進化の先
目が覚めるとそこは真っ白な空間だった。
ガラス板が一枚に、セーブポイントと不自然に発光している床。探索側が拠点にしている休憩所っぽい場所に死に戻りしたのか。
室内には誰もいないか。全員出払っているようだ。全力で抵抗したつもりだったが、あっさりと返り討ちにあった。
戦ってみて実感したのだが……勝ち筋が全く見えない。鴨井に使った手段は通用しないだろう。むしろ、呼吸をしているかどうかすら怪しい。
攻撃は全て余裕を持って防がれ、俺の動きには全て対応されてしまった。
「勝てるのか……本当に、あの敵を倒す手段はあるのか……」
もう一度、いや、何度挑んでも勝てるとは思えない。どうすればいい、どうやったら倒せる。頭で幾つもの状況をシミュレーションしてみるが、俺の攻撃が届く未来がどうやっても見えてこない。
殺される瞬間『未来予知』が働かなかったのは、俺が諦めてしまっていたからなのだろう。
「探索側だけ難易度高すぎないか……」
愚痴を零したところで状況が好転してくれないのは重々承知しているが、それでも口に出さずにはいられなかった。
殲滅側は相手を騙すのも容易で罠にもかけやすい。そして、人数差も殆どないようだ。
探索側は仲間に殲滅側が潜んでいるという厳しい状況で、ラスボスの謎を解かなければならない。ラスボスが判明したところで、この能力だ。探索側が不利なのは誰の目にも明らかだろう。
「何か意図があるのか?」
探索側に選ばれて運が悪かった。そう思うには難易度設定がおかしすぎる。だったら、何か理由があるとしたらどうだろうか。
探索側のメンバーはランダムで選ばれたのではなく、製作者が選別したプレイヤーだとしたらどうだ。
鴨井はイレギュラーな存在だから除外して、残りのメンバーは剛隆、零士の実力は殲滅側と比べて頭一つ抜け出ている。そして、この俺。
殲滅側には織子がいるが、今のところ他に怖いと思う人材はいない。能力を隠しているだけかもしれないが、正直な感想だ。
有望……もしくは伸びしろのあるプレイヤーを集めて、苦難の道を進ませ、その実力を確かめている。それか、更なる能力の上昇を期待している。
「意外としっくりくるな」
ぱっと思いついたことをまとめただけだが、案外当たりかもしれないぞ。
見つからない答えを模索するのはこれぐらいにしよう。ここで悩みこんでいる時間は無い。探索側の面々と会う前に撤退した方が良い。前回と同じく第九ステージに飛ぶように操作して、俺の体がその場から消えた。
自分のいる場所が第九ステージの休憩所であることを確認した後に、ほっと安堵の息を吐く。あそこで、死に戻りした仲間と会ってしまえば、俺があっさりと負けたことが知れ渡ってしまう。
全員の頭に浮かんだステータスは絶望を覚えるのに充分な値だった。勝ち目がない、口には出さなくても誰もが思ったことだろう。
殲滅側は活気づき、探索側は意気消沈しているかもしれない。なら、俺は嘘でも健闘している風を装わなければならない。そのことにより殲滅側は焦り、探索側に勇気を与える結果に繋がればいい。
「まずは、自分の能力の確認だな」
鴨井をハメる前から一度もステータスを見ていない。勝利へと糸口を見つける為にも、現在の実力を知ることが重要だ。
山岸 網綱 レベル212
体力 242→526 +20000
精神力 253→542 +20000
筋力 245→511 +100
頑強 251→519 +100
器用 272→546 +100
素早さ 237→498 +100
特殊能力 新『不撓不屈』2『熱遮断』6→8『石の匠』1→5『気配操作』1→10『暗視』8→10『棍技(網綱流)』1→5『体幹』15→20『咆哮』8→10『野生』8『未来予知』1→5『炎使い』1→3『麻痺耐性』4→7『幻覚耐性』4→7『毒耐性』4→7『回復力』5→10『木工』5→7『射撃』5→10『隠蔽』5→10
ライフポイント 24/105
