第23話 【帰還】絶望の地に狂戦士が降り立った模様
ウゥゥゥゥーーッ……!!
北海道X-1ダンジョンゲート周辺、放棄された市街地に、空襲警報の忌まわしいサイレンが鳴り響いていた。
上空を飛来する国防軍の爆撃機編隊。
眼下の「蟲の巣」と化した市街地へ次々と空爆を開始した。
ズドォォォォンッ!!
大地を揺るがす爆発と、天を焦がす業火。
だが、その攻撃は「蜂の巣をつついた」に過ぎなかった。
爆炎の中から、無傷の強靭な外殻を持った飛行型魔物の大群が、黒い雲となって湧き出してくる。
その群れの先頭を、四天王・旋風のゼファーが凄まじい速度で駆け上がった。
「ノロマ」
ゼファーの巨体が、音速を超えて爆撃機のコックピットに体当たりを敢行する。
装甲が紙屑のようにひしゃげ、火を噴いた機体が次々と墜落していく。
地上では断続的に地対地ミサイルが撃ち込まれているが、物量の海を前に焼け石に水だった。
◆ ◆
岐阜県内:ホテル・アリオット客室
『……政府は現在、最悪のシナリオとして、戦略型核兵器の使用検討に入ったとの情報が――』
テレビに映し出される地獄の光景。
「これだけやってもダメだなんて……」
ケンタは、絶望的なニュース映像を見つめながら、頭を抱えていた。
隣では、ユウキがガタガタと震えている。
「ぼ、僕たちにも動員がかかるよね……!?嫌だ、あんな蟲の餌になるなんて絶対嫌だ!!」
その時、客室のドアが乱暴にノックされ、政府関係者が足早に踏み込んできた。
ユウキは悲鳴を上げてソファの陰に隠れる。
「ごめんなさぁい!僕たちEランクの雑魚なんで!行っても秒で食われるだけですぅぅ!!」
「は?いや、君たちを前線に送るわけがないだろう」
政府関係者は血走った目で、ケンタとユウキを見下ろした。
「東海X-2の管理者に繋いでほしい」
「えっ……か、管理ちゃんに?」
ケンタが素っ頓狂な声を出す。
「政府はあらゆる手段を講じている。核など落とせば、北海道は向こう数十年、人が住めない死の大地となる。だから……その前に、是非ともあの管理者に頼みたいのだ」
政府関係者は、すがるような目をしていた。
「あの管理者は知的だ。ウラマとの戦いにおいて、ルールを遵守し、人間を見捨てなかった。彼女には、確かな人の感性がある。交渉の余地があるはずだ」
「いや……あの、それは……」
ケンタとユウキは顔を見合わせた。
彼女がルールを守ったのは「上司(の業務日誌)が怖いから」であり、アスカを助けたのは「友達で、なおかつお菓子を作ってくれるから」である。
そこに「人類への慈愛」など微塵もないことを、限界オタクの彼らは痛いほど理解していた。
「ケンタ、僕、苦しいよ。そろそろ嘘つくの限界だ……」
「だな。ここは正直に白状して……」
二人が「自分たちにパイプなどない」と自白しようとした、その時。
プルルルルルッ!
