第二十六話「七日目」
エーレと会ってちょうど一週間。
俺は昨日人攫いにあった。
それを、エーレが助けてくれた。
エーレは他の子供たちよりも小柄な方だ。
なのにあの時、自分の倍以上の体格がある奴らを言葉一つで黙らせた。
それは、彼女が王家だから?
俺は違うと思う。
俺はまだ魔法の訓練を受けていから、正確にはわからない。
それでも感じる。この脳で、目で、肌で、感触で。
エーレの魔力が如何なるものか。
あれには絶対に逆らってはならない。
あいつらがあの状況で、五体満足でいれたことが不幸中の幸いと言うべきか。
それぐらいエーレの魔力は恐ろしく、強くて、そして……。
魅力的だった。
あれに目を奪われてしまった自分はどうかしてる。
でも、思ってしまった。
俺にもあんな魔法が使えたら……魔力が操れたら……と。
「ゲルって、『魔法に罰を、生死に報復を』って言葉、知ってる?」
「知らない。興味もない」
エーレに文字の読み方を教えてもらってから、簡単な本ぐらいは読めるようになった。
なんとなく、書斎から引っ張り出してきた本をペラペラと捲りながら、そう答えた。
その言葉は、俺が机に積み上げたある本の帯に書かれていたものだ。
「もう! 会話だよ! か・い・わ! 即答したら、それ以上続かないでしょうがー!」
肩をポコポコと叩かれる。
肩を叩かれるほど凝ってないから、その動作は俺にとって全く無意味である。
「じゃあ、質問を変えよう! 『魔法に罰を、生死に報復を』、この言葉の意味ってなんだと思う?」
これは……なんでもいいから答えないと後が面倒なことになりそうなやつだ。
ハア……なんで、俺がこんなこと……。
「意味っても、そのままだろ。魔法ってのはそれ自体に罪があるから、それ相応の罰を与える。で、生死はそれの復讐。まあ、俺みたいなヤツにピッタリな言葉ってわけだな」
魔法は、生まれ持った力。それが罪というのならば、魔法使いは生まれたその瞬間から罪人というわけだ。
実際、そうだと思う。
俺みたいな「死神の子」は……まるでそれを具現化したような生物は、一家に、それは他者に、そして罪のない人間たちを無差別に襲う。
そんな奴らを罪人言わないで、何と言う?
「私ね、この言葉が世界一嫌いなの」
俺は本から目を離し、横で紅茶を飲んでいるエーレを見る。
「誰が言い出したか知らないけど、本当ふざけてる」
「なんで、そう思う?」
「生まれた瞬間から、罪のある人間なんているはずがないからだよ。これが私個人の願望だと言われても、私はそう思う。そもそも魔法というのは、自分自身を描くための表現技法の類だと言われているの。つまり、自分そのもの。少なくとも私にとって魔法は、知らない自分も見せてくれるって……そう考えてる」
似たような経験がある……。
つい最近、いや、昨日。
俺はエーレの魔法に魅せられた。
その美しさは、まるでエーレ自身を表したかのような……あの赤い閃光はエーレの瞳の色によく似ていた。
「魔法が……魔法使いが皆、必ず他人を不幸にするの? ううん。そんなおかしな道理があるから、この世界は歪まれているだけ。じゃあ、魔法に一体何を与えれば、人を救えるの? 幸せにできるの? 私はその答えが欲しい」
俺は別に……この世界についてそこまで考えたことはない。
けれど、エーレの言っていることは一理ある。
俺の魔法も、エーレみたくもっと……誰かにとっての「何か」であってほしかった。
そんな、傷つけるものじゃなくて……。
「答えなんて、なくていいんじゃないか?」
「……どうして?」
手を小刻みに振るわせながら、ティーカップを置く。
「俺のような『死神の子』は、どうやっても人なんて救えない。生まれ持った力の運命なんだ。それに抗わないほうが、ずっと生きやすい。だから……」
「それじゃあ、私はどうなるの!?」
大声を張り上げ、ガバっと立ち上がる。
机が揺れ、ティーカップがガチャと倒れた。机から床にかけて、紅茶が滴り落ちる。
エーレの服の裾部分が、琥珀色に染まっていく。
「答えがないなら、私は報われないじゃない! 人一人救うことすらできないなんて……なら、魔法なんてないほうがいい。誰かを傷つけるぐらいなら……」
「エーレは、前に誰かを傷つけたことがあるのか?」
……今のエーレが、今の俺に重なって見えた。
だから、こんな野暮な質問をしたんだと思う。
「私は……人間にも普通の魔法使いにもなれない」
エーレは、俺をまっすぐ見た。
「ねえ、教えてよ、ゲル。私たちがなぜこの世界に存在するのか……魔法はどう在って、何を与えるべきか、生死はその魔法の何になり得るのかを……」
赤い瞳の輪郭を乱し、涙を流しているエーレを前に、俺は彼女にかける言葉を見つけることはできなかった。




