第二十八話「二十二日目」
ついにこの日がやってきた。
「うぅー……緊張するよー!」
いつもよりも、豪華な装飾付きの薄い桃色のドレス。ヒラヒラしすぎて足がもつれないのだろうか。
頭には綺羅びやかなティアラが乗っかっている。
けどそれを台無しにするほど顔が険しい。
というのは、これでもかと眉を寄せ、今にも泣きそうな顔をしている。
ずっと笑っている顔をしているから、そんな表情もするんだなと意外性を感じたが……この前、がっつり俺の前で泣いてたな。
運命は変えられない。だから、俺はとうの昔に抗うことをやめた。
いや、諦めたと言う方が正しい。
でも、エーレは変えたいと願っている。
具体的に、どのような世界を望んでいるのか。
いや、俺には関係ないことだ。
「じゃあ、はい!」
と、「私に手を出して」とでも言うように、手を出す仕草をする。
俺が出した手にエーレの手が乗る。
「行こう!」
オーケストラの各々の楽器から出る、まるでコロコロと小さものが転がるようなメロディーのなか、俺達は足を踏み出した。
「はあぁー! 終わったぁ!」
うーん! と腕を上に突き出し、思いっきり伸びをする。
正直、あんなにうまくいくとは思わなかった。
前日まで、大丈夫かというほど、俺ではなくエーレの方がやばかったというか、物覚えが悪いというか……。
「あー! その顔! 絶対本番で私がミスするって思ってたんでしょ!!」
「え、じゃあ、絶対ミスしないって確信があったのか? あれで?」
「そこは嘘でも否定しようよ! でも、まあ……そんな自信は無かったけどさぁ……?」
ゴニョゴニョと呟く。
そして「あー! もう!」と声を上げ。
「やめやめ! もう終わったことなんだし! 今日は、ご褒美にたくさんデザート食べてやるんだから! ゲルもよ!」
「は? なんで俺まで……」
「犬が主人に文句言ってはダメ!」
「はあ……」
強引に腕を引かれ、俺はズルズルと連れて行かれるがまま。
面倒くさ……。
「あれ? 姉様とゲルじゃないですか!」
まるで、どこぞの横暴女と同じ明快な声が聞こえる。
「ビア! それと……ご機嫌麗しゅう、ファトナー王女」
「ファトナーでいいです。歳も同じぐらいですし、いつかは義妹になる予定の人間なので、敬うべきなのはこちらですもの」
陽の光を閉じ込めたようなブロンドの髪に、深い海の底のようなサファイアの瞳。
王女……このエーレと同じぐらいの年頃のこの人が、王女?
「そちらの方は?」
エーレがファトナー王女と呼んでいた人が、こちらに目を向ける。
「お初お目にかかります。エレストリア・エギナ様の護衛兼世話役をさせていただいている、ゲルデッドと申します」
挨拶の仕方は、これで合っているのか?
「護衛兼世話役……貴方は、随分主人と仲がよろしいのですね」
胸元から扇を取り出し、顔の前でフワフワと揺らしながらほくそ笑む。
「いえ、決して悪いというわけではないのですが、護衛のものが主人と踊るのは、少し違和感がございまして」
……え。
「あ、そ、そうだ! ファトナー王女! あちらに、我がシェフが厳選した高級茶葉があるのですよ! 一緒に飲みましょう!」
ビアが、ファトナー王女の手を引いて、人混みの中へと消えた。
「行こ」
先程の興奮気味のエーレの姿はどこにもなく、暗い表情で俺の手をゆっくりと引く。
人と人の間を何度もすり抜ける。
王宮内に立ち込める熱気でむせ返りそうな中、それは聞こえた。
「ああ、あの子……」
「そうよ。エレストリア・エギナ嬢様よ」
「あの、今だ王女に即位されていないって噂の?」
「なにも、前の御妃の子どもなんですって」
「隣りにいる方は?」
「誰であったとしても、婚約者ではないのでしょう? 本当、王族でありながら、縁談の話も来ないなんて、お気の毒だこと」
輝くシャンデリア、心地よい音楽。
でも聞こえてくるのは、そんな言葉ばかり。
周りの声に一切振り向かず、俺の前を歩く。
だんだん、歩くスピードが早くなり早足になっていく。
「エーレ……エーレ!!」
やっと我に返ったように顔を上げ、振り返った。
いつの間にか、庭へと出たというこの状況に、辺りを見渡している。
「え、あ、ご……ごめんね! 外なんかに連れ出して! さ、デザート食べに戻ろう!」
ニコッと笑ってみせるが、目は一つも笑ってなく、口角も無理にあげている……そんなふうに見えた。
そそくさと王宮へと入ろうとするエーレの腕を掴んだ。
「戻らなくて良い」
こいつのために何かしたいわけではない。
むしろ、恩を売る義理なんてものはさらさらない。
でも、あの貴族たちが言っていたことに、良い印象は受けなかった。
だから別に、その中に戻る必要性を感じなかった……ただそれだけだ。
「うん……そうだね……」
フッと一息ついた。
「ちょっと……疲れちゃった」
ポスっと頭を俺の肩に預ける。
「抱っこ」
「嫌だ」
「それぐらいしなさいよ、ケチ……」
二人で、庭にあるベンチへと座る。
なんとなく、ボーっと向こうを眺めていると、肩にポンと何か重たいものがのしかかる。
見る前に、スースーという寝息が聞こえてくる。
エーレの匂いが、俺の鼻の奥をくすぐる。
髪が首にかかって不愉快だし、肩は重いし、叩き起こそうかと思った。
でも……この時の俺はエーレが俺にしてくれたことをふと思い出した。そして、その時と同じように俺もエーレの頭を撫でてみた。
俺の指と指の間を、柔らかい髪の毛がすり抜けていく。
王宮の祭り囃子、外では満点の星空が広がっていた。




