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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第十ステージ

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86/111

延長戦

「杉矢! 田中! 俺がわかるかっ!」


 体が動きを覚えているなら、記憶も残っている可能性が僅かに残されているかもしれない。

 大声で怒鳴るように発しながら、矢を放つ手は休めない。正直、俺のことを覚えているとは思ってもいないが、少しでも動きが鈍くなってくれたら儲けものだ。

 駆けながら射ているので威力と命中率は落ちるが、あの鍛錬の日々のおかげで、実戦で充分使える腕前になっている。


 必死の呼びかけに二人の反応は……ない。平然と矢を弾き避けている。

 やはり今までの三つ目と違い、特殊能力も扱えるようだ。田中の動きは『瞬足』あってのものだし、杉矢も『刀術』『居合』があってこその動きだ。

 正面から突っ込むには危険な間合いなので、迂回する様に進路を変更する。

 あっという間に撃ち尽くした矢を体力を消耗することで補充すると、再びつがえて素早く放つ。流れるような動きでロスは殆どなかった筈なのだが、田中が視界から消えた。


 『隠蔽』を発動させながらの高速移動か。見えているのに気配を感じないから、違和感しかない。ただでさえ、目で捉えることが難しい動きだというのに、これをやられると実像なのか虚像なのか判断がつかなくなる。

 こうなったらありがちだが目で判断せずに、気配で対応するしかない。

 杉矢に近寄らせないように矢で牽制しながら、田中の気配を探る。


 右、違う、左の脚元か!

 視線を向ける時間も惜しいと、確認もせずに右に跳ぶ。

 這いつくばるような極端な前傾姿勢で、さっきまで俺がいた場所を通り過ぎる人影があった。あのトンファーで足を刈るつもりだったのか。

 足が地面に着地するほんの数秒の間に、杉矢が至近距離まで詰め寄っている。

 刀が鞘に納まっているのが見えたので、咄嗟の判断で弓を目の前に持っていく。


 がっ、と何かが擦れる耳障りな音と、弓を持つ手に衝撃。体が後ろに吹き飛ばされそうになる威力に身を任せ、後方へ跳んだ。

 少し間合いが広がったと安堵する時間は無い。杉矢に絶えず矢を撃ち込み、田中は気配のみで対応する。


「二人とも、あの時より動きが良くないか」


 化け物になって肉体の限界を超えたのか、以前より身体能力が向上している様に感じられる。

 レベルアップによりかなり強化された俺に、二人がかりとはいえ立ち回れているのだ。油断したら一気に持っていかれかねない。

 後方でも戦闘音が響いてきたので、気配の探知の精度を上げる。

 相手三人に対し、仲間も三人で対応しているようだ。能力が強化されている三人相手に同人数で耐えられているのは、鴨井さんのおかげか。

 俺と同じように二人を相手に一人でなんとか凌いでいる。やはり力を隠していたようだな……人のことは言えないが。

 あの調子なら織子が参加すれば、あっちは勝てる見込みがある。だが、織子の気配は落ち着きなく揺らぎ、未だにどちらに参戦するべきか迷っているのか。


「織子っ! 鴨井さんたちを手伝ってくれ! こっちは時間稼ぎなら何とかなる!」


 俺の発言に硬直が解けたようで「二人をお願い! 直ぐ戻るから!」と応え、気配が離れていく。

 正直な話、結構きついのだが、今の織子を彼らと戦わせても足手まといにしかならない。

 こんな会話を交わしている間も二人は空気を読んで手を休めて……くれない。そりゃそうだよな。

 攻撃は苛烈を極めている。杉矢の見えない斬撃に、残像が幾つもちらつく速さで動き回る田中。


 技の洗練さは微かに鈍っているようだが、その代わりに荒々しさと威力が増している。鍛錬中と違い命を奪うことに迷いが無いので、一見無謀な突進も混ぜ込んでくるのが、尚、性質が悪い。

 コンパウンドボウを巧みに操り、遠距離武器でありながら近距離での立ち回りも何とかこなしている。蹴りを交えはするがメインは弓。


 弓で殴られても威力は薄いと考えたのか、田中が更に大胆に立ち回るようになってきた。杉矢も記憶が失われているというのに田中との連携は体が覚えているらしく、嫌なタイミングで攻撃を仕掛けてくる。

