十五回目 1
「見飽きた天井だ」
一応口にしておいた。毎回、多種多様な死に方で飽きが来ないな……と、ただのゲームなら感心しそうだが、蟻にたかられて死ぬとは。
部屋の隅に黒虎もいるな。んー、あの森林ステージはかなり厄介だ。食べ物の確保には困らないが、蟻の集団はかなりきつい。広範囲を攻撃する方法があれば一網打尽に出来そうだが、『咆哮』を試してみても良かったな。
あそこで使うと他の敵を呼ぶ危険性があったので躊躇していたのだが、どうせ死ぬならやるべきだった。ただ、昆虫って聴覚どうなっていたっけ。
「ええと、確か……」
昆虫は脚に音を感じる器官があるとかで、人とは違った音の捉え方をするのだったか。たぶん、そんな感じだったと思う。
『咆哮』が通じる可能性はあるか。他に対応策がなければやってみよう。
「さーてと、黒虎行くよ。次のステージは扉前まで一気にいくぞ」
「くうーっ」
この休憩所では褒美も全部取り終えてしまったので特にすることが無い。本格的な対抗策も第四ステージ後の休憩所で考えればいい。
扉を開けて、マグマの流れる風景を堪能しつつ、黒虎と本気の競争をして扉前に到着した。ちなみに勝敗は黒虎の圧勝。俺は棍を持っているが、黒虎だってバックパックを背負っている。条件は五分五分だというのに、ここまで差が付くとは。
まだまだ、精進が足りないようだ。
「じゃあ、また熱遮断を鍛えるから、待っていて」
毎度おなじみの境界越え『熱遮断』修行コースを実行する。
完全に熱を防いだ状態で限界の二歩手前ぐらいまで耐える。体力がかなり上昇しているし、『熱遮断』のレベルも高い。今回はかなりいくんじゃないだろうか。
淡い期待を胸に灼熱地獄を眺めている。前回の滞在時間は既に超えているが、まだまだいけそうだ。能力のレベルアップはその成果が如実に表れる。ステータスを確認できるというのもわかりやすくて、やる気へと繋がる。
死亡前提じゃなくて、もっと難易度が低ければ優秀なゲームかもしれない。生身の人間を放り込んでいる時点で、製作者は頭がおかしいということは確定しているが。
「そろそろ、いいかな」
境界をまたぎ、安全な青い道へと戻った。俺の無事を確認した黒虎がすり寄ってくる。
「また、心配させたか。大丈夫だよ」
そう言って微笑むと、黒虎はじっと俺の目を見つめている。
あれ、何か妙だな。心配しているというよりは、真剣な目で何かを訴えているような。
「がう、がーうあう」
黒虎が地面に爪で線を引いているぞ。何か訴えかけているのか?
その線を黒虎が越えて、ちょこんと座っている。そして、少し経つと、再び線を越えて座っている。
どういうことだ……前足で器用に俺を指差してから、次に黒虎自身に指を向けている。
線を超える、俺と黒虎。あっ、もしかして。
「黒虎もこの境界線を越えて、熱耐性を上げたいのか?」
「ぐあう、ぐあう」
正解のようだ。残像が残る速度で頭を上下に振っている。
ここは『熱耐性』を上げるにはもってこいの場所だけど、大丈夫かな。前に確認した時は『熱耐性』レベル7だったか。今は8ぐらいまで上がっているかもしれない。
俺もそれぐらいのレベルの時にやったから、無茶ではないか。
「わかった。やってもいいけど、危なくなったらすぐに戻ってくること。無理だと判断したら、強引にでも止めさすよ。それでいいかい?」
黙って大きく頷いた黒虎の自主性を尊重するか。黒虎が貪欲に強さを求めていることが頼もしく、とても嬉しい。その頑張りが俺のやる気へと繋がっていく。
「一緒にここを制覇しような」
境界を越えていく黒虎の頼もしい後姿に小さく声を掛けた。
