十二回目 後
闇の中に全裸でいる。
どう考えても……頭のおかしい人だ。
下着すら失い、その身一つというのは不安感が半端ない。防御力なんて殆どないスーツでも、着ているのと何もないのとでは安心感にこんなにも差があるのか。
だが、それ以上に湧き上がってくる、表現しがたい高揚感のようなものはなんだ。開いてはいけない扉が徐々に……ゆっくりと……開放されて……。
「はっ、いや、ダメだろっ!?」
この解放感に禁断の扉が開け放たれそうになった。ぎりぎりで踏み止まれたが。
さて、お遊びはこれぐらいにして、この先の事を考えて手頃な石を探そう。素手で殴るより『石技』の効果を期待して石で殴った方がいい。
手にすっぽり納まるより、もう少し大きいソフトボールぐらいの大きさが理想なんだが。これは、ちょっと小さい。こっちは大きすぎるか。うーん、これかな。表面の窪みもいい感じに手に馴染む。
もう一個似たような石を見つけたことだし、武器の確保は完了。
「それじゃあ、戦闘開始の宣言といきますか。ヴオーーーーーーッ!」
頭上に『咆哮』を放つと、バタバタと大量の蝙蝠が降ってくる。それを一匹ずつ丁寧に石で潰していく。『暗視』『気配察知』が4に達したことにより、闇の中でも良く見え、四方八方何処から敵が現れても感知できる。
それに蝙蝠相手なら『咆哮』一発でこの有様なので、石で十分対応できてしまう。
頭を潰された蝙蝠を鷲掴みにして、皮を強引に指で剥ぐ。羽と脚を引き千切り、残った肉を骨ごとバリバリと噛み砕いていく。
「やっぱり、悪くない味だよな」
三体をたいらげると胃袋も落ち着いてきたので、残りの蝙蝠の足を左手で掴み五匹確保すると、右手で石を拾い次の気配へと向かう。
幾つか蝙蝠の群れを壊滅させた。今度は『咆哮』に頼らずに戦ってみるか。
十以上の蝙蝠が一斉に襲い掛かってくるな。死角から飛んできている個体が幾つかいるが、問題ない。
左耳の後方、旋毛の上、左肩の関節、右脇腹、相手の飛行ルートと目的地が手に取るようにわかる。
真っ先に到達する個体を左手の甲で打ち上げ、そのまま次を払い落とし、右手で殴りつけ、最後は頭突きで落とす。
遅れてやってきた蝙蝠も、突き、払い、弾き、叩き、咬みつく。
怖いぐらいに体が軽くて、頭で考えるより先に手脚が動く。体の細胞一つ一つに神経が行き届いているかのように、周囲が把握でき――
「よっと」
背後から襲ってきた蝙蝠を後方宙がえりで、こうやって躱すことも容易い。
ついでに空中で掴んだ蝙蝠の頭を握り潰し、死体を地面に置く。自分でやったことだというのに、信じられない。
ステータスが上がっているから、こんな冗談のような動きが可能なのは理解できる。だけど、練習もせずにこんな動きが、ぶっつけ本番でできるものなのだろうか。
レベルが15に上がってから体を慣らす為に一通りの動きをおさらいはしたが、こんなに機敏には動けなかった。
「んー、これって考えられるのは……野生の効果か」
衣類も着ずに武器も持たず、その身一つで戦う姿はまさに獣。俺の戦闘スタイルに呼応して『野生』の隠された力が発揮されたのかもしれない。
でも、服も着ないで武器も持たないが発動条件なら、滅多に使えない特殊能力だな。素手や石では守りの硬い相手には全く通用しないだろうし、そもそも全裸が条件なんて人前では、ちょっと。
鍛えておいて損は無い特殊能力だとは思うが、限界まで追い詰められた時の最終手段にしておこう。今はこの状況だから、仕方がないけど。
それから、大きな気配を除いた全ての反応をしらみつぶしにして、蝙蝠を全滅させることに成功した。
残るは比較に成らないぐらいの大きな気配――火の鳥だ。
俺は覚悟を決めると、その眩く輝く気配に向かい進む。こんな状態で勝てたら、それは奇跡に近い偉業かもしれないが、この馬鹿げたゲームを制覇する気なら、これぐらいはやり遂げないとな。
火の鳥が前回と同じく扉の前で翼を休めている。
前回と同じ流れなら、もう少し近づくまで動きは無いだろう。だったら、俺のやるべきことは、こうだ!
上体を限界近くまで前に倒し、地を這うようにして駆ける。
火の鳥が俺の接近を察し、目を見開きこちらを睨みつけたまでは前回と同じなのだが、翼を広げて炎を纏うことなく、何故か俺を凝視し続けている。
鳥の癖に表情があるのか。些細な変化だが俺の目には驚いている様に映っている。
人の姿を見て驚くなんて失礼な鳥だな。裸で蝙蝠を噛み砕きながら、石持って走っているだけだろ!
呆気にとられて炎を噴き出すタイミングを削がれた火の鳥に、俺は跳びかかっていく。石を振り上げ、脳天目掛けて叩きつける。
火の鳥もそこまで呆けていられないと、俺から逃れるように翼を羽ばたかせて後方へ飛ぶ。だが、逃がす気はない!
