最終戦
「最終決戦といこうか」
馬鹿げた力を手に入れた俺が勝てなければ、探索側が勝ち残ることはほぼ不可能だろう。今ここで倒し、このバカげたゲームに決着をつける。
地面を踏みしめ堂々と歩く姿に、以前なら怯えを抱き、必要以上に警戒をしていただろう。だが、今は威圧感もなければ絶望もない。
対等の存在として、油断するわけではなく冷静に状況を判断できている。
コンパウンドボウの弦を調整して、最大の威力を放てる準備は万端。ギリギリと弦を引き絞り、照準を相手の胸に合わせた。
この一矢でまず、現状の力関係を把握する。
何の策もなく、不意を打つこともなく、俺は弦を離す。『暗殺』の効果なのか弓鳴りもせずにすっと矢が放たれた。
それは一条の線。弛むことなく、真っ直ぐに引かれた一本の線が弓から相手の胸元に伸びて繋がる。
コンッと軽く小さな音がしたかと思うと、その胸に矢の先端が潜り込んでいた。今までは表面で弾かれていた矢が、相手の鎧を貫いた。
『物理攻撃無効化』を俺の力が上回ったということだ。
これにはラストゲートも動揺しているのか、胸元に視線を落とし、胸に刺さる異物をじっと見つめているようだ。
更に、三度矢を放ち、両肩、太股に突き刺さる。尋常ではない矢の速度と、攻撃とは思えない存在感の無さに対応できないようで、盾で防ぐこともできずにいる。
だが、刺さり具合が浅いようで、矢を放置したまま意にも介せずに歩み寄ってきている。
完全に防がれることは無いが、攻撃が有効かどうかは怪しい。あと一歩といったところか。
早々に弓を諦め、今度は棍を構えた。すっと心が冷静になると同時に、今度は熱い物が腹の底から湧き上がってくる。静と動、冷と熱。相反する二つが俺の中で絡み合い、蠢いているのがわかる。
感情の高ぶりも冷静さも拒絶するのではなく、全てを受け止め己の力にする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
天井に向け、咆哮を放つ。これは最終戦に向けての俺なりのファンファーレだ。戦意が向上し、筋肉が熱を帯びる。
前屈みになった状態から膝を曲げ、溜め込んだ力をバネとして一気に解き放つ。
風の壁を粉砕して砲弾と化した俺の体が、相手との距離を瞬時にゼロにした。技や駆け引きを無視して、突進の威力を棍に全て乗せて体当たりをする。
相手は盾を正面に構え、肩で盾を支えているようだが……それがどうした。
棍の先端が盾と激突して、衝撃が全身に広がるが、そんなものは無視だ。全体重をかけて更に押し込むと、棍を握りしめる手がふと軽くなる。
違和感を覚え視線を上げると、盾の全面に亀裂が走り、目の前で魍魎の盾が粉砕されたところだった。
防御の要である盾を失い、こちらの勢いに負けて仰け反るような形になっていたラストゲートの、人間であれば心臓のある個所を目掛け、拳で殴るようにして棍を叩きつける。
鈍い衝突音と確かな手応え。俺の一撃は鎧の胸部を打ち砕き、穴の開いた先には赤銅色の地肌が見えた。
一方的な攻撃だったのだが、ここで防戦一方だった相手に動きがあった。左右から鞭のようにしなる腕が俺を挟み込もうとしている。俺を抱きしめライフポイントを吸い取るつもりか。
一つや二つぐらいなら遠慮なく持っていけ。避ける必要はないと判断して、この至近距離では棍は邪魔になると手放し、拳を強く握りしめた。
大地を粉砕する勢いで踏み込み、腰を捻り、二の腕の筋肉を膨張させる。連打なんて必要ない。ただ一撃、あらゆるものを破壊する力を。
拳に今までの経験や想いを全て注ぎ込み、全身の力を限界近くまで振り絞り、鎧に開いた大穴に叩きこんだ。
俺の攻撃が始めて相手の素肌に届き、破壊の塊が背中へと突き抜ける。背中側の鎧を打ち砕き、赤銅色の物体が後方へと長く伸びた。
「これは……」
相手を捉えた感触はあった。だが、まるで羽毛布団を殴ったような、軽すぎる手応えは何だ。
よく見ると鎧を貫いて飛び出ているのは俺の拳ではなく、異様なまでに伸びたラストゲートの体だった。
「軟体かっ」
ならばと、追撃の左拳を、
――相手の鎧が弾け飛び、素肌を晒すラストゲートに動揺してしまう。攻撃の威力により後方へ伸びきった体が、限界まで伸びきったゴムのように急激に縮み、凹んだ部分が弾丸のように飛び出し――