スマートフォンが鳴った。
画面には『アスカさん』の文字。
「「アスカさん?」」
政府関係者の目の前で、ユウキが慌てて電話に出る。
『あ、もしもし?私、リザレ。アスカが置いてった電話からかけてる。アスカ出ないから教えて欲しいんだけど、北海道のダンジョンて、ここから遠いの?』
スピーカーから漏れる、いつも通りの気の抜けた声。
「か、管理ちゃん!?」
「おおっ!!」
政府関係者が身を乗り出す。
「は、はい!東海X-2からは……かなり距離があります!北陸のゲートの十倍くらい離れてます!!」
ユウキが答えると、電話の向こうでリザレは少し面倒くさそうに言った。
『そうなんだ。はーい』
ガチャッ……。
ツーツーツー……。
通話は、一方的に切られた。
「「「…………???」」」
ケンタも、ユウキも、政府関係者も、完全にフリーズした。
「えーと。つまり……?」
ユウキは迷った。意味不明だったからだ。
そして、この極上のVIP待遇を失う恐怖と、長引く嘘への疲労感が彼の脳で化学反応を起こした。
もはや、引き返せる状況ではない。
「か、管理ちゃんは……北海道X-1の危機を認識しています!そして!おそらく、人類を救うために向かう段取りを考えています!!」
「おおぉぉっ!!」
政府関係者が歓喜の声を上げ、拳を握りしめる。
「本当かよ……!?」
「多分……」
ケンタの小声のツッコミに、ユウキは冷や汗を流しながら目を逸らした。
「ではっ、我々も直ちにサポートへ向かおう!君たちもだっ!」
「えっ!?僕らも行くんですか!?」
こうして、嘘に嘘を塗り重ねたEランク探索者二人は、日本の命運を握る(という勘違いの)キーマン?として、北の大地へ向かうことになってしまった。
◆ ◆
北海道X-1付近。
南地区(繭の区画)
「やった!倒した!俺がS級魔物を倒せたぜぇ!!ハァッハァッ……!」
ジャックは、虚空に向かってナイフを振り回し、歓喜の叫びを上げていた。
彼の瞳孔は開ききり、口からは涎が垂れている。
致死量の鱗粉を吸い込んだ彼は、脳内で都合の良い「勝利の幻覚」を見せられながら、緩やかに死へ向かっていた。
その彼のすぐ隣では、蛾型の二足虫・幻惑のファルファラが、オセアニアランキング2位のSランク探索者、カイル・オズボーンの頭頂部に鋭いストロー状の口吻を突き刺し、ズズズ……と不快な音を立てている。
「味ノ薄イ蜜……美味シク無イワネ」
ファルファラが不満げに呟く。
少し離れた場所では、アジアランキング1位の男、シュウ・レンが、防毒マスクを何度も交換しながら、無限に迫りくる蛾の群れを剣で払い落としていた。
「ハァ……ハァ……くそっ、もう限界だ。援軍は……まだ来ないのか!?」
◆ ◆
北地区(糸の区画)
探索者たちの戦線崩壊は、あまりにも呆気なかった。
「しまっ……足が!」
前線を支えていたタンク役の大男が、透明な粘着糸に足を取られた瞬間だった。
暗がりから無数の子蜘蛛が津波のように群がり、一瞬にして彼を白い糸でがんじがらめにする。
「助け――」
悲鳴を上げる間もなく、巨大な糸は上空のネフィラの巣へと高速で巻き取られていく。
彼を救出しようと飛び込んだ欧州のトップランカー、レオンハルトまでもが罠にかかり、強靭な毒牙に肩を貫かれた。
ブチブチッ……!
糸の上から容赦なく噛み砕かれるレオンハルト。
純白の蜘蛛の巣が、ポタポタと降り注ぐ鮮血で赤く染まっていく。
「おお……神よ。我々を見捨てたもうか……」
頼みの綱だったランカーたちが無惨に喰われていく光景を前に、アフリカ3位のSクラス探索者・ザンガは、膝をつき、深い絶望の底に沈もうとしていた。
◆ ◆
東地区(黒の区画)
燃え上がる黒焦げの大地。
SAT-Dの部隊長・ケンモチの視線の先で、猛火に耐え抜いた巨大な茶色の塊がもそりと動いた。
「なんて、しぶとさだ……」
ゴキブリ型四天王・ブラッタ。
奴は仲間たちの焼け焦げた死体の下から、無傷で這い出てきたのだ。
そこへ、生き残っていた国防軍の戦車部隊が一斉砲撃を放つ。
しかし、着弾の瞬間、ブラッタの姿は掻き消えた。
「どこだ!?」
ズガァァァンッ!!
