第16話 【悲報】日本最凶は神に献上されたようです
■地下迷宮「ユリカゴ」第50階層(中層):地下雨林
「ハァ……ハァ……ッ!」
アクノシンは荒い息を吐きながら、ハイポーションの瓶を噛み砕くように飲み干した。
甘ったるい薬液が喉を焼く。だが、全身に活力が戻ってくる感覚。彼のスキル【金剛不壊】は、疲労すら拒絶する鋼の肉体を作り上げる。
「チッ、やっと本番かよ」
目の前には、鬱蒼と茂った巨木の森。その木々を、巨大な影が掻き分けて現れた。
全長3メートルを超える、一つ目の巨人。筋肉が鎧のように隆起し、手には樹木を削り出した巨大な棍棒を握っている。
サイクロプス希少種――通称「にく」。
「ぐぉぉぉおおお!!」
野獣のような咆哮が、森を震わせた。
配信用のドローンが、その光景を克明に映し出している。コメント欄が爆発的に流れる。
『きたー!ネームド!』
『管理ちゃんが「にく」って呼んでたやつじゃん』
『階層ボスだろこれ』
『アクノシン、いけるか?』
アクノシンは、ニヤリと笑った。
「丁度いい。テメェボコして、主人の部屋まで案内させてやる」
彼は拳を構えた。【金剛不壊】が発動し、その拳が金属光沢を帯びる。
「オラァッ!!」
地面を蹴り、一気に距離を詰める。だが――。
ドゴォン!!
にくの棍棒が、彼の頭上から振り下ろされた。
「――ッ!?」
アクノシンは咄嗟に両腕で受け止める。衝撃が全身を駆け巡り、足元の地面が蜘蛛の巣状にひび割れた。
「へっ、効くじゃねぇか!」
彼は笑いながら、棍棒を掴んだ。そして、力任せに引っ張る。
バキィッ!
棍棒が、アクノシンの怪力で真っ二つに折れた。
「ぐもぉぉ!?」
にくが驚愕の声を上げる。だが、アクノシンは容赦しない。
「オラオラァ!硬さが足りねぇぞォ!」
拳の連打が、にくの巨体を打ち据える。一発、また一発。
ドゴッ、ドゴッ、ドゴォン!
にくは必死に反撃するが、アクノシンの【金剛不壊】は傷一つつかない。
『つっっよ』
『討伐難易度A級をソロで、しかも素手でボコるとか引くわ』
『日本の誇り』
『勝ったな。風呂入ってくる』
コメント欄は、アクノシンの圧倒的な強さに沸き立っていた。
■チーム『クロノスタ』作戦司令室
ウラマは、モニターを凝視していた。
「……一方的に見えるが」
彼は眼鏡の位置を直した。
「あのサイクロプス、致命の一撃をすべて外している。まるで、『手加減』しているかのように」
彼の脳裏に、ある可能性が浮かぶ。
「まさか……魔物が、強敵との戦いを楽しんでいるというのか?」
■地下迷宮「ユリカゴ」第50階層(中層):地下雨林
「ハァ、ハァ……主人の居場所を案内するか!死ぬか!」
アクノシンは、倒れたにくを見下ろした。
にくは、血まみれになりながらも、まだ意識がある。その一つ目が、アクノシンを称賛するように見つめていた。
「ぐお……おぉ……ッ」
「そうか、じゃあ死ね!!」
アクノシンが、トドメの拳を振り上げた。
その瞬間――。
ビリッ。
空間が、裂けた。
「……ッ!?」
アクノシンの拳が、空を切る。彼の目の前に、黒い影が立っていた。
フードを目深に被った男。その気配は、冷たく、鋭く、そして――絶望的なまでに強い。
「あ?誰だテメェ。NPCか?」
アクノシンは吠える。だが、彼の本能が警鐘を鳴らしていた。
(……ヤバい)
目の前の男から放たれる、異質なプレッシャー。それは、今まで戦ってきたどの敵とも違う。
『え、人間?』
『誰?』
『なんかヤバいの来た』
『親衛隊の人だぞ』
『管理ちゃんの恋人枠?』
コメント欄が騒然とする中、男――ザイルは、上空で旋回するドローンを一瞥した。
「俺は今……疲れているんだ」
その瞬間。
パリーン!!
