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しゃぼん玉


「少しご相談に乗っていただきたいのですが……」


リリィが控えめに切り出すと、ルチアはしばらく無言で彼女を見つめた。

それから、いかにも面倒そうに小さく息を吐く。


「……相談?」


「はい。少しだけで構いませんので」


「あー……今、忙しいんだよな」


ルチアは気だるそうに頭をかくと、そのまま扉に手をかけた。


「悪いけど、また今度にしてくれ」


ゆっくりと扉が閉じていく。


「あ……」


リリィが何か言うより先に、その隙間はどんどん狭くなっていった。


そこでふと、ゲンさんたちの言葉を思い出す。

リリィはポケットから銅貨を取り出すと――。


チャリン、チャリン。


扉の隙間で、硬貨を小さく鳴らしてみる。

するとピタリと扉の動きが止まった。


ゆっくりと扉が開き、すき間からルチアの目が覗く。

先ほどまでの気だるげな顔つきは消え、ニコニコとしていた。


「話を聞こうじゃあないか。中に入れ」


「はて……お忙しいのでは?」


「臨機応変に動くのが、一流の職人ってやつさ」


「……そうですか」


「ほら、中に入れ。……あ、その前に」


「……?」


「はい、相談料の銅貨二枚」


ルチアはニヤリと笑いながら手のひらを出す。

リリィはゲンさんたちの言っていたことを思い出しながら、その手のひらに銅貨を置いた。


「まいどあり」


手招きされるリリィ。

リリィは恐る恐る工房の中へと足を踏み入れた。


◇


工房の中は、外観以上の散らかりようだった。壁には用途のわからない工具がずらりと並び、床には歯車やバネ、金属の破片が所狭しと転がっている。


ルチアは散らかった作業台の上に転がっているガラクタを押しのけてスペースを作ると、リリィから受け取った銅貨二枚を指先で弾き、ポケットに滑り込ませた。


「で? 相談ってなんだ?」


「あの……片手で買い物をするのが少し大変でして。荷物を持つための道具があればと思ったのですが……」


「それと……もし可能でしたら『義手』のようなものは、作れたりするのでしょうか?」


リリィは空っぽの右袖にそっと左手を添え、少しだけ思い切ったように尋ねてみた。


「義手?」


ルチアは眉をひそめ、リリィの右袖をじろりと見つめた。


「アタシは……作ったことない」


「難しいのでしょうか?」


「当たり前だろ。農具みたいに『動けばいい』ってもんじゃない。重さも長さも、身体に合わせなきゃならない。下手なのを付けたら、今度は肩を壊す」


「……そうなのですね」


「だから今のアタシには無理だ」


ルチアの言葉は呆気ないほど正直で、だからこそ嘘がないことがわかった。


「……そうですか。すみません、おかしなことを伺ってしまって」


リリィは少しだけ肩を落とす。

ルチアは居心地が悪そうに視線を泳がせた後、ポリポリと頬をかいた。


「……そのうち作る」


「え?」


「……今は作れないだけだ! いずれ必ず作る!」


「……作れないものがあるのは、アタシのプライドが許せないからな」


ルチアは捨て台詞のように話すと、木切れと炭を掴み、ガリガリと勢いよく紙に線を描き始めた。


「とにかく今は義手はナシだ! 代わりに買い物が楽になる道具を作ってやる。……ほら、これを見ろ」


先ほどまでの気まずそうな様子とは打って変わり、ルチアはニヤリと笑う。

作業台の上にドカンと広げたのは、素早い手つきで描き上げた設計図だった。


「まずこれ。『全自動・荷物抱え込みアタッチメントくん』だ」


「……どのような道具ですか?」


「体にベルトで固定する箱だ。荷物が落ちそうになったら自動でアームが跳ね上がって抱え込んでくれる。あとラッパが鳴る」


「ラッパ?」


「鳴ったら成功したことが分かりやすいだろ」


「そんな機能いりません」


リリィが即座に難色を示すと、ルチアはフンと鼻を鳴らした。


