第26話 【神域】おやつを守るための頂上決戦
地下迷宮「ユリカゴ」エントランス空間。
蟲女王メリッサがその姿を現した瞬間、突如として空間全体がグニャリと歪んだ。
これはメリッサの能力などではない。
北海道X-1を統べるダンジョンマスターでさえ、その異常な空間変化に複眼を戦慄させていた。
「デ、デヒメル様⋯⋯」
「貴様の力ではないのか?!」
周囲の景色が色を失い、絶対的な「終点」とも呼べる漆黒の空間へと変貌していく。
その最奥。見上げるほど高い位置に顕現した王座に、深淵よりも濃い「影」が座していた。
『リザレ』
鼓膜ではなく、魂の底を直接揺らすような低く冷たい声。
その声を聞いた瞬間、無敵の管理者であるはずのリザレが、ビクゥッ!と肩を跳ねさせ、顔面を蒼白にした。
『お前は最近私の力に頼りすぎだ。たまには自らの拳で、泥臭く殴り合ってみせろ』
絶対的恐怖の象徴、彼女の直属の上司――常闇の神デヒメルである。
「ひっ!!わ、わかりましたぁぁぁっ!!殴り合います!!」
リザレは涙目で直立不動になり、声高に返事をした。
『よろしい。そこの蟲姫。目の前のそいつに勝てば、このダンジョンもお前の庭としてくれてやろう』
王座の影が、楽しげに揺らぐ。
その異常な光景を前に、メリッサは顎を軋ませた。
「狂っているな。貴様の世界の神は。部下の有利をすべて捨てさせるなど」
「最高に、ね」
リザレは冷や汗を拭いながら、メリッサに向き直った。
ここはデヒメルによって構築された「神域」。
管理者権限によるチート(強制転送や絶対防御、完全回復)は一切使用できない。純粋なステータスと戦闘技術のみが問われる、完全なフェア・グラウンドだ。
『そうそう。あちらの神は、このような茶番には付き合わないらしい。遊び心というものが分かっていない、つまらぬ存在よ』
影が嘲笑う。リザレは短く息を吐いた。
「ねえ、どっちがいい?うちの神みたいに理不尽に試練を与えてくるのと、そっちの神みたいに何も干渉してこないの」
「愚問だな。お前に勝ちたくないくらいに、その答えは明白だ」
「……何それ。そこまで言わなくてもいいでしょ」
リザレの纏う空気が、一変した。
「おやつ防衛」の気だるげな少女から、冷徹な暗殺者の顔へと。
その傍らで、アスカは震える手でスマートフォンを構えていた。
(これが、決戦なんだ……。リザレさんが、私たちの世界のために戦ってくれる。なら、私はこれを世界に届ける義務がある!)
配信者としての、揺るぎない覚悟。
カメラのレンズが、神域の決戦を捉える。
【ネットの反応】
『うおっ、配信復活した!?』
『ここはどこだ!?』
『管理ちゃんVS北海道X-1の管理者か!?』
『奥にヤバ気な影がいるんだが……』
『頼む、勝ってくれ管理ちゃん!!北の大地を取り戻すために!!』
同時接続数は、瞬く間に1,000万人を突破。全世界が、この一戦を固唾を飲んで見守っていた。
「では征くぞ、猿の管理者よ!!」
メリッサの咆哮を合図に、頂上決戦の火蓋が切って落とされた。
◆ ◆
先手を取ったのはリザレだった。
予備動作ゼロ。音もなく間合いを詰め、右の中指を弾く。
ただの、デコピン。
だが、メリッサの超絶な動体視力と本能が、強烈な死の警鐘を鳴らした。
(なんだ、この洗練され尽くした動きは……ッ!?)
メリッサは間一髪で上空へ飛翔し、それを躱す。
直後、メリッサが先ほどまでいた空間が「爆発」した。ただの指弾きが、神域の空間そのものを抉り取ったのだ。
パンッ!パンッ!パンッ!!
リザレの追撃。上空のメリッサへ向けて、連続でデコピンが放たれる。
圧縮された大気が不可視の真空波となって、メリッサを強襲する。
「小賢シイッ!」
メリッサは、空中で自由自在に旋回しながらそれを躱し、四枚の翅を激しく震わせた。
シュババババッ!!
四天王・ゼファーと同等、いやそれ以上の威力を誇る、不可視の「かまいたち」の豪雨。
リザレは地を蹴って跳躍し、空中で流れるような回し蹴りを放つ。
ブゥオンッ!!
