十四回目 4
完全回復した俺と黒虎が意気揚々と跳び込んだ第五ステージは……森林だった。
見渡す限り木、木……木?
桜のような幅広い葉をしている広葉樹らしき木が点在しているが、それよりも気になるのが、高さは木々と同じぐらいでありながら、先端がくるくると渦巻きのように巻いている巨大な植物だ。
わかりやすく表現するなら、巨大なゼンマイだな、山菜の。
それ以外にも、地面に咲く花が俺の顔ぐらいのサイズだとか、雑草の殆どが俺の腰以上の高さまで成長していて、葉の一枚一枚が腕一本ぐらいの長さがある。
広葉樹だと思っていた木も、よく見るとその全体図に比べて幹が細い。その割に枝が太く、葉も花も巨大で酷くアンバランスなイメージを抱く。
何と言うか全てがビッグサイズなのだ。今のところ小さい植物は一度も目にしていない。
「嫌な予感しかしないな」
植物が巨大化しているステージだとしたら、そこにいる他の生物はどうなっているのか。
「噂をすれば何とやらか」
『気配察知』に反応があった。何か大きな気配がこっちに向かってきている。
俺が注意を促すまでもなく、黒虎もそれを感じ戦闘態勢に入っているな。そういや、俺より『気配察知』のレベルが高かった。
かなりの速度で迫っている。全力で走る黒虎よりかは劣るが、いったい何が現れるのか。方向からして、ゼンマイの親分みたいなのが密集しているあの地点から……来る!
棍を構えると、黒虎が俺より一歩前に出て唸っている。無茶はしないでくれよ。
気配がどんどん大きくなり、踏み散らされた雑草の葉が宙に舞っているのが見えてきた。あれは、黒虎よりも少しだけ小さいサイズの四足歩行の生物のようだ。
色は灰色に近いか。目は赤く耳も大きい。一番特徴的なのはあの飛び出た前歯。
「巨大なネズミかよっ!」
ドブネズミを巨大化させた、可愛げが全くないネズミが飛び出してきやがった。勢いを緩めずに特攻してきたネズミを俺と黒虎が左右に飛んで躱す。
体当たりをする気だったようで、攻撃が外れたというのにそのまま素通りしてから、Uターンして再び体当たりをする気のようだ。
黒虎が戦う気満々のようだが、ここは俺に任せてもらおうか。
「黒虎下がって。俺がやるよ」
俺は少しずつ横へとずれて、巨大なゼンマイを背にする。黒虎が下がったことにより、ネズミが俺をターゲットにしたようだ。
棍を地面と平行に構え、すっと腰を落とす。相手が体当たりをするなら、正面から迎え打つのみ。黒虎と違い頭がそれ程よくないのだろう。ネズミはまたも頭から突っ込んでくる。
棍の先端を相手の頭の位置にあわせて、あとはタイミングを見計らって……手の中の棍を滑らす様にしてすっと後ろに下がる。
俺のような人間ぐらい突進力で弾き飛ばせると考えたのだろう。加速した状態でそのまま体当たりをしてきたので、棍を突き出すこともせずに相手の頭に当てることだけに集中した。
鈍い衝突音とめきっという何かが軋む音が混ざりあい、その後に続いてドサッと地面に倒れ伏せる。普通に受け止めていたら吹き飛ばされた可能性もあったが、俺は一切力を込めていない。
棍の末端は俺の背中側にある巨大なゼンマイに当てられていて、ネズミは固定された棍に自ら突き刺さりにいったようなものだ。
「肉ゲットだ」
これだけでかければ、黒虎と一緒に食べても余裕で余るな。
ただ、ここで満足してはいけない。せっかく自然あふれる場所に来たのだから。
「よっし、黒虎。食べられそうな植物を探そう」
第五ステージ生えている植物が食用かどうかは今のところ不明だが、火を通せばだいたいはいけるだろう。ステータスの頑強と『野生』の特殊能力があれば、少々無茶しても大丈夫だと信じたい。
俺と黒虎はお互いの位置が把握できる範囲を超えないように注意しながら、食料集めに没頭した。
この赤い笠が特徴的な茸は、如何にも毒持っていますアピールしているよな。以前テレビで鮮やかな色の動植物は毒を持っている可能性が高いとか言っていたような。真っ赤なペンキで塗られたようなこの茸は条件を満たしている――他の例にもれず異様に大きいが。
でもまあ、素人考えで決めつけては良くない。一応袋に入れておこう。見た目で判断するしかないので、見たことがある形に近い植物を片っ端から採取していく――全てが尋常ではない大きさだが。
どれもがビッグサイズだから、バックパックに入っていた透明の袋が直ぐに満タンになったので、これぐらいで勘弁しておくか。黒虎の成果はどうだったのだろう。
大型のゴミ袋に茸や野菜っぽい植物を詰め込んで、意気揚々と集合場所に戻ると、既に黒虎が戻っていた。その足下に転がっているのはボーリング球並の大きさがある玉ねぎか? 他にも木の実や芋類らしき物まである。
「なかなかやるな、黒虎。俺の成果も見てもらおうか」
袋の中身を地面にぶちまける。何が食べられるか調べる為に出来るだけ多くの種類を集めておいたので、統一性が無い。色彩が豊かとも言えるが。
黒虎のは全て美味しそうだが、俺のはヤバそうなものも結構ある。でもまあ、魚や見た目が悪い方が美味しいって言うしな。少しずつ味見してみて――えっ、何してんの黒虎!
