第三十六話「七十七日目」
「じゃあ昨日の魔力制御を生かして、今日は実際に魔法を使ってみよう!」
今日エーレは他の仕事でおらず、庭には俺とカイトだけ。
一冊の魔導書を渡され、表紙にはしっかり「初心者向け」と書かれていた。
「あの、カイト……先生」
「ん? 何?」
「一つ……質問しても良いですか?」
「良いとも!」
今この魔導書を見て、ふと思ったことだ。
別に深い意味なんてなかった。
「先生は……魔法をどういうものだと考えていますか?」
エーレが言っていた「魔法に罰を、生死に報復を」。
魔法は誰かにとっての「罪」になる。
よって、それ相応の「罰」を与える。
エーレは、魔法使いは生まれた時から罪人であるはずがないと言っていた。
しかし、それは本当にそうなのか?
こんな「死神の子」である俺など、報われる価値なんてあるはずがない。
「うーん。どう、ね……ああ、『魔法に罰を』って言葉があるじゃない? あれとは違うの?」
俺は頷いた。
「じゃあさ、ゲルくん。ゲルくんが思う『魔法』ってどんなの?」
どんなのと聞かれても、俺はエーレの魔法しか見たことがない。
あいつの魔法がどんなだったか……それを表現するとしたら。
「『惹かれるもの』だと思います」
俺はその日から何日かはエーレの魔法が頭から離れなかった。
俺が今まで他のヤツの魔法を見たことがなかったからか、それともあの状況下だったからか。
「うん、私もそう思う。ならさ、もうそれが答えじゃん? 『魔法』なんて、価値観は人それぞれだし」
俺たち二人は庭にあるベンチへと座った。
ここに座ったのはエーレ以外初めて。
俺が知りたいのは、それじゃない。
魔法に一体何を与えれば人を幸せにできるのか。
エーレが求めていた答えを、こいつなら知っていると思ったが、そうじゃなかったかもしれない。
「違います。俺は『魔法』というものが、どうしたら誰かのためになるのかを知りたいです。誰かを奪うだけの『罪』じゃなくて……」
「だから、『魔法』を誰かにとって『惹かれるもの』にするんだよ」
その目に一切迷いはなかった。
ただ的確に、正確に、カイトが出した答えだった。
「じゃあ、一体『魔法』に何を与えればそうなるというのですか?」
「それは、やってみないとわからないんじゃない? 少なくとも、何もしてないのに『魔法』に何を与えるだとか、どう在るべきかなんて、わかるわけないんだから」
先生の言っていることは、筋は通っている。
それでも……。
「『惹かれるもの』になったとして、それは誰のためにも……」
「何を言ってるの? その時点で、誰かのものになってるじゃない」
それだと、あの時エーレが見せた『魔法』は、惹かれた俺のためになっているのか?
「何かに『惹かれる』ことや『魅了される』ことはその人の原動力になる。それが、人のためはたまた自分のためになる。私はそう思ってるよ」
自分より年下から出る言葉じゃない。
説得力のある説明に何も反論できない。
「それにね。ここは、科学と魔法、本来なら相反するものが共存している世界なんだよ?」
それも読んだ本に書いてあった。
人間は科学、魔法使いは魔法で発展してきたと。
「つまり、魔法でできないものは科学でできる。逆に、科学にできないものは魔法でできるんだよ!」
手を大きく広げたと思ったら、カイトの周りに何十輪もの花が咲き、花弁が辺りに舞う。
花のいい香りがする。
不安を消し去るような……あいつに抱きしめられた日を彷彿とさせる。
今のカイトの言葉を掻い摘むと、互いに協力関係にあるからこそ、対立したものでも一つの世界に共存できる。
そういうことだろうか。
「どう? 美しいと思わない?」
カイトが思う「惹かれるもの」、「美しいもの」について、俺にはまだ理解できない。
けど、少しずつ学んでいけば、それもいつしか俺の中に芽生えることだろう。
「じゃあ、どうやって魔法が、『惹かれるもの』になるのか見つけてよ! それが先生である私からの課題!」
それが何年かかるのかも、俺もカイトもその時知る由もなかった。
そう……か。
「わかりました」
「じゃあ、ちょっとした座学をしたから、今度は実践よ! さ、立って、この魔導書の1ページ目。これを詠唱してみて。大丈夫、万が一があっても私がいるから!」
俺は立ち上がり、魔導書の紙を一枚捲る。
俺は、あの日自分の魔法で貧民街の村を消した時から、自分の魔力が憎くて仕方がなかった。
本当に大丈夫なのか?
カイトを信じていないわけじゃない。
少なくとも熟練の魔法使いなら、魔力の暴走を止めるぐらい、容易いことだろう。
それでも、俺は魔法なんて使いたくない。
でもあの時エーレと話して、気づいてしまったんだ。
俺の魔法も、誰かにとっての『何か』であって欲しかったんだと。
────変わりたい。
もう自分の魔法を憎んでなんかいられない。
その『何か』が『惹かれる』ものだとしたら、俺が今やるべきことは、一つしかない。
俺自身が、今までの俺を超えることだ。
もう過去なんかに囚われない。
囚われたくない。
あの時の無力な自分はもう、うんざりだ。
まさか、あいつにはこうなる事がわかっていたのか?
それで、あの時の俺じゃあ自分に勝てないのだと確信して……。
思わず天を仰ぐ。
とんでもなく不器用で、優しさの欠片もなく、破天荒な行動で周りに手を焼かせるあいつには、いつも……何が見えてるんだろうな。
知りてぇな……あいつのこと。
「静音より出でし、母なる水の魂よ。我の声に従い、今この掌の上に、姿を表さん」
その声と呼応するように、俺の両手の上に水の塊ができた。
本来は球体になるはずが、俺のはなんとも不恰好で、輪郭もぐちゃぐちゃ。
楕円形かも怪しいほどに、見るに耐えない姿だった。
「……綺麗」
カイトはそう言い、俺が作った水をじっと見つめていた。
この先、一人、いやもっと……何十人、何百人の人が、俺の魔法に『惹かれる』日が来るのだとしたら。
なんて、そんな馬鹿げた妄想を抱く自分を自嘲する。
でも、その時が来たらきっと。
────俺は、自分の魔法を誇れると、そんな気がする。




