第24話 【飛来】最強の害虫駆除業者、到着
北海道X-1
南地区(繭の区画)
「ガハッ……ゴホッ、ゴホッ……!」
アジアランキング1位のSランク探索者、シュウ・レンが、ついに膝をついた。
幾重にも重ねた防毒マスクのフィルターすら貫通する、致死の鱗粉。肺を焼かれる激痛に、彼の剣の軌道がわずかに鈍る。
「アラ、限界カシラ?随分ト手古摺ラセテクレタワネ」
上空から、蝶型四天王・幻惑のファルファラが、獲物を仕留めるべく音もなく舞い降りた。
シュウ・レンが死を覚悟した、その瞬間――。
「こっちよ、デカ蛾!!」
瓦礫を蹴り飛ばし、一人の少女が飛び出してきた。
Cランク探索者にして大人気配信者のアスカだ。彼女は手持ちの閃光玉をファルファラの複眼に向けて炸裂させた。
「ギィィッ!?目障リナッ!!」
「私には、時間を稼ぐことしか出来ないけど……!」
アスカの隠しスキル【韋駄天】が発動する。
走力のみを極限まで引き上げるその脚で、彼女はファルファラと蛾の群れのヘイトを一身に集め、猛烈なダッシュで引き剥がした。
「ハァッ、ハァッ……!」
背後から迫る無数の羽音。一度でも追いつかれれば、骨の髄まで啜り尽くされる。
アスカが死に物狂いで逃げ込んだ先は、見慣れた看板が掲げられた巨大な建物の前――『ロイズ』のチョコレート工場だった。
「逃ゲラレルト思ッタノ?愚カナ猿ガ」
追い詰められたアスカの頭上に、ファルファラが巨大な影を落とす。
「ああ……っ」
アスカが絶望に目を閉じた、その時。
ズゴォォォォンッ!!
何もない空間が唐突に歪み、見慣れた『黒いゲート(東海X-2)』が、まるで空間を食い破るように出現した。
「ナニッ!?」
ゲートの中から、のんびりとした足取りで二つの影が現れる。
「猿ガワラワラト……!食事ノ分際デ、私ヲ邪魔スル気!?」
ファルファラが不快なノイズを響かせて威嚇する。
だが、ゲートから出てきた黒いコートの男――ザイルは、フードの奥で青と黄色のオッドアイを冷酷に光らせ、虫けらを見るような目を向けた。
「……やたらとデカい蛾だな。もう寿命だ。墜ちておけ」
黒閃。
ザイルが抜刀した短剣が、空気を切り裂く。
ズバァァァァンッ!!
「ア?レェ……!?」
ファルファラの巨体が、文字通り「縦真っ二つ」に両断された。
さらに、ザイルの刃から放たれた絶対切断の魔力が切断面から燃え上がり、S級魔物の肉体を塵一つ残さず空中で灰に変えてしまった。
「え……?か、管理ちゃん!?」
腰を抜かしたアスカの前に、頭にサクラモチを乗せたリザレがひょっこりと顔を出す。
「アスカ?何度連絡しても出ないと思ったら。何やってんの?こんな所で」
「わ、私、実家がこっちで……!友達の避難を助けてたら、今度は私が逃げ遅れて……!」
アスカが涙目で事情を説明する間にも、主を失った蛾の群れが彼らに襲いかかってくる。
「チッ、鬱陶しい」
ザイルは表情一つ変えず、煩わしい小枝でも払うかのように短剣を振るう。それだけで、数十匹の蛾が細切れになってボトボトと落ちていく。
「す、すごい……ザイルさん。圧倒的……!」
「しかし、これは元を絶たなければキリがないな」
周囲を見渡すザイルの部下たちも、精鋭揃いとはいえ、無限に湧き出す数に押し込まれつつあった。
さらに悪いことに、市街地に産み付けられていた巨大な蛹が次々と羽化し、先ほど倒したファルファラと全く同じ「四天王級」の個体までもが、空へ飛び立とうとしていた。
「アスカ。一旦ゲートの中に入っていろ。邪魔だ」
冷たい言葉だが、その背中は完全に彼女を守る壁となっている。
その不器用な優しさに、アスカの胸が不覚にもキュンと鳴った。彼女は大人しくゲートの中へ駆け込む。
「そうだ」
ゲートの上にひょいと腰掛けていたリザレが、ぽつりと呟いた。
「ここから出てくるヤツら、深層に送り込んでオハナやモフ達の遊び道具にしよう」
彼女は立ち上がると、ザイルに向かってヒラヒラと手を振った。
「私、ちょっと上司にお願いしてくる。外はよろしく〜」
「あ?おい、リリ!」
リザレがゲートの中に引っ込み、外の世界に、ザイルと黒装束の部下たちだけが取り残された。
「……おいッ!!……全く。相変わらず、俺の扱いは雑だな」
ザイルはやれやれと首を振りながらも、その青と黄色の瞳に獰猛な光を宿し、迫り来る蟲の群れへと向き直った。
◆ ◆
北海道:防衛軍暫定指揮室
「な、なんだあれは!?」
モニターを注視していた防衛軍の幹部たちが、一斉に立ち上がった。
チョコレート工場前に出現していた未知のゲートがフッと消失したかと思うと、次の瞬間――。
ズズズズズッ……!!
