三人が行く
「しっかしよぅ、殲滅側が多すぎねえか」
通路を黙々と進んでいるのだが、罠もなく気配も感じられない。暇を持て余した剛隆が何かと話しかけてくるのが少し面倒だが、雑談に応じることにした。
先頭を行く零士君は興味のない振りをしているが、フードを外してあらわになった犬耳がぴくぴくと動いているので、おそらく聞き耳を立てているのだろう。
「多く見えるのは、殲滅側はできるだけ固まって一緒に行動しているからだと思う。殲滅と探索のプレイヤー比率は不明だけど、プレイヤーを陥れるには一人よりも、二人以上で行動した方がやり易いだろうし」
チームに三人も殲滅側が居たことに驚きはしたが、冷静に考えると殲滅側同士で集まった方が効率良くやれるに決まっている。他に人員を割いているので、剛隆のチームには一人も殲滅側がいないことだってあり得るだろう。
「なるほどなー。しっかし、この第十ステージは駆け引きが多くねえか。苦手なんだよな、そういうの」
そんな感じだよな確かに。話を聞いた限りでは、これまでのステージを彼は、その身体能力で豪快に乗り越えてきたらしい。
頭をフル回転させて何とかステージを乗り越えてきた俺とは真逆に位置するのが彼だ。
「探索側は殲滅側が誰かを見抜けないと、さっきみたいなことになるから。まずは、信用できる相手を見つけるのが最優先かもしれない」
「そっか。じゃあ、俺たち以外にも信用できる探索側を見つけねえとな!」
「そうだな」
と言いはしたが、剛隆も零士君も探索側という保証はない。
織子のことも見抜けなかった俺は、もうプレイヤーがどちら側か予想するのは諦めた方がいいな。どちら側であったとしても立ち回れるように、心構えをするぐらいが一番だ。
「しっかし、ここは煙突の中みたいだな」
また考え込み過ぎていたか。剛隆の声に反応して顔を上げる。ここの通路はまるでレンガの煙突を横倒しにしたかのようだ。
今のところ敵も現れず罠もないので、本当に煙突の中を黙々と進んでいる気分になってくる。本物だったらスス汚れで無残な姿になっていそうだが、ここは結構清潔のようだ。
俺と剛隆はこうやって結構話し込んでいるのだが、零士君は一切加わろうとはしない。無口なのも悪くは無いのだが、以前の彼を知っているだけに無理をしているのではないかと、少し心配になる。
「ええと、確か零士だったか? ずっと黙っているけどよ、ちっとは会話に加わったらどうだ」
「放っておいてくれ。親しくなれば、別れが悲しくなるだけだ……」
剛隆の誘いに、素っ気なく答える。こうやって見ると、正反対の二人に見えるが、以前の零士君なら剛隆と気があっただろうに。
「親睦を深めるのは落ち着いてからでいいだろ。今はこの先の探索と鴨井たちとの合流を最優先に考えないとな」
「それなんだが、残してきた奴らは大丈夫か。網綱の仲間だった織子が殲滅側だということを、他のメンツは知らねえんだろ?」
「知らないな。だけど、鴨井は殲滅側が存在していることを把握している。あの人、かなりの切れ者だから正直そんなに心配はしていないよ」
ただし、鴨井が探索側であればという前提条件を満たしていればの話だ。もし、殲滅側なら、探索側の全滅を覚悟しておかないといけないだろう。
鴨井たちに関しては酷いようだが、見極める為に暫く様子を見ようと思っている。彼が殲滅側なら、死に戻ったところで内と外からの挟み撃ちにあうだけ。もし、探索側なら何とか防衛してくれるだろう。
それに疑いを向けているのは鴨井だけじゃない。明菜と横道だって敵側であってもおかしくないのだから。
「お喋りはそこまでにしてくれ。通路の先から微かに物音が聞こえる」
零士君に言われ耳を澄ましてみるが、俺の耳は何の音も拾えない。剛隆も同じようで耳に手を当てて目を閉じているが、何も聞こえないようだ。
「何者かがうろついている。数は一、二、三体。歩幅や足音から察するに人型二足歩行だろう」
彼の聴力はかなり高性能のようだ。そこまで細かく音を拾えるとは……能力を少し侮っていた。上方修正しておかないといけないな。
