会話
「ちょっと待ってくれ。今なんて?」
あまりにも予想外だったので、思わず聞き直してしまった。
「良く聞こえなかったのかい。第九ステージの褒美に、第十ステージのクリアー条件を選べるって項目があったんだよ」
「まさかの内容だが……ちなみに、褒美はそれを?」
「結構迷ったけど、特別な報酬ってのは選んでおくと良いものが多かったからね。それを選んだよ」
選んだのか。しかし、鴨井は何で俺にこんなことを明かしたんだ。疑問は尽きないが、今はそれを追求するより、相手の話に合わせておこう。
「褒美の内容は教えてもらえるのかい」
「興味あるかい。いや、すまない。あるに決まっているよな。もったいつけて嫌われても何だからね。キミには教えておくよ」
「それは、ありがたいが……」
何故、そんな重要なことを俺に教える気になったのか。その疑問が口から出かけたが、質問は話が一区切りしてからの方がいいか。
何か裏がありそうで怖いが、彼の話す情報は何よりも価値がありそうだからな。先のことは後で考えよう。
「まあ、話を聞いたから言うことを聞けなんて交換条件は出さないから、安心してくれていいよ」
表情に出ていたのか。ポーカーフェイスを貫いているつもりなんだが。
「第十ステージのクリアー条件は実は二つあって、プレイヤーには、そのうちのどちらかがルールとして提示されるらしい。一つはリーダーも承知の通り、広大な迷宮の何処かにいる強力な魔物を倒すこと。もう一つは……強大な魔物を倒す側のプレイヤーたちを殲滅することだ」
「冗談じゃ……ないよな」
「マジマジ。ここの製作者の性格の悪さは重々承知していたけど、最後の最後までやってくれるとはね」
本当にそうだよな。まさか、プレイヤーの殲滅がクリアー条件の人たちが存在するとは。
これは、かなりきついぞ。敵対するプレイヤーの見分けがつくなら問題は無いが、そんな生易しい仕様なわけがない。
「ところで、あんたはどっちを選んだんだ」
鴨井は選べると言っただけで、その二つの内、どちらを選択したのか口にしていない。話の流れから考えて敵側でないとは思うが、油断は禁物だ。
「もちろん、強力な魔物を倒してクリアーの方だよ。選べるなら普通そっちを選ぶだろ?」
自分と同じ境遇のプレイヤーを第九ステージで散々殺してきたが、どちらも生き残る選択があるなら迷わずそっちを選んでいた。鴨井の言う通り、選択権があるならどちらを選ぶかは明白だ。
だが、難易度を考えるならプレイヤーを殲滅する方が楽だ。相手は味方だと思って油断している。チームプレイをしながらさりげなく足を引っ張り、ライフポイントを徐々に減らす。探索より楽だと考える人がいても、おかしくはない。
「確かに、普通はそっちを選ぶ。素朴な疑問なんだが、殲滅側を選んだとしても、他に殲滅側に所属しているプレイヤーと攻略側の区別がつかないような。同士討ちが頻繁にありそうだ」
「ああ、その事か。ルールに書いてあったよ。殲滅側だけは見分けがつくようになるんだって。俺は選んでないから、どんな感じでわかりあえるのかは知らないけど」
これが本当だとしたら、裏切り者同士で組むことが可能となる。攻略側に二人以上殲滅側が潜んでいたら……考えただけでぞっとする。
「攻略側が殲滅側を見抜く方法はあるのかな」
「ないと思うよ。少なくともルールには書いてなかった」
やっぱりそうか。こうなると殲滅側が有利に思えるが、露骨に邪魔をしたり同士討ちを誘発することはできないだろう。怪しいと思われる人物が居たら注意するしかないのか。
それでも、探索側が不利だよな、どう考えても。魔物と化したプレイヤーたちに、数多くの罠。おまけに内部に裏切り者。
最終ステージで大盤振る舞いだな。悪意と殺意のフルコースをご馳走してくれるようだ。
鴨井からの話は以上か。なら、当初の疑問をぶつけよう。
「ところで、何で俺にそれを打ち明けたんだ。俺が殲滅側だとしたら、どうする」
「んー、それはないと思ったから話したんだよ。一応、今までリーダーの言動を観察してきて、この人は信用してもいいと判断した上での行動だからね」
