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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
理不尽なゲーム開始

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十六回目 3

 ドーム亀を倒したのはいいのだが、このまま毒の沼地を放置していたら俺も近づくことができないので、川上に戻ることにした。

 川の中に入っていき、堰き止めていた石を一個ずつ川岸に投げていく。指示を出すまでもなく、黒虎も石をくわえて手伝ってくれている。よくできた子だ。

 水が滞りなく流れ出すと、川岸に戻り遅めの昼食を取ることにした。毒の影響を受けている可能性もあるので、ドクダミ入りのスープにしておくか。


「水が入れ替わるまで、まったりしておこうか」


「ぐぅーあー」


 お腹も膨れ、ドーム亀を倒した安心感もあり、かなり眠いのだろう。黒虎は瞼が落ちかけている。


「寝ていいぞ。見張りは俺がするから」


 その言葉を待っていたのだろう、目を閉じ数秒後には寝息が聞こえてきた。

 お疲れさま。熟睡する黒虎の頭を撫で、そのお腹部分に頭を預けて空を眺める。

 今更だけど、ここ空も雲もあるんだよな。どういう仕組みなのやら。何となく地下の施設やダンジョンをイメージしていたが、意外と今普通に屋外なのかもしれないな。

 扉が転移陣やワープゾーンみたいになっていて、この世界の別の場所と繋がっている。そう考えた方がしっくりこないか。


「あれ、そうなると……」


 別に扉を潜らないで、このまま森林を探索して町や村を探せばいいような。

 そうだよな、ここは製作者が創り出した巨大な施設だと思い込んでいたが、もし、ここが外の世界なら死ぬような思いをする為に、扉の先に進む必要性は皆無だ。

 このステージなら餓死することもない。どうせ、毒の湖の水を入れ替えて綺麗になるまでには時間が必要だ。本格的に第五ステージを探索してみるか。

 と言っても迷子になるのは問題外。川を遡って上流まで突き進んでみよう。

 夕方前に黒虎を起こし、早めの夕食を取って今度は俺から眠らせてもらった。明日は一日このエリアを探検することにしよう。





 夜中に黒虎と見張りを代わり、朝を待ってから共に出発をした。

 途中木に登って周囲を見回してみたが、森が広がっているだけで代わり映えのしない光景だ。途中でネズミや蚊といった定番が襲ってきたが、問題なく駆除できた。

 早朝から半日歩いているが、川幅が狭まることもなく水流もこれといった変化が無い。滝の一つでもあったら、気分が高揚しそうだが普通に川に水が流れているだけだ。

 昼食でエネルギーを補充してから、更に川を上る。


 うーん、地面もなだらかな上り坂だが、飽きてくるな。体力は化け物じみているので、それこそ不眠不休で丸一日歩き続ける自信はある。ただの散歩としてなら自然が豊富だし、何の問題もないけど、一応こっちとしては命懸けのゲーム中だからな。

 何かしらの変化が欲しいところだ。

 そんな俺の願望には応えてくれず、夜を迎えた。暗闇で火を焚く危険性は前回、嫌という程に思い知らされたので、早めに食事をしてから火を消すことにする。

 湖に戻ってもいいのだが、折角ここまで進んだのだから、行けるとこまで行くとしようか。今日は先に見張りをしてくれる黒虎に甘え、俺は眠りに落ちる直前まで明日の事を考えていた。





 二日目も変化の乏しい風景をぼーっと眺めながら、ひたすらに川岸を進んでいる。

 自然溢れる風景というのは以前の俺なら感動すら覚えていたかもしれない。周りは鉄とコンクリートばかりだから。

 だけど、どれだけ美しい光景であろうと似たような映像が続くと飽きてしまう。身勝手な感想だとは思うが。

 途中、巨大な虫や黒虎と同じぐらいのサイズはあるリスっぽいのが襲ってはきたが、返り討ちにしている。

 決して弱い相手ではないのだが、単体なら幾らでも対処のしようがある。俺と黒虎のコンビネーションも冴えわたっているので、イグアナが現れても今の俺たちなら撃退できるだろう。