 狙いも定めずに矢を杉矢に放ち、そのまま田中の気配に向けて弓を振り下ろした。

 この弓は不壊の能力が付いているので、乱暴に扱っても壊れはしない。固い棒で殴られたぐらいのダメージは与えられるだろう。

 それを見込んでの不意打ちだったのだが、既にそこには田中の姿はなかった。

代わりに風の音が正面から流れてくる。咄嗟にしゃがみ込むと頭上を真空の刃が通り過ぎた。杉矢の飛ぶ斬撃か。

 屈んだ隙を見逃すコンビではなく、後方から田中の気配が急接近してくる。何もしなければ、無防備な背中に一撃を喰らう――何もしなければ。


「伸びろ」


 俺は密かに右手の平に隠し持っていた、伸縮自在の棍を後方へ向けて伸ばす。

 二人は棍が伸縮自在の棍に進化したことを知らない。真っ直ぐ突っ込んでくる彼女に、この不意打ちを避ける術はない筈だ。

 棍を持つ手に伝わる手応えが……くそっ、予想していたよりも軽い。当たったのは確かなのだが、直前で無理やりスピードを落としたのか。これで倒せたとは思えない。

 理想としてはこのまま田中を仕留めたいが、それを杉矢が許すわけがないよな。


 ほんの一呼吸の間だけ彼女に意識を向けた、その数秒は彼にとって充分すぎる時間だった。

 素早く踏み込み刀の間合いに俺を収めると、カチリと鞘走る音がする。

 居合が来る。俺は咄嗟に喉元を庇うように弓を上げようとした。


 ――喉ではなく刃はコンパウンドボウを持つ指に潜り込み、血の滴と共に四本の指が宙を舞う――


 狙いはそっちかっ。頭に浮かんだ映像を信じ、動きかけていた左腕を強引に抑え込んだ。

 白銀の煌めきが指を掠め、コンパウンドボウと激突をする。無理な動きをしたせいで握力が弱まっていたのだろう。部屋の隅に弾き飛ばされてしまうが、今は命を拾ったことをよしとしよう。

 刀を振り切った杉矢目掛け、田中を捉えた棍の逆側を伸ばす。このまま、その無防備な腹に突き刺せば、御の字だが。


 ――棍が命中する直前、一条の光が右肩から左わき腹に抜け――


 棍から手を離し、左に跳ぶ。

 俺がいた場所を袈裟切りにした杉矢の生気を失った視線が、俺に向けられている。感情が一切ないように見える表情だが、今、ほんの少しだけ驚いたように見えたのは気のせいなのか。

 今のは渾身の一撃だったのだろう。普通なら避けることは不可能なタイミングだった。少なくとも杉矢と鍛錬していた時の俺なら、まともに喰らっていた自信がある。


 『未来予知』のおかげだな。この特殊能力は発動条件が未だに判明していないのだが、集中力が高まった時に、変更したい数秒先の未来を先取りして見せてくれている……ような気がしないでもない。

 立証している暇はないよな。不完全とはいえ『未来予知』は発動してくれている。集中力を欠かさずにいれば、防御一辺倒なら耐えられるかもしれない。

 棍は相手の足元に転がっている。アレを何とか拾って、この場を凌いでみせるぞ。


「ああ、くそっ、絶望感が半端ないなっ」


 命からがら斬撃を避け続けているが、何発かトンファーは貰っている。切られるよりはマシだと刀を優先しているつけが、体中の痣となって刻まれていく。

 ただ、棍の一撃が効いているようで、威力が低めなのが唯一の救いか。

 棍を拾いたいのだが、それを杉矢がさせてくれるわけもなく、わざと拾えるような隙を見せて、俺が近づいたところを斬りつけるという性質の悪い真似をしてくれる。

 足は無傷だがコートを脱いだら両腕が見るも無残な姿になっていそうだ。まだ、何とか腕を動かせそうだが、本気でヤバいな。


「網綱さん、今行きますっ!」


 後方で繰り広げられていた攻防は味方の勝利で幕を下ろしたようだ。

 援軍に向かってくれるようだが、全員の気配がかなり萎んでいる。死力を尽くした結果なのだろう。

 今、助けに入られてもあっさりと切り捨てられそうだ。

 俺は両腕が使い物にならなくなっているので、今更、棍を拾っても無意味に近い。

 普通なら絶体絶命なのだが、仕方ない。


「終わらせるよ……ウオォォォォォッ!」


 獣じみた『咆哮』が大きく開いた口から吐き出された。この空間に声が反響して大気が震える。ビリビリと肌をつく微かな痛みに全身が総毛立つ。

 自分自身にすら影響を与える『咆哮』をぶつけられた二人は、教師に怒られて起立した生徒のようにビシッと背筋を伸ばした状態で直立不動となっている。


「味気ない終わり方ですまない。色々とありがとう、さようなら」


 あの時、言えなかったお礼の言葉を口にする。本当はもっと伝えたい言葉はあったが、時間制限があるので簡潔に終わらせるしかなかった。

 辛うじて動く右手で棍を拾うと、動けない二人の脳天に棍を叩きつける。

 あっさりと勝負がついた。こんなに簡単にけりがつくなら初めからやれと言われそうだが、今まで秘蔵していたのには理由がある。


 『咆哮』は自分よりレベルや精神力の低い相手に絶大な威力をほこる。彼ら二人の連携は厄介だったが、一人一人のレベルは俺より圧倒的に低い。故にここまで圧倒的な効き目を見せた。

