十四回目 2
順調な滑り出しだな。黒虎に手を触れながら一緒になって進んでいるが、『熱遮断』による体力の消耗もかなり緩やかで、このままなら問題なくやれそうだ。
黒虎が風上にいるので、その大きな体で吹雪を防いでくれているのが大きい。『熱遮断』も意識することによって完全に遮断するのではなく、出力を弱めてある程度は熱を通すようにすると、燃費がかなり良くなっている。
少々寒いぐらいなら、火の鳥の尾羽を懐に忍ばせておけば充分温かい。
前回は任せっきりで、周囲が全く見えていなかったのだが、この第四ステージは本当にだだっ広い。時折吹雪が止み全貌を目にできるのだが見渡す限りの雪原。遠くに見える山々。正面の山が一番近いが、他の山も調べろと言われたら少なくとも一か月以上、ここに籠ることを覚悟しないといけないだろう。
やっぱり、自分の足で歩かないとダメだな。黒虎に頼り切ると甘えが魂にこびり付いてしまいそうだ。協力はいいが、一方的な依存は気を付けないと。
顔面に叩きつけてくる雪の粒を払いながら、着実に前へ前へと脚を動かす。
雪を掻き分け、足場を確かめ着実に確実に歩く。棍を杖代わりにしているので、かなり安定感がある。ここまで身体能力が上がっていても、雪の負荷は馬鹿にならない。たぶん、以前の俺なら数歩で力尽きていただろう。
荒い息を吐き、呼吸が苦しい。だけど、これでいい。辛さに慣れろとは言わないが、緊張感を失ってしまえば、一気に死を重ねる。そんな気がしてならない。
「もうすぐ、洞窟かな」
「くうーっ」
山がかなり大きく見えてきたので、あと少しだ。冷たくなった手をこすり合わせて、血流を復活させる。ここを乗り越えたら温かい料理が待っている、もう少し頑張るぞ。
何とか洞窟に辿り着くと入り口を閉じて、いつもの要領でスープ製作に入る。肉を焼くのは後回しだ。まずは熱々のスープで内部から温まりたい。
肉肉しい料理を平らげ、ほっと一息つくと、黒虎の腹を枕にして寛いでいる。
さーて、問題はここからだ。まずは、わかっているとは思うが一応注意しておくか。
「黒虎。ここでは俺が許可を出さない限り『咆哮』は禁止な」
「がうぅぅ」
顔を前足で隠している。充分に反省しているから、これ以上はもう言う必要はないな。
邪魔をしにくるアイスドールは地道に片付けるしかないだろう。『気配察知』が通用しないのはきついが、動きを見る限りそこまで強敵だとは思えなかった。
「後は戦いながら考えるか。情報が少なすぎる」
一度戦わないとわからないことが多い。それに扉をまだ発見していない。全ての情報が出揃ってからが本番と言っても過言ではない。
今回の目的は出来ることならクリアー。無理なら扉までの到達。これでいこう。
温まった空間から極寒の地へ出なければならないことに、頭と違い身体が抵抗する。重い腰を上げると、出立の準備を整え道具を回収する。
「よおおおし、行くか」
「ぐううーっ」
黒虎に呼びかけたというよりは自分に言い聞かせると、洞窟から飛び出した。
『熱遮断』の効果を上げて、寒さが殆ど気に成らないようにしておく。戦闘となると少しの違和感が命取りになる場面があるからだ。
前回見つけた緩やかな斜面を登り、アイスドールに遭遇したルートに入った。
ここら辺かな……お、来た来た。やっぱり、未来を知っているというのはかなり有利だよな。
「黒虎、慎重に足下に気を付けてやるぞ」
雪に足を取られないように、強く大地を真上から踏みしめるようにして歩み寄る。走るのは無謀だから激しい動きは避けないとな。
棍を雪に突き刺し、転ばないように細心の注意を払いながら近づいていく。
黒虎に三体、残り七体が俺に来たか。
棍を構え、足元を均す。雪を操るあの人形をどうにかするなら、足場の悪い雪山だと遠距離攻撃をされるまえに間合いを詰めたいが。
