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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第十ステージ

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105/111

ラスボス

 それは異様だった。

 身長は4メートルを越え、俺の胴回りを軽く超える腕を六本生やし、筋肉の鎧が防具など必要ないと雄弁に語っている。

 顔は相変わらず一つ目で口も鼻も存在しない。体が薄い紫なのは毒耐性があることのアピールなのだろうか。

 六本の腕には右の上から刀、槌、槍を握り締め、左は銃、斧、盾と選り取り見取りだ。対しているだけでも、総毛立つ迫力があり、戦うまでもなく相手の強さが伝わってくる。


「これこそ、最後に相応しいな」


 これが最終形態なら、進化はここで打ち止めとなる。あとは越えるだけだ、単純明快で良いじゃないか。泣いても笑ってもこれで最後……だと思う。確信が無いところが辛いが、今度の戦いは余力を残せるほど優しくはないだろう。


「ゴアアアアアアアアアアアアグオルアアアアアアア!」


 口もないのに何処から声だしているんだ。鼓膜を揺るがす轟音に耳を塞ぎそうになるが、両手で塞ぐわけにはいかない。この手はコンパウンドボウを引くためにあるのだから。

 矢をつがえ弦を限界まで引き絞る。照準をまずは相手の目に合わせて、弦から指を放す。

 風を破壊する音を撒き散らしながら、尋常ではない破壊力を秘めた矢が盾に突き刺さった。


「そりゃ、防ぐよな!」


 続けざまに二射、三射、目をガードしている盾にぶち込む。巨大な円形の鉛色をした盾に半分以上矢が埋まっているのだが、やはり砕けないか。

 理想はあの盾を粉微塵に破壊することなのだが、突き刺さるだけときたもんだ。とはいえ、身体の上半身を盾が覆っているので、向こうからこちらの姿は見えない。隠れていない腕や足を狙えばいいだけの話。

 無防備な足を先に潰しておくべきだと判断して、弓を放とうとした。


 ――矢を放った瞬間、胴と肩を何かが通り過ぎ、熱い何かが零れ落ちる――


 やばい! 何が来るかを確認する暇もなく、地面を強く蹴り不格好だが後方へ跳び退いた。巨大な刀と斧の凶悪な刃の煌めきが見えたかと思った時には、地面に激突した拍子に巻き上がった砂埃で視界が染まる。

 気配で相手の動きを探ると、正面、上、横、足元から細長く伸びた腕の気配を感じた。全てを避けることは不可能だっ!

 敵がどの手に何を持っていたか記憶していたので、どれが一番受けやすいかを咄嗟に判断する。正面から突き出されているのは槍か、これしかない。


 真っ先に到達する槍の一撃に向かい、あえて前に飛んだ。弓は素早く背負い、手には伸縮自在の棍が握られている。

 砂埃を貫き現れた穂先を棍で受け止め、そのまま相手の怪力に身を委ね後方へと吹き飛ばされる。地面を転がりながら相手との間合いを開くことに成功したのだが……左肩から零れ落ちる血を苦々しく睨みつけた。

 気配で相手の動きを予想したまでは良かったのだが、一つ取りこぼしていたものがあった。相手は銃を所有していたということを。あれは気配で感知できないので、音や目を頼りにするしかない。


 もっと、神経を尖らせろ。全能力を解放しろ。出し惜しみは無しだ。次があるなんて考えは今捨てろ。

 今まで自分の中でかけていたリミッターを外す。

 まずは、視界を良好にするか。黒虎、力を貸してくれ!


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 闇雲に『咆哮』を放つのではなく、範囲を絞って声を収束させる。口から細長い筒状に声を飛ばすイメージ。相手を怯えさせるだけなら『威圧』と変わらない。やれることは全てやるんだ。能力を考えもなく使うのではなく、その全てを引きだせ!

 声の砲弾が砂塵を吹き飛ばし、その先にいた最終形態サイクロプスの胸を打つ。今まで一度も見せたことのない一撃には反応できなかったようで、巨体が大きくよろけている。


 『炎使い』で生み出した炎を怯んだサイクロプスの顔面へ投げつける。効果が無いのは理解しているが、今度はお前さんが視界を奪われる番だ。

 ぶつけてしまうと身体に薄く張った水に消されてしまう。なら、寸前で炎の玉を袋状に変化させて、大きな頭をすっぽりと包みこむ。

 『隠蔽』『気配操作』を全力で発動させて、俺の存在感を無に等しくする。

 水が蒸発する音がしたな。視界を遮る炎の袋に自ら手を突っこんで相殺したか。視界を確保したサイクロプスが俺の姿を探しているようだが、既に裏側へ回っているよ。


 気配を完全に殺しているので、見失っているようだ。ここで、何処を殴れば一番効果的なのか。頭の中で幾つものパターンを、まるで自分が本当に行なうかのように脳内でシミュレーションをする。


