第25話 【掃討】RTA走者の最適解が判明した模様
「ひぃぃぃっ!!揺れる揺れるぅっ!!」
防衛軍の輸送機に同乗させられ、現地の北海道へと向かっていたユウキとケンタは、機内のシートベルトを固く握りしめて絶叫していた。
『こちら機長!右舷に敵影!速すぎる、回避不能――ッ!!』
凄まじい衝撃音と共に、輸送機の機体が紙くずのように引き裂かれた。
四天王・旋風のゼファーによる超音速の体当たり。真っ二つに割れた機体から、二人は夜の空へと放り出される。
「あああああ終わったぁぁぁ!!」
辛うじて自動展開したパラシュートで舞い降りた先は、赤黒い血と蟲の体液に塗れた市街地。周囲には、人間を喰い漁る魔物たちがひしめき合っている。
「ユ、ユウキ……!武器、武器出せ!!」
「Eランクの僕らに何ができるんだよぉ!!」
絶望に抱き合った二人。その横の地面が、突如として爆発した。
バアァァァァン!!
「よぉし!ようやく細胞レベルで木っ端微塵に出来たぞ!!うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
土煙の中から現れたのは、返り血で全身を染め上げたアクノシンだった。
彼はたった今、地中から現れたゴキブリ型四足虫の「最後の成虫」を、文字通り塵になるまで殴り潰したところだった。
「た、助かったのか……?」
ユウキとケンタは腰を抜かしたまま辺りを見回す。
絶望的だった戦況は、一変していた。
ゲートからの魔物供給が絶たれたことで、防衛軍は落ち着きを取り戻し、火炎放射器で蛹たちを次々と焼き払い、飛び交うカゲロウ型二足虫も対空砲火で確実に叩き落としていたのだ。
だが、空気がビリッと震えた。
上空から、ひときわ巨大な影が舞い降りる。トンボ型二足虫、ゼファー。
その口元には、たった今羽化しようとしていた「ゴキブリ型の死骸」が咥えられていた。
ゼファーはそれを咀嚼し、飲み込む。
「んだよ……羽虫が。仲間の死体を共食いして、強くなったつもりかよ」
アクノシンが血走った目で睨みつける。
その横に、音もなく黒いコートの男――ザイルが降り立った。
「油断するな。今ので深層の主クラスの力を得たようだ」
ゼファーの全身から、先ほどまでとは比較にならない禍々しいオーラが噴き出している。
普通の探索者なら、そのプレッシャーだけで発狂するレベルだ。
だが、アクノシンは腹の底から嗤った。
「アハハハッ!確かに、厄介な数値だ。だが……俺たちが入れられていた『あの無間地獄』に比べたら?」
「メルヘンだな」
ザイルが冷たく同意する。
二人の姿が、掻き消えた。
ザイルとアクノシンによる、四天王ゼファーの討伐戦が始まった。
「オラァッ!!」
アクノシンが【金剛不壊】で鋼鉄と化した自身の足にザイルを乗せ、凄まじい筋力で上空のゼファーへ向けて射出する。
だが、ゼファーの複眼と反射神経はそれを上回る。
「ソレガ避ケラレナイトデモ?」
「ならば、こっちだ!」
今度は空中でザイルがアクノシンを掴み、遠心力を乗せてゼファーの死角へ投げつける。
しかし、ゼファーの動体視力は全方位を捉えており、空中で容易に躱されてしまう。
「チッ、向かっていくと逃げられるな」
「ならば、待つしかない。方針変更だ」
ザイルの青と黄色のオッドアイが、冷酷に細められた。
「あいつの武器は『異常な動体視力』。ならば、それを逆手にとる。ぐるぐる作戦だ」
作戦はシンプルかつ、狂気的だった。
アクノシンが地上でデタラメに暴れ回り、アスファルトや瓦礫を空へ向けて無数に蹴り上げる。
同時に、ザイルがゼファーの周囲を超高速で旋回し始めた。
「ハハハッ、遂ニ猿ガ野生化シタカ!!」
ゼファーが瓦礫を難なくかわしながら、ザイルにかまいたちを放つ。
しかし、ザイルは安い挑発には乗らない。
瓦礫の雨の中、ゼファーの攻撃を躱しつつ、残像を残しながら不規則な軌道で高速移動。ゼファーの「複眼」に処理しきれない膨大な視覚情報を強制的に送り込んでいく。
トンボを捕まえる時の、指先ぐるぐるの要領で。
そしてその効果は間もなく現れた。
「ナ……ナンダ!?目ガ、情報ガ溢レ……ッ!?」
複眼の悲哀。全方位を見えすぎてしまうが故に、脳の処理速度が限界を超えた。
ゼファーの巨体が、まるで酔っ払いのように空中でフラつき、高度を下げ⋯⋯頭を抱えながら電柱の上に降り立った。
「グフ……吐気ガ」
「じゃあ吐かせてやるよ!!」
瓦礫の影から忍び寄ったアクノシン。
「シマッ!!?」
地獄の特訓で会得した渾身のストレートをゼファーの腹部に叩き込んだ。
「ブベラッ!!?」
ズドォォォン!!