相手の鎧が弾ける前に屈みこみ、足の元の棍を拾ってから膝のバネを使い後方へと大きく跳ぶ。飛散する鎧の破片は全て棍の旋風で弾く。
凹んだ胸元から返ってきた体の一部が飛び出し、仕返しとばかりに俺を弾き飛ばそうとする。
それは『未来予知』で既に視聴済みだ。
体を半回転させて避けると同時に、遠心力を乗せた棍をフルスイングして伸びた胸を打った。
軟式のボールを打ったような感触と、歪に湾曲して伸びる体。こいつ、ゴムか。
ダメージが通っているのか不安しかないが、鎧から解放された相手を見据え、隅から隅まで観察する。
裸になったラストゲートは右手に大剣を握ってはいるが、他には武器も防具もない。鎧ごと兜も脱ぎ去ったようで、髪の毛の一本もない頭には大きな穴が一つある。だが、そこにはいつもの眼球がなく、ただの空洞になっている。
周囲の光も届かない漆黒の闇が、顔面の穴の中に充満していた。
鎧を失った今なら直火で炙れば効果があるかも知れない。右手に巨大な炎の玉を生み出すと、ラストゲートに投げつける。
更に、背負っていた弓を素早く構え、炎を纏う矢を続けざまに三射した。
相手は避けようともせずに炎の玉と火矢が直撃する。炎は触れた途端に鎮火して、矢も浅く突き刺さった程度で、相手が体を振るとあっさりと地面へ落ちた。
矢が刺さった跡も、瞬き一つする間に元通りとなっている。『超回復』の力だよな。
鎧を破壊したことにより防御力が落ちて、こっちの攻撃も有効打になると思っていたのだが……鎧は優秀な武具なだけで、素っ裸の状態が本来の特殊能力を有効利用できる完全体なのか。
そんな疑問を抱いた俺の目の前で、ラストゲートの姿がぶれた。速度も上がっているっ!
右側面から迫る気配に無意識の内に体が反応して、地面に四つん這いの格好を取る。背中の上を細長い赤銅色の綱――伸びた腕が素通りしていく。
更に上空から何かが降ってきたので、四足歩行の動物のようにその体勢のまま横へと跳ぶ。二本の腕をやり過ごしたと思えば、更に一本の細く伸びた脚が足下を払いにきた。
避けることも可能だったが、腕を交差させて攻撃を受け止めた。そのまま腕を小脇に抱え、その場で回転を始め相手を振り回す。
足が一本だけ伸びた状態で、ラストゲートが成す術もなく俺の周囲を回らされている。そのまま回転速度を上げながら前に進み、岩盤にぶつける。
首があり得ない方向へ曲がっているが、軟体にどの程度のダメージが通ったのか。そこで手を離すことなく、床、壁へと何度も何度も叩きつけた。
手にしていた大剣が部屋の隅に転がっていくが、まだ手を休めつもりはない。自分の体を横に倒し、振り下ろす様にラストゲートの体を地面に激突させる。
高所から叩きつけられた卵のように、地面に広がるラストゲートは辛うじて人の形を残していた。
矢を両手足にU字型の鏃をした矢を放ち地面へ拘束する。棍を肩に担ぎ、動けない相手の顔面へ最高の一撃を振り下ろす準備は整った。
どれだけ耐性があろうと、それを打ち抜けばいいだけの話。
大きく一歩踏み出し、少しでも威力を増す為に棍を伸ばし、その先端でラストゲートの顔面を粉砕――する直前に跳び退いた。
さっきまで俺のいた場所に巨大過ぎる斧が突き刺さっている。
「アー、ミィィ、ヅゥ、ナァァァッ!」
少し枯れてはいるが聞き覚えのある声。半眼で視線を飛ばした先には、薄緑色の作業服を着込んだ髪の短い男――鴨井が殺気を孕んだ瞳を向けている。
いや、鴨井だった者か。額には巨大な第三の眼が開き、下顎から巨大な牙が二本突き出ている。死んで化け物となり蘇ったのか、そして、寄りにもよってこのタイミングで参戦してくるか。
「ゴロズウウウウウッ! バミヅゥダアアアアアッ!」
普通死んだ直後なら、人であった頃と殆ど変わらない姿をしているのだが。
「ギダバボオ、ゴロズダメニィ、ヤミボォギュウシュウジデ、ヤッダドオオオッ!」
聞き取り難いが、闇を吸収したと言ったのか。魔物と化しているのに意識があることも異常だが、更にあの黒い靄のような魔物を吸収する知能までも残っていたのか。