持ち物 伸縮自在の棍(不壊) バックパック(サバイバル用品一式) 純白のロングコート(不壊) 純白のロングブーツ(不壊) 大工道具一式(不壊) コンパウンドボウ(不壊) ガラス瓶20個セット
体力、精神力が尋常ではないことになっているが、これは『不撓不屈』のおかげだろう。
普通ならもろ手を上げて喜んでいい上昇なのだが、体力精神力が届いているだけだ。
他の身体能力が相手と2倍までは開きが無いというのは、まだマシだな。
持ち物にガラス瓶20個セットがあるのは、ライフポイントを消費して手に入れた一品だ。鴨井とラストゲートに殺された分のライフポイントも減って合計7の減少になる。間違いはない。
特殊能力は能力レベルがかなり上がっているな。幾つかは一気に進化できるようになっている。他は使用頻度と重要性の高いものは、やはり上昇率が高いようだ。
進化可能となっている特殊能力を調べていくか。
『暗視』の黄色に変色している文字に触れると、
――暗視を魔眼に進化させますか? はい いいえ――
魔眼というキーワードに心がざわつく。何だこの魅力的な進化先は。男性なら小中学生の頃に一度は憧れたことがあるのではないだろうか。魔眼、その響きだけで選んでしまいそうになる魔力を秘めているな。
能力は定かではないが、今のところ進化をして損をしたことは一度もない。ここは選んでも大丈夫だろう。そう、自分を説得して画面に触れようとしたところで、もう一つの選択肢が現れた。
――暗視、体幹、気配操作、射撃、隠蔽を融合して暗殺に進化させますか? はい いいえ――
ん? え、暗殺って何だ。ってか、五つも特殊能力を融合させるのか。それにしても、物騒な能力だな。暗殺って、俺の戦闘スタイルに合わない……合わ……。
今まで自分がどうやって敵を倒していたか思い出してみる。毒殺、不意打ち、狙撃、罠、窒息、だまし討ち。あ、うん、あれだ、納得した。
今まで進化をして損した特殊能力は一度もなかった。五つも融合するのだから期待値はかなり高い。どうせ今のままでは打つ手がないのだから、これは賭けてもいい場面だ。
俺は期待を込めて『暗殺』への進化を選んだ。
その瞬間、許可もなく頭に強引に入り込んでくる声があった。
『暗殺。十の条件の内、五つを満たせば進化できる最上級特殊能力の一つ。冷静沈着。罠や毒の効果が増す。気配を完全に消すことも他人に偽装することも容易で、風景に同化し擬態することも可能となる。短剣、弓、銃の扱いに長け補正が付く。闇を見通し、針の落ちる音も拾え、あらゆる臭いを嗅ぎ分ける。跳躍、回避、忍び足といった体術を生かし、単独であらゆる任務をこなす』
最上級に至ると、説明をしてくれる親切設計。と感心している場合か。これはとんでもない能力だぞ。最上級は伊達じゃないな。絶望の闇に射した僅かな光明かもしれないが、手を伸ばさなければ届くことは一生ない。
どれ程、強力な能力なのかは実戦で試すのみだ。高ぶる気持ちを抑え平常心を取り戻さなければ。
深呼吸を繰り返し、心の乱れと揺れが平坦に近づいた。よっし、大丈夫だ。
これで特殊能力がかなり整理された。だが、まだ進化できる能力がある。
『咆哮』はレベル10に達しているが進化先は無いようだ。となると残りは『回復』のみか。
――回復力を超回復に進化させますか? はい いいえ――
これは思った通りの進化先だな。『超回復』の性能は剛隆で見知っている。有益なのは確かだ。迷う必要すらない。
進化先を選ぼうとした、その時、ある映像が滑り込んできた。
――不撓不屈、咆哮、※※、回復力に加え※※の力を融合して※※※※※に進化しますか? はい いいえ――
これは『未来予知』なのか。大事な部分がぼやけて見えなかったが、つまり何かをすれば新たな進化先が生まれるということだよな。超回復を選ぶよりも、こっちの方が有益だと知らしてくれたのか。