「また三つ目の敵か。あれと、黒い靄っぽいのしか相手にしてないぞ。あと、目玉巨人か」
そういや、今のところ第十ステージは敵の種類が三種類しかいない。もっとも、三つ目はバリエーションが豊富だし、サイクロプスは進化を続けているが。
黒い靄の塊だけは大きさが異なる程度の差しかない。っと、噂をすれば何とやら。今回の敵はセーブポイントの罠で湧き出てきた黒い霧か。
俺の目でも目視できる距離に黒い人の塊がさまよっている。こっちに気づいてないようで、うつむき加減で行ったり来たりを繰り返している。
個体の強さとしては最弱なのだが、この敵も何かあるのだろうか。
「どうする。取り敢えず、ぶん殴るか」
「脳筋が」
「ああんっ、お前、何か言ったか」
ボソッと悪態を吐いた零士君に剛隆がガンを飛ばしている。水と油だな、この二人は。
もめている二人を無視して、矢を三発連射しておいた。脳天を吹き飛ばした矢が通路の奥に消えて行く――脳は無さそうだが。
防御力も乏しく、身体能力も高くない。特殊能力を使ってきたこともない。セーブポイントで散々戦ってきたが、この敵かなりの雑魚だ。
「呆気ねえな。この黒い奴なら10体相手でも勝てる自信があるぜ」
それは慢心ではなく事実なのだろう。実際、剛隆なら余裕でねじ伏せられる筈だ。油断は禁物だと肝に銘じてはいるが、この敵は脅威を感じない。
とはいえ、ここの製作者がただの雑魚を配置するとは思えない。何かあるとしても、その何かをされる前に処分しておけば問題ない筈だ。
「またか。そこの曲がり角の先に追加で四体来たぞ。二体はさっきの黒い奴だ。もう二体は足音がしっかりしているな……おそらく三つ目だろう」
俺の察知した気配も同様の答えを導き出している。そういや、この二種類の魔物が同時に現れるのは初めてだな。
気配は曲がり角の先で右往左往しているだけだ。それ以上、近づくこともなく立ち去りもしない。ここは、こっちから攻めるべきか。
「曲がり角を抜けて矢を射るから、取りこぼした相手がいたら二人頼むよ」
「おうさ、任せな!」
「善処する」
距離が近いので、二体は即座に始末できそうだが、残り二体は無理せずに彼らに任せた方がいいかもしれないな。
合図を送るまでもなく、全員が全速力で駆けだす。曲がり角に跳び出し、九十度体を回転させて、素早くコンパウンドボウを構える。
弦を絞り、つがえた矢を解放――何だあれ。
その光景に思わず体が固まる。比較的、人間の面影を残している三つ目に黒い人影が覆い被さる……というよりは融合している。
二つが重なり、まるで三つ目が黒い靄を体から発生しているかのように見える。何がしたいんだ? 今の内に倒した方が良いような気もするが、敵の数が少ない今の内に疑問は解決しておきたい。
気配を探ると二つの気配が重なり合っているのがわかるが……お、気配が変質してないか。二つが混ざりあい三つ目の気配が濃厚になった。
そして、三つ目の顔にも変化がある。顎が前にせり出し、下顎から牙が伸び、第三の眼が一回り大きくなっているな。
黒い靄は完全に消滅した。あれは三つ目を強化させる魔物という立ち位置なのか。なら、見つけたら狩っておくことにしよう。でも、このバージョンの方が特殊能力を使えなくなるようなので、対処はしやすいんだが……嫌な予感がする。
かなり魔物化が進んだ三つ目に、再び黒い靄が融合したらどうなるのか。それが繰り返されることにより、無限に強化されていくとすれば。
何故か悪い予感だけは命中率が異様に高いんだよな……やはり、即座に処理しておく方がいいな。
「よくわからねえが、叩き潰す!」
「考えろよ……」
俺が悩んでいる間に二人が追い越していった。
剛隆が相手の両肘を打ち上げ、相手の胸が露わになったところに掌底がめり込む。どんっ、と腹に響く低い音と同時に、三つ目が崩れ落ちる。
剛隆は安心して見ていられるが、零士君はどうなんだ。第七ステージでは力任せに刀を振るっていただけだったが。