俺が集めた食材をじっと見つめていた黒虎が動いたかと思うと、大きな手で茸や木の実をバシバシと弾き飛ばしている。
「えっ、えっ、えっ?」
あんなに従順で可愛かった黒虎が……もしかして反抗期!?
思いもしなかった暴挙にパニック状態に陥りかけたが、よく見ると弾かれていない食材も多いな。つまり、そういうことなのか。
「食べられない物と食べられる物の見分けがつくのか?」
「ぐううぅっ」
正解のようだ。どういう理屈で識別しているのかは俺には理解できないが、黒虎の野生の勘を信じよう。
毒々しい色をした茸が全部消えたな。禍々しい形の野草も弾かれたか。
俺が採取してきた植物で残ったのが五種。黒虎が持ってきたのが六種。量も質も黒虎の方が上だな。頼りっぱなしは癪なので、食べられる植物ぐらいは全て覚えておこう。
兎も角、これで野菜は確保された。さあ、野菜たっぷりの鍋といこうか。
見よう見まねでネズミの血抜きをして、皮を剥ぎ部位ごとに切り分ける。今回は豪勢に半分ぐらい使わせてもらうか。そして、皮を剥いた野菜も一緒に煮込む。
スープというかごった煮だが、これで大体の味が把握できるだろう。火が通ったのを確認してから、口にしてみたが……野菜って大切だな。しみじみそう思う。
日本では野菜より肉という食生活だったが、野菜の旨味馬鹿にしちゃいけないと実感させられる。味わいが深くなったのもあるが、何より肉と違い優しさがある。こってりも悪くないが、このあっさり感が肉ばかりを消化してきた胃を労わってくれる。
「バランスだな、うんうん」
黒虎も気に入ってくれたようで、肉と野菜をバランスよく食べている。余ったスープと食材をバックパックに入れると、本格的な調査に乗り出すことにした。
まずはこのエリアの把握からか。
俺は周囲で先端が一番高い位置にあるゼンマイを選び出すと、幹に抱き付くようにして登っていく。枝も何もないので本来なら上るのも困難なのだろうが、身体能力がここまで上がっている俺には、この程度の木登り――ゼンマイ登りなど容易い。
てっぺんに座り、周囲を見回して全貌を確認する。上からだと緑の大地だな。植物が生い茂り、地肌が剥き出しになっているところが存在しない。
周囲に壁でもあれば、しらみ潰しに扉を探すという地道な努力もありだとは思う。だが、見渡す限りの森林を隅から隅まで調べていたら、何か月、いや、何年かかることか。
目立つ場所や怪しいところがないか集中しろ。向かって右側に木々が生えてない一帯があるな。正面には巨大な川があるようだ。左は周囲の木の五倍はある木が、森から頭を突き出している。
他には特に気になる場所は無い。この三つを重点的に調べるしかないようだ。
水はまだまだあるから、正面の川は後でいいか。なら、まず右の木が生えていないゾーンに行ってみよう。
「黒虎あっちに行くよ」
ゼンマイを滑り降りると、敵の気配を探りながら新たな目的地へと向かう。
むっ、新たな敵影が接近中か。今度はネズミ程の大きさを感じない気配だな。大型の犬ぐらいだろうか。二体いるようだが、その程度なら俺たちの敵じゃない。
雑草を掻き分け飛び出してきたのは、二匹の蟻だった。昆虫も巨大化ブームに便乗したか。
蟻は自分よりも何倍も重い物を運ぶことが可能らしい。かなりの怪力自慢の昆虫がここまで大きくなると、その力も計り知れないものとなるだろう。
虫だからと言って油断できる相手じゃない。顎の力がかなりあるらしいから、噛み付きには注意だな。あと、黒光りする体が硬そうに見える。
「黒虎、やるぞ」
「ぐあぅ」
相手がただ巨大化しただけの昆虫なら、やりようはある。黒虎が一匹を受け持ってくれるようだから、俺は左のを担当させてもらうか。