蹴り足から生じた巨大な真空の刃が、降り注ぐかまいたちの雨を真正面から相殺し、かき消した。
その着地の隙を、メリッサは見逃さない。
「捕らえたぞ!」
地面に、四天王・ネフィラを凌駕する極悪な粘着質の糸が撒き散らされた。
触れれば最後、S級探索者ですら身動きが取れなくなる絶対捕縛の罠。
リザレの足が、その糸の海に沈む。
だが。
リザレの肢体の筋肉が、一瞬だけ異常なほどに隆起した。
バリバリバリッ!!
粘着性など「無かった」かのように、強引な筋力のみで糸を引きちぎり、彼女は平然と立ち回る。
「ハハハッ!馬鹿力か。だが魔法の一つも使えぬのか!?』
「私、こういう戦闘スタイルだから。派手な大道芸が見たいなら、余所に行って」
リザレは冷たく言い放つ。
魔法も、派手なエフェクトもない。だが、その一挙手一投足のすべてが、神の鉄槌に等しい威力を秘めている。
メリッサは距離を取ると、腹部を蠢かせ、数個の巨大な卵を産み落とした。
卵は即座に孵化し、メリッサと全く同じステータスを持つ「分身」が生まれようとする。
「させない」
リザレは瞬時の判断で踏み込み、真空波で孵化前の卵の半数を叩き割る。
しかし、4体の分身の生成を許してしまった。
「死に絶えろ!」
本体と4体の分身。計5体からの、全方位死角なしの毒針特攻。ファルファラの鱗粉の毒を遥かに上回る毒液がリザレを襲う。
ここで初めて、リザレは腰の鞘から「短剣」を抜いた。
キンッ!カンッ!!キィンッ!!
神速の刺突を、最小限の動きで、水が流れるように受け流していく。
数回の刺突を躱した瞬間、リザレはその不規則な連携の「呼吸」を完全に読み切った。
「そこ」
すれ違いざまの一閃。
分体の一匹の腹が、鮮やかに裂き割られる。
ビチャッ……!!
緑色の体液がリザレの銀髪や頬に飛び散るが、彼女は瞬き一つしない。
それどころか、斬り裂いた分体の「毒針」を空いている左手で引き抜き、流れるような動作で投擲した。
ヒュン……ドスッ!!
一切のブレがない美しい軌道を描いた毒針が、後方にいた「本体」の額を正確に射抜いた。
「ギャァァァァッ!!?」
本体が絶命し、崩れ落ちる。
勝負ありか――と思われた瞬間、死んだはずの本体の魔力が、生き残っている分体の一つへと瞬時に移動した。
「なんて、ね」
「……あー、めんどくさい」
分体が新たな「本体」として嗤う。
リザレは忌々しそうに舌打ちし、再び向かってくる2体の分身(うち1体は新たな本体)に対し、常軌を逸した高速移動による「残像」を生み出して翻弄し始めた。
シュンッ、シュンッ!
リザレはデコピンによる真空波を壁のように放ち、分体たちの退路を意図的に限定していく。
行動範囲を絞られ、彼女たちに残された選択肢は「正面突破(突進)」のみとなった。
「舐めるなぁッ!!」
2体の分身が、同時に毒針を構えて特攻してくる。
――すべて、リザレの読み通り。
交差する瞬間、リザレは紙一重で毒針を回避し、すかさず1体の胴体を短剣で両断。
さらに、その回転の遠心力を利用して短剣を手放し、もう1体の首を正確に刎ね飛ばした。
ズシャァァッ!!
これで残り2体。新たな本体と、最後の分体だ。
「ちょこまかとッ!!」
不利を悟った最後の分体が、四天王・ブラッタのように土の中へと潜り込んだ。
地中からの奇襲、そして地上には本体。
リザレは足裏から伝わる微かな振動で地中の気配を読む。
本体は後方で腹を蠢かせ、ストック(分身)を作るための卵を産む機会を伺っている。
だが、リザレは地中の攻撃を警戒しながらも、正確なデコピン真空波を本体に牽制として撃ち込み続け、産卵の隙を一切与えない。
ズンッ!
地面を突き破り、地中から毒針がリザレの足を狙う。
躱す。
再び、死角からの刺突。
躱す。
リザレは地面を抉るようにデコピンを打ち込み、地中の分体を狙うが、相手もモグラ叩きのように土の中を逃げ回る。
「しっこく食らいついてくるッ!!」
産卵の隙が得られない地上の本体は、苛立ちを滲ませ、巨大な竜巻を発生させて、リザレの動きを封じにかかる。
「……ふっ!」
だが、リザレは回し蹴りによる「逆回転の真空波」をぶつけ、竜巻を容易く完全に相殺した。
その目まぐるしい攻防の中、リザレはある確信を得ていた。
(地中の攻撃が的確ね。地上にいる本体と『視覚を共有』しているの?)
