十六回目 4
「網綱は木を切るーよぉー がしっぼくどしゃー」
オリジナルの歌を口ずさみながら、お手製の石斧で木を切り倒している。
本来なら石斧では、やたらと頑丈で巨大な木には通用しないだろうが『石技』の効果と黒虎が『溶解液』で幹をかなり溶かしてくれているので、そう難しいことじゃない。
「倒れるぞー」
黒虎が巻き込まれないように大声で注意を促すと、木の倒れる方向から逃げ出している。
ミシミシと音を立て、ゆっくりと湖の方向へと倒れていく。
現在俺たちは湖畔の大木を切り倒す作業に没頭している。
別に大工を目指したいわけでも、木造の家屋を建てて一国一城の主を気取りたいわけでもない。
これは全て――船の木材となる。
湖の蓋と巨大な扉、そして休憩所の拡張。この情報を組み合わせて出した結論は、次のステージは川や池、もしくは海だと睨んでいる。
まず、扉が大きい理由なのだが、ここに密集している大木を休憩所に入れる為に必要な大きさだったのではないかと考えた。
もしそうだとすると、湖の蓋が滑りやすいのも木材を運びやすくする為。休憩所が広くなったのも木材を収納する場所の確保と、船の製造に必要なスペース。
そう考えると合点がいった。船ではないかもしれないが、木材を運び込むという答えは間違いではない……気がする。
まあ、水のゾーンが待ち構えていると考察したのは、ロングコートを褒美で選んだ時の、防具に付与された謎の撥水加工推しが引っ掛かったのと、火と雪と森林と攻略してきたので、そろそろ水責めじゃないかという勝手な憶測だ。
この考えが間違っていたとしても、備えをしておいて損は無い。実は楽なステージで船も必要ないのなら、ただの無駄足になるだけ。何もできない絶望的な状況に追い込まれるよりマシだ。
船旅を考慮して食料の備蓄も進んでいる。
ここは食べ物には全く困らないので、ここぞとばかりに新鮮な食材を掻き集めていた。休憩所は体を修復する作用があるので、食べ物も腐らないだろうと安易な考えにより、過剰なぐらいに溜め込んでみた。
たぶん、俺と黒虎なら軽く二三ヶ月は過ごせる分の食料が確保されている。だけど、船旅だけじゃなく船を建造する間の食料も必要なので、限界近くまで集めるつもりだ。
あとは大木を何本か開けっ放しの扉に押し込んでいる。湖の蓋の上を滑らせて、勢いよく扉の斜め方向から入れるようにしている。
そうすることにより、勢いがついたまま休憩所に飛び込んだ大木が、部屋の隅に転がっていくように角度を調整しておいた。
やはり、この摩擦力が無い蓋のおかげで木の収納がかなり楽だ。調子に乗って伐採しすぎた気もするが、もう普通の木はいいか。
となると、本命に取り掛かろう。
湖畔からは少し離れているのだが、ずっと目を付けていた大木がある。高さが周囲の木と変わらないので、つい最近まで気づいていなかったのだが、その大木は幹がかなり太い。
一度測ってみたのだが幹の太さが扉の幅とほぼ同等だった。これを船作りのメイン木材にしようと考えている。だいたい、素人が一から船の図面を引いて、切り出して組み立てるには無理がある。
ならば、巨大な木を船の形にくり抜く方が楽な筈。幅が10メートル近く確保できるなら俺たちが乗る船としては大きすぎるぐらいだ。他の木々は念の為の予備ということにする。
「黒虎。移動するよ」
「ぐあぅー」
黒虎を引き連れて湖から五分ぐらい離れた場所に立つ、重量感溢れる大木を前にした。
枝葉が横に広がっているが高さが無い。イメージとしては盆栽を巨大化させたような感じか。これならくり抜くだけで立派な船が造れそうだ。
