勝利への伏線
生前に比べたら、おおざっぱな動きをしている鴨井だが、破壊力はかなり増している。とはいえ攻撃後に隙が生じるので、そこを突こうとするとラストゲートの腕が割り込んでくる。
即席コンビの癖に、いい感じの連携だ。少し余裕が出たと思えば、この逆境。本当に性質の悪いダンジョンだなっ。
『暗殺』『ベルセルク』による身体能力の向上が無ければ、何度殺されていた事か。今はギリギリのラインで凌げているが、捉えられるのも時間の問題だろう。
首を刎ねにきた横薙ぎを跳躍で避ける。相手が複数いて、遠距離攻撃を所有している相手がいる場合、身動きの取れなくなる空中に回避するのは愚の骨頂。
それをラストゲートも承知しているようで、狙いすました攻撃が上下から襲い掛かる。
まあ、俺もそんなことは重々承知の上だ。今の跳躍は軽く跳んだのではなく、渾身の力を込めて地面を蹴った。その結果、俺の体は天井に到達した。
頭からの激突を避ける為に、身体を半回転させて頭を下にして天井に着地する。重力に逆らった状態で、二本の腕に棍を叩きつけ、攻撃を逸らす。
そして天井を足場にして屈伸すると、頭から鴨井に突っ込んでいく。真っ直ぐ突っ込んでいく俺に対し、巨大化させた斧の刃をこちらに向け待ち構えている。
このままの軌道だと自ら二枚に卸されにいくようなものだ。ならば――
壁際であることを利用して、棍を伸ばし軌道を強引に変更する。無理な動きをしたせいで、腕に負担がかかり骨が軋むが、無茶をしなければ状況は覆せない。
見当違いの場所に降り立つことになったが、着地と同時に俺の斜め後ろで遠距離攻撃に没頭しているラストゲートに10メートル近く伸ばした棍の横薙ぎをプレゼントする。
狙いを急遽変更したことで相手の反応が遅れ、胴体に棍が潜り込み腰が歪に湾曲するが、すぐさま元に戻っている。『軟体』『物理攻撃無効化』の相乗効果で打撃が全く通用しない。せめて、どちらか一方だけだったら、その防御を崩すことが可能なのだが。
「ドグゥオゥ、ビデイドウウウウッ!」
ちょっと意識を逸らしただけで激怒か鴨井。性質の悪いストーカーに惚れられた気分だよ。
しかし、どうする。先に倒すなら鴨井だが、ラストゲートがちょっかいを掛けてくるのが面倒過ぎる。奥の手は存在しているが、ぶっつけ本番で使うには躊躇いがある。
相手を倒しきれるならいいのだが、止めをさせなかったら、やばいどころの騒ぎではない。
ベルセルクの秘められた力を発動させると、使用後に虚脱感があるとあった。無防備な状態を晒し、殺されるだけならまだいい。そこでラストゲートの『ライフポイント吸収』を喰らったら、全て吸い尽くされる可能性だってある。一応、毒の仕込みはしているが前回で学ばれ口に腕でも押し込まれたら、そこでおしまいだ。
相手の防御を打ち抜けるか……勝負を懸けるべきなのか。
「ここは私も参戦しますね! ここで一気にいくべきです! 私ごと倒してくれて構いませんので!」
ああっ、悪い意味で空気の読める子だ。鴨井とラストゲートなら本当に容赦なく織子ごと迷わず斬り捨てることだろう。これは、先に織子を始末すべきか。
狙いを変更して、織子へ視線を向ける。ラストゲートの後ろに控えていた織子が、その脇を抜け前に進もうとしたように見えたのだが、何故かラストゲートの背後でピタリと動きを止めた。
そして、何を思ったのかラストゲートが体を回転させ、織子をその腕で弾き飛ばした。
派手に吹っ飛ばされた織子が俺の足元まで転がってきた。どういうことだ? 何故、織子を殴り捨てた……。
頭が混乱しそうになるが、冷静さを失えば待つのは死。混乱する心を無理やり抑え込み、ラストゲートを注意深く観察する。
何処にもおかしな点は――ラストゲートの背にナイフが突き刺さっている!?
「どういうことだ、織子」
地面に寝そべり、腹を抑えて苦しそうに唸っているが、それどころじゃない。何故、織子は殲滅側として倒す必要のない奴を刺した。
「私は……生粋の裏切り者だから……最後の最後に殲滅側の仲間と、製作者の予想を裏切ってやったわ」
口の端から血が一筋流れ落ちている状態で、織子が茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「何をしたのか、わかっているのか」
「うん。これでいいの。ずっと、ずっと後悔していたから。ああ、こんなに清々しい気持ちになれるなら、初めからこうすればよかった……」
「ゴッヂオビドオオオ!」
「うるさい!」
振り向きざまに全力で棍を薙ぎ、斧で防御した鴨井を力任せに吹き飛ばす。きりもみ回転をしながら壁に向かって突っ込んでいく鴨井に、背中から取り外したコンパウンドボウを素早く構えて矢を射る。
まだ、体に刺さったナイフを見下ろしているラストゲートに五発程、矢を撃っておく。
矢ごとき防ぐ必要もないと思っているのか、避けることすらしないラストゲートの体に矢が深々と……突き刺さった?