尻尾をぴんと立て懸命に耐えている黒虎が、無理をしないように監視をしておく。
口をギュッと閉じて我慢している姿が健気でぐっと心にくるが、手助けはしてはいけない。
うぐぐぐぐっ、もういいんだよと抱きしめたくなる! ああ、そんなに無理しなくても……くうっ、戻って来たら休憩所でたらふく水飲んでいいからね。
今まで黒虎が境界の向こうで修行をしていた俺を、こんな風に待っていたのか。やるよりも待つ方がきついかもしれないな。っと、本格的にヤバそうだ。
「黒虎戻ってこい」
返事をする余裕すらないようで、よたよたとおぼつかない足取りだが、何とか青い道へと戻ってきた。
今にも倒れそうな黒虎を抱きしめると、休憩所まで連れて行く。
ゆっくりと床に横たえさせると、荒い呼吸が徐々に穏やかになり苦しそうな表情も消えていった。暫く、こうしておけば大丈夫だろう。
この休憩所もやることが全くない。俺も床に寝転んでおくか。
あ、そういえば、この純白のロングコート着心地抜群だな。体温調整も施されているのか、暑さを感じることもない。寒い場所でも暑い場所でも問題なく着られるのは、かなりありがたい。雪山でも期待できそうだ。
この次の第三ステージもさくっとクリアーしてもいいけど、隠し要素がないか調べてみるか。蝙蝠という食料も豊富だし、第五ステージでバックパックに入れておいた食料も残っている。この中に入れておいたものが、そのまま持ち越されるのは非常に助かるな。
「うがああぁぁぁぁぅ」
黒虎が大欠伸をしている。体力が戻ったのか。
「っと、ごめん。考え事している間に料理しておくべきだった。軽く腹ごなししてから次に挑もうか」
ささっと、具だくさんスープを作り、一緒に平らげると扉を潜った。
『暗視』がレベル5なので、周囲は問題なく見える。ちょっと薄暗いが。
「んじゃ、今回はいつも通り蝙蝠を倒してから、火の鳥は放置してこのステージを隅から隅まで調べてみよう」
「ぐあーぅ」
何はともあれ、まずは邪魔な蝙蝠駆除から始めよう。
はい、終わりました。咆哮があると蝙蝠は雑魚ですらない。ただのお肉だな。
サバイバルナイフがあるので、その場で血抜きと皮剥ぎを終えておく。そして、バックパックに収納。何と言うか軽作業のバイトをしていた頃を思い出す。
火の鳥以外は片付いたので、まず壁際を調べていく。ぐるっと一周してみるか。広い空間だが、無理な大きさじゃない。
壁に手を当て、不自然な凹凸や違和感がないか見落とさないように注意しておく。
壁の材質は大理石みたいだな。試しに棍で叩いてみるが、コンコンと良い音がするだけだ。思いっきり殴って壁を壊したら隠し通路とか、あったりしないか。
空洞があったりしたら音が変わるって言うのが定番だよな。
棍で壁を叩きながら、歩き続けるが音に変わりは無いように思える。まあ、地道な作業が実を結ぶかもしれない。根気良くいこう。
俺が壁を念入りに調べながら進む姿を、興味深げに見つめる黒虎の視線を背に感じる。壁を叩きながら真剣に見つめていたら、不思議にも思うよな。一応説明しておくか。
「これはね、隠し部屋とか隠し通路が無いか調べているんだよ。何か隠れているかもしれないから」
『気配察知』も全力で発動中なのだが、火の鳥以外の反応は無い。黒虎も手伝ってくれているらしく、鼻をひくひくさせながら周囲を注意深く見回している。
かなり歩いた筈だけど、これでも半周ぐらい。いったん休憩するか。
「黒虎、休憩しようか……黒虎?」
俺の呼びかけに珍しく直ぐには反応しないで、壁の方をじっと見つめている。視線の先はさっき調べた壁なのだが、何かあるとでも言いたいのか?