対戦相手である三つ目は短剣を所持していて、鋭い突きを繰り出しているが、軽いステップで右へ左へと跳ねながら苦もなく躱しているな。
むきになった相手の動きが段々と荒っぽくなり、隙が大きくなったところで無造作に突き出された刀の先端が、三つ目の背中から飛び出す。
以前とは比べ物にならない洗練された動きだ。彼の潜ってきた修羅場が容易に想像できる。
「へええ、案外やるもんだな」
「そっちもな」
お世辞にも仲がいいとは言えないが、お互いの実力は認めているのか。これなら、戦闘中の心配はしないで済みそうだ。
「しっかし、この通路何処まで続いてんだ。やっぱ、マップを取っておけば良かったか」
確かにマップは欲しいところだ。このわき道は載っていなかったが、一度通ったところは記載されるので助けにはなる。明菜について来てもらうべきだったか。
「マップならあるぞ」
そういって零士君が差し出したのは、確かに明菜が所有していた物と全く同じマップだった。彼は褒美でそれを選んだのか。以前なら確実に武器の進化を選んでいただろうに。
そうならざるを得なかった零士君が頼もしくもあり、寂しくもあった。
「マップ見せてもらってもいいかな?」
「構わない」
手渡されたマップを受け取り、記載されている地図に目を通す。
やはり、所有者である零士君が通ってない道は記載されてないか。俺が通ってきた道の幾つかが描かれていない。
確かタッチパネルの要領で指をスライドしたら――
「えっ、何だ?」
「何をした! マップが光っているぞ!」
珍しく零士君が取り乱しているな、と観察している場面じゃない。何でマップの画面から、いきなり光が溢れ出した。地図を表示している画面が眩く輝きだしたかと思えば、直ぐにその光が消えた。
訝しみながらも液晶っぽい画面を覗き込むと、さっきまでは描かれていなかった脇道が記載されている。これは、俺が進んできた道が表示されるようになったのか。
「どういうことだ、まだ進んでいない道が増えている」
「触れた人が一度でも通ったことがある道は更新されるみたいだな」
これは思ったよりも便利な機能だ。無事に鴨井たちの元に戻れたら、明菜のマップも更新しておかないと。
これで、俺たちが新たな道を開拓することの重要性が増したな。まあ、この先が行き止まりでなければの話だが。
「何か、気のせいかもしれねえけど、熱くねえか?」
「もわっとはする」
「気温が上がっているみたいだが」
『熱遮断』があるので相当暑くなっても耐えられるので問題は無いが、確かに気温は上昇してきているようだ。二人も熱でやられる心配は無用だろう。俺の知る限りのプレイヤーは全て『熱耐性』か『熱遮断』を所有していた。
前に進む度に気温が上昇していくので『熱遮断』を発動させておく。これで、熱気から逃れられる。
熱のせいで視界に映る景色が揺れているのがわかる。これは第二ステージを彷彿とさせるな。通路も赤く染まり始めているということは、かなりの熱量のようだ。
「ここは、あれだ、第二ステージを思い出させてくれるな」
「この程度の熱なら問題は無い」
二人とも熱の影響はないようだ。『熱遮断』は完全に熱を防いでくれるので、どの程度暑いのか判断ができないという欠点がある。確かめる為に、バックパックから水筒を取り出し、足元に零してみた。
じゅっ、と水が一瞬で消滅した。熱せられたフライパンの上にいるような状況のようだ。
本来なら人が生きてはいけないレベルなのだろうが、人を遥かに超越してしまったプレイヤーである俺たちには何の問題もない。
永遠に続くのではないかと錯覚するほどの長い通路の終点が見えてきた。
通路の先が赤く染まっているので、そこからは別の通路か部屋が広がっているのだろう。ようやく代わり映えのしない煙突通路から解放されるのか。
敵の気配が無いことを確認してから、通路の切れ目を超えるとそこは見慣れた光景にそっくりだった。
「第二ステージみたいだな」
俺の呟きに反応して二人も頷いている。
灼熱の溶岩が流れる川に架かる一本の道。
何度も煮え湯を飲まされた、あの灼熱地獄が再び姿を現した。