空を殴るだけで終わる筈だった手を開き、石を逃げた火の鳥に向けて投擲した。
唯一の武器を手放すとは思っていなかったのだろう。石が胸に直撃する。
「グギュア!」
痛みに顔を逸らし鳴いている。これは好機か!
両手がフリーになったので脚から着地すると、そのまま勢いを殺さないように体を前に倒し、両手を地面に叩きつけ体を前へと飛ばす。
そして、火の鳥の剥き出しになった喉へと咬みついた。
歯が肉にめり込み骨に達したところで、俺の口と顔が炎に包まれる。
慌てて炎を出してきたみたいだが、遅い!
絶対に離さない。炎の体に抱き付き、炎をものともせずに更に強く、深く、歯を埋めていった。
必死になって暴れているが、鳥の翼では俺を殴ることも引き剥がすこともできないだろ!
自分の肉が焼ける臭いが鼻につくが、そんなことはどうでもいい。この喉を噛み砕ければそれで、いい!
顎が砕けてもいいと、力を振り絞っていた口が、がちっと噛み合わされた。
その途端に俺を包んでいた炎が消えたが、全身から香ばしい煙を立ち昇らせているな。
あの状態で諦めなかったのも、動けたのも、全て第二ステージの無茶を経験していたからだ。ここまで上手くいくと、無茶も無謀も全て身になっていると信じたくなる。
今度は肉忘れないぞ……焼けただれた身体を引きずり、火の鳥を引っ張り、扉の向こうへと倒れ込んだ。
休憩所の床が気持ちいいな。全身大火傷を負っているのに、今度は気絶もしていない。我慢強くなったと喜ぶべきか、痛みが続くことに悲しむべきなのか。
体が高速で修復する感覚に身を委ねながら、今後の行動を考えておくか。
第三ステージクリアーの褒美の残りは何だったか。
確か、火の鳥の特殊能力を奪う。背負い袋。一つ元の状態へ戻す。だったか。経験値と疑問の説明、ライフポイントの回復はもう選んだからないよな。
『発火』か『火操作』の能力を奪えば、次の戦いがかなり楽になる。俺の強化よりも敵の弱体化として考えるなら、これを選ぶべきだ。
でも、背負い袋が欲しいよな。これさえあれば、肉を全て運べるし、ゴム水筒も破れる心配をしないで済む。この後もアイテムを得るチャンスがあった時に便利なのは間違いない。
だけど、俺は最後の一つがずっと心に引っかかっていた。何かを一つ元の状態へ戻す。これって何処までその範囲が及ぶのか。今、俺が考えていることは無謀ではなく、馬鹿のやることだと理解はしている。
だが、これから先へ進む為に俺は賭けてみたいことがある。それが叶えば、迷いが一つ消え、この命懸けのゲーム攻略に没頭できるだろう。
この選択は後で後悔することになるかもしれない。
それが原因で先のステージで詰むかもしれない。
でも、それでも、俺は……自分自身を納得させる為に。
傷が癒えて立ち上がりガラスの板に触れると、何か一つを元の状態へと戻す。と書かれた文章に触れた。
――何を元の状態へと戻しますか。心で念じてください――
もし、叶うのであれば、黒虎を元の状態へ戻してくれ。特殊能力を失っていない元の状態へと。
――了解しました――
頭に直接入り込んできた文字を信じるなら、願いを聞き遂げてくれたようだ。
心のわだかまりは無抵抗の黒虎を虐殺することだ。何度も食われた相手だが、今は一方的に無防備な黒虎を殺害している。
初めは殺された恨みがあったから、その行為に罪悪感はなかった。だが、今は……。これは自己満足だとわかっている。だったら蝙蝠や、今後能力を奪った火の鳥はどうするつもりだと言われたら、俺は言い返すことができない。
だから、これは自己満足なのだ。俺の全力を初期状態の恐ろしかった黒虎にぶつけてみたい。そして、死力を尽くした殺し合いの結果、黒虎を倒せたら憂いは消える。
そこで初めてセーブポイントを使い、もう二度と黒虎と会うことは無くなるだろう。
って、誰に言い訳しているんだ俺は。この糞ゲーのプレイヤーは俺なんだ。好きにやって何が悪いって話だよな。
最後にステータスを確認しておくか。黒虎が復活したことにより、奪った特殊能力が俺から消えていないか見ておかないと。
山岸 網綱 レベル15
体力 45+300
精神力 53+300
筋力 44+15
頑強 45+15
器用 39+15
素早さ 37+15
特殊能力 『ど根性』3『熱耐性』10『石技』4『気配察知』5『暗視』5『棍技(我流)』3『体幹』3『咆哮』3『野生』3
ライフポイント 93/105
持ち物 特製石棍(不壊)
奪った特殊能力は消えてないな。裸の戦いで結構能力が上がっている。実は『野生』モードはレベルアップには適しているのだろうか。でもなあ、その度に裸になるってのは、人としてどうかと思う。
「これにて、覚悟完了だ」
俺は火の鳥の肉を頬張り、水を浴びてスッキリすると、体が渇くのを待ってから、全裸で雪原へと飛び出していった。