「幹に沿って溶解液をかけてくれるかい」
巨大盆栽の幹の周りをぐるっと回り込みながら『溶解液』を吐きかけている。じゅっと溶けるような音がしたかと思うと、白い蒸気が立ち昇っていく。
その箇所に石斧を叩きつける。と言っても石棍に割った石を結び付けただけなので、どっちかと言えば石のハルバードに近い。
一振りごとに幹へ深々と石の刃が食い込む。やっぱり、普通より切れ味増しているよな。『石技』は能力がわかりにくいので、何処まで影響を与えているのかは不明だが、たぶん便利な特殊能力なのだと思う。
何本も伐採した経験があるので、倒れる方向を湖へと調整をして切り倒した。なだらかだが下りになっているので幾分かましだけど、これ、普通なら運べるかどうかも怪しい。
まず枝を切り落として、それから湖への運搬路を確保するのに丸一日かかったが、黒虎と力を合わせて何とか湖まで大木を運べた。
そして、扉の中に滑り込ませると、第五ステージでやるべきことを全て終えた。準備を始めてから一週間近く経っているが、やり残したことは無いだろうか。
「食料良し、木材良し、ロープ代わりの蔦や蔓、使えそうな植物の確保も良し、石も良し」
やり忘れたことが無いように、口にしながら指差し確認をする。
実際使えるかどうかも不明なあらゆる物を休憩所に放り込んでおいた。後で集めておくべきだったと後悔しないように、過剰なぐらいに溜め込んだ。
「もう何もないな。黒虎は何かないかい?」
「ぐあう、があ」
無いようだな。
さあ、これで半分の5ステージクリアーだ。まだ残り半分と考えるか、もう半分も乗り越えたと思うか、受け取り方で心の持ちようがガラッと変わる。
俺としては、どっちでもない気がする。気を緩めることもなければ、必要以上に緊張することもない。何があろうと黒虎と乗り越えていくだけだ。
「感慨深くなるには、まだ早いよな。黒虎行こうか」
一人と一匹、共に肩を並べて扉の向こう側へと進む。
振り返ると扉が消え失せているのはいつも通り。休憩所の中は依然と比べて、かなり広いというか広すぎる。巨大な空間に食材や木材があるので殺風景ではないが、何も荷物が無い状態で巨大な空間に佇むことになっていたら……。
隣に黒虎がいてくれるからマシだが、この状況で独りだったらと考えると、ぞっとするな。
今はそんな感想は頭の隅にでも追いやって、やるべきことをやろう。
部屋の左隅に水飲み場と大きな窪み。青白い球が浮いているセーブポイント。そして、ガラス板が三枚ある。
いつもと変わらないセット――じゃない。窪みは確認済みだが、何でガラス板三枚あるんだ。いつも二枚だよな。
褒美が記載している方と、ステータス確認用。この二枚だった筈だ。三枚目が何を意味しているのか。半分到達したことによる新たなシステムの追加っぽいけど。
非常に気にはなるが、後回しにして褒美の確認を先にしよう。いつものようにガラス板に指を当てる。
――まさかまさかの第五ステージクリアーおめでとう。とうとう半分を制覇した訳だが感想はどうかね。ここまで進んだキミのことだ、あらゆる場面を想定しているとは思う。だから、次の事柄も対策済みだと信じているよ。
褒美を与える前に、第五ステージからの特殊ルールを一つ説明しておこう。
ここからは休憩所に足を踏み入れた時点でオートセーブするようになるから。つまり、次から死んでも、この休憩所スタートとなる。持ち込んだ荷物も復活するから安心してくれ――
「っておい、ちょっと待て!」
慌てて目を向けると、セーブポイントの青い球が俺を嘲笑うかのように明るくなる。この瞬間セーブが成立したということか……やられたっ!