いつもと変わらない威力の筈だが、何故、あの防御を貫けたんだ。
「あはは。『物理攻撃無効化』封印できたんだ。私の悪運も捨てた物じゃないなー」
力のない笑みだが心底嬉しそうだ。今、織子は封印と口にした。つまりあれは――
「織子が所有していた、封印のナイフ!」
「うん、相手の特殊能力を一つだけ封印できる、あれ……だよ……」
気を失ったのか、織子が目を閉じ力なく地面に横たわる。その顔は満ち足りている様に見えた。
この土壇場で彼女が俺に力を貸してくれた理由は、憶測ではなく後で本人から直接聞かせてもらおう。今の俺が言えることはただ一つ。
「ありがとう、織子」
感謝の言葉のみだ。
相手の『物理攻撃無効化』が封印されたのであれば、迷いは消えた。今度こそ、本当に、全てに終止符を打つ!
「黒虎、俺に力を貸してくれええええええっ!」
ベルセルクの能力の一つ、野獣の力をこの身に宿す。
鼓動が一度大きく跳ね、熱く滾る血が体の隅々まで行き渡る。体から黒い炎が噴き出し、全身が総毛立ち、体中に浸透した力が全身の毛穴から溢れ出そうとする。
「グルウオオオオオアアアアアッ!」
胸の高まりを獣じみた咆哮と共に放つ。ビリビリと大気が震えているのが肌に伝わる。もう、我慢できない。この力を思う存分振るいたい!
「ジイイネエエエエ!」
背後から迫っていた鴨井が振り下ろした斧に拳を叩きつけ弾き飛ばす。
ああ、初めの獲物はお前かっ!
この棒きれは邪魔だっ、敵を切り裂くには爪さえあればいい!
いつの間にか異様に伸びた爪を、三つもある目を全て見開いている鴨井の顔面に滑らす。五本の赤い線が顔に走り、二つの目玉と鼻を抉る。
「アビデゥダェエアアアガアアア!」
うるせえよ。その鬱陶しい声をやめろ!
騒音を消す為にもう片方の手を相手の喉へと突き刺した。爪が首を突き抜けた感触が伝わってきたので、そのまま横に振るうと血の噴水を噴き上げながら首が落ちた。
「残り一匹!」
頭上から迫りくる伸びた腕が邪魔なので腕を振るい、爪で掻き切っておく。魔物の癖に、赤い血が流れるのか。
だから、どうってわけじゃないがな!
二本足で走るより、こっちの方が速いよな。両手を地面に叩きつけ、獣の四足歩行を見習い全力で地面を駆ける。
何か二つ迫ってきやがるな。懲りずに腕と足を伸ばしてどうする気だ。
速度を落とさず大きく息を吸うと、口から『溶解液』の玉を吐き出す。黒虎の特殊能力だが、やはり使えたか。その玉に生み出した炎をぶつけ、巨大な火炎弾と化す。
腕が火炎弾と激突して、爆炎を上げ消し炭と化した。もう一本の俺を狙う足はあっさりと躱し、その横を走り抜けながら、ついでに爪をめり込ませておく。
四つん這いから少しだけ体勢を起こし、極端な前傾姿勢で足を切り裂きながら、相手の懐に飛び込む。
両腕、片足を失ったラストゲートに成す術はなく、俺の手刀が眼球の代わりに空いた顔面の大きな窪みに突き刺さる。
「これで、終わりだあああああっ!」
後頭部から爪が突き抜けるが、それで済ませる気はない。更にもう片方の腕を突っ込み、全力で上下に切り裂いた。
大量に吹き出された血を全身で浴びながら、このゲームが終わったことを悟った。
「うっ、はああぁ……」
一気に脱力感が襲ってくる。これがベルセルクの能力を発揮した後の副作用か。体が重く、動くことすら億劫に感じる。途中で切れていたら、確実にやられていたな。
そんなことを思いながら視線を奴に向けた。地面に倒れ伏したラストゲートの体が光る人型に変貌する。いつもなら光の粒子となるところが、地面に溶けて広がり、この部屋どころか通路まで光が浸透していく。このまま、第十ステージの全てを光で覆うつもりなのだろうか。
「網綱さん、とうとうやったね」
いつの間にか意識を取り戻していた織子が地面に座り込み、こちらを見つめている。
「織子のおかげだよ……野暮なことを聞くようだが、何故俺を助けた?」
「ほんと野暮なことを聞くね。私は……網綱さんに嘘を吐き、何度も騙し、それでも私は生に執着していた。網綱さんと別れ、殲滅側と行動を共にしている間、ずっと、心にわだかまりがあったの。何をやっていても、思い出すのは網綱さんや杉矢さん、田中さんと過ごした日々。本当に楽しかったなぁ」
