第14話 【超悲報】初コメしたらブチギレられた件
■地下迷宮「ユリカゴ」第15階層(上層):吹きさらしの荒野
最近、ザイルの姿を見なくなった。
私はこの地下迷宮「ユリカゴ」の管理者だ。この中で生き物が死ねば、その魂は私の元へ還ってくる。だけどザイルの魂は還ってきていない。つまり、生きている。
しかし、あの「深層」に入ってから、彼の気配が完全に遮断されているのだ。
「どこ行ったんだろ。……まさか、また過労で倒れてるんじゃ」
ザイルは小さいころから真面目すぎる。
前世で、私が家出したときも、三日三晩寝ずに探し歩いていたほどだ。
少しだけ心配になった私は、彼がいるかもしれない場所――第15階層にある『黒き監視団』の砦へ足を運ぶことにした。
黒き監視団・地下迷宮拠点
ザイルが「リリを守るため」という重すぎる愛と勢いで建設した拠点。
「……お疲れさまです」
私が近づくと、警備をしていた黒装束の団員たちが、バッと音を立てて直立不動の姿勢を取った。
「「「リザレ様!!お疲れ様です!!」」」
怒号のような挨拶が響く。
団員たちは、拠点のトップであるザイルの影響を受け、私のことを彼以上に扱ってくる。
前世、この組織「黒き監視団」に末端構成員として所属していた身としては、敬語で話されることすら違和感があるのに、こんな対応をされるのはとても困るのだ。
「……あ、あの、リザレ様!本日はどのような御用件で……?」
隊長格の男が、緊張で顔を引きつらせながら進み出る。当時の私からすれば完全に上司だ。
「え、えと、ザイルは戻ってますか?」
末端構成員だったが故に、(ザイル以外の)組織員に対しては、敬語で話す癖が出る。
「いえ!団長はまだ戻っておりません!」
敬語の応酬。
「………」
「………」
(やりづらっ!!!)
だからここには来たくなかったんだ。
「そ、そうですか……ありがとうございます」
(しかも、収穫無し。あいつめ)
まあ、生きてはいるだろうし、気長に待つしかないか。
ただ、私にはこの場所にもう一つ用事があった。
「ちょっと立ち寄らせてもらいますね」
「はっ!総員、最敬礼でお迎えしろ!!」
(いや、勘弁してください)
拠点の中が騒がしくなる中、私はそそくさと奥の居住エリアへと進んだ。
◆ ◆
「あ、リザレさん!いらっしゃい!」
重厚な扉を開けると、そこにはふかふかのソファでくつろぎながら、連絡用アーティファクト(スマートフォン)で情報収集(SNSチェック)しているアスカがいた。
彼女は現在、私の口利きでここに居候している。
外が国防軍に完全封鎖されて帰れないのは事実だが、ここではザイルの部下たちから「リザレ様の御友人(=超VIP)」として扱われ、上げ膳据え膳の快適ライフを送っていた。
部屋にはふかふかのベッドに、下層の地熱のおかげで、いつでも温かいお風呂に入れる源泉がある。しがらみさえ無ければ、私もここに住みつきたいくらいだ。
「アスカ、元気?」
「はい!おかげさまで。ご飯も美味しいですし、皆さん親切(?)ですし」
アスカは苦笑いした。強面の黒服たちとの生活にも、だいぶ慣れたようだ。
「ザイル、まだ戻ってないんだよね」
「そうみたいですね。団員さんたちもソワソワしてました」
「あいつ、無理するからさ。帰ってきたらボロボロだと思うんだよね」
私がソファに座り込むと、アスカが心配そうに眉を下げた。
「ここに来たのは、少しお願いがあって」
「何でも言ってください!私に出来ることなら」
そう、改まると、大したことじゃなさすぎて話しづらい。だけど……。
「ちょっと、お菓子作りに付き合ってくれない?」
◆ ◆
向かった先は、焼き窯や石造りの作業台が並ぶ、本格的な調理場。