「ちっ、じゃあこっちはどうだ」


そう言って広げた二枚目の設計図は、先ほどとは一転して、非常にしっかりとした構造のものだった。


「『片手引き・コロコロ台車ちゃん』だ」


設計図には、左手で握りやすい取っ手と、ふたつの丈夫な車輪がついた、小ぶりで可愛らしい木製の台車が描かれていた。


「これなら左手一本で楽に引いて歩けるし、荷物もすっぽり入る。荷台を低くして重心を下げてあるから、荷物を積んでもふらつきにくい。素材は軽い木を使って、接合部だけ金属で補強する。……どうだ?」


リリィは設計図を覗き込み、目を輝かせた。


「……すごいです! すごく扱いやすそうですし、壊れにくそうです!」


先ほどの妙な発想とは打って変わって、構造自体は極めて合理的で、使う人のことをしっかりと考えて作られている。

ゲンさんたちが「腕は確かだ」と言っていた意味が、リリィにもよく理解できた。


けれど――設計図の端っこに描かれた余計な仕掛けに、リリィの目が留まった。


「……あの、ルチアさん。この煙突のようなものは何ですか?」


「ああ。車輪が回ると、ここからシャボン玉が出る」


「……なぜです?」


「面白そうだから」


「外してください」


「断る」


ルチアはきっぱりと言い放った。


「ルチアさん。買い物が楽になる機能だけで十分なのですが……」


「はぁ? 無駄のない機械なんて、ただの『道具』だろ」


「道具で良いのです」


ふたりの不毛な押し問答がしばらく続いた。

けれど、ルチアはは頑なに外そうとしない。


結局、リリィは折れ「コロコロ台車ちゃん(シャボン玉機能付き)」を試作品として作ってもらうことで、ようやく手が打たれたのだった。


◇


数日後。


リリィは完成した『コロコロ台車ちゃん』を引き取って、ライツの町の中央広場を歩いていた。

木製の台車は軽く、左手一本で引くだけでコロコロと軽快に車輪が転がっていく。


深さのあるバスケットのおかげで、じゃがいもやキャベツをたくさん積んでも転がり落ちる心配はなくなった。

片手しか使えないリリィにとって、買い物自体は格段に楽になっていた。


ただ――


プシュー……ポポポポポンッ!


車輪が回るのに合わせて、台車についた小さな煙突から、透明なシャボン玉が絶え間なくぽこぽこと噴き出していた。

日差しを受けて七色に光るシャボン玉が、リリィの歩く後ろ姿を華やかに彩っていく。


「あ! リンちゃんだー!」


「すごい! シャボン玉飛んでるー!」


広場で遊んでいた町の子供たちが、シャボン玉に気づいてキャーキャーと歓声を上げながら集まってくる。


「リンちゃん、それなぁに!?」


「これは、お買い物の台車です。……多分」


リリィが足を止めると、子供たちは台車の周りを取り囲み、飛んでいくシャボン玉をパチン、パチンと嬉しそうに手で割って遊び始めた。


広場に子供たちの明るい歓声が響き渡る。

遠くからそれを見ていた八百屋のおじさんやゲンさんも、呆れつつも温かな笑みを浮かべて見ていた。


シャボン玉がふんわりと風に乗って、秋の澄んだ空へと高く舞い上がっていく。

リリィは楽しそうにはしゃぐ子供たちを優しく見つめ、自分の空いた右袖にそっと触れた。


今回は義手を作ってもらうことはできなかった。

作ってもらった道具には、買い物には何ひとつ必要のない、不思議な機能がついていた。


けれど――


「……私にはいらない機能でしたけれど。……まあ、いいでしょうか」


リリィはふふっと小さく笑うと、七色のシャボン玉と子供たちの賑やかな笑い声に包まれた日常の中で、優しく目を細めるのだった。






◇◇◇

読んでいただき、ありがとうございます。

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◇◇◇

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