第二十五話「六日目 其の二」
ガタガタと体が上下に揺れる感覚がする。
これは……車輪が地面を走っている?
と言うことは俺は、何かに乗せられてるのか。
「ん……」
ゆっくりと目を開けると、周りは木の板で覆われ視線の先には光が一筋漏れていた。
これは荷車の中?
大分寝ていた気がするが、これは俺が王宮を出て1日経ったのか経っていないのか。
それを確認するべく、光の方へと体を動かそうとしたが、うまく動けない。
ゆっくりと視線を下にずらす。
なんだ、これ。
俺の手足には、縄を何重も巻かれて簡単には解けない様縛られていた。
口にも口枷が嵌められており、声も出せない。
そういえば……エーレが言っていた。
一昨日ぐらいのこと。
「最近人攫いの被害が多くてさ。それで、私も街の子供の見回りの仕事で忙しいんだよね。本当、勘弁してほしい」
「なんで人なんか攫うんだ」
「闇市で売るんだよ。特に女子供は金になるから。本当に悪趣味だよねー。ゲルも気をつけるんだよ?」
「俺がそんな奴に攫われるほど、ひ弱だと思ってんのか?」
「いやーわかんないじゃん」
本当に攫われるとか……激しい屈辱感に襲われる。
その時、荷車が止まった。
扉が開けられ、細い糸のようだった光が、パッと一気に濁流かのごとく流れ込み、視界が白くなる。
「出ろ」
誰のものかわからない声が聞こえる。
出ろと言われても、手足が縛られた状態でどう動けというのか。
もぞもぞと地面を這いつくばる芋虫のように身を捩らせていると、大柄な男一人が俺の腕を持ち上げる。
俺はそれを支えに立上がった。
俺は……このまま売られる……のか?
人攫いなんて初めてだが、売られるかそれよりももっと酷い扱いを受けるのか。
貧民街にいたころよりも劣悪な環境なんて、俺は知らない。
もしもこれから先、そんな生活が待っているのだとしたら、死んだほうがマシだ。
「死神の子」である俺は、寿命が長いだけで死にたいと思えば死ねるのだろうか。
俺の人生は決して良いものとは言えなかった。
むしろ、不幸に塗れていた。
子どもである俺は、この世に生まれることなんて望んでいなかった。
それなのに、母が勝手に俺を産んで「死神の子」だからと捨てられ……貧民街では人間と同じ扱いを受けれるはずがなく。
マジで、ロクな人生送ってねぇな……。
ハッと笑いが溢れる。
他には……。
『ゲル!』
目を閉じると、あの木の葉のように繊細で空のようにどこまでも透き通っていて、でもどこか大人びていて……悪魔のような表情を浮かべる少女の姿が浮かぶ。
『なら君は一生私を殺せないよ』
『人間について学ぶんだよ』
『私、ゲルのこと……もっと知りたいよ』
『だから、約束しよう。ゲルの中の孤独がいつか癒えるまで、私はゲルの側にいるよ』
そうだ、俺はまだ死ねない。
死ぬわけにはいかない。
俺はまだエーレを殺していないのだから。
その時だった。
「天地を巡る数多の魂よ、月光の下に降る輝かしき星々よ。我の声に応えし、加護に身を委ね、遍く罪を今禊祓え」
バンッという破裂音と共に、赤い閃光が走った。
俺の周りにいた奴らはその衝撃で散り散りに吹き飛び、地面に転がる。
俺はその魔力の美しさに思わず魅入ってしまった。
「どこで道草を食ってるかと思ったら、こんなとこにいたの?」
シルクのように滑らかで光沢のある銀髪、空の青さと良く映える白い肌、そして心の中までも見透かすような、深く紅き瞳。
「エーレ」
俺がもっとも殺したい相手が今目の前にいる。
その美しさと地位。
全てを壊すその日は俺にとって、きっと満ち足りた多幸感に溢れていることだろう。
「いいか、愚民ども。これは『忠告』だ。一度しか言わないからよく聞け」
声がいつもより低くなり、辺りの空気が一気に重くなる。
「この者は我ら王家エギナ家に仕え、そして私、エレストリア・エギナの護衛で在る。今回のことは水に流してやるが、もし同じ過ちを犯すようなら、それは王家に対する反逆行為と同義であると、肝に命じよ」
男たちは声も出せないのか、首を縦に振るだけだった。
エーレは素早い動作で、俺に巻かれていた縄と口枷を取った。
「行こ! ゲル!」
さっきの声とは裏腹に、子供のように高い声で俺の名を呼ぶ。
俺は彼女の手を取った。
純白のワンピースを翻し、一緒に歩き出す。
────エーレが俺を助けてくれた。
その紛れもない事実によって俺は、「エーレが来てくれて良かった」と思っている自分がいることに困惑する。
あんな奴ら、俺1人でも倒せたんだ。
なのに、エーレが来てくれてホッとしている。
俺はまだ人間を傷つけることが怖い?
エーレのことは殺したくて仕方がないのに?
この矛盾した感情をきっとエーレは理解してくれている。
────この時の俺は、そんな甘い「勘違い」をしていた。




