十三回目 1
ああ、スーツだ。これを着ているだけで現代人に戻れた安心感が。
棍も手元にちゃんとある。もう、石で殴らないで済むんだな……。
裸で雪原に挑むという、頭のネジがぶっ飛んでいる人でもやらない強行策を実行したわけなのだが、実は結構先までいけたという実績。
『熱耐性』10の効果はかなり大きいようで、前回倒れた場所は軽く超えていたと思う。あの寒さだとサマースーツの一枚や二枚、殆ど関係ないようなものなのだろう。
今回の死亡で学んだのは『熱耐性』10だけでは、あの雪原を超えることは不可能だということだ。ここは思い切って『熱遮断』に託すか他の策を講じるしかない。
「まあ、それも、お前さんとの因縁に決着を付けてからだけどな」
ここ数回は身を丸めて無防備な姿を晒していた相手――黒虎が漆黒の蒸気を体から立ち昇らせ、威風堂々と俺の前に現れた。
これだよな。この迫力と威厳のある態度。目が合っただけで委縮させる殺気。
「これだよ、これ。俺を何度も喰らってくれた、恐怖の対象。さあ、尋常に勝負といこうか!」
これからも策を練り、卑怯だと言われても生き延びる為にあらゆる手段を行使する覚悟はある。だからこそ、こいつだけは、今回だけは正面から制覇したい。
自分の実力を知る為にも、今後も前を向いて進むためにも、俺の心のわだかまりを吹き飛ばす為にも、お前を倒す!
棍を構え、じりじりとにじり寄る。
黒虎は一定の距離を保ちながら、弧を描くように動いている。側面に回り込ませるわけにはいかないので、常に相手を正面で捉えるようにして構える。
赤い目は俺をずっと睨んでいるな。久しぶりに黒虎の目を見たが、もう怯えることは無い。お前のおかげで俺は強くなれたから。
無意識の内に口元が笑みを浮かべていた。この状況で笑えるって、良くも悪くも神経図太くなったもんだ。
そんな俺の態度が気に食わなかったのか、黒虎が一気に間合いを詰めてきた。あの巨体だから数歩走っただけで、俺との距離はゼロに近くなり、相手の振るう前足から伸びた鋭利な爪が、俺の首を狙っている。
「舐めるなよっ」
下からすくうようにして棍の先端を肉球へぶつけ前足を弾くと、左手で棍を投げ捨てるように押し込み、弧を描いた棍の末端が黒虎の顔面を横殴りにした。
「ギャンッ!」
今のは勢いを利用して放った攻撃なので、体重がのっていないから威力としては大したことは無いが、相手を怯ますには充分な一撃だった。
ここで終わらないぞ、畳みかける!
棍から離れた手を握り締め拳を固めると、相手の喉元を狙い全力の突きを放つ。
さっきの攻撃で目を閉じる形となっていた黒虎に避ける術は無く、狙い違わず喉を殴ったのだが、身体能力が上がっているとはいえ素手だ。決め手となる攻撃とはいかなかった。
「グルウゥゥゥゥ!」
距離を取った黒虎が喉を鳴らし威嚇している。
今の攻防で俺への油断は消え去ったのだろう。さっきよりも黒い湯気が増しているぞ。棍で殴られた右前脚に怪我を負ったのか、体を支えている右脚に体重がのっていないように見える。
これで相手の瞬発力が奪えたのなら、戦況はかなり有利になった。
さあ、次はどう出る。今度は俺の周囲を回ることなく、どっしりと構え……何だ? 頬が膨らんでいるように見えるが、これが火の鳥なら火の玉を撃つ前の動作なのだが、今までそんな動きしたことなかったよな。
何がきても対応できるように軽く膝を曲げ、相手の動きに注目する。
頭を後ろに倒し、勢い良く頷いて――
「飛び道具!?」
黒虎の口から飛び出てきた液体の塊。見たこともない攻撃だがっ。
火の玉で遠距離攻撃に慣れていた俺は、横へ転がるようにして避けると、じゅっと何かが焼けるような音が、さっきまで俺のいた場所から流れてきた。
目を向けると、吐き出された何かが着弾した地点は穴が開き、黒い湯気のようなものが穴から溢れている。
「溶解液を飛ばしたのか」
強力な消化液程度の認識だったが、こういう使い道があったか。
もし、今のをガードしていたら……危なかったな。
更に追い打ちとばかりに、黒虎は大きく仰け反り胸元が膨らんでいる。また、あれを飛ばしてくるのか、いや、違うあれは――
「グルラアアアッ!」
「ヴオーーーーーッ!」
同時に『咆哮』を放つ。二つの咆哮が正面からぶつかり、洞窟内が激しく振動した。周囲の岩肌が崩れ、天井のつららが幾つか降ってくる。
俺の脳天をピンポイントで狙ったかのように落ちてきた岩のつららを棍で打ち、黒虎へと飛ばす。左前脚で煩わしそうに払う黒虎を確認しながら、更につららを打ち込んでいく。
やはり、右前脚の負傷は軽くないようだ、全てを左前足で対処していたが、数が多すぎて何発か当たり始めている。
かなり大きなつららが落ちてきたので、それを打ち砕くように全力で棍を叩きつけた。まるで散弾銃のように、石の破片が無数に飛び散り、横殴りの雨となり黒虎に降り注ぐ。
避けられないと判断したのだろう「グルラアアアッ!」黒虎は『咆哮』で破片を吹き飛ばしたようだ。
だがそれは、予想済みだ。
黒虎は前を見据えているが、そこに俺はいない。今俺は――奴の頭上にいる。
石の散弾はダメージを狙ったのではなく、視界を奪うことが目的だった。俺の姿を覆い隠し、その隙に棍を走り高跳びの棒に見立てて、上空へと飛んだのだ。
俺を見失い慌てて辺りを見回している黒虎の背中へと、体重の乗った渾身の一撃を放つ。
「ギャッ!」
俺の手に伝わる背骨を砕いた手応え。棍の先端は黒虎の腹付近までめり込んでいる。
それを引き抜き、最後まで油断せずに棍を構え、黒虎を見据えた。
赤い瞳が俺を捉えている。助からない傷だと理解している筈だ。だが、やつはそれでも戦意を失わずに俺を睨みつけている。
背骨をやられたのだ。立ち上がることもできず、口からは血の混じった唾液が零れ、地面を溶かし続けていた。
「お前のおかげで、ここまで強くなれたよ。ありがとうな」
これ以上苦しむ姿を見たくなかったので、俺は止めの一撃を放ち、黒虎との因縁に決着を付けた。
「終わったか」
これで躊躇うことなくセーブポイントでセーブが出来る。
黒虎の死体に手を合わせ、その全てを無駄にしない為に死体を背負って扉を潜った。
休憩所の隅に黒虎を横たえらせ、ガラス板に触れる寸前で止めた。
褒美を受け取ると言っても、もう『溶解液』しか残っていない。これ本当に受け取っていいのだろうか。自分で発動するかどうかを決められるなら使い道は多いと思うが、万が一垂れ流し状態だったら、ご飯食べるのにも苦労しそうだ。
「あー、んー」
答えは見つからないが、じっくり見てから決めようとガラス板に触れる。
「えっ、眩しっ!」
ガラス板が発光している!?