なるほど。確かに俺が殲滅側なら、他の探索組を助けに行くような真似はしないよな。放置しておけば、少なくとも十数名はライフポイントを失っていた。
客観的に見ても探索側と断定して間違いないか。
「まあ、それ以外にも理由はある。実は俺って昔から運がよくてね。くじ運が良かったり、選択を迫られた場面で、選んだ方が良い結果に繋がったりするのはざらだったから。あ、一応特殊能力の欄にも初めから、強運と書いてあったよ」
道理で他のプレイヤーと違って悲壮さがなく何処か軽い調子に見えて、胡散臭く感じたわけだ。この状況でありながら自然体であり、リーダーシップを取る余裕すらあった理由がそれか。
もしかして……ダメで元々、訊いてみるか。
「ライフポイントが結構残っていたりするのかい?」
「ん、まあね。今、確か87だったかな」
87て……そりゃ、言葉の端々から余裕が滲み出るわけだ。
ずっと喉の奥に小骨が引っ掛かっていたような違和感が、今すっと取れた気がする。この人、たぶんあれだ、漫画や小説の主人公タイプだ。
とった行動が全て良い結果に繋がり、理不尽なことをしているのに何故か上手く事が運ぶ、ご都合主義を体現する存在。
何度か死に戻りを繰り返してはいたが、各ステージを上手くこなしていると俺は自負していた。だけど、上には上がいたのだ。そんな俺とは比べることすら失礼なレベルかもしれないな。
彼とは似ているところがあると考えていたのだが、それは違った。鴨井は人を信用していないのではなく、自分一人でも生き抜ける自信があるから、信用する必要がなかった。
ただ、それだけなのではないだろうか。
「自分一人でも何とかやるつもりだったが、リーダーは他の人とは違う気がしたんだよ。だから、俺はリーダーのチームに入ることにした」
こちらとしても、強力な仲間が味方になってくれたのは幸運だったのだが、何だろう素直に喜べない。僻んでいるわけではないが、何と言うか、その、言葉では上手く言い表せない。
「仲間になってくれたのは俺にとっても幸運だよ。これからも、よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
差し伸べられた手を強く握り返す。
彼の話が全て真実だと仮定した場合、今のところ仲間だと考えていいだろう。
あえて、貴重な情報を伝えることにより信頼を得て、裏切る行為をやりやすくしていると深読みするのもありだが……そこまで疑うときりがない。
例え敵だとしても有力な情報を握っている可能性は高い。仲良くしていても損は無い。こうやって何もかも疑っていると、一人で行動した方が気楽なような気がするな。
だが、一人だと速攻で詰む罠とか存在していたら、そこで終わる。まあ、正直どっちにもメリットとデメリットが存在している。
「まあ、難しい話はここまでにして、雑談でもしようか」
「急にガラッと変わるな。別にいいけど」
気絶している三人が起きるまで、時間がかかりそうだから構わないのだが、未だに考えが読めない人だ。今回の雑談で少しでも相手の本性を引きだせればいいが。
よっし、ゼネコンとの交渉で鍛えたトーク術を生かしてみるか。
「わかる、わかるよ。上司って何で人の話聞かないんだろうな」
「リーダーもそう思うよな。絶対に自分のミスを認めないくせに、部下が失敗したら、ここぞとばかりに追い込むし」
やっぱり、下っ端は苦労するよな。理不尽な要求をするくせに、部下の失敗をフォローしようともしない……はっ、何で会社の愚痴で盛り上がってんだ。
鴨井は聞き役も話の盛り上げ方も巧みだ。リア充は友達が多いから、会話も自然に上達するという話を聞いたことがある。
新たな情報や本性を見破るつもりが、雑談で異様に盛り上がってしまった。まあ、それでも収穫はあったから、よしとしよう。
得た情報を纏めると、鴨井は25歳男性、独身。
薄い緑色の作業服は褒美で得た服で、幾つもポケットが存在するのだが、そこに一つだけ何でも物を収納することができるそうだ。かなり高性能なのは特別報酬で得た物だから。
運動神経も生まれつき良いらしく、本人は否定していたが話を聞く限り、かなり女性にモテていた。冗談抜きで物語の主人公みたいな奴だ。