「ああ、辛いことばかりの、この世界で数少ない楽しい思い出だよ」
黒虎と彼らと過ごした日々は、この世界で手に入れた数少ない大切な思い出だ。一生忘れることは無いだろう。
「うん。そしたらさ……自分のしていることが急に馬鹿らしくなったの。生きる為に何でもするのは当たり前だけど、網綱さんが殲滅側じゃないとわかった時に、私は全てを明かし、網綱さんから離れるべきだった。そして、正々堂々挑んでいれば、こんな苦しい想いをしないで済んだ。もう二度と網綱さんを騙さないと心に誓ったのに……自分を許せなかった。そう思ったら、死にたくなるぐらい情けなくなったの」
「そうか」
気の利いた言葉が浮かばない俺は、ただ相槌を打つだけしかできないでいる。
彼女の葛藤は理解できる。俺も殲滅側で織子が探索側だったら、躊躇い迷ったことだろう。
「まあ、後付けでそれっぽい理由は何とでも言えますけど、たぶん、ううん、きっと私は、網綱さんを……なーんてね! それっぽい感じ出ていました?」
目を潤ませてじっと見つめ合う形になっていた織子が、照れたように顔を背けた。
「ああ、モテない俺には効き目抜群だぞ。一瞬本気にしかけたよ」
そう言ってお互い笑ってみせる。あの言葉が本意なのか冗談なのか、それを追求する気はない。きっと知らないままでいた方が心の負担は減る。
『プレイヤーの諸君、ご苦労だった。これにて第十ステージ終了となる。これ以降、いかなる殺傷行為も不可能となるので安心してくれたまえ。探索側の生き残りは全てクリアーとなる。殲滅側はここでゲームオーバーだ。健闘したようだが結果が付いてこなければ意味を成さない』
この男の声を聞いているだけで、怒りで頭が沸騰しそうになる。何様のつもりで口にしていやがる。お前らに翻弄され、強制参加させられた俺たちの苦労を、そんな言葉でっ!
「網綱さん、お別れみたいです。今まで本当にごめんなさい。そして、ありがとうございました!」
涙をぼろぼろと零しながら、それでも彼女は健気に笑っている。体が光に包まれ、少しずつ姿が薄れている状態で……。
「網綱、さん」
無意識の内に彼女の前に屈みこんでいた俺は、強く抱きしめていた。体に回した腕から彼女の震えが伝わってくる。気丈に振る舞っていたが、怖くないわけがない。
「私は生きたかった。もっともっと、楽しいことも……恋もしたかった。私ね高校を卒業したら、ケーキ屋で働く予定だったんだ」
「ああ、そうなんだ」
「それで、それでね、将来は小さな店で良いから旦那さんとカップケーキ屋さんを開くのが夢なの」
「ああ……」
「少子化が問題になっているから子供は三人欲しいな。男の子一人と女の子二人が、理想かな。って、こんなこと考えるの、ちょっと重いかな」
「そんなこと、ないよ」
「でね、勉強ばかりじゃなくて、のびのびと、幸せに、楽しく、明るく、そんな家庭……本当は、死にたくない! もっと、一杯、やりたいことが、したいことが、でも、もう網綱さんを裏切りたくないの! だから、だから……うあああああああっ」
泣きじゃくる彼女を強く抱きしめることしかできない。何て情けない男だ。だけど、生き残ることが確定した俺が、何て言葉を掛ければいい。
こうやって、抱きしめる以外に何ができる。
「温かいな、網綱さんは。私は……最後に、す」
腕の中にいた彼女の感触が消えた。
消えてしまった彼女のいた場所に、涙が止めどなく零れ落ちる。
ああ、俺はまだ泣けるのか。人の心を残したまま、この馬鹿げたゲームをクリアーできたのか。いっそのこと、こんな感情なんて捨ててしまえば、こんなにも苦しむことはなかったのだろう。
だけど、俺は人でいたい。生き残りたいと思う心も、復讐心も人であればこそだ。
だから、俺はこの心を忘れることなく先へ進む。
周囲の光が目も開けていられない程の光量となり、目を閉じて成り行きに身を任せることにした。
第十ステージが終了となりました。
残り僅かですが、最後までよろしくお願いします。