「どうした、何か気になることでもあるのか」
「ぐあぅがぁ」
二度頷き、壁の手前に歩み寄ると、猫が爪をとぐような仕草で壁を引っ掻いている。さっき調べた時は何もなかったが、もう少し念入りに調べてみようか。
黒虎を下がらせて、引っ掻いていた場所を棍で数回叩く。
「ちょっと軽い音がするような」
違いを調べる為に離れた場所の壁を叩いてみる。音が低いな……こっちは詰まっているような感じがする。何でさっきは気づかなかったんだ。
もう一度、元の場所を調べていくと、地面から一メートル程上に直径二メートルぐらいで音の軽い場所があることがわかった。
ああ、なるほど。俺は地面に近い場所を叩いていたから、この存在に気が付かなかったのか。黒虎、手柄だぞ。
「よく気づいたな黒虎」
わしゃわしゃと顔を掻き回すと、目を細めて喜んでいるようだ。黒虎だけが気づいた理由が不明だが、嗅覚や野生の勘なのかもしれないな。
「下がっていてくれ。全力で殴ってみるから」
俺は棍をバットに見立てて、フルスイングを軽い音のする部分へ叩き込んだ。手に衝撃が走ったが、それは思っていたよりも軽く、何かを破壊した感触が手の平に伝わってきた。
「おっ、空洞があるな」
亀裂が走り、ボロボロと崩れた壁の向こうには、土管を覗き込んだような円形の道がある。
本当に隠し通路があるとは。『暗視』レベル5をもってしても、その先は見えないか。
やっぱ、行くしかないよな。隠し通路の先にはお宝があるというのが決まり事だ。ここもゲームを気取っているなら、それぐらいの基本は押さえていると信じたい。
「黒虎、声を出さずに慎重に行くよ」
何が潜んでいるかわからないのだ、『暗視』『気配察知』を全開にして、警戒レベルをマックスに調整する。足を踏み入れ一歩一歩進む度に、足音が通路内に反響した。
「おっ」
少し進むと『気配察知』に反応があった。黒虎は俺よりレベルが上だったから、この気配を感じ取っていたのか。
気配の大きさは俺と同程度か。落ち着きなく、終始動いている。まだ距離があるのでそれ以上はわからないが、相手が俺たちに気づいていることはなさそうだ。
ここまで来たんだ、とことん行ってみるか。足音を忍ばせながら近づいていく。あの反応は人型っぽいが、隠し通路の奥にいるということは強敵と考えるべきだよな。
気配が強まっているが、どう対応すべきか。
「初見は情報不足なのがな……」
いや、普通はそれが当たり前なのだが、死んで情報を得るという行為が当たり前になりつつある。いい加減死なずに前へ進むことを覚えないとな。
この先にいるのが何者であろうと今回は死なない。死なずに撃破してみせる。
「今回の作戦は命大事に、だ」
「ぐおぅ」
黒虎の賛同も得た。あとは、慎重かつ大胆に尚且つ臨機応変に挑むしかない。
かなり近くなってきているようだ。もう100メートルは切っている。ここまで進んできてわかったのだが、先が行き止まりになっている。相手の気配はそこからもう少し奥のようだ。
通路の終点に到達したので、取りあえず遮る壁に触れてみる。
まあ、壁だな。通路と第三ステージの壁と同じ材質のようだ。叩いて壁の厚さを調べたい誘惑にかられるが、気配に気づかれる可能性が高い。
「ぐるぅ」
「ああ、黒虎ちょっと静かにしていて。この先に何かいるようだから」
何をしているのか興味があったようで、顔を強引に割り込ませてきた黒虎の頭を撫でる。しかし、本当にどうすべきかな。
ここまで来て何もしないで帰るのはあり得ない。軽く小突いて音で相手にバレて警戒されるぐらいなら、一気に突き破るか。
「黒虎ちょっと下がって、壁を突き破ったら一気に飛び出すから、俺が危険そうなら通路に引き戻してくれ」
罠の問題もあるが、後方に黒虎が控えている。もし、脚をやられたとしても、この場から撤退は可能だと思う。
無謀と挑戦は別だと自分自身に言い訳をしておいて、俺は棍を強く握りしめ助走をつけて、全力で壁にぶち当たる!
鈍い音と何かが崩れる音を俺の耳が感知した時には、壁を突き破り俺は向こう側へと転がり込んでいた。
勢いをつけすぎたか。地面で一回転して体勢を整え、直ぐ近くに感じる気配へ向けて棍を突き出し構える。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
「誰だ!」
「誰だ!」
俺はそれを見て思わず声が漏れたが相手も同じだったようだ。
そこには見知らぬ男性がいた。