指も触れず、ドローンのレンズが砕け散った。
画面表示:【NOSIGNAL】
『は?』
『え、壊された?』
『今の眼、怖すぎだろ』
『アクノシン?おーい!』
『事故?放送事故!?』
世界中の視聴者が、その光景を見失った。
■地下迷宮「ユリカゴ」第50階層(中層):地下雨林
配信が途切れた密林の中。ザイルとアクノシンは、無言で対峙していた。
「……思い出した。てめぇアイツの雑用だろ。お前なんかに用はねぇ。リザレは何処だ?!」
アクノシンが吠える。だが、その声は、いつもよりほんの少しだけ震えていた。
ザイルは、静かに答えた。
「リリの名を、汚い口で呼ぶな」
「あァ!?」
アクノシンが拳を振るった。【金剛不壊】が輝き、その拳が鋼鉄の速度で迫る。
だが――。
ヒュッ。
ザイルの姿が、掻き消えた。
「――ッ!?」
次の瞬間、アクノシンの鳩尾に、冷たい掌底が叩き込まれていた。
ゴッ!!
「が……ぁッ!?」
アクノシンが、初めて膝をついた。喉の奥から、苦い胃液が込み上げてくる。
「……雑だ」
一撃だった。
「バカな……俺の【金剛不壊】が……!」
ザイルは、冷徹に見下ろした。
「貴様の『金剛不壊』。素晴らしい硬度だが、それに甘えすぎている」
ザイルは、アクノシンの首根っこを掴んだ。
「『傷つかない』と高を括っているから、動きに切迫感がない。強さへの奢りが全身に固着し、本来の動きを阻害している」
「それは鎧ではない。ただの『重り』だ」
アクノシンは、初めて「恐怖」を感じた。目の前の男は、自分とは次元が違う。
ザイルは、目の前の男が恐怖に怯えた視線を向ける様を、過去の自分の姿と重ねていた。
(人としての限界に絶望し、それを超えた者に恐怖するその感情――リリを失ったあの頃の俺と同じだ)
(だが、俺は変わった)
(あの闇の中で……何日……何か月……何年にも感じた)
(時間の引き延ばされた世界で、俺は何度も死の淵を彷徨い、その度に立ち上がり、限界を超越した)
(……リザレの上司。そして俺達の崇拝するデヒメル様の、地獄の「試練(遊び)」)
(ようやく解放してもらえた。俺の代わりになる玩具と引き換えに)
ザイルの背後に、漆黒の空間の裂け目が開かれる。その向こうから、凄まじい「圧」が漏れ出してくる。
「その耐久性……あの方の『暇つぶし』に丁度いい」
ザイルの表情が、何かのトラウマに怯えるように歪んだ。
「何を言っている!?あの方って誰だよ!!?」
状況を全く理解できないアクノシン。
「俺と選手交代だ」
「意味が分からねぇよ!!その中にいるのは……奴か?リザレなのか?」
ザイルは、ようやく見つけた藁にすがるような表情を浮かべた。そして、アクノシンに対する哀れみに似た笑みを向ける。
「そんな可愛いもんじゃないさ……デヒメル様は」
「は!?ちょ、ふざけんな!」
アクノシンはザインの腕を振り払おうとするが、力ですら彼に及ばない。
「何すんだ離せッ!!離せぇェェッ!!!!!」
抵抗を示す彼。しかしそれも虚しく、悲鳴と共に、日本最凶の男は闇の中へ放り投げられた。
「クソがぁぁぁぁぁっ!!」
ゴォッ……。
裂け目が閉じ、静寂が戻る。
ザイルは、深く息を吐いた。
「健闘を祈る。兄弟」
彼は、倒れたにくに目をやった。
「すまない。お前も、リリを守るために戦ってくれたんだな」
ザイルは、虚空から回復薬を取り出し、にくに飲ませた。にくの傷が、みるみる癒えていく。
「ぐもぉぉぉぉ!」
にくが嬉しそうに吠える。ザイルは、その頭を撫でた。
「……俺も、お前たちの仲間入りだ」
ザイルの瞳には、かつてない光が宿っていた。デヒメルの扉の向こうで、彼は何かを得たのだ。
人としての限界を超え、「守護者」へと昇華した証。
■岐阜県内:東海X-2ゲート前
「生体反応が……ロストしただと!?」
