これからも、私と一緒にゆっくり潜っていきましょう。よろしくお願いします!」
アスカがカメラに向かってウインクをすると、コメント欄は凄まじい勢いで投げ銭に埋め尽くされていった。
◆ ◆
アフリカ大陸最南端。
未踏破のS級ダンジョン『ケープタウンS-4』。
「……ふぅ。こんなもんか」
アクノシンは、最下層に鎮座していたエリアボス(巨大なキメラ)を、たった一撃で粉砕。退屈そうに拳の血を払った。
「……全く、イカれた強さだな」
ガイドを買って出たアフリカランキング3位のザンガは、信じられないものを見るような目でアクノシンを見つめていた。
北海道での戦闘以降、アクノシンはランキングや名声に一切の興味を失い、ただ一人、世界中の危険なダンジョンの深層へと潜り続けている。
「どうやったら、そんな規格外の次元に行けるんだ?」
ザンガの問いに、アクノシンは暗い瞳で振り返った。
その脳裏には、デヒメルの「無間地獄」での、数万回に及ぶ死と再生のトラウマがよぎっている。
「……興味があるか?ザンガ」
「なに?」
「ランキングなんていう、ちっぽけな数字が通用しない……『その外側(ランク外)』の世界にな」
アクノシンの凶悪な笑みに、歴戦の勇士であるザンガすらも、背筋に冷たいものを感じて一歩後ずさった。
◆ ◆
日本の国会議事堂。
本会議場の壇上には、スーツ姿のウラマが立っていた。
北海道での彼の冷静な判断と指揮は高く評価され、今や彼は「人類の頭脳」として国政にも影響力を持つ立場となっていた。
「――北海道X-1の悪夢を再び招かない為にも、我々は『未知の脅威』に対する法整備と、ダンジョン管理者との対話ガイドラインを早急に確立する必要があります」
ウラマは眼鏡を押し上げ、理路整然と語る。
RTAの最適解を求める彼の思考は、今や国家防衛のシステム構築という新たなフィールドで遺憾なく発揮されていた。
その中継映像を、薄暗い刑務所の独房から眺めている男がいた。
かつてリザレに全裸で射出され、その後様々な罪で逮捕された元Bランク探索者・クロトである。
「……あーあ」
クロトは北海道事件の後、バスターに命を救われたにも関わらず、住民が避難してもぬけの殻となった家で盗みを働き、刑務所送りにされていた。
そんな彼は、鉄格子の隙間から漏れる光を見上げ、深くため息をついた。
「俺の人生……一体何処で間違ったかなぁ」
虚空に向けて呟いた彼の声は、誰に届くこともなく独房に吸い込まれていった。
◆ ◆
テレビのバラエティ番組。
「教えて!ダンジョンの裏側!」というコーナーで、ひときわ異彩を放つ二人組がいた。
ケンタとユウキである。
彼らは「管理ちゃんの第一発見者にしてパイプ役」という独自のポジションを確立し、今や漫才師兼コメンテーターとしてテレビに引っ張りだこだった。
『ですから!リザレという個体は、非常に計算高く、人類を欺くための高度な知略を……』
パネラー席の軍事評論家・タドコロが熱弁を振るう。
それに対し、ケンタが食い気味に突っ込んだ。
「いやいや、タドコロさん!買い被りすぎですよ!あの時のストロングゼロは、ただのストロングゼロですって!」
「そうそう!」とユウキが被せる。
「アレ飲んで気持ちよくなりたかっただけですよ!」
「それに、三温糖は三温糖ですからね!街を焼くとか無いですから!」
『な、何を言っている!あれは高度なメタファーでだな……』
タドコロと限界オタク二人の噛み合わない舌戦は、今や番組の「名物」として視聴者の爆笑を誘っていた。
◆ ◆
【地下迷宮「ユリカゴ」・リザレの執務室】
「んー。甘ぁい。おいひー」
リザレは、ふかふかのソファに深々と沈み込みながら、至福の表情で生チョコレートを頬張っていた。
彼女の目の前には、北海道の「ロイズ」本社から報奨として送られてきた、一生分にも及ぶ高級チョコレートの山が築かれている。
「ほら、オハナもモフも、あーん」
リザレがチョコを差し出すと、巨大な古竜と巨狼が、犬のようにお座りして舌で受け止めた。
頭の上のサクラモチも、おこぼれのチョコを吸収してプルプルと嬉しそうに揺れている。
平和だ。
おやつは守られたのだ。
リザレの隣には、ザイルが肩を寄せるようにして座っていた。
二人の視線の先には、アスカが置いていってくれたスマートフォンがある。
画面の中では、ケンタとユウキがタドコロと激しい言い合い(漫才)を繰り広げていた。
「……あいつら、何言ってんの?」
リザレが首を傾げる。
「よく分からん。だが、テレビの向こうで必死にお前のことを語っているのだけは確かだな」
ザイルが呆れたように鼻を鳴らす。
「ふぅん。まあ、平和ならいっか」
リザレは箱の中を覗き込んだ。
ロイズの生チョコレート、最後の一粒。
彼女はそれを指でつまみ上げると、隣に座るザイルの口元へスッと差し出した。
「はい」
「……ん」
ザイルは少し躊躇した後、大人しく口を開けてその一粒を受け取った。
濃厚なカカオの香りと、とろけるような甘さが口いっぱいに広がる。
どんな拷問にも耐え抜く暗殺者の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……うん、甘い」
ザイルは、照れを隠すようにそっぽを向きながら小さく呟いた。
だが、その耳の裏がほんのりと赤くなっているのを、リザレは見逃さなかった。
「ふふっ」
リザレは意地悪く笑い、ザイルの頬をツンと突いた。
「顔怖い。もっと美味しそうに食べなよ」
「う、うるさい。俺は元々こういう顔だ」
ザイルがむっつりと返す。
その青と黄色のオッドアイが、不器用な優しさを帯びてリザレを見つめ返した。
勘違いから始まり、世界を巻き込んだ大騒動。
しかし、彼女の望む「静かで甘い日常」は、確かにここにあった。
【あとがき】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
上司のプレッシャーに怯えながらも、無事に北海道の平和(と美味しいチョコレート)を守り抜き、本作『(小説のタイトル)』の本編はこれにて完結となります!
すれ違いから始まった管理ちゃんたちの物語に、最後までお付き合いいただいた皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
本編はここで幕を閉じますが、平和になったその後の日常や、アスカの異世界探索などを描いた「番外編」を後日ふらっと投稿するかもしれませんので、その時はまた覗きに来てやってください。
【最後のお願い】
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