第三十五話「七十六日目」
今日は、魔法訓練。
エーレ曰く、この前がぶっ倒れたという魔法訓練の教師は、十日ほどの療養で回復したんだと。
魔法訓練とはその名の通り、自身の魔法を自由自在に操れるようにする訓練のこと。
王家に仕えた以上、命も狙われやすい。
だから、護身用の体術だけでなく、魔法も極めることが必要なのだ。
それに、魔法も満足に使えないようじゃあ、護衛役として示しがつかない。
魔力制御を教えてくれた誰かは、クソ面倒くさい奇天烈女だったから、マシなやつだといいな。
そんな甘ったるい考えは束の間。
「それじゃあ、始めてくよー!!」
「はい、カイト……先生」
王宮の庭、エーレはベンチに、俺は教師の前に立っている。
カイト・ヴァーナー。エーレの恩師。名門な家系でここらでは有名な教師らしい。でも……。
「小っせぇ……」
「あ、ゲル。それは言ったら……」
エーレが止めようとしたが、もう遅い。
ゴンッ!! と、体中に響くぐらいのゲンコツを今食らったのだから。
ビリビリと指先まで痺れる。
「って……! 何すんだよ!! 今の絶対聞こえてないだろ!!」
「目線がうぜぇんだよ、この小童が。私は、全魔学に長け、魔法師資格を最年少で取得したカイト様だぞ。どうだ? 羨ましかろう。せいぜい、そうやって地面に這いつくばって私のことを敬うんだな」
いや、自分のことそこまでいうか?
てか羨ましくねぇし、小童って、こいつ絶対俺より年下だろ。
村の子供達と変わらない背丈、背中の真ん中ぐらいまで伸ばした癖のある髪。どこにでもいる少女だが、フリフリしたドレスがなんともうざったらしい。
誰がどう見てもガキじゃねぇか。
それも自分が天才だからと棚に上げ、自分より下のやつを見下す典型的なクソガキ。
「ゲル」
ベンチに座っていたエーレが俺の隣で囁く。
「先生はね、確かにまだ子どもで私たちより年下だけど、背が小さいのと子ども扱いされるのが嫌いなのよ。そこ、気をつけて」
教師までこんな奴とか聞いてねぇよ。
王宮にはもっとマシなやつはいねぇのか。
ああ、もう……俺の安息の地は一体どこなんだよー!!
「はい、じゃあ手始めに魔力の制御はどのくらいできるの?」
「まだ、不安定ですがこのぐらい……」
プルプルと手が震えている。
こうやって、精神を研ぎ澄まさねぇとできない。
それをカイトは何も言わずにじっと見てくる。
ハッ……どうだ? 無様だろ。
……笑いたきゃ笑えばいい。
「うん、いいじゃん。あともう少しだよ。それを他のこともやりながらできるぐらいになったら、完璧だね」
予想外の返事に、なんか一気に脱力してしまう。
「お前……俺のこと罵ったり、馬鹿にしたりしねぇのな」
俺の言葉に目を見開く。
「え……何? ゲルくんって、そんなクールな顔してるのにマゾなの? でもごめん。私、君の特殊性癖に付き合うつもりは……」
「んなわけねぇだろ!!」
村のやつらより会話は多少できるとして、所詮はガキだ。
これだけで疲れる。
どっかの誰かさんみたいにな。
「するわけないじゃん。頑張ろうって、やってやろうって努力してる生徒に、そんなこと言ったら教師失格だもん」
当たり前って顔をしているが、そんなものなのか?
確かにエーレに初めて魔力制御の仕方を教えてもらった時、あいつも俺のこと馬鹿にしなかったな。
エーレの方に目をやると、フッと微笑んだ。
「……」
「あと、エーレちゃんから聞いたよ。君のこと」
俺の前にフワリと立ち、髪とドレスが舞う。
「過去にそんなトラウマがあってもなお、立ち向かう君は本当にすごい。そんな生徒を持つことが出来て、私は心の底から嬉しいよ」
あいつ、俺のことペラペラと……!
でも、そんなこと言われて悪い気はしねぇな。
「お前って実は結構まとも……」
「ってことで!!」
どこから出したのか、それとも魔法で出したのか、いつの間にか握られていた杖の先で鳩尾を刺される。
なんとも言えない痛みが全身を駆け巡る。
「いい? ゲルくん。こちとら『先生』なんだよ。敬語を使えや、アホンダラ」
前言撤回。
こいつは、どこまでもクソガキだ!!
「あらら、派手にやられたねぇ」
「笑ってんじゃねぇよ! 殺すぞ!」
「それは保留案件でしょー」
あのスパルタ教師の訓練が終わり、魔力制御が大分できるようになった俺は、あいつにつけられた傷やら痕やらを、エーレに治療してもらっていた。
「あいつ……バカスカ殴りやがって……お前にもこんなだったのか?」
「んいや、私には優しかったねぇ」
「はあ!? っんだよそれ! 贔屓にも程があるだろ!!」
この魔法訓練は明日もあるんだ。
今でもこんな体がボロボロだというのに。
「そのぐらい、先生はゲルに期待してるってことだよ。あんな熱心になってる先生初めて見たもの」
え、あれがか? あの少しでも出来なかったら、容赦なく魔法をぶつけて、体で覚えろとか言ってくるあれが?
じゃあ、もうちょっと教え方というものがあるだろう。
まあ、でもそれを自分でやれって言われても無理な気がするが。
それぐらい、俺は魔力制御ができない。
「もう無理だ!! 明日もあるとか冗談じゃない! 絶対逃げ……」
「あ、訓練が終わった後、先生が言ってたんだけど……」
『最近ね、新しい魔法を見つけたんだ! 是非ゲルくんを実験体に……』
「わかりました。潔く受けます」
「よろしい」