六本の足は伊達じゃないな。思っていたより動きが素早い。普通の蟻でも結構足が速いもんな。大きくなったらそりゃ、これぐらいの速度で動けるか。
接近される前に石を全力で投げつける。相手のおでこ辺りに命中したのだが、少し顔を仰け反っただけで、脚を止めることも怯むこともないのか。
外皮の硬さが自慢のようだな。なら――
相手の攻撃で気を付けなければいけないのは噛みつき。だが、見方を変えれば噛みつきだけに注意をすればいい。六足歩行の昆虫が器用に前足を使って、敵を抑え込むなんて真似はしないだろう……たぶん。
頭を突き出し、大顎が俺を捕らえようとするが、攻撃方法がわかっていれば避けるのは容易い。相手の脇をすり抜けるようにして躱すと、棍を前足の関節に叩きつける。
歪に曲がった足の一本を視界の隅で確認すると、そのまま、後ろ脚も一本破壊しておいた。外皮がどれだけ硬かろうが、駆動箇所である関節は鍛えられない。
右足の三本の内、二本を失い地面にその身を投げ出した蟻の頭に、容赦のない追撃をして一匹目の退治が完了した。
「黒虎はっ」
視線の先には蟻を前足で押さえつけ、引きちぎられた頭をくわえている黒虎の自慢げな姿があった。人間だったらドヤ顔してそうだ。
「これにて害虫駆除完了か」
決して油断していい相手ではないが、俺と黒虎なら問題なく処理できる。他の動植物……というか、魔物で良いのかわからないが、遭遇していないので慢心してはいけないが、今のところは何とかやれそうだ。
「暫くは周辺探索と魔物退治がメインになりそうだけど……この調子で……逃げようか」
黒虎への説明の途中で、俺の耳が地面を踏みしめる、何十もの足音を聞き取ってしまった。この巨大な蟻が、俺の知る蟻と変わらない性質であるなら、蟻って列を成して進むよな。
だったら、この無数の足音と地面から伝わる地響きは――
「全力で逃げるぞっ!」
背を向けて走り出した俺たちの後ろに飛び出してきたのは、一列に並ぶ蟻の群れだった。
これは、戦ってどうこうできる次元じゃねえ!
パッと見ただけでも20はいた。後ろにもまだ並んでいるとしたら。逃げる以外の選択肢は存在しない。
棍は邪魔になると判断して蟻の進路を防ぐように地面に突き刺しておいたが、薙ぎ倒され踏まれ、何処にあるかもわからなくなっている。
駄目だなこれは。相手の方が速い。先行している黒虎が、何度も振り返っては俺を気遣っているが、このままじゃどうしようもない。
「お前は先に行けっ!」
指示を出すと、見るからに頑丈そうな幹の太い木に飛び付き、上へと登っていく。このまま上にいけば――木が激しく揺れた。
「おおおっ、くそっ」
眼下には陸上とほぼ変わらない動きで、幹を伝ってくる蟻の姿がある。マンションの外壁すら余裕で登れる蟻にしてみれば、木を登るぐらい朝飯前だよな。
慌てて俺も上に進んでいき、一本の太い枝を見つけると、枝の上に立ち先端部分へ移動する。枝と言ってもその太さは俺が横に寝転んでギリギリはみ出るぐらいなので、安定感があるから、立ち上がることも余裕だ。
「ここなら、敵を一体ずつ相手にできる」
棍を置いてきたので、腰に携帯していたサバイバルナイフを抜いておく。心もとないが、素手よりかは幾分かましだ。
さっきの戦いで理解したが、一対一ならまず負けない。このまま、一匹ずつ地道に倒していって、相手が諦めるのを待つしかない。
地道な戦法だが、数の暴力に勝つにはこれしか今は考えられ……誰だ、俺が真剣に生き延びようしている最中にガリガリ音を立てているのは。
ため息を吐くと、目の前の蟻を警戒しながら、チラッと一瞬だけ視線を下に向ける。
蟻たちがこの木の幹を、その凶悪な大顎で削っているのが見えてしまう。
「お前らは白アリかああぁぁぁぁぁぁ……」
ゆっくりと倒れていく木と共に、蟻の絨毯に埋まった。