この拠点には、ザイルが私に手料理を振る舞うために作った、無駄に豪華なキッチンがあるのを知っていた。
「うわ、凄いですね!」
アスカは私の提案を快く引き受けてくれた。
「作るよ。特製の『蜂蜜飴』と『クッキー』」
私は虚空にしまっておいた素材を次々と取り出し、作業台に並べた。
「えっと、これは……?」
アスカが恐る恐る尋ねる。
「『キラービーの濃蜂蜜』に『ミノタウロスの牛乳』、『コカトリスの卵』に……」
「……ひっ!!」
アスカが遠い目をした。
(ボウルの中身だけで大企業を買収できそうですなんですけど)
「あ、小麦粉が少し足りないかも。あと砂糖も全部使っちゃった。普通に鶏卵もあったら良いし……」
私がボウルを抱えると、アスカがおずおずと提案してきた。
「あ、あの、リザレさん。もしあればなんですけど……『バニラエッセンス』と『三温糖』を入れると、風味がもっと優しくなりますよ」
「へー、地球の調味料?」
「はい。異世界の砂糖も美味しいんですけど、お菓子には精製されたお砂糖の方が口溶けがいいんです」
「そっか。アスカ、持ってないの?」
「家にはあるんですけど……」
アスカは悲しげに外の方角を見た。
「取りに帰れないんですよね。国防軍の壁が……。でも大丈夫です。さぁ、作りましょう!」
アスカは、ポケットから連絡用アーティファクト(スマートフォン)を取り出し、作業台の前に置いて映像を映し出した。
「情報収集もしながらです!」
◆ ◆
「じゃあ、飴からいこうか」
私は鍋に『キラービーの濃蜂蜜』をドロリと注ぎ込んだ。
加熱すると、黄金色の液体が発光し始め、甘い香りが厨房中に充満する。ただの甘い匂いではない。嗅ぐだけで肩のコリが治りそうな、濃厚な魔力の香りだ。
「うわぁ……。湯気を吸っただけで、肌ツヤが良くなった気がします」
「でしょ?焦げないように混ぜてね」
「は、はい!鍋奉行、仰せのままに!」
アスカがおっかなびっくり木べらを回す横で、私はクッキーの生地に取り掛かる。
「次は卵」
『コカトリスの卵』を片手で持ち、ボウルの縁でコンコン、と叩く。
「ひぃっ!め、目が合うと石化しませんか!?」
「大丈夫、中身はただの栄養爆弾だから」
パカッ。
殻を割ると、宝石のように輝くオレンジ色の黄身が滑り落ちた。そこに『ミノタウロスの牛乳』を加え、力いっぱいかき混ぜる。
「リザレさん、手つきが良いですね」
「昔、よく作らされたからね。……あ、粉が」
「ふふ、鼻の頭についてますよ」
アスカが指先で、私の鼻についた小麦粉(最高級)を拭ってくれる。
キャッキャと笑い合いながら、私たちは生地を星やハートの形に抜いていった。
「よし、あとはオーブンへ」
私は魔石式のオーブンにトレイを滑り込ませ、指先で『火加減』のルーンを調整する。
「美味しくなぁれ」
「ザイルさんをびっくりさせましょう!」
甘い香りが漂う待ち時間。
それは、外の世界の喧騒を忘れさせる、平和で温かなひととき――のはずだった。
◆ ◆
アスカの恋バナに花を咲かせている時、ふと、連絡用アーティファクトの画面を見た彼女の顔から血の気が引いた。
「……え?」
アスカの手が震え始める。
「ど、どうしたの?」
「リ、リリリリザレさん!!こ、これ!!」
突き出された画面には、禍々しい赤字のサムネイルが踊っていた。
チャンネル名:『アクノシン・イン・ザ・ダーク』
タイトル:【緊急配信】ビビってる政府に代わって、俺が管理者をシメに行く【東海X-2】
「ひぃぃぃ!?アクノシンがこっちに向かってます!!」
「アクノシン?」
『おいウラマ!見てんだろ!お前がグズグズしてるから、俺が直々に動くことにしたんだよ!』
画面を覗き込むと、銀色の装飾品をつけ過ぎの男――実質S級1位、アクノシンが、こちらに向かって一人で凄んでいた。
