第21話 【絶望】北の大地が蟲の餌場になった件
北海道某所。
突如として出現した「北海道X-1」ゲートは、人類に「ダンジョンという厄災」の真の恐ろしさを容赦なく突きつけていた。
出現初日。
ゲートから溢れ出したのは、これまでの常識を覆すほどの虫型魔物の大群だった。
「ひぃぃぃっ!!」
「助けて!誰か!!」
逃げ惑う人々。
緑に覆われた大地は瞬く間に赤黒い血で染まっていく。
駆けつけた警察官たちが拳銃の引き金を引くが、乾いた銃声が響くだけで、魔物の強靭な外殻には傷一つ付かない。
逆に、鋭い鎌や牙によって次々とその命が散らされていく。
『こちら現場!札幌北警察署応答せよ!拳銃では全く歯が立たない!我々の装備ではどうしようもない!至急、国防軍と探索者協会に応援を要請する!⋯⋯クソっ!!ギャァァァッ!!』
無線越しに聞こえる悲鳴と、肉が裂ける音。
絶望の幕開けだった。
◆ ◆
数時間後、国防軍が到着する。
しかし、状況は好転するどころか、地獄の様相を呈していた。
世界のどの既存ダンジョンとも比較にならない魔物の「量」と「質」。
最低でもDランク、多くはC〜Bランク相当の魔物が、津波のように押し寄せてくるのだ。
圧倒的な物量によって北の大地は凄まじい速度で侵食され、ゲート周辺の市街地そのものが「ダンジョン化」するという異常事態が発生していた。
最初は戦車や装甲車で戦線を押さえていた国防軍も、徐々に現れ始めた大型個体や飛行能力を持つ強個体の前に苦戦を強いられ、やがて物量の海に飲み込まれていった。
そんな死地に、あろうことか「視聴率」と「名声」を求めて、探索者協会の要請を受けていない日本の探索者たちが乗り込み始めていた。
この無謀極まりない行為は、瞬く間に報道され、全世界へと配信されることとなる。
◆ ◆
西地区(風の区画)
「ウェーイ!みんな見てるー!?世界一やべーところに潜入中だぜぇっ!」
かつて東海X-2でサクラモチを虐待し、リザレに物理BANされたDランク探索者・キョウヤ。
彼は懲りずに自撮り棒を構え、廃墟と化した西地区を歩いていた。
「うわっ、見ろよアレ!防衛軍の戦車がひっくり返って、兵士が食われてる!?えぐぅ!やべー、これ配信BANされるかも!ギャハハ!」
他人の死をエンタメとして消費する彼のアカウントには、無数のコメントが殺到していた。
『流石に不味くね?』
『いや、いいだろ!!これこそがリアリティだ』
『逃げろwww馬鹿www』
ものすごい勢いで増える同時接続者数と、流れるようなコメント欄にニンマリと笑うキョウヤ。
「チョロいなぁ。マスゴミはビビってカメラ入れられねぇし。やっぱ俺様の度胸、半端ないだろ?」
カメラに向かってドヤ顔を決めるキョウヤ。
しかし、その時カメラには、彼の背後に忍び寄るように舞い降りたカゲロウ型二足虫が映り込んでいた。
「あ?後ろ?……後ろがなッ……」
ドスッ……。
鈍い音。
「あわっ!?うぎゃぁぁっ!!」
キョウヤのカメラは地面に投げ出され、彼の悲鳴とストローで何かを吸い取るような不快な音が視聴者の端末に届けられる。
「バカが、D級如きが出しゃばるからだ」
政府の依頼を受け現場入りしたBランク探索者・クロト率いるチームは、偵察を兼ねてキョウヤの配信を見ていた。
彼らBクラス以上の探索者達は、国防軍の輸送機で運ばれ、西地区に降ろされる。
ハッチが開かれた。
その視界に飛び込んできたのは、空を覆うように舞い飛ぶカゲロウ型二足虫の群れと、頭から血を流して地上に倒れている老若男女。
ゴクリ⋯⋯
生唾を飲み込み、クロトはパーティーと顔を見合わせる。
「名を挙げるぞ!!A級昇格⋯⋯いや、S級も夢じゃない!!そうなりゃ金も女も自由だ!!」
クロトのパーティー含む探索者達は威勢良く死地へとなだれ込んだ。
「オラァッ!!」
クロトの剣がカゲロウ型の一匹を両断し、後衛のメンバーがアサルトライフルで次々と撃ち落としていく。
連携は取れており、彼らは一時的にではあるが魔物の群れを押し返し、善戦していた。
「へっ、数が多いだけで大したことねぇな!」
そう嗤った直後だった。
「ギャァァァッ!?」
後方で戦っていた別の探索者チームから、凄惨な悲鳴が上がる。
クロトたちが振り返ると、静かな羽音と共に、空中でピタリと静止する緑色の「トンボ型二足虫」がいた。
次の瞬間、それは視認不可能な超速で突撃してきた。
「撃て!撃ち落とせッ!!」
クロトのメンバー2人が慌てて銃を乱射する。
しかし、無数の弾丸はその光沢のある外殻にすべて弾かれ、火花を散らすだけ。
シュパァンッ!!
「え……?」
「あ……が……」
すれ違いざまの、一閃。
鋭利な羽根の斬撃を受けたメンバー2人の身体は、胸と腰のラインで綺麗に「三分割」され、崩れ落ちた。
「なっ!?なあっ?!」
「我ハ、旋風ノゼファー。蟲女王メリッサ様ガ四天王ノ一人、コノ西地区ノ平定ヲ任サレタ者」
人間の言葉を流暢に操る、巨大なトンボ型の二足獣。クロトは虚勢を張って吠えた。
「よくも仲間をッ!!それに、平定だぁ?!頭沸いてやがる。ここはてめぇらの土地じゃねえよ!!」
「……今カラ、ソウナルノダ」
超高速のホバリング移動。そして、あらゆる死角を見通す複眼の超絶視力。
「地ヲ這イズルコトシカ出来ヌ猿に。我ハ倒セヌ」
ゼファーが再び特攻を仕掛ける。
クロトは反射的に身をよじって致命傷を回避するも、すれ違いざまに肩口を鋭い脚で掴まれ、そのまま一気に上空へと引き上げられてしまった。
「ひ、ひぃぃぃッ!助け……!」
「猿ノ無力ヲ嘆クガヨイ」
遥か上空から投げ落とされるクロト。
「ギャァァァッ!!!」
頭からアスファルトに激突する寸前――。
凄まじい風圧と共に、アメフト選手のような大男が空中で彼をキャッチし、そのまま豪快に着地する。
「HAHA!奴がボスか!?肩慣らしには丁度いいZE!」
北米ランキング1位、バスター率いるアメリカのトップチームが到着した。
「油断するな!バスター、奴から唯ならな実力を感じる!!」
バスターと共に現れたのは、我らが日本最強格、Sランク探索者、ウラマのチーム。
「ボス猿ハ、ドチラダ?ドチラデモヨイカ」
ゼファーは顎を軋ませて呟いた。




