第13話 【勘違い】E級が国家の重要人物になる
■地下迷宮「ユリカゴ」第90階層(深層):苔生した神殿
配信が切れた現場では、明らかにそれまでの階層と空気が変わっていた。
重力が歪み、空間そのものが軋むような音がする。
アスカたちのスマホのカメラレンズに、ピシピシとヒビが入っていく。
「だ、ダメ……これ以上は……」
呼吸すら危うい。そして目の前に現れたのは絶望そのものだった。
ズシン……ズシン……
地響きと共に現れたのは、全長50メートルを超える黒い古竜。
その横には、神々しい銀色の毛並みを持つ巨狼。
「あぁ……あぁぁぁぁあ……」
ケンタはもはや【アナライズ】どころか、意識を保つだけで精一杯だった。
そこに現れたのは「魔物」ではない。ユザメ(ラヴァ・ドラゴン)やベンリ(アラクネ変異種)が霞んで見える程の「災害」あるいは「神」の領域にある存在が、そこら中を徘徊していたのだ。
「あ、モフ。そこで穴掘らないの!」
リザレの声を聞くと、巨狼が凄まじい圧とともに尻尾を振りながら駆け寄ってきた。
「もう無理。意識が持たない」
Eクラスのケンタやユウキはもちろん白目泡ふき。Cクラスのアスカでも、その余波にすら耐えられず、膝を折る。
モフがリザレにじゃれると、彼女が銀色の毛まみれになる。
「うぷっ、今抜け毛の時期なんだよね。ケンタ、背中についた毛とってくれない?毛はその辺に捨てないでね。またついちゃうから」
「は、はいぃぃ!!」
ケンタはリザレに呼ばれて意識を取り戻し、震える手で彼女の背中についた巨狼の毛をはがし、捨てるなと言われたので自前のリュックに収納していく。
それが、ほんの一束で2000万円相当のアイテムだということを考える余裕もなく。
◆ ◆
途中からツアーに同行していたザイルは、深層の圧倒的な瘴気に当てられながら、自身の無力さを噛み締めていた。
アラクネに勝てず、深層では立っているのがやっと。
これでは、リリを守れない。
『……力が、欲しいか?』
脳内に直接響く声。
ザイルは、何かに操られるように神殿の奥へと歩を進めた。
突き当たりには、禍々しくも神聖な「黒い扉」が鎮座していた。デヒメルの紋章が刻まれた、開かずの扉。
「……ここに入れば、強くなれるのか?」
『貴様次第だ』
「リリを守れずに生きるくらいなら、死んだほうがマシだ」
ザイルは迷わず扉に手をかけた。
ギィィィ……。
重苦しい音と共に扉が開き、彼はその向こう側にある「時間の止まった闇」へと足を踏み入れた。
■地下迷宮「ユリカゴ」第10階層(上層):行商人のテント
一行は、第10階層へ戻ってきた。
深層のプレッシャーから解放され、アスカ、ケンタ、ユウキの三人はぐったりしていた。
「……生きてた」
「(悪)夢の様だった」
「ち、地球に帰らないと」
魂を取り戻したユウキが言う。
探索と配信を生業とするアスカと違い、ケンタと二人は大学生であり、このダンジョン内に長く留まる事は出来ないのだ。
「あ、でも、ゲートの先、国防軍や警察がすごいことになってるんだった」
ケンタは思い出したかのように呟き、頭を抱えた。
「企画の成功は間違いなしでしょ。だから、今回は感謝を込めて、私が送ってあげる」
リザレは二人の背後に回ると、デコピンを構えた。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
「え?」
「えっ!?まさか……」
「はい、さよなら(物理)」
ババァン!
「「ぎゃあああああああ!!」」
ケンタとユウキは、打ち上げ花火のように射出され、地下迷宮の星となった。
■岐阜県内:東海X-2から数キロ離れた山中
「……っつぅ」
ケンタが尻をさする。気づけば、ゲートから遥か離れた森の中にいた。
「……めちゃくちゃだった」
「でも、すごかったな」
二人は興奮を共有し、笑いながら言った。
そして、気づいてしまった。
「……あ、これ」
ケンタがリュックを開ける。
中に押し込んでいた、何十億円相当もの「銀色の毛束」。月明かりを浴びて神々しく輝いていた。
「……どうすんの、これ?」
ケンタはリュックの中の「銀色の毛束」を見つめ、冷や汗を流していた。
その時だ。
「動くな!!」
ジャッ、と草を踏む音と共に、無数の銃口が二人在に向けられた。
暗視ゴーグルを装着した重装備の兵士たち。
国防軍の境界警戒部隊だ。ゲート周辺の異変を察知し、展開していたのだ。
「両手を上げろ!貴様ら、どこから来た!?」
隊長の怒号が飛ぶ。
普通の大学生なら、ここで泣いて命乞いをする場面だ。
だが、ケンタの脳裏に浮かんだのは、自分の保身ではなかった。
(……ここで僕らが捕まったら、管理ちゃんの布教ができなくなる!)
