第二十三話「五日目」
彼女の言うことはどこまで本当なのか、もうよくわからなくなってきた。
『私、ゲルのこと……もっと知りたいよ』
正直あんなことを言われたのは初めてだったし、エーレもどういう意図で……。
いや、深く考えるのはよそう。
時間と労力の無駄だ。
俺は頭を横に振った。
「で、今日は魔力の制御の仕方を教えようと思うんだけど……」
馬鹿にでかい王宮の庭に二人で来てみたはいいものの、スキップをしながら俺の前を歩くエーレに酷く呆れる。
「昨日の俺の話を聞いていたか? 俺は……魔力の制御なんてできないんだよ。だからやらない」
「でも、やらなきゃできるようにはならないでしょ?」
当たり前の言葉が、俺の気持ちをわかってくれていない気がして、俺はつい叫んだ。
「じゃあ、エーレは俺の魔力で人が死んだらその責任が取れるのか!? 俺を……止められるのかよ!? 俺のことをなにも知らない分際で、偉そうなことを口にするな!!」
目を大きく見開くエーレを見ても自分の発言に後悔はない。
俺の言ったことは間違っているか? いや、事実だろう。
だとしたら、この胸のモヤモヤは一体なんだ?
「大丈夫だよ」
柔らかい微笑み、丸い目がスッと横に細くなる。
「大丈夫って、なにが……」
「だって、ゲルの魔力の大きさ、私のより小さいんだもん」
「……は?」
この世で一番大きな魔力をもつ人類は魔法使い同士の間に生まれた「死神の子」である。
とてつもない魔力を得るが故、魔法使い同士の間で子を成すことは禁忌とされている。
俺は「死神の子」であり、エーレは普通の魔法使い。
王族であるエーレが「死神の子」であるはずがない。
王族が世界の掟を破ることなど、あるまじき行為なのだから。
「まず、両手を胸の前に添えて」
何かを掬い上げるような動作をする。
俺もエーレと同じように胸の前で両手を添える。
「そして、この両手に乗せるように魔力を込めてみて。水を汲み取るような感じで」
俺は頭の中を空っぽにして、必死に想像する。
波一つたたず静かに凪いでいる池に両手を差し込む。
指先から段々と手のひらへと……。
そこまでは順調だったのに……俺の頭の奥底にはかつて俺の魔力で死んだ人間たちの死体がよぎった。
その途端に手が震えだす。
魔力が段々と乱れていく。
無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ……!!
やっぱり俺には────。
「ゲル」
後ろからフワッと暖かい何かで覆われる。
まるで何百輪もの大輪を凝縮したような────決して濃すぎず、格式高さを感じさせるエーレの香りはまるで魔法のように、俺の体から力を奪っていった。
気づけば俺の手のひらには不透明な球体が出来ていた。
「できたじゃん! おめでとう! それが魔力の制御の基本。難なくこなせるようになったら、初級はほぼクリアだよ!」
まるで自分のことかのように喜ぶエーレを見て、このモヤモヤの正体が少しわかった気がした。
「なんで、エーレは俺にここまでしてくれるんだ?」
なんでそんなことを聞くの? と純粋に疑問を投げかけている様子のエーレ。
「今俺はエーレの世話兼護衛役。つまり俺らは主従関係だ。でもこうなったきっかけはただ、お互いの利害が一致しただけであって、俺がエーレにここまでしてもらう必要なんてないだろ」
俺の言葉に「うーん」という唸り声に近い声をあげ、エーレが出した答えは。
「なんでだろ」
たったその一言だった。
わからないから、聞いたのに……当の本人がわからないのなら、どうすれば?
「でもあれかな、放っておけないんだよ」
いつの間にか俺の両手から不透明の球体は消え、その手をそっと撫でる。
「人間に復讐をしたいのに、無駄に死体を増やすのは嫌。そして人間を恐れ拒絶している。君は色々なところで矛盾だらけなんだ。それはきっと何か大事な部分が欠けているから。私は、君が今までずっと一人で生きてきたからなんじゃないかって、そう思ってるの」
馬鹿にしてるのか?────そう口にできなかった。
「君はもう一人じゃない……だから、約束しよう。ゲルの中の孤独がいつか癒えるまで、私はゲルの側にいるよ。それで、人間のことも世界のことも、ゲルの知らないこと、たくさん教えてあげるから」
なら、いっそのことそんな甘い囁きで俺を唆すような真似はやめろ。
俺なんかに……優しくなんてするな。
そんな薄っぺらい同情なんかいらない。
俺の頭にエーレの手が触れる。
エーレの体ごと突き飛ばしても良かった。
でもできなかった。
俺はエーレの腕の中で目から溢れ出る液体を抑えきれずに、惨めったらしく体を預けていた。