これは、俺に対する執念か。頭ではなく心と体に刻み込まれた恨みの思念。それが、今の鴨井を生み出したとでもいうのか。
ラストゲートだけでも厄介だというのに悪夢ならさっさと覚めて欲しい。
まだ拘束が解けていないようだが、あの暴れようなら矢が抜けるのは時間の問題だ。それまでに変貌した鴨井を倒せというのか。
「ゴッヂオビドオオオ!」
ラストゲートを見つめていた俺が気に食わないようだ。嫉妬深い彼女かお前は。
悩む時間も惜しい。全力でまずは鴨井を始末する。
棍を伸ばし大きく横に振るい、鴨井をラストゲートから遠ざけようとしたのだが、その一撃を鴨井は斧で受け止めた。
以前とは違い、身体能力の全てが鴨井を上回っている筈だというのに、俺の攻撃を防ぎ切っただと。余裕で凌いだといった感じではないが……これも闇の魔物を吸収して能力が上昇した成果か。
鴨井自身も以前とは違い、強化されたと見なすべきなのか。面倒過ぎる。
だけど、今の俺ならやれる。『暗殺』の能力をフルに活用させてもらうぞ。手を横に払い、目の前に炎の壁を創造すると、気配を消して風景に同化。更に忍び足で壁際まで移動する。
炎の壁に地面と平行に線が走ったかと思うと炎が霧散した。鴨井の横薙ぎの一撃で、火を強引に掻き消したようだ。
「ドゴヂィイッダアアアア! アビヅゥダアアアアァアァ!」
俺を見失った鴨井が血走った三つの目で、周囲を睨みつけている。
よっし、このまま、その頭を貫いてやれ。風景と同化した状態から弦を引き絞り、弦から指を放す直前、室内に大きな声が響く。
「思い通りにはさせませんよ、網綱さん! って……鴨井さん? と、これ何? あれ、あれえっ、網綱さんは何処?」
ええい、ややこしい場面にややこしい人が。
元気よく通路から飛び込んできたのは織子だった。ラスボスの居場所を読み取り、俺が戦っていると見当をつけて単独でやってきたのか。やはり、この子は頭が回る。
「あ、あの、鴨井さんですよね。ほら、私は、み、味方ですよ! 私は殲滅側ですから、探索側を倒さないといけないわけでして」
冷汗を浮かべ、しどろもどろになりながら懸命になって説明している。
三つの目が半眼になり、じっと織子を見つめている。織子は気が気ではないようで、身動きを取れない状態で相手の目を黙って見つめていた。
「バアイイダドウ。アミヅゥダヲ、ザギヂィゴロヅゥ! ゾゴガアアアッ!」
くそっ、織子の登場に動揺して気配が乱れてしまったか。鴨井に気づかれた。
俺に向けて突き出した手から広範囲に強風が吹き荒れ、隠蔽が完全に解けてしまう。
「えっ、網綱さん、忍者だったの!」
「ビドゥゲダアアアアッ!」
目元を吊り上げ涎を垂らしながら、鴨井が突っ込んでくる。正直、気持ち悪い。
無駄に時間を喰ったせいで、ラストゲートも束縛から自力で復帰したか。これで、三対一となり、状況は悪化の一途をたどっているぞ。
自分の体よりも巨大化した斧の刃が視界を埋め尽くしている。良くそんなものを振り回せるなと、感心している場合じゃない。大振りの一撃なので、攻撃範囲から逃れるのは容易だったが、地面に激突した余波で砂塵と暴風が巻き上がる。
また視界が砂で埋まったのか。もう一度気配を殺し、逆方向に避難しようとしたのだが、目の前の砂埃が一瞬にして消え去った。鴨井が『風使い』で吹き飛ばしたか。
「ディガザデエエエエッ!」
鬼の形相で鴨井が迫りくる。ラストゲートは立ち上がり、両腕を掲げているな。至近距離は鴨井に任せて、遠距離攻撃に徹するつもりか。
織子は――来たのはいいが場違い感が半端ないようだ。落ち着きなく仲間? の二人を交互に見つめる姿が挙動不審だ。
「あの、あの、私は何をしたら!」
鴨井もラストゲートも織子を敵とは思っていないようだな。それどころか味方と認識しているのかも怪しい。むしろ、眼中にないと言った感じか。
「えっと、お邪魔みたいなので、貴方の後ろで大人しくしていますね」
あ、織子が少し寂しそうだ。俺も含めて織子のかなり上を行く身体能力を所有しているからな。下手に手だししたら、むしろ邪魔になると判断したようだ。
っと、戦線離脱した織子に注目している場合じゃない。今は二体の相手で精一杯なのだから。