 肉、魚、野菜は豊富にある。このまま、ここで暮らすのも可能なんだが、もしここが製作者の作り上げた施設であった場合、監視されていると考えた方が利口だ。

 その場合、クリアーする気が無いと見なされて罰則の一つも与えてきそうなんだよな。

 だから、まずはここが施設内なのか、実は外の世界で逃げ出すことも可能なのか、それを知っておきたい。

 それを確かめる為の貴重な情報を得ることもなく、二日目の探索も終了した。

 まあ、屋外なら二、三日歩いただけで川の水源地に着いたりはしないよな。地道に頑張るしかないか。


 三日目。そろそろ変化が欲しいところだ。外の世界なら他の住民との遭遇や、施設内なら別のプレイヤーと鉢合わせ何てあると面白いけど。

 そんな風に考えながら歩いていると、川面に何かが浮かんでいるのが見えた。あれは、巨大な……魚か。

 それも一匹や二匹じゃないぞ。無数の川魚が腹から浮かび、川下へと流れ去っていく。

 全部死んでいる。川で大量殺魚でもあったのか。川魚の種類と大きさには規則性が無く、川にいる生物を根こそぎ殺したとしか思えない。


 外傷が見当たらないな。もしこれだけの魚をどうにかして殺すとしたら、俺ならどうする。手段として妥当な方法は毒を川に流し込む、これだ。

 よく見ると川の水が濁っているように見える、薄い紫色をした何かが混ざっているかのように。


「え、いや、ちょっと待て」


 これが毒を流し込まれた川だとしたら、それを実行した人物に心当たりがある。

 そう、この俺だ。

 確かに毒を流したが、それは川下へ流れている最中の筈だから、川を上る俺とは関係ない筈なのだが、どうにもキナ臭い。

 一度も下らずに上り続け、尚且つ川沿い。実は川がぐるっと一周していて、知らぬ間にぐるぐる回っているとは考えられないだろうか。

 いや、それなら湖もしくは支流と必ず遭遇する。川は一本で分かれてはいなかった。それに俺はずっと上り続けている。一度たりとも下っていない。


 嫌な予感がビンビンするが、無駄に悩むぐらいなら前に進もう。答えは先にある筈だ。

 進めば進む程、川の透明度が失われていき嫌な臭いが鼻につく。この嗅ぎ慣れた悪臭は毒の葉から滲み出た汁と同じ。

 この臭いを苦手とする黒虎は川辺からかなり距離をとって歩いている。

 川岸にあの毒の木が隣接していて、そこから葉が落ちて川が汚染されている……と考えるのは現実逃避過ぎるか。可能性はゼロではないだろうが、もしそうなら川の水を何度か使っている俺たちに毒の影響がでているだろう。

 なら、導き出される答えは……やっぱり、こうか。


 川に住む生物の死体が濁った川下へと流されていくのを目の端で眺めながら、辿り着いた場所は元湖だった。

 俺が毒を放り込みドーム亀を殺した場所に俺たちは戻っていた。周囲の風景からして元湖のあった場所で間違いはない。

 つまり、俺たちは川上に向かっていると思ったら川下から湖に戻ってきた。

 これだけなら頭のおかしな人の意見だが、これをゲームだと考えたら状況に説明がつく。マップの上下が繋がっているのだ。テレビゲームでずっと北に進んでいたら、地図の南側から出てきた、何て経験は無いだろうか。


 一昔前のゲームだと世界マップがあって、船や飛行船で北に進むと地図の境界線を越えたところから南から出てくる。もしくは東に進んで西から現れる。まるで地球のように一つの星として設定していることが多々あった。

 つまり、ここも同じなのだろう。ある程度北に進むと南に繋がっている。その境目はわからないループ仕様のようだ。


「答えは、作り出された場所って事か」


 これが屋外なら不自然過ぎる。方向感覚を失わせる迷いの森という設定なのかもしれないが、さすがに川上と川下を間違えたりはしない。

 残念な結果に終わったが、答えを導き出したことは評価してもいいよな。

 でだ、ここで新たな問題が発生している。さっきから元湖と表現しているのにはわけがある。以前、ドーム亀がいた場所であるのは間違いない――のだが、何故か湖に蓋がしてあるのだ。

 これは比喩でもなんでもなく、本当に翡翠色で半透明の蓋が湖の上に覆いかぶさっている。色のついたガラスのようにも見えるが、よく見ると翡翠色のソレには六角形の線が刻まれている。