『リザレだったか?首洗って待ってろ。そのふざけたダンジョンごと、俺の拳で粉砕してやる!』
画面に視聴者達の無数のコメントが溢れかえる。
『え?!もう向かってる?!』
『これプライベートジェットじゃね?』
『ヤバイ!管理ちゃん逃げてぇぇぇ!!』
もはやお菓子作りどころではなくなったアスカ。
「うわぁぁん!クッキー焼く前に私たちが焼かれますぅぅ!!」
アスカが頭を抱えて絶叫する。
同時接続数は550万人。日本中が、この「最強の襲来」を固唾を飲んで見守ろうとしていた。
「あ、この人、こっち来るんだ?」
「そ、そうですよ!!」
私は粉まみれの手をパンパンと払い、アスカに言った。
「ねえ、この人に伝えたい事あるんだけど、出来る??」
「え?!は、はい。コメント機能なら。ここを押して……」
私はアスカからスマホを受け取ると、たどたどしい手つきで入力を始めた。
画面の中のアクノシンが、賑やかに叫びながら、カメラに向かって中指を立てている。
『文句があるならコメントしやがれ!全員ぶっ飛ばしてやるからな!』
そのコメント欄に、一件の投稿が流れた。
『来るついでに、三温糖と小麦粉買ってきて。あとバニラエッセンスも。リザレより』
――静寂。
550万人の視聴者が凍りついた。
『え!?』
『リザレってまさか』
『管理ちゃん!?』
『本人降臨www』
『大草原』
『パシリ扱いワロタ』
『これから殺し合いに行く相手に「ついでに」ってwww』
『煽りスキル高すぎだろ』
画面の中のアクノシンが、タブレットを見て固まる。
ピキッ。
こめかみに青筋が立つ音が、マイクを通して聞こえてきそうだった。
『……あぁ!?』
アクノシンが、カメラを握りつぶさんばかりに怒鳴った。
『ふざけやがって!!小麦粉だぁ!?俺をウーバー扱いしてんじゃねぇぞゴラァァァ!!』
ブチッ。
配信が切れた。恐らく、激怒して機材を破壊したのだろう。
「あ、切れちゃった」
私はアーティファクトをアスカに返した。
「よし、これで材料揃うね」
「……揃うわけないじゃないですかぁぁ!!」
アスカが崩れ落ちるように叫んだ。
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【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第90階層:苔生した神殿(深層)※ただしツアー
■友好関係
・サクラモチ(E級ピュア・スライムLv65)
・オハナ(S級古竜Lv91)
・藍野アスカ(Cランク探索者、チャンネル登録者100万)
・ゴズ・ヴェン(C級よろず屋Lv30)
・ザイル・ヴェルンブラ(S級暗殺者Lv68)
・モフ(S級巨狼Lv89)
・北沢ケンタ(Eランク探索者)
・藤村ユウキ(Eランク探索者)
・にく(A級サイクロプスLv52)
・ユザメ(S級ラヴァドラゴンLv78)
・ベンリ(S級アラクネLv85)
■BAN対象(永久追放)
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
・臼井クロト(Bランク探索者)ほか4名
罪状:冒険者達への陵虐
■BAN対象(装備ロスト)
・城嶋ジャック(Bランク探索者)ほか103名
罪状:上司の機嫌を損ねたため
■管理者コメント
スマホって便利!
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アクノシン「ぶっ殺してやる!」
リザレ「ついでに砂糖買ってきて」
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