 ――相手の足を払おうと棍を横に薙ぐが、ギリギリのタイミングで盾を持つ手に弾かれた――


 ――後ろから突きを放つが、身長差があるので相手の尾てい骨辺りにしか届かない。関節の存在しない腕が回り込み、俺の突きを受け止めた――


 ――飛び上がり、脳天へと振り下ろす。相手は自分よりかなり低い俺に対して油断をしていたのか、棍は防がれることなく――


 『未来予知』が発動してくれたか。強く想うことにより、危機回避だけではなく攻撃の選択という、新たなステージへ進化してくれた。

 その未来を信じ、俺は地面を全力で蹴りつけ、大きく跳躍した。

 この一撃で決める! 何十分、何時間にも及ぶ戦いなんて時間稼ぎ以外でやる必要はない。相手がこっちの実力を見極められていない今の内に、決着をつける!

 棍を振りかぶり、多くの魔物とプレイヤーから得た経験値で上昇したレベル。その身体能力はこの第十ステージに存在する全てのプレイヤーを凌駕する!


 この一撃で全身の骨が砕けてもいい。後のことを一切考えず初めて――本気の一撃を叩きつけた。

 棍の先端がサイクロプスの脳天を陥没させ潜り込み、骨、筋肉、内臓を粉砕しながら体内を突き進み、下腹部から飛び出す。

 縦に両断されたサイクロプスが左右に分かれ、地面に倒れ込む。弓ばかりを使っていた男に倒された事が納得いかないのか、六本の腕が虚空を掴もうと伸ばされるが力なく落ちた。

 今までと違い、ゆっくりと体が光の粒子となって虚空へ舞い上がっていく姿を眺めている。


「終わった……か」


 この戦いで勝利を収められたのは、自分の力を隠蔽したまま、ここまでこられたことが最大の勝因だろう。俺は皆が想像するよりも遥か高みにいる。

 ずっと、自分の実力を悟られることを避けてきた。セーブポイントには自分のステータスを確認するガラス板が存在していたが、俺はレベルが100に到達してから一度も利用していない。

 それはプレイヤーたちだけではなく、製作者がそれを通じてプレイヤーの能力を確認している恐れがあったからだ。そんなものを利用しなくても、相手に筒抜けだったのかもしれないが、可能性を少しでも潰しておきたかった。


 おそらくだが、今、俺のレベルは200を越えているか、それに近い。

 経験値を得てレベルを上げる能力があるとはいえ、自分よりレベルの低い相手からの経験値はしれている。レベルが上がった時に感じる高揚感がレベルアップの通知代わりになるので、初めの内は数えていたのだが、レベル100を上がった辺りから、急に効率が落ちた。

 プレイヤーを何人倒しても、魔物を何体殺しても、そう簡単には上がらなくなり、これ以上レベルアップの恩恵は諦めようかと思っていたのだが、一つ大きな賭けをして、その勝負に勝ったようだ。

 その結果、俺のレベルは再び急上昇を始めた。


 何をしたのか、それは――鴨井だ。

 密閉された空間に閉じ込められ、彼は死を繰り返している。一酸化炭素中毒で死ぬ苦しさは俺もこの身で経験した。

 あれが、何度も何度も続く。その苦しさから逃れたいと誰だって思うだろう。斧で自害を繰り返すのもありだが、その自決方法は勇気と痛みを必要とする。

 そんな時、セーブポイントの部屋に瓶が幾つも転がっていて、そのラベルに『毒薬 少量即効性』と書いてあったらどうするだろうか。最初は無視をして苦しみながらも生き残る術を探るだろう。


 だが、何度も苦しみ無力さを噛みしめながら死に続けたら……その誘惑に耐えられるか。俺なら負けないと断言できる自信はない。

 禁断の誘惑に負けたとしても『状態異常耐性』がある限り服毒したところで、死に至るどころか何の影響も与えない。

 しかし、耐性系の能力は任意で解除が可能だ。剛隆も風呂を楽しむ為に『熱耐性』を解除していた。鴨井が自らの意思で『状態異常耐性』を解除して毒薬を煽れば楽に逝くことが可能となる。


