第二十二話「四日目」
「今日から、読み書きを教えようと思うよ!」
伊達メガネをかけ、なぜか白衣を纏い指し棒を持っている。
二人しか居ないというのに、無駄に広い部屋に入り俺はよくわからない本を2、3冊渡され、エーレは俺の隣に座って指し棒を自分の手にポンポンと叩いている。
「お前、こんなことしてていいのか? 王宮の仕事とかないのかよ」
「ゲル、次期王女になる人間に『お前』なんて言ったら、キツーい折檻が待ってるよ」
「はあ?」
そんなことまで、気をつけなければならないなんて……前々から思っていたが、王宮にいる限り色々制限されるというか、決まり事が多いと言うか、でもそれはエーレに拾われた俺の道なのだから、仕方がないのかもしれない。
「だから今日からは、読み書きに加えて王宮での最低限の振る舞い、所作、言葉遣いも教えるから。君は私の犬なんだから、それくらいは身につけてもらわないと、私が困るしね」
腹が空けばご飯が出てきて、体が臭くなればお風呂に入れ、体調が悪くなればそれにあった薬や治療もしてもらえる。
それらが約束されているのだから、王宮で制限されるのは当然の報いなのだ。
その時、エーレと初めて会ったときのことをことをふと思い出した。
彼女はこう言っていた。
『ごめんなさい。説明が足りなかったわ。私は偵察に来ただけなの』
偵察……この前村の子供たちの定期観察をしたことと同じような感じで、エーレはあの時ミシェルと偵察にきていたのだ。
一体何のため? いやそれよりも……。
エーレはなんで、俺を―――――。
「まずは、1ページ目を開いてもらって……」
「なんで、エーレは俺を拾ったんだ?」
キョトンとするエーレを置いて俺は話す。
「あの時、エーレは『偵察に来た』と言った。偵察に来ただけなら、別に俺を拾わなくても良かったんじゃないかって……」
自分の口ではそう言っているくせに……もうあの時の生活には戻りたくないと思っている自分がいる。
エーレは迷う造作もなく、キッパリと答えた。
「ただの好奇心だよ!」
「……は?」
「君をひと目見た時、私は君の魔力に惹かれた。今、彼を拾わないとこの先の余生はきっとつまらなくなるって、そう思ったんだ。まあ、つまりは一目惚れだね!」
魔力というのは、どうやって感じるのだろう。
自分の魔力は使わないとわからないし、他人の魔力なんて感じたこともない。
視覚によるもの? それとも嗅覚? 音でわかるとか。
俺には検討もつかない。
「ゲルってさ、『死神の子』でしょ?」
「……っ!」
「いやそんな顔しなくても、誰かに言うわけじゃないから安心して……君の魔力は相当だよ。出会ったときから、なんでこんなに魔力を出しているのに底尽きないのかってびっくりした」
俺には魔力の制限ができない。
だから、俺はたくさんの人を傷つけたし、殺してしまった。
それでも、俺の「人間に復讐をする」という渇きは癒せなかった。
だから、俺は無差別な殺生をしないように、感情に左右されず……魔法を出さぬよう今まで生きてきた。
それらを話すとエーレは伊達メガネを外し、そっと机に置いた。
「それは違うよ、ゲル」
机に片手をつき、俺の顔を覗き込むような体制で俺をじっと見る。
「この前、子どもたちに魔法見せてって言われても見せなかったのはなんで? 『人間に復讐をする』という願いが叶わないと思ったから? もうその時私を殺すという目的があったから? ああ、でも後者のほうだと、私のことをずっと考えてみるみたいでちょっと嬉しいかも」
「……狂ってんな」
「ハハッ! 冗談だよ」
深く赤い瞳でじっと見られていると俺の心の奥底まで、見透かされそうで……思わず目を逸らしたくなる。
でも逸らさなかった。
逸らせなかった。
「ゲルは怖かったんだね」
ヨシヨシと頭を撫でられる。
頭なんて、誰にも撫でられたことなんてないのに……なんで、こんなに安心できるのだろう。
「たくさんの人を殺した分、君はその恐怖を知ってる。誰しも人を殺すことに恐怖は必ず感じるの。でも君は、ただ殺すだけじゃなかった」
「え……」
「ゲルがいた貧民街は、魔獣に襲われないことで少し有名だったんだよ。でも君を見た時、すぐわかった。君の魔力が魔獣を遠ざけていたんだよ……君は自分が知らない間に、人間たちのことを守っていたんだよ」
でも、それはただの偶然が引き起こした現実であって、俺はなにもしてない。
「私、ゲルのこと……もっと知りたいよ」
そんなこと言われたのは生まれて初めてのことだった。




