第8話 帰国後の自宅までの交通費は忘れがち
折り畳み傘ってものすごく重宝するんですけど、国によってはさしてる人ほとんど見ないんですよね。だからもう、目立つ目立つ。
転移から3か月。
割と小規模だったダンジョンをそろそろ踏破、という時に、天使っぽい人の声が聞こえた。
「帰還準備が整いました。よろしいでしょうか…」
ちっ、もう少しだったのに、と思ってしまったのは秘密だ。
「おっそーい。まあ、楽しめたかな、異世界生活」
「そうだなー。でも俺は日本食が恋しい」
とはいえ、そろそろ限界かなあとも思っていた。ホーム?シックは別にしても。
俺達はこの街の住人にとっては『旅人』の延長でしかない。討伐もバイトのようなものだ。
借り続けている宿も安いことは安いが、月単位となると割高だ。金銭的な効率がどうにも悪い。
「アパートみたいのがないのが辛いよね。家は古くても購入ってことになるし」
「年単位にしてもこの古さで金貨百枚ってどうなんだ、と思ったらそういうオチだったという」
「属性魔法を発動できる大型魔石も、私的にお金出して譲り受けるしかないみたいだしねえ」
いつ帰還するかわからない以上、不動産の類までの現地購入は避けたかったというのもある。
加えて、あの草原からの帰還になるだろうと考えると、この街からうかつには離れられない。
ダンジョンがなかったら、1か月で飽きてしまっただろう。そういう意味での限界もあった。
「ダンジョン活動のおかげで貯金結構あるけど、家と魔石2個手に入れるにはちと足りないし」
「よく考えたら、日本でも数百万円の貯金あったって、ホテル住まいでバイトのみは辛いよね」
「賃貸とローンの制度は偉大だな。クレジットカードも活用次第では便利なツールだし」
などと、妹と地球の制度についてあらためて考察していたりすると、
「あのう、転移場所に移動していただきたいのですが…」
「あー、待って待って、明日まで待って!」
「いろいろ整理・精算しなきゃな。街の人々にも挨拶しないと」
急いで帰還しようとしないあたり、俺達はここでの生活を気に入っていたのだろう。
◇
翌日、元の服に着替え、街の人々に身振り手振りで街を去ることを伝える。
宿やギルド、浴場など、みんな笑顔で見送ってくれた。挨拶の言葉すら覚えられなかったけど。
しかし、いい人達ばかりだったな。魔物以外は平和だったし。さすが、神々御用達の地。
「言葉が通じなかったことがかえってよかったんじゃないかな?ずっと住むなら話は別かもね」
「特に、宿とギルドの受付の人達にはえらく迷惑かけたかもだなあ」
「折り畳み傘とビニール袋、活用してくれるかな」
持ち込んだ物品のうち最も驚かれたのが折り畳み傘という。傘自体がなかったようだ。
転売されてもつまらないので、宿屋備え付けという意図で受付のお姉さんに渡した。
ギルドには主にビニール袋。あと、剣と防具も安く買い取ってもらった。持ち帰れないし。
門番の人々に別れを(身振り手振りで)伝え、あの丘の上にふたりで立つ。
「いいですよー」
その瞬間、空港の出国審査が終わる直後の場所に俺達はいた。
どうやら、時間経過は全くないらしい。夢でも見ていた気分だが、それでも記憶は鮮明だ。
というか、妹の雰囲気が冒険者風のままだ。顔つきや背格好が変わったわけではないが。
「あ、あたしの口座の残高!」
ATMを探しに行く妹。現金引き出しは妹の口座からばかりだったしな。これから香港だし。
俺は、日本食レストランへ。外国へ行く前の食い納め、ではなく、なつかしの味を求めて。
とりあえず蕎麦をすすっていたら、妹がふらふらと近づいてきた。
「お兄ちゃん…ゼロがいっぱい…たくさん…」
神々の皆様は、討伐報酬の換算レートをだいぶ考慮してくれたようだ。
現地では小金貨が千円弱相当という感じだったが、純金に近かったのかもしれない。
「あ、旅行保険の会社からの入金になってる」
「なるほど、表向きは補償金扱いか」
3か月ぶりに充電したスマホでネットバンキングを試してみたら、そうなっていた。
いやしかし、この額…早いところ別の銀行口座を作って小分けにした方が良さそうだ。
「ねえねえ、そういえば香港滞在可能期間って90日だったよね?これだけお金があるなら、」
「学校があるだろが」
◇
片道5時間弱かけて香港に向かった俺達は飲茶を楽しんだ。そりゃあもうたっぷりと。
その翌日には慌ただしく観光し、更に翌日には日本に戻った。2泊3日のなんと短いことか。
空港からは電車で自宅に戻った。俺達にとっては、約3か月ぶりの両親との再会だ。
「あ、説明用の小金貨がポケットに入ったままだった」
「お土産にちょうどいいんじゃない?外国の硬貨は普通、現地でしか手に入らないし」
「これ1枚で数十万円しそうだよなあ…」
小さな魔石も何個か持ち込んだことに気づいたのは、回転寿司で寿司をほおばっていた時だった。
日本に戻ってきたらとりあえず寿司とお茶ですよね。