その一心だけが、限界オタクの脳味噌をフル回転させた。
「……ユウキ、合わせろ」
「は?お前、何を……」
ケンタはスッと表情を消すと、ゆっくりと眼鏡の位置を直した。
その態度は、歴戦の猛者のように不気味に落ち着いていた。
「……騒がしいですね。静かに願えますか」
ケンタは、あえて尊大な口調で言った。
「なっ……!?」
兵士たちが動揺する。
ユウキも一瞬ギョッとしたが、すぐに相棒の意図を察した。ここでビビれば終わりだ。
彼は覚醒スキル【認識阻害】をあえて全力で展開し、自身の気配を「正体不明の強者」のように偽装した。
「隊長!こいつら、覚醒者です!レベル測定装置にエラー!只者じゃない!」
「まさか、ゲートの中から出てきたのか……!?」
現場に緊張が走る。
ケンタはリュックから、ゆっくりと「銀色の毛束」を取り出した。
ズズズッ……。
巨狼の毛。それはただの素材ではない。
神話級の怪物の魔力が凝縮された、呪いの魔道具にも等しい威圧感を放っていた。
月明かりを浴びて輝くその毛束を見た瞬間、兵士たちの本能が警鐘を鳴らした。
「ヒッ……なんだ、その威圧感は!?」
「下手に刺激するな!」
隊長が悲鳴のような指示を出す。
ケンタは、その毛束をまるで「通行手形」のように掲げた。
「我々は、東海X-2のダンジョン管理者、リザレ様より信託を得た者。扱いを間違えたならば……わかるだろうな」
ハッタリ。大嘘だ。
だが、直前まで「深層」の地獄を見てきた二人の目には、人間の兵士など気にならないほどの「座った」光が宿っていた。
「か、管理者の……信託だと?」
隊長は無線機を掴んだ。その手は震えていた。
彼らの纏う「深層の残り香」と、手にした「銀色の毛束」があまりにも規格外すぎたのだ。
「……直ちに、上層部に連絡する。丁重にお連れしろ!」
「へ?お連れ??」
そんなつもりは無かった。
ただ、見逃してほしかっただけだった。
なのに……
「この者たちは、重要な交渉人だ!内閣官房にも一報を上げておけ」
「な、内閣官房!!??」
こうして二人は、肝の据わった猿芝居のせいで、ただのオタク達から、国家の「最重要人物」へとジョブチェンジを果たしたのだった。
■東京都内:チーム『クロノスタ』作戦司令室
アスカの配信が途絶え、現場が混乱に包まれる中。
ウラマは、真っ暗になったモニターを見つめ、静かに思考を巡らせていた。
「……映像が途絶えたのは、魔素濃度による機器の故障。つまり、深層には『神代の遺物』が眠っている可能性が高い」
彼は恐怖していなかった。
むしろ、未知への探究心と、莫大な利益の匂いに興奮すら覚えていた。
その時、彼の手元の端末が震えた。
表示された発信元は『US.No.1BUSTER』。
「……鼻が効く男だ」
ウラマは通話ボタンを押した。
『Hey Urama!見たぞ、今の配信!』
スピーカーから、割れんばかりの大声が響く。
全米ランキング1位、バスター。
豪快かつ好戦的な、アメリカ合衆国最強の男だ。
『Crazyなダンジョンだ!ドラゴンにスパイダー、おまけに最後に見えたデカい影!血が騒ぐぜ!』
「……それで?わざわざ国際電話をかけてきた用件は?」
『決まってんだろ!俺たちも混ぜろ!日本だけで独占なんてズルいぜ?』
ウラマは眼鏡の位置を直した。
海外勢の介入。それは厄介だが、あの「深層」を攻略するには、日本の戦力だけでは足りないかもしれない。
「……検討します。ですが、まずは日本が味見をしてからです」
『HA!HA!悠長なこと言ってると、全部食っちまうぞ?まあいい、Goodluckだ、サムライボーイ!』
通話が切れる。
ウラマは深く息を吐き、立ち上がった。
「……さて。世界が動き出す前に、終わらせるとしましょうか」
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【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第90階層:苔生した神殿(深層)※ただしツアー
■友好関係
・サクラモチ(E級 ピュア・スライムLv65)
・オハナ(S級 古竜Lv91)
・藍野アスカ(Cランク探索者、チャンネル登録者50→100万)
・ゴズ・ヴェン(C級 よろず屋Lv30)
・ザイル・ヴェルンブラ(S級 暗殺者Lv68)
・モフ(S級 巨狼Lv89)
・北沢ケンタ(Eランク探索者)
・藤村ユウキ(Eランク探索者)
・にく(A級 サイクロプスLv52)
・ユザメ(S級 ラヴァドラゴンLv78)
・ベンリ(S級 アラクネLv85)
■BAN対象(永久追放)
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
・臼井クロト(Bランク探索者)ほか4名
罪状:冒険者達への陵虐
■BAN対象(装備ロスト)
・城嶋ジャック(Bランク探索者)ほか103名
罪状:上司の機嫌を損ねたため
■管理者コメント
モフの毛は御日様のにおい
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ケンタ、一世一代の大芝居。
リュックの中身(抜け毛)だけで政府役人が飛び跳ねるレベル。
「勘違い展開、最高!」
「ウラマの解説が的外れで草」
そう思っていただけた方は、ぜひ★を投げてやってください!ケンタの胃薬代になります!
★カクヨム様にて先行配信しております。
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