観測員の悲鳴が、司令室に響いた。
「アクノシン氏の位置情報、完全に途絶!魔力パターンも消失!」
その報告は、即座に政府とメディアに共有された。
『嘘だろ……?』
『あのアクノシンが死んだ?』
『人類終わった。リザレには勝てない』
『東海X-2、初めての死者!?』
世界は、絶望の底に叩き落とされた。
■地下迷宮「ユリカゴ」第15階層(上層):黒き監視団・迷宮拠点
「お前たちは何をしている」
厨房の扉が開き、ザイルが戻ってきた。
「あ!帰ってきた!何処ほっつき歩いてたの?」
リザレは、微かに頬を染めて恥ずかしそうに言った。
「……ちょっとだけ心配した」
アスカは一発で悟った。
(やっぱ、リザレさん、ザイルさんのこと本当は……)
ザイルは、一瞬だけ目を見開いた。そして、小さく笑った。
「お前がそんなに俺のこと心配するのは、いつ以来だろう」
「思い出さなくて良いから!」
リザレは慌てて、焦げたクッキーの皿を差し出した。
「アスカとクッキー焼いたから食べて。ちょっと焦げたけど、ザイル焦げたところ好きじゃん。いっつも我先に食べてるし」
「それは、お前に美味しい場所を食べさせるために、俺が仕方なく焦げを食べているんだが」
ザイルは呆れたように言った。
「まさか俺が本気で焦げが好きだと?」
「え?そうなの。キモッ!!バカみたい」
リザレは顔を真っ赤にして、ザイルの肩を叩いた。
アスカは、二人の尊いやり取りを見て、幸せを感じていた。
(……あれ?何か忘れてる気が)
何か、別の重要なこと――日本最強の男の行方とか――を忘れている気がしたが、この空気の中で思い出すことはできなかった。
そして、焦げたクッキーを美味しそうに食べるザイルを見て、リザレは小さく笑った。
「……おかえり」
「ああ、ただいま」
平和な、ひとときだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第90階層:苔生した神殿(深層)※ただしツアー
第50階層:密林地帯(中層)※正規
■友好関係
・サクラモチ(E級ピュア・スライムLv65)
・オハナ(S級古竜Lv91)
・藍野アスカ(Cランク探索者、チャンネル登録者100万)
・ゴズ・ヴェン(C級よろず屋Lv30)
・ザイル・ヴェルンブラ(S級暗殺者Lv68→超越者Lv24)
・モフ(S級巨狼Lv89)
・北沢ケンタ(Eランク探索者)
・藤村ユウキ(Eランク探索者)
・にく(A級サイクロプスLv52→Lv61)
・ユザメ(S級ラヴァドラゴンLv78)
・ベンリ(S級アラクネLv85)
■BAN対象(永久追放)
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
・臼井クロト(Bランク探索者)ほか4名
罪状:冒険者達への陵虐
■BAN対象(装備ロスト)
・城嶋ジャック(Bランク探索者)ほか103名
罪状:上司の機嫌を損ねたため
■BAN対象?(常闇の世界)
・獅子堂アクノシン・ヴォルコフ(Sランク探索者)
■管理者コメント
ザイルが帰ってきた!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アクノシン、リザレに会うことすらできず……!
ザイルが強すぎて、主人公の出番が「焦げたクッキーを差し出す」だけでした。
もし「面白かった!」「次章も読みたい!」と思っていただけましたら、
最後に★で評価をいただけると、デヒメル様が満足します!?
次回、RTA走者ウラマがアップを始めました。お楽しみに!
★カクヨム様にて先行配信しております。
https://kakuyomu.jp/works/822139843894075364