「これ、もしかして甲羅の模様か?」


 あの苔むした甲羅が半透明の物質に変化して湖の上を覆った。突拍子のない発想だが、その考えに至ったのには理由がある。

 元湖に張った翡翠色のガラスっぽい蓋の中心部に、巨大な扉が鎮座しているからだ。

 あれってステージごとにある出口の扉だと思う。断言できない理由はその扉が余りにも大きすぎる。

 亀が巨大過ぎたせいで遠近感がおかしくなっていて、扉の正確な大きさを把握していなかったとしても、あれは異様だろう。


 今までの扉のサイズは両開きで、俺と虎が並んでギリギリ通れる程度だった。だけど、この扉は今までの三倍……いや五倍はある。高さも幅も10メートルを超えていそうだ。

 俺が警戒するには充分すぎる材料。

 ただ単にこのゲームの半分である第五ステージ突破を記念して、大袈裟な感じにしているだけなのかもしれないが。


「胡散臭いよな」


 翡翠色に変化した亀の甲羅で湖に平らな蓋をしたのも演出なのかもしれないが、もしこれに意味があるとしたら、何を狙っているのか。


「黒虎慎重に扉へ近づくぞ。足元が崩れるかもしれないから気を付けて。まずは俺から行くよ」


 湖の水は今も入れ替えている状態だが、毒は確実に残っている。足元が崩れて毒の湖に落ちたら大惨事だ。それを狙っての変化かもしれない。

 まずは、俺が一歩踏み出す。思っていたよりもしっかりした感触が足裏から伝わってくる。二歩、三歩と歩いてみるが、強度には問題なさそうだ。


「黒虎いけそうだ。おいで」


 手招きすると、黒虎がゆっくりと蓋に足を踏み出し――こけた。

 えっ? 蓋に付いた前足がそのまま前に滑り、黒虎の上半身が蓋の上に投げ出される。そして全身を投げ出すように、そのまま蓋の上をスーッと滑っていく。

 何とか起き上がろうともがいているが、まるでアイススケート場で転んだ人のように、踏ん張りがきかないようだ。

 立ち上がることができないまま、翡翠色の蓋が途切れる地点まで到達して、ようやく止まれた。


「黒虎ー、ちょっとそこで待機しておいて」


 俺は全く滑らなかったのに、何故黒虎だけ。少し歩いてみるが、問題なく歩ける。

 しゃがみ込んで蓋に触れると……ツルツルしているぞ。スケート場の氷よりも摩擦係数が少なそうだ。テフロン加工のフライパンみたいな肌触りだな。

 黒虎が影響を受けて、俺は問題なく歩けるのは褒美でもらった靴のおかげか。かなり優秀な滑り止めの機能があるようだ。

 さてと、これで……謎が深まったな。


 扉に到達しやすいように甲羅が変化した。これならただの演出だが、何故、こんなに滑りやすい材質にした。それに扉が異様に大きいのも引っかかる。

 何か意図があるのか。製作者の思考を読め。決して親切ではなく極悪な仕様ばかりだが、クリアーをする方法は残されていた。

 今回のこれも何かしらのヒントになっているのではないか。


 うーん、まずは扉を開けるだけ開けて、中に入らないで確認だけしよう。休憩所にも変化があって何かしらの情報を得ることが出来るかもしれない。

 扉を潜ると扉が消えて後戻りが出来なくなるが、開けただけなら問題ないのは第二ステージで鍛錬する時に経験済み。

 巨大な扉の前に立ち、その大きさに圧倒されそうになる。これって、重すぎて開かないというオチはないよな。

 もう疑うことが日常になっている。周囲と扉の向こう側にも警戒をしながらドアノブを握り捻った。


 まったく重さを感じることなく開いていく扉の向こうには、いつもの休憩所――ではなく、だだ広い空間が広がっていた。

 はい? えっ、今までの十倍以上の広さがあるぞ、何で!?

 真っ白な内装はそのままなのだが、休憩所の規模がまるで違う。高校のグランドがすっぽりと入るぐらいだろうか。

 見慣れたガラス板もあるにはあるが、部屋の隅に寄せられている。いつもはど真ん中に置かれていたというのに。


 あ、水飲み場の近くに大きな窪みがあるぞ。もしや、あれは風呂かっ!

 おおおっ、休憩所の安心できる場所で風呂に入れるのか。これは嬉しい。川の近くに穴を掘って何度風呂を作ろうかと考えたことか。だが、無謀な行為だと判断して、行動には移さなかった。

 くううっ、早く休憩所に入ってあの風呂を堪能したい。

 が、そうはいかないな。休憩所の中と湖の蓋、そして巨大な扉。全ての情報が頭の中で組み合わさり、一つの答えを導き出した。


「そういうことか」


 今からやることを頭で纏め、俺と黒虎は作業に移ることにした。次のステージをクリアーする為に。


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