 そう聞くと、一方的に使える特殊能力に思われそうだが、それはソロだった場合の話だ。『咆哮』は数秒だが敵味方問わず影響を与える。そう、敵味方問わず。


 小さく息を吐いて、後方へと振り返ると。

 鴨井さん以外が全身をピンと伸ばして、地面に転がっている。目は白目を剥いて、口の端から涎を垂れ流しているな。

 ここまで高威力だと耳を塞いでも殆ど影響がないので、耐えきれないと、こういった状況になる訳だ。ある程度、抵抗力があれば一瞬だけ動きが止まる程度だが、精神力が低すぎると気を失う。

 もし、敵に効果が無い場合、味方が無防備になり嬲り殺されるだけなので、まさに奥の手なのだ。


「いやー、凄い特殊能力だね。一瞬にして敵味方を戦闘不能に陥らせるなんて」


 鴨井さんは感心しながら地面に転がっている横道さんを突いている。

 しかし、予想はしていたが鴨井さんはピンピンしているな。『状態異常耐性』の効果か、それとも何か別の要因があるのかは不明だが、味方としては頼もしい。


「これってどれぐらいの時間、このままなんだい?」


「気絶までいくと、10分は見た方がいいかも」


 この『咆哮』は敵だけに影響を与える技なら使い勝手もいいんだが、それは高望み過ぎか。ここで敵が現れると厄介な事態になるのだが……いや、ならないな。

 鴨井さんが耐えきれるなら、『咆哮』で狩りができそうだ。ただ、どうにも鴨井さんを信用する気にはなれない。苦手なタイプだというのもあるのだが、俺と同様かそれ以上に人を信用しない秘密主義な気がする。

 何と言うか少しだけ似ているのだ、言動が。同病相憐れむというか同族嫌悪というか、胡散臭い。


「みんなが気を失っている今がチャンスかな」


 不審な言葉を呟いた鴨井さんに視線をぶつける。

 頬を指で掻きながら口角をほんの少し吊り上げ、少し楽しそうに笑っているように見えた。


「そんな怖い目をしないでくれよ。別に取って食おうってわけじゃないよ。ただ、キミとは腹を割って話してみたくてね」


「まさか、鴨井さんから提案してくるとは思わなかったよ」


 折を見てこっちから切り出すつもりだったので、有難い申し出なのだが、何故か構えてしまう。


「ああ、前から言おうと思っていたけど呼び捨てで構わないよ。呼称は短い方が効率的だからね」


「戦闘中に呼び合う時は、その方がいいな……わかったよ、鴨井」


「話が早くていいね、リーダー」


 そっちはリーダーで定着なのか。


「まずは、言い出しっぺの俺から明かそうか。敵を倒してレベルアップする能力を保有しているよ。リーダーと同じく」


 まあ、予想通りだ。あの身体能力の高さはそうでもないと納得ができない。それに、一緒に戦い続けている内に、少しずつ動きに余裕が出てきていた。当人は隠しているつもりだろうが、俺には気配の大きさである程度の強さが予想できる。

 徐々に気配が大きくなっていれば、嫌でも想像がつく。

 だいたい、俺だけが特別な条件をクリアーした何て思い上がってはいない。他のプレイヤーだって気づいた人がいると考えるべきだ。


「俺のは何でわかったんだ?」


「あっさり認めてくれるのか。理由はね『看破』を所有しているから。意外と単純な理由だろ」


 隠すだけ無駄だったってことか。そこまでバレているなら話が早い。こっちも腹を割るか……ある程度は。


「能力を明かしたのは、ここから先の話を信じてもらう為の前振りだと思ってくれ」


 結構重要な秘密を暴露してくれたと思ったのだが、それすら前振りだったのか。となると、本当に話したい内容というのは……少し怖いな。

 何を明かしてくれるのかは知らないが、聞き逃さないように集中しよう。


「俺はね第九ステージクリアー時に特殊条件を満たしたらしくて、褒美の項目が一つ増えていたんだよ。第十ステージクリアー条件を選べるってね」


「……えっ?」


 思いもしなかった発言に間抜けな返答が口から滑り出た。


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