――ならば。
リザレは、粘着性の蜘蛛の巣に足を取られたふりをして、僅かな隙を見せた。
「ふふふ、ようやく隙をみせたな!!」
本体の目に、リザレの隙絶好の隙が映る。
地中の分体は、本体の視覚情報を頼りに、リザレの真下から必殺の毒針を突き上げようと急加速した。
だが、リザレは本体に向かって超高速で踏み込み、極限の「残像」を生み出した。
本体の目前、わずか数センチの距離で、リザレの残像がピタリと停止する。
「なッ――!?」
本体の視界が、目前に迫ったリザレの姿で完全に埋め尽くされた。
そして、視覚を共有している地中の分体は、「本体の眼前にいるリザレ(の残像)」に向けて、全力の刺突を突き上げた。
ズバァァァァッ!!
「ギャアアアアアアッ!?!!」
地面を突き破って飛び出した分体の巨大な毒針は、リザレの残像をすり抜け――真正面に立っていた「本体の腹部」を、深々と串刺しにしていた。
「あ、が……ッ!?残像……!?」
「今卵産んでればよかったのに、残念」
本体と分体が、己同士で串刺しになり硬直した、その絶好の瞬間。
リザレは本体の頭上へと跳躍していた。
「これで、終わり」
重力を味方につけた、踵落とし。
神域の魔力を帯びたその一撃は、分体の毒針ごと本体を脳天から真っ二つに叩き割り、そのまま大地をすり鉢状に粉砕した。
ズゴォォォォォォンッ!!!
砂埃が晴れる。
そこには、瀕死の状態で地に伏す、メリッサの本体のみが残されていた。
分体は粉々になり、自らの毒針で腹を貫かれた本体も、もはや戦う力は残っていない。
「あぁ……まだ……私は、まだ……!」
メリッサは死に物狂いで後ずさり、最後の一滴の生命力を振り絞って「卵」を産み落とそうとする。
命(魂)を、新しい卵に移すために。
ポロッ。
卵が地面に落ちた瞬間。
グシャッ。
リザレが、無表情でその卵を踏み潰した。
「あうッ!?」
卵(分身体)を失うたび、メリッサの生命力がゴリッと削られていく。
ポロッ。グシャッ。
「ギィィッ!」
ポロッ。グシャッ。
メリッサが産む。リザレが潰す。
冷徹で無慈悲な、害虫駆除の作業。
ストックを削り取られた蟲の女王は、みるみるうちに干からび、力を失っていった。
「私が、こんな……芸のない猿ごときに……!」
完全に力を失い、地に這いつくばるメリッサ。
リザレは、その頭を踏みつけ、冷たい瞳で見下ろした。
「バックアップ(命のストック)があるからって、慢心しすぎ。命を一つしか持ってない連中の方が、よっぽど必死に動くよ」
ピキッ。
リザレの足に力が込められ、メリッサの外殻が悲鳴を上げる。
「さよなら」
パァンッ!!
北海道を恐怖のどん底に陥れた魔王の頭部は、乾いた音と共にリザレの踏みつけで弾け飛び、塵となって神域の闇へと消えていった。
完全なる、勝利。
『……ふん。それでこそ我が部下だ』
王座の影が、満足げに揺らいだ。
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【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第90階層:苔生した神殿(深層)※ただしツアー
第50階層:密林地帯(中層)※正規
■友好関係
・サクラモチ(E級ピュア・スライムLv65→99)
・オハナ(S級古竜Lv91→96)
・藍野アスカ(Cランク探索者、チャンネル登録者350万)
・ゴズ・ヴェン(C級よろず屋Lv30→32)
・ザイル・ヴェルンブラ(S級超越者Lv23→33)
・モフ(S級巨狼Lv89→95)
・北沢ケンタ(Eランク探索者)
・藤村ユウキ(Eランク探索者)
・にく(A級サイクロプスLv61→92)
・ユザメ(S級ラヴァドラゴンLv78→93)
・ベンリ(S級アラクネLv85→94)
・獅子堂アクノシン・ヴォルコフ(Sランク探索者)
■BAN対象(永久追放)
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
・臼井クロト(Bランク探索者)ほか4名
罪状:冒険者達への陵虐
■BAN対象(装備ロスト)
・城嶋ジャック(Bランク探索者)ほか103名
罪状:上司の機嫌を損ねたため
■HIRETSU
・大表ウラマ(Sランク探索者)
■管理者コメント
ありがとう
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