第十九話「ニ日目」
「ゲル! ねえゲルってば!! 起きて! もう朝だよ!」
雲の上で寝るとこんなに気持いいのか……そんな考えは儚く散った。
俺の体の上にずっしりと感じる確かな重み。
それで揺さぶられれば、どれだけ眠りが深いやつでも一発で起きるだろう。
「……うるさい」
まだ瞼が開かないのに、音は聞こえるという不快感にそんな言葉しか出てこなかった。
「私ね今日ゲルとしたいことがあるの! だから早く起きてー!」
ガバっと思いっきり布団を剥がされる。
折角自分の体温で温まっていた布団を一気に剥がされたら、外気が寒くて仕方がない。
あまりの眠気さに、なぜ俺のことを「ゲル」呼びなのかまで頭がまわらないのだが、目を擦りながらもベッドから足をおろした。
大広間にある朝食を食べていると、やっと目も脳も朝を迎えたようだ。
こんなにぐっすり寝たのは久しぶりだから、朝が弱いという自分の意外な一面を見たところで、エーレの話を聞いていた。
エーレが俺としたかったことというのは、簡単に言うと俺と街へ買い物に行くことだった。
いや、なんで?
だってそうだろう。
俺と買い物のためだけに、布団を剥がしてまで起こして。
一体何を企んでいるんだ?
「ここの店のパンね、すっごく美味しいんだよ!! ねえおばちゃーん!」
店の入口で大声で叫ぶ。
さっき朝ごはんを食べたのに? というツッコミは置いておこう。
王家の長女がこんな一般人が行き交う街に堂々と歩いて良いのだろうか、と思ったがそれは違った。
「あら、エーレちゃん。また買いに来てくれたの? いつものでいい?」
「うん!」
「そちらの子は?」
「この子はねゲルっていうの! 私の世話役!」
店の女性と目があい、俺はサッとエーレの後ろに隠れた。
エーレは「おばちゃん」と言っているが、本当に「おばちゃん」なのか疑いたくなるほど若い。
ベレー帽のようなもので髪をまとめ、顔には皺一つない。
じっと見つめられる視線に体が自然と強張る。
上面だけ良くて、中身が外道の人間なんて何度も見てきた。
―――――やっぱり人間なんて大嫌いだ。
「……じゃあ、いつものを2つ!」
「わかったわ」
「どうぞ」
「ありがとう!!」
エーレが、パンが入った紙袋を受け取る。
それを右手に提げ、左手は俺の右手と繋がっている。
なぜ手を繋いでいるのかはわからなかったが、俺は不思議と嫌ではなかった。
「あそこのベンチに座って食べよう」
二人で並んで、パンを齧る。
朝ごはんの次にパンは流石に満腹である。
「美味しい?」
横から顔を覗き込むように動いたエーレの綺麗な銀髪の髪が肩からハラリと落ちる。
「うん」
それだけ返すと、エーレはニコッと笑った。
初めてエーレの笑った顔を間近で見てみたが、輝くこの銀髪も赤い瞳も彼女の笑顔の前ではただの装飾品に過ぎなかった。
周りの木の葉も、太陽から注ぐ光さえ彼女の味方をしているように見えた。
「ねえ、一つ聞いていい?」
二口目を齧り、飲み込もうとしている時にエーレがそう訪ねた。
「ゲルってなんでそんな殺気だった目で私を見てるの?」
気づかぬうちに頬についていたパンの端くれがポロッと膝の上に落ちた。