俺が迷っている間にアイスドールは雪を凝縮した槍を創造している。まず、払い落としてみるか。七本の槍が直進してくるが先行する二本を薙ぎ払い、次の一本は屈んで躱す。
残りの四本を目の端で捉えると、以前の戦いを思い出し、棍を棒高跳びの棒代わりにして跳び上がる。
眼下を四本の槍が通り過ぎる、結構ギリギリだったな。
棍の重さがあると高く跳べないと判断して手放しているので素手だが、そこは抜かりない。降下中にポケットへ入れていた石を取り出し、アイスドールの頭に叩きつけると地面を転がり着地の衝撃を和らげる。
雪まみれになったが、頭を潰されたアイスドールの隣にいた、もう一体がこちらへ顔を向けたので石を全力で顔面にプレゼントした。
少し離れた場所で突っ立っている二体には、少し小さめの石を投擲する。それで倒せるほど容易な相手ではないが、怯ませるには充分だった。
その二体は放置して、新たな槍を生み出そうとしている三体へ向かう。製作過程の氷槍へ石をぶつけると、簡単に崩壊して氷の結晶に変わる。
雪が邪魔で思ったより速度は出ないが、その隙に迫ると頭に握り込んだ石を振り下ろす。手の中の石が砕けたが、相手の頭も亀裂が走り崩れ落ちている。
石を失ったので、そのまま素手でアイスドールの顔面を強打したが、
「痛ええええええっ!」
頑丈になっているとはいえ、素手は無謀すぎたか。骨にひびぐらい入ってそうな痛みだ。
「男はど根性っ!」
痛みを噛み殺し、仰け反っているアイスドールの腕を掴み、振り回す様にしてもう一体へぶつける。
二体がもつれ合い雪の上に倒れるが、こいつらを砕く術がない。棍を探さないと。
「んぐぅ」
背後から聞こえたくぐもった声に振り返ると、黒虎が口に棍をくわえていた。
「この、お利口さんめっ!」
棍を受け取ると渾身の力で、重なっている二体を纏めて粉砕した。
投擲で体勢を崩していた二体が立ち直っているが、黒虎が右、俺が左を担当して互いに一撃で葬った。
黒虎が思わず『咆哮』を放った、あの攻撃をされる前にけりを付けたかったが上手くいったな。だけど、覚悟はしていたが雪が思った以上に厄介だ。
走る速度なんて本来の何分の一だ。機動力が奪われてしまっているので、遠距離攻撃が圧倒的に有利。一対一なら石の投擲で何とでもなるが、数で迫られるとかなりやばい。
今回も黒虎がいなければ危なかっただろう。
「棍を持ってきてくれてありがとう、黒虎」
頭をわしゃわしゃすると、気持ち良さそうに目を細めている。戦力だけでなく、存在そのものが俺の力になってくれている。本当に助かるよ、黒虎。
「この調子で頑張っていこうな」
「ぐあーっ!」
いつもより元気に返してくれた。先はまだ見えないけど、一緒ならやっていけそうだ。
バックパックから焼いた肉を取り出し、俺と黒虎はそれを齧りながら登っていく。俺は生きる為に雪山登山をしているが、登山家の人って何が楽しくて、こんなことをやっているのだろうな。
俺には全くもって理解不能だ。エベレストとかもこんな感じなのだろうか。金を貰ってもやりたくないぞ。
心の中で見知らぬ登山家に対し悪態を吐いたり感心したりを繰り返しながら、何とか山を登っているが、そろそろ、どこかで体を休めた方がいいな。
上を見るが山頂は雲がかかっていて距離がつかめない。はぁ……このステージは精神にも身体にも厳しいぞ。
「黒虎、体を休められる様な場所があったら教えてくれ」
俺もそうだが黒虎も疲労が溜まっていることだろう。雪山舐めたらダメだな。灼熱地獄よりも、じわじわと体力を奪われ追い詰められている感じがきつい。
暫く進んでみたが、そうそう都合よく洞窟は無く、斜面にできている小さな窪みに俺と黒虎が体を押し込む。
