第二十話「三日目 其の一」
今日も俺はあの赤い瞳に見つめられる。
全てを呑み込み支配するような深い……深紅色の瞳に。
俺は彼女には勝てないのだと改めて痛感した。
昨日、俺はベンチに座りながらエーレとパンを食べていただけだった。
「ゲルってなんでそんな殺気だった目で私を見てるの?」
時間が止まったような感覚がした。
この時少しでも動揺したのが間違いだった。
手の震えが止まらない。
「そんなこと……」
「人間ってね、考えてることはわからないけど、殺気はすぐわかるものなんだよ」
その感覚は俺も身に覚えがある。
食べ物を盗んで相手の恨みを買って殴られる……あれは殺気だった。
俺はそいつらと同じ顔をしていたのか。
でも気づかれたなら嘘をついてもエーレの前では結局同じことだろう。
俺は全てを正直に話した。
「じゃあゲルはさ、人間に復讐できるなら誰でも良かったわけで、偶然それが王家の私だった。けどさ、私を殺せば君も殺されるよ。それでいいの?」
俺は頷いた。
「なら君は一生私を殺せないよ」
「……!」
見た目は俺と変わらない歳で、それに男の俺が女を相手に負けるはずがない。
―――――ふざけるな。
「なんでやってもないのに、そんなことが言えるんだ! そりゃあ……王家の人間だから武術の訓練とか魔法の練習とかするだろうけど、俺も訓練すれば絶対……!」
エーレは首を横に降った。
「武術とか魔法とか、そういう問題じゃない。君が私を殺せないのは、人間についての知識の有無が原因だよ」
そんなことで俺がエーレを殺せるとか殺せないとか、なぜわかるんだ。
彼女には俺には見えない何かが見えている。
そう考えないと、辻褄があわないような気がした。
「君は今までたくさんの人間たちに酷い扱いを受けてきたことだろう。けど、人間が皆そうなか? そうじゃなくて、ただ逆恨みだけで殺すのは非合理的だよ。君は……人間のいちばん大事なところに気づけていない。この意味がわかる?」
赤い瞳でまっすぐに俺を見る
今さっきまで、ただ買い物を愉しむ子供のようにはしゃいでいたやつと同一人物とは思えない、大人びた表情にドクドクと心臓が脈を打つ。
俺は「わからない」とだけ答えた。
「この意味もわからない君が私を殺せるはずないだろう?」
太ももに肘をつき、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
ああ、俺は彼女には勝てない。殺せない。
直感的にそう思った。
それは、この俺の心を見透かすような底が見えない瞳に恐怖心が募ったからか、それとも別の―――――。
「俺は……どうすればいい?」
自分でも驚くほど、声が震えている。
今まであった人間たちとはまた違った恐ろしさが彼女にはあった。
「人間について学ぶんだよ」
彼女はたったそれだけを答えたあと、立ち上がり早くと催促するように手を差し伸べ、俺はその手をとった。
王宮に帰るまで俺達は一言も言葉を発しなかった。
本当にそれだけで、エーレを殺せるのか?
彼女の目を見ればわかる。
あれは嘘ではないと。
「ゲル、着替えた?」
俺はこの後エーレと街の子供達と会うと約束していた。
目的のためなら、人間を学ぶなど造作もない。
「じゃあ、行こっか」
だから俺は、今日も彼女の手をとる。
この殺意は……復讐は誰にも渡さない。
たとえそれが、なにかの代償になったとしても―――――。