問題はぼやけて見えなかった部分。咆哮と回復の間の文字は特殊能力を指していると見て間違いない。まだ10レベルに達していない内のどれかだろう。『不撓不屈』に関してはレベルに関係なく所持していることが重要なのかもしれない。
そして、次の※※の力というのはわからないが、その先の進化先は条件の二つを満たせば必然的に現れてくれる。
となると、レベル10に満たない特殊能力の内から、条件に見合うものを探し出さなければならない。
候補は『熱遮断』8『石の匠』5『棍技(網綱流)』5『野生』8『未来予知』5『炎使い』3『麻痺耐性』7『幻覚耐性』7『毒耐性』7『木工』7のどれか。
融合条件の三つの特殊能力の共通点から候補を絞れないか。不撓不屈、咆哮、回復。ここから連想される進化先。
「もしかして、これなのか」
一つ思い当たる能力があった。これが俺の予想通りなら、かなり有益な特殊能力に目覚めるかもしれないぞ。
賭けるだけの価値はある。不幸中の幸いというべきか、俺は単独でラストゲートに挑んでいる。これを上げるには絶好の機会だ。
スタート地点で待ち構えているであろう化け物を相手にする前に、もう一度ステータスの確認をしておこう。
山岸 網綱 レベル212
体力 526 +20000
精神力 542 +20000
筋力 511 +200
頑強 519 +200
器用 546 +200
素早さ 498 +200
特殊能力 『不撓不屈』2『熱遮断』8『石の匠』5 新『暗殺』2『棍技(網綱流)』5『咆哮』10『野生』8『未来予知』5『炎使い』3『麻痺耐性』7『幻覚耐性』7『毒耐性』7『回復力』10『木工』7
かなり特殊能力欄がスッキリしたな。これでもう一つの融合進化を成せば、かなり見やすくなりそうだ。
よっし、頬を挟み込むようにして手の平を叩きつけ気合を入れると、俺は扉に手を掛けた。そして、勢いよく開け放つ前に――全裸になった。
「相手は魔物だ羞恥心は必要ない!」
自分にそう言い聞かせ、『暗殺』の力を確かめることと『野生』のレベルアップを狙い。俺は全裸で弓を握り、矢筒を背負い、小さくした伸縮自在の棍を耳の穴に入れ、扉の先へと進んでいった。
スタート地点の通路手前に堂々と仁王立ちしているラストゲートは、兜とゴーグルのせいで表情は読めない。
これが普通の人なら全裸に弓という、頭のおかしい格好に度肝を抜かれるところだろうが、微動だにしていない。俺なら、命のやり取りをする場面にこんな格好で現れる人と戦いたくないと断言できる。
「試させてもらうぞ」
前回は成す術もなく蹂躙されたが、今回の俺は一味違う。相手との会話は楽しめそうにないので、黙って俺は弓を構える。
意識を集中して照準を定めると、すっと狙う箇所が大きくなったかのような錯覚を抱いた。まるでゲームでスコープを覗き込んだような視界。それを信じ、矢を解き放った。
ヒュッと微かに音がした程度で、今までと違い無音に近い状態で矢が進む。速度は以前よりも増しているが虚像を見ているかのように現実味が無い。
ラストゲートはそれを攻撃と認識できないのか、防御態勢を取ることもなく、矢は右腕の鎧に覆われていない関節部分に命中した。
弾き返されることなく矢は浅くだが突き刺さっている。ほんの僅かだが相手の『物理攻撃無効化』を上回ったのか。無造作に矢を引き抜いているのでダメージは殆どないようだが、少しでも通ったのなら御の字だ。
続けざまに三度矢を撃ち込むが、今度は盾で防がれる。相手の視界が盾で塞がれたので、気配を消し、風景に溶け込むように意識した。
ふっと存在感が霧散して体が透明になったかのような感覚に視線を体に向けると、風景と同化した自分の姿がそこにあった。カメレオンみたいだな。
盾を下ろしたラストゲートがキョロキョロと慌てて周囲を見回している。完全に見失っている。これは、中々面白いことになりそうだ。
圧倒的に不利な状況だったというのに、今は心に余裕がある。さあ、今度は俺が狩る番だ。