想定内の一つではあったが、出来れば当たって欲しくなかった。死に戻り対策をここでしてくるのか。やってくれるな製作者も。
怒りと焦燥感が混ざりあい、複雑な感情が心に吹き荒れている。
目を閉じて大きく深呼吸を繰り返す。心のさざ波が消え、穏やかになるのを待ち、ゆっくりと瞼を開いた。
大丈夫だ。こんなことで腹を立てたら相手の思う壺だ。まだくすぶり続けている憤怒の炎はクリアーをして、製作者を前にした時に燃え上らせればいい。
続きだ。まだ文章は終わりじゃない。
――では、お待ちかねの褒美を与えよう。だがその前に一つ忠告をしておく。ここでセーブされたということは、ここで得られる褒美はたった一度だけということだ。後で苦情を言わぬように。
一つ、第五ステージ突破クエスト達成による経験値。
一つ、大工道具一式と『木工』の特殊能力。
一つ、黒虎を人化させる。もしくは、黒虎に自分の所有している特殊能力を一つだけ覚えさせることができる。
以上だ。選択を間違えると取り返しのつかない未来が待っている。気を付けてくれ――
おいおい。ここでの褒美がこうくるのか。前文にもあったが、セーブポイントが機能したということは、第五ステージ以前には二度と挑めなくなった。つまり、何度も褒美は貰えないということだ。
第四ステージクリアーの褒美だった、残りの防具は諦めるしかない。
黒虎に特殊能力を覚えさせる褒美は繰り越しになるのか。経験値もいつも通り。
ここまではいい、だが問題は――大工道具一式と『木工』の特殊能力――これだ。
この先のステージが俺の予想通りだと宣言しているような褒美。これがあれば造船がかなり楽になる。いつもなら、迷わずこれを選んだだろう。
だけど、今回は違う。この先、褒美はたった一度。失敗は許されない。
第六ステージが海と確定しているなら悩みも減るが、この褒美すら罠という可能性だって残されている。立派な船を作って、意気揚々と船出をしようとしたら実はただの陸地でした。
そんなオチだったら脳の血管がぶち切れるかもしれない。
扉を開いて次のステージが確認できたら対策も練れるが、開けたところで真っ暗な闇が広がっているだけなんだよな。
前のステージから休憩所の中を見ることは可能なのだが、休憩所から次のステージを見ることはできない。嫌らしいシステムだな本当に。
「褒美は後に回すか。真ん中は……やっぱりステータス」
二番目のガラス板はいつも通りスタータスが記載されている。これも後でじっくり見ればいい。さっきからずっと気になっているのは右端の三枚目だ。
俺にとって都合のいいものなら歓迎するが、厄介事なら勘弁してほしい。もうこれ以上の苦難はお腹いっぱいで入らんぞ。
伸ばした指がガラス板に触れる手前でピタリと止まるが、見るだけならタダだと心を決めて踏み込んだ。
――第五ステージからの新システム。欲しいアイテムや特殊能力を購入することが可能に。この板に記載されている物や技能は全て購入が可能です。もし、欲しいアイテムや特殊技能がなければ、右上の文字入力欄に記入して貰えると、新たに追加されます。お気軽にお試しください――
購入? ここにきて金を取るのか?
アイテムや褒美が得られるのは美味しい話だが、ここで金を求めてくるとは思えない。そもそも、今までのステージで金銭が得られる場面はなかった。
となると、またも嫌な予感――じゃないな。確信がある。
更に下へと視線を移動させると。
――お支払いはライフポイントでお願いします。
『根性』10ポイント
『ど根性』50ポイント
『熱耐性』10ポイント
『熱遮断』50ポイント
『石技』10ポイント
『気配察知』10ポイント
『暗視』10ポイント
『棍技(我流)』10ポイント
『体幹』30ポイント
『咆哮』10ポイント
『野生』20ポイント
『危機察知』20ポイント
『火操作』20ポイント
『発火』20ポイント
『麻痺耐性』30ポイント
『幻覚耐性』30ポイント
『毒耐性』50ポイント
「おいおいおいおいおいおい……おいっ!」
ここで、ライフポイントときやがったか。命を削って買い物をしろと言いたいわけだ。
俺が所有している特殊能力がずらっと並び、隣に消費されるポイントが載っている。他にも見たことない能力が大量に存在している。
アイテムと書かれた文字に触れると、特殊能力の文字が入れ替わり、アイテム欄が現れた。一週間分の食料や、衣類や雑誌まであるな。1ポイント消費であらゆる料理が揃っているのも、意地が悪い。アウトドア生活でまともな食事をしていないから、その文字を見ただけで生唾が湧き出てくる。
「製作者の面を拝みたいもんだ」
残り半分となったところで、こんな誘惑を持ってくるか。
ライフポイントはまだ余っている。半分を進むのに20も消費していない。30ぐらいまでなら買い物で使っても大丈夫じゃないか? と思わせたいのだろうな。
この先本当に追い詰められた時、利用する場面が出てくるかもしれない。だけど、今はぐっと我慢だ。相手の思惑に乗ることは無い。
アイテム欄にずらっと並ぶ購買意欲を注ぐラインナップを表示し続けるのは危険だと、特殊能力の欄に変更しておいた。




