第二十九話「二十三日目 其の一」
『エーレ様! どこにいたのです!? 王宮は貴方様がいないと大騒ぎだったのですよ! 私がどれだけ探し回ったことか……ゲル様もちゃんと見てくれないと、エーレ様が……』
と、あの後ミシェルに長々と叱責された。
聞くのも面倒になって、本当のことを伝えようとしたが、エーレに止められた。
その理由はよくわからなかった。
あれは、王宮に戻らせなかった俺が10:0で悪いというのに。
結局、エーレが王宮にいなかったのは、エーレによる過ちであったと処理された。
「お前は、あれで良かったのかよ」
「んー? 何が?」
机に積み上げられた本を、なぜか俺も手伝わされるという羽目になったこの状況で、俺は尋ねた。
「あれは、お前がやったことじゃない。なのに、あんなことを言われて悔しくないのかよ?」
俺だったら、絶対にしないことだから、純粋な疑問だ。
「ぜーんぜん! それにあれは、私が望んでやったことだし」
「どういうことだ?」
本の背表紙をきっちりと揃えて入れる。
「あの時、ゲルに『戻らなくて良い』って言われて、すごく嬉しかったんだよ」
振り返り、俺の顔を見て微笑んだ。
「だから! ゲルは何も気にする必要はないの」
「別に気にしてねぇから安心しろ」
「正直ねー。ま、そういうところが良いんだけど」
俺は、昨日ミシェルにあることを聞いた。
「ずっと、気になってるんだが、エーレは俺が来る前……過去に何かあったのか?」
「……何で?」
「いや、昨日の貴族たちが言ってただろ? ミシェルに叱られたあと、あいつに聞いてみたんだよ。そしたら……」
『はい。それは……しかし、聞く相手は私ではなく、エーレ様本人の方がよろしいかと』
「……って言われた」
ハアと今までよりも、でかいため息を吐きながら「ミシェルったら……」と呟く。
「ま、いつかは言わないといけないことだし、隠す必要もないから話すけど……」
だから、急いで片付けようと促され、5分ほどで全ての本を片付け終わった。
今思ったが、エーレが使う部屋は大体汚い。
というより、ありとあらゆる物が積み上げられているから、使用人もお手上げなのか。
なんか……哀れに思う。
出した物は、その時に片付ければいいものの……整理整頓ができないんだな。
「じゃあ、そこ座って」
物がなくなったソファへと腰掛ける。
「大前提の話からなんだけど、今の王妃は私の母ではないのよ。それは知ってる?」
「ああ、昨日の奴らがそんなこと言ってたな。前の妃の子どもだとか、どうとか……」
「うん……そうだよ」
まず、前王妃・バデーニ王妃の子どもがエーレであり、現王妃・ウェルナ王妃の子どもがビアである。
つまり、二人は異母姉弟というわけだ。
なぜ、バデーニ王妃が現王妃ではないのか、それは……。
「私が殺したからなの」
現在も王国を統べるガルディアン国王と、バデーニ前王妃は、元々王家の方針によって結ばれた婚約関係だった。
だから、二人の間に「愛」というものは一切なかった。
それでも良い跡継ぎを残そうと、やっとのこと生まれたのがエレストリア嬢。つまり、エーレだ。
しかし、そこにはある問題があった。
彼女には、他の魔法使いとは桁違いの魔力を持っていた。
ガルディアン国王は人間で、バデーニ王妃は魔法使いだったから、エーレは間違いなく「死神の子」ではない。なら、なぜか。
それが隔世遺伝によるものか、もしくは突然変異。
国でも腕の立つ医者が、そう告げたらしい。
国王と王妃は、必死でエーレを愛する努力をした……そんな中、それは起こった。
エーレの魔力が暴走し、それに巻き込まれた王妃は亡くなった。
魔力制御も不十分だったエーレによる不可抗力だったため、罪には問われなかったものの、国王はこれを好機だと思った。
彼は、ひっそりと裏で隠していた愛人と結婚し、子どもをもうけた。
その愛人こそが、現王妃・ウェルナであり、その子どもがビアというわけだ。
国王は、ウェルナ王妃とその子供のビアを溺愛しており、ウェルナ王妃は前王妃の子どもなど、一ミリも興味を示さない。
それ以前に王家の者は、皆エーレの魔力を恐れている。
だから、エーレは王女に即位できずにいるし、縁談の話など以ての外なのだ。
俺はその話を静かに聞いていた。
「ビアは、このことを知っているのか?」
「どうだろう? 同じ屋根の下に住んでいるうちは、何かおかしいことぐらいわかるだろうね。あの子は賢いから」
よいしょと、また新しく届いている本を出していく。
さっき片付けたのに……というか、もうどこにも入れる場所がないというのに、どこに入れるつもりなんだ?
「だから、嬉しかったんだよ」
「それは、さっき聞いた」
「ううん、そうじゃなくて!」
顔をズイッと近づける。
エーレの丸い大きな瞳に、急に顔を近づけられ驚いている俺が映る。
「ゲルが私を殺したいって、言ってくれた時だよ!!」
「……は?」
エーレが浮かべた顔は、どこか安心していて……濁った霧が晴れたような、そんな顔をしていた。