市街地の中心にある『北海道X-1』のゲートの真正面に、まるで貝合わせのように、もう一つの巨大なゲート(東海X-2)がぴったりと重なるように出現したのだ。
「魔物の……出現が止まりました!!」
オペレーターが叫ぶ。
北海道X-1から湧き出そうとした魔物たちは、外の世界(札幌市街地)に出る前に、重なり合った東海X-2のゲートへ「直通」で送り込まれる仕組みになったのだ。
「あ、あれは、東海X-2のゲートか!?まさか……北海道のゲートに『フタ』をしてくれたのか……!?」
政府関係者が、震える声で歓喜の涙を流す。
発生源が完全に絶たれた。その事実が、指揮室の空気を一変させた。
「ぜ、全力支援だ!!根源は絶たれたぞ!!」
防衛軍幹部が、マイクを握りしめて全軍に怒号を飛ばす。
「外に残存している部隊と探索者たちをバックアップせよ!!一匹残らず、害虫どもを掃討するのだ!!」
絶望に沈んでいた人類の反撃が、今、始まった。
◆ ◆
その頃、東海X-2(地下迷宮ユリカゴ)の中では――。
「キャァァァァァァッ!!」
ゲート内に避難したはずのアスカは、地獄を見ていた。
入り口の空間に、北海道から転送されてきた蟲の魔物たちが、文字通り滝のように雪崩れ込んできたのだ。
「はいはーい」
だが、リザレは落ち着いた様子で、管理者権限で入り口付近に転移呪文を展開する。
【管理者権限:強制転送】
アスカに向かって迫っていた虫型魔物たちが、空間の歪みに吸い込まれるように、次々と「深層」へと強制転送されて消えていく。
他所のダンジョンの魔物とはいえ、ここ(ユリカゴ)に入った瞬間に、リザレによるこのダンジョンの絶対的なルールが適用されるのだ。
リザレは空中に展開した遠視モニターを眺めながら、満足げに頷いた。
「おー、みんな頑張ってる」
モニターの向こうでは、第90階層(深層)に転送された哀れな蟲たちを、古竜オハナのブレスが焼き払い、巨狼モフの爪が引き裂き、ユザメやベンリ、ニクたちがタンパク源として補給していた。
莫大な経験値が供給され、彼らのレベルがぐんぐんと上がっていく。
さらに、サクラモチまでもが、死にかけの敵を分解吸収。「ぷるんっ!」と光を放ち、凄まじい勢いでレベルアップを果たしていた。
まさに、エコで無駄のない完璧な処理システム。
「これでおやつ(ロイズ)は守れたかな」
リザレがほっと息をついた、その時だった。
「――随分と、私の子供たちを粗末に扱ってくれるではないか」
背筋が凍るような、底知れぬ気配。
空間がドロリと歪み、一つの巨大な影がユリカゴの中に顕現した。
それは、地球で暴れ回っていた虫型四天王など足元にも及ばない、純粋な悪意と魔力の塊。
「お前が、ここの管理者か?」
北海道X-1の管理者。妖艶なハチの姿をした蟲女王、メリッサ。
リザレの表情から、いつもの気の抜けた笑みが消え、スッと引き締まった。