はみ出ている黒虎の体にレジャーシートを被せて、内側に火の鳥の尾羽を潜り込ます。気休めだが、無いよりましだろう。
調理をするスペースもないので、作り置きしていたスープを取り出す。食器に袋をかぶせただけなので、普通なら零れているのだが、バックパックの謎性能のおかげで一滴も漏れていないし、温かいままだ。
まず、黒虎が飲みやすいように深皿を口に近づける。
おう、美味しそうに飲んでいるな。あっという間に飲み干したので、今度は肉を多めに入れて再び口に運んだ。
どうやら、満足してくれたようで、目を閉じて眠る体勢に入っている。俺もスープを口にすると、体が思っていた以上に冷え切っていたようで、内部から火が付いたように全身に熱が巡る。
「くうううぅ、たまらんな。はああ、蘇るぅ」
食事って本当に大切だな。生きる気力が湧く。ここから無事に脱出できたら、もう少し料理の腕を上げたいな。各地を食べ歩きも悪くない。
そんな未来を夢見ながら俺は少しだけ仮眠をとることにした。
目が覚めると、黒虎は既に起きていたようで、眼前に黒虎の目があった。
ちょっとびっくりしたが、神経が図太くなっている俺は黒虎の頭を撫で、焼いた肉を取り出して黒虎に食べさせておく。
食料がちょっとやばいか。あのアイスドールが獣とかの魔物だったら食えたのに。雪山で氷を食べてもな……。
少し焦らないと駄目か。節約してもあと二回分程度しかないなら、強硬手段になっても次のアタックでゴールを見つけておきたい。
「黒虎、山頂を目指すよ。少し無理をするかもしれないけど、危なくなったら言ってくれ」
「くうーーっ! くうっ!」
激しく頭を上下させて元気良さをアピールしているのか。無理はさせたくないが、無理をしないとクリアーできない。ここは辛抱してくれ。
再び雪の山道に戻ったのだが、吹雪が止んでいる。今の内に出来るだけ距離を稼いでおかないと。
「ちょっとペースを上げるぞ」
安全も大事だがここは無茶をしないといけない場面だ。さっきまでより速いペースで黒虎と共に駆けていく。
単発でアイスドールが現れるのが鬱陶しいが、大体は石の投擲で撃墜している。倒し損ねた敵も、黒虎が一気に間合いを詰めて爪で一閃。数が少ない相手なら、今のところ危険はない。
あれから、二三時間は過ぎたと思うが、一時間前あたりから足元の雪が殆ど消えて、足場もしっかりしてきた。今は残雪が全くない山道をひたすらに上へ上へと登っている。
更に一時間が過ぎたところで、俺たちは山頂へと辿り着いた。
誰かが整地したかのように山頂はまっ平らで、広さは休憩所を一回り大きくした程度。そして、中心部に扉が一つ立っている。
「怪しいにも程があるだろ」
罠を張るとしたら、扉の周囲に落とし穴ぐらいしか仕掛けようがない。
だが、常識が通用する場所じゃない。地雷ぐらい地面に埋めていてもおかしくないよな。もしくは一定距離近づくと魔物が現れるとか。
とまあ、幾ら憶測を並べようが行動してみないことには何もわからない。手にしていた棍を前に突き出し、ぽんぽんと地面を叩きながら扉に近づいていく。
『気配察知』には反応が無い。今のところ罠もないようだが……え。
こつん、と棍の先端が硬い物に触れた音がする。あれ、扉にあっさり着いたぞ。
警戒は解かずに扉にそっと触れるが、妙な現象が起こる気配すらない。
扉の裏側には何もなく、扉を開けたところで普通なら何処にも繋がっていない筈だが、常識はとっとと捨てた方が良いよな。
「どうか、開きますように」
扉に力を込めて押し込むと、あっさりと扉が開き先には見慣れた休憩所が広がっている。
「何もないんかいっ!」
思わずノリでツッコミを入れてしまうぐらい意外な展開だったが、何もないならそれでいいのだけど。
「黒虎」
隣に黒虎が来たのを確認すると一緒に扉を潜り、第四ステージクリアーとなった。