ゼファーの身体は凄まじい音と共に地面に叩きつけられ、外殻にヒビが入る。
「おい、せっかく俺が作った隙だ。手加減するな」
「してねぇよ!!こいつ、共食いしたせいで意外と硬てぇんだよ!!」
「言い訳か。デヒメル様に報告だな」
ザイルの容赦ない一言に、アクノシンの顔からサッと血の気が引いた。
「てめぇ!ふざけんな、俺たちあんな恐怖に耐えた兄弟だろッ!!」
「知らんな。俺は自分とリリが無事なら、他はどうでもいいのだ」
「クソがぁ!!戦場でさらっと愛を語るんじゃねぇ!!」
そんなやり取りをしていたザイルとアクノシン。目を回しながら立ち上がったゼファー。
「貴様ラァ……舐メマタネヲッ!!』
だが、傷ついた羽根と目を回した彼は、ザイルとアクノシンの攻撃を躱すことは出来なかった。
「「黙れ羽虫ッ!!」」
「【金剛粉砕】ッ!!」
「【絶対切断】」
アクノシンの超絶な拳がゼファーの上半身を粉々に砕き、同時に放たれたザイルの刃が、残った下半身を綺麗に両断した。
四天王、ゼファーは、地上最強と化したアクノシンとその先輩ザイルにより完全に消滅した。
◆ ◆
北地区(糸の区画)
一方、その頃。
ウラマとバスターは、アフリカ3位のSクラス探索者・ザンガ、アジアランキング1位のシュウ・レンとともに、四天王・死紡のネフィラ(巨大蜘蛛型二足虫)と相対していた。
「HAHAッ!!焼け落ちろ!!チビども!!」
バスターがアメフト仕込みの突進スキル【爆炎の猛進】を発動し、炎の尾を引きながら戦場を駆け抜け、厄介な子蜘蛛たちを次々と消し炭にしていく。
その後方。戦場全体を俯瞰する位置に立つウラマは、眼鏡をくいと押し上げた。
「……なるほど。あそこをああして、この動線を確保すれば、およそ3分でクリア可能か」
彼は完全に、この死地を「RTAのステージ」として処理していた。
「ザンガ!!シュウ!!今です、私の指示通りに!」
「相変わらず癇に障る男だが……今は仕方ない」
「アイツを倒すまでの即席パーティーだ、乗ってやる!」
ザンガが両手を大地に叩きつける。
【大地の怒涛】。
激しい局地地震が起き、大量の土埃が空中へと舞い上がる。
すかさず、シュウ・レンが中国剣を振り抜いた。
【烈風・蒼龍破】。
竜巻のような突風が土埃を吹き飛ばし――空気中に張り巡らされていた透明な粘着糸に、土埃がびっしりと付着した。
見えなかった巨大な蜘蛛の巣の全貌が、はっきりと可視化される。
「ご苦労様です」
ウラマの【不可視の刃】が、可視化された巣の「支点」を四ヶ所、同時に切断した。
『ナッ!?私ノ美シイ巣ガァッ!?』
巨大な網が、ネフィラごと地上へ落下していく。
そこへ、ウラマが冷酷に指示を出す。
「バスター!それを!」
「O-K!!」
バスターは足元で燃え盛っていた子蜘蛛の死骸を拾い上げると、ラグビーボールのように落下する巣へ向けて豪快に投げつけた。
引火性の高い蜘蛛の糸が、一瞬にして業火に包まれる。
『ギャァァァッ!!熱イ、熱イィィッ!!』
慌てふためき、身悶えするネフィラ。
その致命的な隙を、ウラマが見逃すはずがなかった。
「チェックメイトです」
精密機械のように放たれた【不可視の刃】が、ネフィラの複数の腕の「関節」だけを正確に切断していく。
『ア……!?』
手足を失い、ダルマ状態となったネフィラへ向けて、バスターが強烈なタックルをぶちかました。
「ザンガ!ゴールを開けろ!」
「応ッ!!」
ザンガがスキルを駆使し、地上に「巨大な炉」のような空洞を隆起させる。
バスターのタックルを受けたネフィラは、綺麗な放物線を描いてその炉の中へ「シュート」された。
「シュウ!酸素を!」
「言われずとも!」
ウラマの指示に、シュウ・レンが風魔法で炉の中に猛烈な風を送り込む。
炎は一気に火力を増し、超高温の焼却炉と化した空間で、ネフィラとその腹に抱え込んでいた卵ごと、灰になるまで焼き尽くされていく。
その後も、周囲から湧いてくる子蜘蛛たちを、バスターとシュウが次々と炉の中へシュートし続けた。
『アァァ……助ケテ……』
炉の縁に引っかかり、這い出てこようとするネフィラの残った脚。
それを、ウラマが無慈悲に斬り落とした。
「タイムロスです。速やかに燃え尽きなさい」
四天王、ネフィラは完全に撃破された。
かくして、人類の即席チームによる「最適解」が完了したのだ。




