再び
「初めは苦戦したけどよ、今更感が半端ないぜ」
「問題はない」
隊列は先頭が零士君、続いて剛隆、殿が俺となっている。二人ともかなりの高熱で弄られているというのに、涼しい顔だ。
一本道から下を覗き込むと、溶岩が煮えたぎっている様子がよく見える。『熱遮断』を覚えた今なら溶岩に落ちても暫くはもつのだろうか……試してみる気はない。
第二ステージと違い青い線はなく、熱を和らげる地点は存在してないが、今の俺たちには必要が無いようだ。
「ますます、第二ステージだな」
剛隆が指差す方に目をやると、通路の終点に扉があった。散々見てきた各ステージの終わりを告げる目印でもある無骨な扉。
「これがあるからといって、第十ステージが終わりってことは……ないか」
「ないな」
「ないんじゃね」
二人の即答に小さく息を吐く。クリアー条件は提示されているから、あり得ないことはわかっているが、この扉を見るともう終わりなのではないかと、無条件で反応してしまいそうになる。
第二ステージでは扉近くに地面が崩壊する罠があったことを思い出し、全員が大きく跳躍して扉の前に降り立った。
零士君が扉に耳を当て内部の音を拾っている。剛隆は拳を握り締め、腰を落とし、罠であっても迎撃する態勢を整えている。
俺もコンパウンドボウを構え弦も引いておいた。
「物音はしない……開けるぞ」
「いいぜ」
「よろしく」
零士君が扉に手を掛け、そっと押し込む。
音も立てずに扉が開け放たれ、その先の光景が目に飛び込んできた。
真っ白な部屋に三枚のガラス板。水場にセーブポイント。今まで何度も利用してきた休憩所を完全に再現している。
「休憩所だよな。どこからどうみても」
「おい、無造作に入るな」
剛隆が辺りを見回しながら、休憩所の中に足を踏み入れた。
何かあるのではないかと身構えていたのだが、特に変化はない。ただ、見慣れた休憩所があるだけだ。
「剛隆、左端のガラス板に触れて、書いている文字を読んでもらえるか」
「いいぜー」
俺と零士君は用心して、休憩所には入っていない。安全が保障されない限りは、万が一に備えておく必要がある。
「あーっと、ここはキミたちが利用してきた休憩所と同じ仕組みになっている。安全なので安心したまえ……だってさ」
記載しているのなら大丈夫か。このバカげたダンジョンで唯一信用できるのがルールだ。文字として記載されている内容が破られたことは一度もない。含みのある表現であったり、裏がある場合もあるが、内容を覆されたことはない。
「じゃあ、休憩させてもらうとするか」
「ああ」
剛隆に続いて俺たちも休憩所に入っていく。
身体の内部に温かい何かが浸透して、肉体と精神が癒されていく不思議な感覚は、もう慣れてしまった。
水場で喉を潤し、昼食の準備をする。二人とも小型のバックパックを背負っていて、そこから簡易の食料を取り出し口にしている。
そんな彼らを傍目に調理器具を取り出すと、第九ステージで補充された食材を調理してチキン南蛮を作ってみた。
あ、二人の視線を感じる。零士君は興味のない振りをしているが、視線がチキン南蛮もどきに釘づけだ。剛隆はわかりやすく、料理から一メートルの距離まで近づくと正座して凝視している。唾を飲み込む音が室内に良く響く。
ここでダメ押しとばかりに、ほかほかのご飯を取り出し、二人に向けて、
「二人の分も作ろうか?」
優しさを前面に押し出した笑顔と共に提案する。
「マジでか! 頼む、いや、頼んます!」
「そこまで言うなら、頂こう」
素直とツンデレか。あれだ、相手の胃袋を掴んだから勝ちだって言うしな。まあ、これは男女間の駆け引きで有効らしいが、主導権を握るという点ではどっちも同じだろう。
俺の振舞った食事は好評で剛隆は「うめえ、うめえ」を繰り返しながら、二度おかわりをしていた。ちなみに零士君は一度だけ、おかわりした。
「くはああぁ、大満足だぜ。ライフポイントを消費して保存食はゲットしたが、腹は膨れるけど味がな……」
「ああ、わかるよ。不味くはないが美味くもないという絶妙な味付けだった」
腹も膨れ、安全な地帯にいるという気の緩みか、剛隆だけでなく零士君もいつもより口が緩い。今なら雑談を装って少し深い話も聞きだせるか?