「あれ、ここはどこ……ほへっ?」
織子が起きたか。呆けた顔で目元を擦っているが、眠っていたわけじゃないんだがな。
「もう、朝ですか」
「少佐、携帯食が残り僅かでありますっ」
明菜さんと横道さんも気が付いたようだ。上半身だけ起こして敬礼している横道さんが、どんな夢を見ていたのか気になるところだが、面倒なことになりそうなのでスルーしておこう。
「おはよう。体の調子はどうだ」
「あ、網綱さん。んーとね、大丈夫だよ。って、あれ、何で私寝ていたの? 何か獣の叫び声を聞いたような気がするけど、思い出せない……」
「ごめん、俺のせいだ」
どうして、こうなったのか説明をすると全員が納得してくれた。文句の一つでも言われるかと覚悟していたのだが、結果良ければ全て良し、という考えらしい。
全員が疲れもなく体調も万全なようなので、このまま先に進むことにするか。ここは体育館程度の大きさの空間だが、セーブポイントではない。ゆっくり体を休めるにはセーブポイントを探すに限る。
自然に振舞っているつもりだが、鴨井との会話を思い出してしまい、三人の様子をいつもより注意深く観察してしまっている自分に気づく。
この三人の中に殲滅側に所属するプレイヤーがいる可能性があるのだ。
個人的には織子は信じたいが、自分の命が懸かっているとなると話は別だろう。
横道さんは、あの調子なので何を考えているのかわからない。従順な振りをして、こちらの粗を探しているのかもしれない。
明菜は……今のところ、一番怪しい。罠を作動させたのも彼女だし、敵を発見したら果敢に攻めようとし過ぎる。だが、それだって今までは血気盛んで、少し慎重さに欠ける程度だと考えていた。
ほんと、疑い始めると全てが怪しく見えてくる。そもそも、うちのチームには殲滅側が誰もいない可能性だってある。ただでさえ、罠と魔物と化したプレイヤーに悩まされているというのに、味方にも注意を向けなければいけない。
身体能力は日本にいた頃と比べ物にならない程、向上しているので無休で一日動き続けることも容易だ。だが、気を抜けない状況に疑心暗鬼がプラスされた状況では、精神がガリガリ削られていく。
第十ステージは肉体と精神が重要視される。まさに、今までの総決算というわけか。
無条件で信じられる存在――黒虎がどれだけ貴重で大切な存在だったかということが、今更ながらに理解できたよ。
「えっと、これから、どうするのかな」
「ああ、みんなが気を失っている間に鴨井と話したんだけど、このまま進んで、一応ここを進んでいる筈の探索チームを探しながらマップを埋めようと思う」
「うん、そうだね。探さないと……ね」
織子も気づいているのだろう、表情が冴えない。明菜さんと横道も神妙な顔をしている。
ここを探索しているチームは倒されている可能性が高いということを、全員が理解しているが口にはしなかった。
この通路は敵との遭遇が多すぎる。ある一定の距離を進むまでは一切敵が現れなかったというのに、そこから先は何度も敵と戦う羽目となった。
先行しているチームが敵を討伐して通り過ぎてから、新たな敵が現れただけかもしれないが、この広い空間でもし杉矢さんたちと遭遇していたら、勝てる見込みは僅かだろう。
自惚れている訳じゃないが、初見で身体能力の上がっている杉矢、田中コンビに勝てる者は一握りだろう。俺の知る範囲では鴨井ぐらいだ。それでも、結構危ういと考えている。
「どちらにしろ、マップを埋めないといけませんしね」
明菜が唯一所有しているマップを手元で操作している。このマップは褒美で得ただけのことはあり、一度進んだ通路はマップに書き足されていき、セーブポイントや罠の種類も表示されるようになる。
地道にマップを埋めていけば、いつかはクリアーが可能となる仕様。まあ、大きな道だけは始めから描かれているのだが、それを見る限り俺たちが探索した範囲は、第十階層の迷宮の100分の1にも満たない。
無数に枝分かれしている細道も全部調べるとなると、どれだけ時間がかかることやら。
この先の展開を想像するだけでも正直うんざりするが、諦めるつもりもなければ投げ出すこともしない。
進むしかない。