足元の地中から突如として現れたブラッタが、戦車を下から豪快にカチ上げて横転させた。
開いたハッチに、地中から溢れ出た幼体のゴキブリの群れが雪崩れ込む。
「ギャァァァァッ!!」
「くそがぁぁぁっ!!」
ケンモチは血を吐くような咆哮と共に、残存する部隊員全員でブラッタへ特攻を仕掛けた。
持てるすべてのスキルと、残された全弾を急所に撃ち込む決死の集中攻撃。
「オラァァァッ!!」
ケンモチの渾身の刃が、ついにブラッタの脳天をカチ割った。
巨大なゴキブリが痙攣し、緑色の体液をぶちまけて絶命する。
「や、やった……!四天王を、倒し――」
だが、歓喜は一秒も続かなかった。
死んだブラッタのすぐ近くにいた「ただの通常個体」のゴキブリが、突如として脈打ち、異常な速度で脱皮と巨大化を始めたのだ。
数秒後には、先ほど倒したブラッタと全く同じ「四天王級」の力を放つ新個体が誕生していた。
「コイツら、個じゃねぇ……!全部、一匹残らず殺さねぇと意味がねぇのか!?」
絶望するケンモチ。
長時間の死闘と、終わりの見えない恐怖に、彼はついに刀を取り落とし、膝をついた。
「我ラハ群、群トイウ個ダ」
新たなるゴキブリ四天王が、ゴミを見るような目でケンモチを睥睨し、その鋭い顎を開いて飛びかかってくる。
「ここまでかッ!!」
ケンモチは、静かに目を閉じた。
――その時。
バアァァァァァァン!!!
ブチャッ……!!
鼓膜を破るような激しい破裂音。
目を開けたケンモチの視界に飛び込んできたのは、地面に「シミ」のようにペシャンコに潰された、ゴキブリ四天王の無惨な残骸だった。
「な……?」
もうもうと舞い上がる土煙の中、ゆっくりと立ち上がる一つの影。
死を覚悟していたケンモチは、その顔を見て息を呑んだ。
「お、お前は……」
「……ダメだ。また、跡形が残ってやがる」
四天王を一撃で粉砕したその男――東海X-2で行方不明となっていた日本最強の男、アクノシンだった。
しかし、彼の様子は明らかにおかしかった。
S級魔物の残骸を見下ろすその顔は、極度の恐怖に引きつり、ブツブツと狂ったように呟いているのだ。
「な、何を言って……」
「ダメなんだよぉぉ!!あのお方は、こんな不完全な仕事じゃ、俺を許してくれないんだよぉぉ!!」
アクノシンは、頭を抱えて絶叫した。
「叩きのめすなら、細胞レベルで粉微塵に!!完璧な粉砕以外は……0点なんだ!!あんな暗闇の無間地獄に逆戻りするのはもう御免だァァァッ!!」
何かの絶対的な恐怖に取り憑かれた狂戦士。
その顔は以前にも増して凶悪だが、どこか追い詰められた悲壮感すら漂わせている。
「オラァァァァッ!!塵になれぇぇッ!!」
アクノシンは、常軌を逸したスピードと、以前の彼からは考えられないほどの莫大な闘気を纏い、ゴキブリたちの集団へ単身で突っ込んでいった。
その拳は、触れた傍から粉微塵に「消滅」させていくかのような暴威。
「なんだ……あの馬鹿げた力は……?」
◆ ◆
【ニュース特別番組】
『あ、あれは!?東海X-2で行方不明になっていた……獅子堂アクノシンですっ!!』
ヘリコプターからの空撮映像を見て、レポーターが裏返った声で叫ぶ。
『今まで何処で、何をしていたのか!?しかし!見てください!!SAT-Dが全く歯が立たなかったあの強大な魔物たちを……まるで、綿毛でも散らすように一方的に蹂躙しています!!日本のトップランカーが、北の大地に帰還しました!!』
ネットが、日本中が、アクノシンの圧倒的な力に沸き立つ。
しかし、レポーターの歓喜の声は、突然インカムに飛び込んできた情報によって遮られた。
『こっ!!ここで緊急ニュースです!!』
画面が分割され、別のヘリからの映像が映し出される。
『「ロイズ」のチョコレート工場付近に……先ほど、全く新たなゲートが出現した模様です!!』
「な、なんだと!?」
「もう終わりだ!!この国は!!」
日本中の視聴者が息を呑む。この期に及んで、また新たな災厄が?
『ゲートの中から……何か、出てきます!人影です!あれは――』
ズームされたカメラが捉えたのは、物々しい黒装束の集団とそして……。
『な、何と!!東海X-2の管理者達です!!あのリザレが、北海道に直接乗り込んできました!!』
画面の中央。
ロイズの工場を背に、頭にピンク色のスライムを乗せた銀髪の少女が、周囲の蟲の大群をジト目で睨みつけている。
その手には、業務日誌……ではなく、「ロイズ生チョコレート」の空箱が握りしめられていた。