「ど、どういうこと?」
今までにこんな展開はなかった。ガラス板が白熱灯のように輝き、溢れ出した光が休憩所を満たす。
あまりの眩しさに目を閉じて、光が弱まるのを待つと瞼の裏からでも痛いぐらいの光が、弱まってきたのがわかる。
も、もう大丈夫だよな。
そっと目を開けると、光は消えその代わりに金色の文字が並んでいる。
「文章が全て変わってないか」
訝しみながらも、その文章を読んでいく。
――素晴らしい。この隠し要素に気づくとはお見事と言っておこう。特定の条件をクリアーした者にのみ与えられる、特別な褒美……いや贈り物というべきか。キミはその権利を得た。条件は特殊能力を一切失っていない黒虎を三回撃破だ――
目を擦って、もう一度同じところを読むが見間違いじゃないよな。こういうのって、やり込み要素として称号が与えられたり、トロフィーが貰えたりする製作者のお遊びで入れてある場合は確かにある。
ゲームのような場所だから、あり得ない話ではないが……予想だにしてなかった。完全な自己満足がこのような結果につながるとは。
条件の三回撃破というのがポイントだな。一度目は相手が完全な状態で戦うしかなかった。二度目はレベルアップを望んだから条件は満たしている。そして三度目は殆どの人が特殊能力を奪っている筈だから条件が満たされることは、まずない。
正直、この隠し要素に度肝を抜かれたが、まだ文章の途中だ。驚くのも全てに目を通してからにしよう。
――前置きはこれぐらいにして、次の三つから選んでくれ。
一つ、黒虎に変化する能力を与える。変身解除は思いのままだ。特殊能力はそのまま使用できる。
一つ、特殊な防具、黒虎の脚甲。(武器や背負い袋と同じく、巻き戻った際も手元に残る)
一つ、黒虎を仲間にできる。意思の疎通が可能で裏切ることは無い。
ただし、この贈り物は一度きりだ。どれか一つを選ぶとこの項目は完全消滅する為、二度と得ることはできない――
「お、おう」
意外な内容に間抜けな反応をしてしまった。
また、俺を悩ませる展開か。これって、どれを選んでも不利なことにはならないよな。それは断言できる。
いつものように一つずつ考察するか。
まず、変身能力か。相手の意表をつくのには適しているが、変身後は黒虎の身体能力になるのか、自分自身のままなのか、それによって大きく変わりそうだ。
次の、黒虎の脚甲というのは、かなり魅力的だ。倒した相手の名が付く防具や武器って、ゲームでは良くあるが、大概が特殊な能力が付与されている。ここでも、それは期待できるだろう。
最後の仲間になる……か。最大のメリットは孤独ではなくなることだよな。殺し殺され、食って食われての関係だったが、もう、わだかまりはない。共に戦うことに関しては、忌避感も無い。
戦力が増えるというのは単純にかなりの強化に繋がる。一人から一匹増えるだけで、敵への対応も楽になるし、やれることが増えるので戦いの幅も広がる。
「あーーーーっ! 本当にどうしよう」
今までも散々迷ってきたが、今回のは本当に決められない。
早々に変身能力は除外したけど、問題は残りの二つ。
黒虎の脚甲ってネーミングとこの条件から考えるに、次の火の鳥も隠し要素があって、その条件を満たすと、特殊な武具が貰えるという流れ……ありそうだよな。
そして、そういう防具を全て揃えると相乗効果が発生して能力が強化される、というのが基本中の基本だろう。
「でもなあぁぁ。黒虎が仲間か」
敵に回すと恐ろしい相手だったが、仲間になるとこれ程心強い相手もいないだろう。
意思の疎通ができて、言うことを聞くのなら上に乗ることも可能だよな。黒虎にまたがって颯爽と現れる。うん、良い。想像するだけで頬が緩むぐらい魅力的だ。
これが唯のゲームなら俺は迷わず黒虎の脚甲を選ぶだろう。モンスターを操る要素のあるゲームでも自分のキャラで無双するのが好きだったから。
だがここは現実だ。様々な展開を考慮しなければならない。
自分を強化するか、仲間を得るか。
苦悩しながらも、俺の選択は――