 これは賭けの要素が強く、その全てが上手く運ばなければ成立しなかった。

 矢に毒を塗って倒した場合、経験値は入るようだが、製作した毒薬を相手が飲んでも経験値は自分の物になるのか。

 戦闘中に毒薬をぶっかける振りをして、何本かあえて外してセーブポイントの中に上手く放り込めるか。

 そもそも、鴨井が意地を張って飲まなければ、全てが無駄になっていた。それに数十回、窒息死に耐えることができたら、この世界では『耐性』が生まれる可能性が高い。

 一酸化中毒と窒息に耐えうる特殊技能を得られてしまえば、もっと厄介なことになっていた。だからこそ、パニック状態で安楽死を求めるように仕向けたのだが。

 思惑通りに事が運んでくれたおかげで、俺には大量の経験値が流れ込み続け、身体は加速度的に強化されていった。


「結果論だけど……上手くいって良かったよ」


 誰が聞いているわけでもないのだが、天井に向かってそう呟き、胸の中に詰まっていた不安や迷いを、ため息と共に吐き出した。

 俺の読みが間違いないなら、この敵がクリアー条件の敵だろう。その相手を倒したのだから、何かしらの変化がそろそろあっても良い頃なのだが。

 最終形態サイクロプスは目の前で光の粒子となり、最後の一粒が迷宮へと溶けていく。


『あーあー、第十ステージにいるプレイヤーへ連絡だ。探索側に所属している山岸網綱が、クリアー条件である強大な魔物との――戦闘条件を満たした』


 突如、響き渡る上から目線の見下した声は、あの白衣の者で間違いないだろう。連絡が入ったのはいいが、聞き逃せない事を口にしていなかったか……。


『殲滅側は急いだ方がいい。その魔物を探索側が倒した時点で生き残った探索側は全員クリアーとなる』


 余計な煽りを入れてくれる。これで殲滅側が死に物狂いとなり勢いが増すことになるだろう。彼らのことが心配だが、そんな余裕があるのは今だけだ。

 こいつは――強大な魔物との戦闘条件を満たした。と口にした。つまり、ここからが本番。本当のラスボスが登場するということだ。

 悪い予感の的中率の高さに、考えないように努力していたというのに、やはりこのオチか。


『さあ、このゲーム最終ボスが登場となる。探索側、殲滅側、どちらの陣営もせいぜい頑張ってくれ』


 最後の最後までいらっとさせてくれる。

 さっきの戦いで手の内を全てばらしてしまったが、ここから全力全開で挑むしかない。高レベルにより俺はプレイヤー相手なら誰にも負けないであろう力を手に入れた。

 相手がどんな敵であろうと、今の俺なら何とかなる……といいな。

 サイクロプスが湧くポイントに、いつでも放てるように弓を構える。いつもの黒い霧ではなく、光が間欠泉のように天井へと噴き上がる。


 直視できない光量に目を細め、それでも何とかして目を逸らさずにいた。

 逆流する光の滝の中に人影が辛うじて見える。身長は俺より少し高い程度で、輪郭で判断するなら体がごつごつしているようだが。それ以上は読み取れるものが無い。

 更に光が輝きを強め、耐えられなくなった俺は目を閉じた。瞼の裏からでも感じ取ることが出来る光が萎んだことを確認すると、目を開け正面を見据えた。


 そこには全身鎧を着込んだ騎士のような何かがいた。フルフェイスの兜を被っているので顔は不明だが目元は巨大な黒いゴーグルらしきものが装着されている。

 鎧と言っても実際の西洋で着られていた甲冑ではなく、ゲームや漫画で見るような実用性に乏しい、装飾過多な鎧だった。

 磨き上げられた表面は白銀色に輝き、肩は牡牛の角のように尖り、膝や肘にも巨大な棘が取りつけられている。体の至る所にあらゆる図形を組み合わせた幾何学模様が赤く刻まれ、何処か近未来のイメージを抱かせる。

 手には両刃の大剣、左手には巨大な円盾。盾は装飾されているのだが、悪趣味極まりない。幾つもの腕が何かを得ようとして必死に伸ばしている姿が彫られている。


『さあ、最終決戦の始まりだ。精々、楽しませてくれ』


 今だけは楽しむがいいさ。それが最後の娯楽にならないといいな。

 この男の悔しがる顔を見る為にも、まずはこいつをどうにかしないと。

 もう能力を隠す必要もない最初からトップギアでいくぞ。コンパウンドボウは背中に担いでおき、棍を構え上半身を前に倒し、姿勢を低くする。

 地面を全力で蹴りつけることにより、体を前に押しだす。顔に風圧を感じ、耳元で風の鳴る音がする。一気に景色が吹き飛んでいく。


 今の身体能力を解放して全力で駆けると、ここまでの速さになるのか。風と一体化しているかのような錯覚すら感じるぞ。これは走るというよりも、脚力があり過ぎて歩幅が大きく跳んでいると表現した方が良さそうだ。