「そういや、剛隆のいたチームに、殲滅側じゃないかと疑いのあるプレイヤーはいなかったかい」
「うーん、あん時は殲滅側がいることも知らなかったからな。別に怪しいと思ったことは一度もねえな」
普通はそうか。鴨井から教えてもらうまで、俺もプレイヤーに裏切り者が混ざっているとは思いもしなかった。彼の性格からして疑いもしないか。
おそらくは剛隆と零士君は探索側だと思うが、この件に関しては俺の予想は当てにならない。あの時、殲滅側の見抜き方を知ることが出来なかったのは大きな痛手だ。
今後、殲滅側を捕獲することが出来たら、その時は確実に聞き出さないとな。
「網綱、黒い虎はどうした」
零士君からそのことに触れてきたか。信頼を寄せる相棒がいた身として、同じ境遇を経験したであろう俺のことを聞いておきたいのか。自分と違い殺さなかった未来を……僅かな望みにすがって。
「第八ステージで戦うことになってね。自らの手で殺したよ」
「そうか、あんたも……そうか。俺もポチミを……今思えば、これも全て製作者の思う壺なのかもしれない。大切な相手を殺させ、動揺する者を見て嘲笑っている気がする」
「結局、ここの製作者は何を考えいるんだろうな。俺にはさっぱりだぜ」
「予想は幾らでも立てられるが、答えは第十ステージをクリアー後に判明するのだろうな」
「どんな理由があれ、ポチミの命を弄んだことを後悔させてやる、必ず!」
「無関係な俺らを巻き込んだツケは払ってもらうぜ!」
想いは同じか。製作者に深い理由があったとしても、俺たちには関係ないことだ。第十ステージをクリアーした暁には……覚悟しておけ。
暗い炎を胸に秘めているのは俺だけじゃないことがわかっただけでも、収穫があったと言える。彼らと共に第十ステージをクリアーした際には、製作者側への復讐を手伝ってもらうことも考慮しておこう。
「話を変えるけどよ、さっきの溶岩地帯は第二ステージと同じだよな。今更、あのステージさせられても、余裕だっちゅうの」
「意図が読めない……」
「この扉を抜けた先によっては、答えがでるかもしれないぞ」
二人は首を傾げているが、答えは自分たちで口にしていた。
第二ステージに似ていたということは、扉の先に広がるのはおそらく……。
充分な休憩を取り、心身共に万全に近い状態まで回復したので、零士君を先頭にして先に続く扉を開いた。
「やはり、そうか」
一面の暗闇。だが、そう認識したのは一瞬で、直ぐに『暗視』が働き日光の下にいるような映像に切り替わった。
気配を探ると、少し離れた上空に無数の小さな気配がある。これは確定したと言っても過言ではない。
「無数の獣の息遣いを感じる」
「おいおい、今度は第三ステージの真似事か」
そう、剛隆の言う通り、ここは第三ステージと似ている。
頭上に感じる気配は蝙蝠だろう。視線を向けるが天井が高いようで、小さな点があるかどうかといった感じだ。
「燻りだすよ」
二人から反論が無いので、俺は手の平に生み出した炎の玉を天井に投擲した。
ボーリング玉大の炎の玉が上空へ突き進み、天井に激突するとその炎を周辺に撒き散らす。途端、天井全体が蠢き崩壊したのではないかと、誤解しそうになる数の蝙蝠が炎に炙られ、真っ逆さまに降りてくる。
「おうおう、大入りじゃねえか! 唸れ、竜激!」
剛隆が両足を踏ん張り、拳を天に突き出すと、風が渦を巻き蝙蝠たちを呑み込んでいく。竜巻に触れた蝙蝠は全身をズタズタに引き裂かれ、哀れな躯を晒しながら高速で回り続けている。
見た目も派手だが、威力もそれに見合うものらしい。渦の範囲から逃れている筈の蝙蝠も吸い込まれていく光景に思わず見入ってしまった。
「おらおらおらっ! 一匹も逃がさねえぜ!」
突き出した腕を大きく回すと、その動きに従い空気の渦も暴れ出す。上空から襲い掛かろうとしていた蝙蝠たちは全て吸い込まれていき、俺も零士君の出番もないまま、呆気なく戦闘が終了した。
「ざっと、こんなもんよ」
「凄いな。それって手甲の性能なのかい?」
自慢げに鼻を擦っているが、それだけの活躍をしたのだから素直に称賛しておく。一つ気になったことも、ついでに訊ねておいた。技を放つ際に唸れ竜激と口にしていたから、ほぼ間違いないと思うが。