 トップスピードに乗った状態で、相手の左側を通り過ぎる際に棍で相手の胴を払う。

 手のひらから肩まで伝わる衝撃に棍を手放しそうになるが、何とか耐えると足を止めることなく走り抜ける。


 通り抜きざまの一撃は盾で防がれたか。このまま背後に回り込み、無防備な背中に突きの連打を繰り出すが、素早く体勢を入れ替えた騎士もどきが、手にした盾でいとも容易く防いでくれた。


『まだ説明の最中なのだが、まあいいだろう。キミたちの世界で言うところのラスボスである敵は、ラストゲートと名付けた。今までの戦いを学び進化した最終形態だ。特殊能力、身体能力はずば抜けて高い数値となっている』


 そうだろうな!

 激突音が響き、人の話し声など聞こえない状況だというのに、白衣の男の声は聞き逃すことなく、やけに鮮明に耳に届いている。


『そこで、ここにいるプレイヤーの全てにラストゲートの能力を公開しよう』


 そりゃありがたいなっ!

 突き、払い、フェイントを交えてからの叩きつけ。その全てを防がれている状況でも手は一切休めない。相手は防戦一方で今のところ攻撃を一度も繰り出していないが、何か意図があるのだろうか。


『では、脳内に直接転送するので、驚かないでくれたまえ』


 まるで目の前に透明なディスプレイが現れたかのように、文字と数値が浮かび上がった。


ラストゲート レベル???

 体力  20000

 精神力 20000

 筋力  1000

 頑強  1000

 器用  1000

 素早さ 1000


 特殊能力 『痛覚麻痺』∞『熱遮断』10『気配察知』30『大剣』30『威圧』10『状態異常耐性』20『属性攻撃無効化』10『物理攻撃無効化』10『超回復』10『剛力』10『看破』10『軟体』10『ライフポイント吸収』10


 持ち物 断罪の剣 魍魎の盾 絶望の鎧


 ……ふ、ざ、け、る、な、よ。

 まず、身体能力がおかし過ぎる。体力、精神力が2万越え。その他がオール1000。これを見た後だと鴨井が可愛く見えるな。

 特殊能力も全てがレベル10以上。『気配察知』に至っては30ときたか。そこまで高ければ、もう視力は必要ないだろう。死角はないと思うべきだ。


 状態異常は通用しない。『属性攻撃無効化』というのは火、水、土、風を利用した攻撃は無意味だということか。『物理攻撃無効化』は打撃、斬撃は全く通用しないということだろう……つまり、何もダメージが通らないと言っているようなものだ。


 そして、もう一つ酷い特殊能力がある。『ライフポイント吸収』これがどういった条件で発生するものか全くもって不明だが、名前だけで警戒に値するだろう。


「どうしろって、言うんだ」


 解決策が全く見えない。全ての攻撃が無効化され、身体能力も上回っている化け物相手に、どうやって立ち回ればいい。


『さあ、今度こそ、試合開始だ。キミたちの実力と頭脳でこの難所を乗り越えてくれると信じているよ。プレイヤーの諸君、クリアー後に思う存分語り合おうじゃないか。では、生き延びたら、また会おう。ラストゲート、やれ』


 白衣の男の声に反応して、今まで一歩も動かなかったラストゲートが、こちらに歩み寄ってくる。

 俺の眼前に立ち、頭上に掲げた大剣の刃をじっと見つめていた。勝利への希望も見いだせず、立ち向かう気力も失い、振り下ろされる断罪の刃を黙って受け入れ――るわけがあるかっ!

 戦意を失ったように見えた俺に、大振りの一撃を放とうとした相手の懐に飛び込み、唯一防具で覆われていない目元のゴーグルへ、今放てる最高の一撃をぶつけた。


 『物理攻撃無効化』『属性攻撃無効化』10は重々承知の上で棍を炎で包み、相手の防御力を見極めてやる。

 狙いを違わずゴーグルを強打した棍の先端は甲高い音をたて――ただけだった。ひびが入るわけでもなく、相手が仰け反るわけでもなく、ただ平然とそいつは突っ立っていた。


「おいおい、冗談だろ」


 俺の呟きが終わると同時に目の前が漆黒に染まった。


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