「違うぜ。特殊能力の風使いで風を操っているだけだ。それっぽい台詞を叫んだ方がカッコいいだろ!」
気持ちはわからなくはないが、それを羞恥心もなくやってのける姿はある意味だが憧れる。カッコイイかどうかは別として『風使い』か。名前からして、俺と同様に属性操作から進化した能力だろう。
剛隆は戦闘力なら、かなり上位のプレイヤーと見て間違いは無さそうだ。
「そろそろ、動かないか?」
こんな時でも零士君は落ち着いて我が道を貫いている。剛隆が感情的な分、いいコンビになりそうだ。
「そうだな。ここが第三ステージを真似ているのなら、あれもいるだろうから油断はしないでくれ」
第三ステージのボス的存在であった火の鳥が潜んでいる確率はかなり高いと思う。どういう目論見なのかは読めないが、この通路は今まで経験してきたステージを模倣しているようだ。だとしたら、火の鳥が待ち構えていると考えるべきだろう。
「あれって、第三ステージの扉を守っていた風神みたいな格好をした鬼か?」
「いや、扉の前にいたのは半魚人だったぞ」
あれ、二人とも火の鳥が相手じゃなかったのか。そういや、織子もでかいモグラと戦ったとか、どうとか言っていた気がする。んー、それは田中だったか……記憶が曖昧だ。
時折、蝙蝠を叩き落とし、軽く炙ったものを食べ歩きしながら次の扉の前にたどり着く。予想通り巨大な鳥が丸くなっていたので、相手がこちらに反応する直前に射ておいた。
あの頃の俺でも倒せた相手だったので、あっさりと射抜かれ巨大な肉を提供してくれた。この火の鳥だけは前から碌な出番がない気がする。
今回は火の鳥だったが、時間湧きで鬼や半漁人が現れるのかもしれないな。
扉を潜るとまたも休憩所を模した造りで、休憩がてら焼き鳥パーティーとなった。
三人でも食べきれない量だったので、残りは俺のバックパックに収納しておく。これで、暫くは食料の心配はいらないだろう。
腹も満たされ、仮眠もとった俺たちは扉の先へ進むことにした。
扉を抜けるとそこは――一面の銀世界。知ってた。
予想通りというよりは予定通り、第四ステージの白銀の世界が待ち受けていた。しかし、どういう仕組みなのかと突っ込みたくなるぐらい、広い。
吹雪いてはいないので周囲を見渡せるのだが、第四ステージと同等の広さがありそうに見える。
「マップ見せてくれるかい」
「ああ、俺も確認しておきたい」
零士君が取り出したマップを全員で覗き込むと、現在地はかなり太めの一本道として表示されている。どう見ても、その大きさで納まる規模ではないのだが。
「どういうことだ。周囲の風景は幻覚とでも言う気か?」
「ごちゃごちゃ考えるぐらいなら、マップに表示されている通路の端まで行ってみようぜ」
「ちょっと待ってくれ。端がどうなっているのか確かめるなら、もっと安全な方法がある」
表示されていない通路の先に危険が潜んでいることも考慮しておかないとな。
伸縮自在の棍を取り出し「伸びろ」と口にする。
俺の右側に向かって棍がぐんぐんと伸びていく。この棍、幾ら伸びても重量が全く変わらないという謎な仕組みで、扱いやすくていいのだが重量が増すなら、それはそれで使い道があったのだが。
棍の長さが50メートルを超えたが、まだ何かにぶち当たった感覚は無い。そういや、これ以上伸ばしたことが無いのだが、これって何処まで伸びるのだろう。無限に伸びるならかなり面白い事が出来そうだが。
「え、何だこれ」
剛隆が棍を伸ばした方と逆を見て、眉をひそめている。俺も思わず釣られて、そっちを見たら何かがこっちに迫ってきている……何だあれ。
「これ、棍じゃねえか?」
真っ直ぐ突っ込んでくるそれは棍の先端だった。棍を縮めるように意識すると、先端が遠ざかっていく。伸ばすと突っ込んでくる。
「ループしているのか……」
「そうみたいだね零士君」
どうやら、通路の右端まで進むと左端から現れる仕組みになっているようだ。まさにゲームの仕様だな。確か第五ステージでも端と端が繋がっていたので、それと同じなのだろう。これは、真っ直ぐ進むしかなさそうだ。
「また山登りしないといけないのか」
「俺は洞窟だったな」
「崖があってその下に扉があった」
そこは全員バラバラなのか。何にしろ、前に進むしか選択肢はない。




