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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: 堅他不願


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第25話 餓鬼道の債務者 その二

 花坂が手だしする余裕もなく、餓鬼同士で合体し、巨大化していく。最終的には、身長だけでも五メートルはあろうかというサイズになりおおせた。


「これがお前の切り札か?」


 落ちつき払って質問しているものの、さすがの花坂も内心では冷や汗を禁じえない。塚森や小角の支援を受けてはいるが、こんな事態は手に余る。


「ふふん。大きくなっただけではないぞ! お前は非衛生にも汚ならしく死んでいくのだ!」


 巨大餓鬼が夢矢自身なのは、声とこだわる内容とではっきりした。対策をまとめる前に、敵は口を大きく開けた。


「おえええっ。げえええっ」


 巨大餓鬼は、まさに滝のようなゲロを吐いた。花坂とは数歩隔たってはいるものの、酸味づいた腐臭が押しよせてくる。思わず鼻と口を左手で抑えたものの、胃がムカムカしてきた。


 巨大餓鬼は、ひたすらゲロを垂れ流している。この空間自体が、ゲロに(ひた)されつつあった。当人の主張からすると、矛盾としかいいようのない戦法だ。つまり、自分さえ清潔であれば良いという無意識が露骨に引きだされたのだろう。


 試しに、花坂はポケットの財布から一円玉をだしてゲロに投げてみた。音をたてて溶けていく。これではいくら塚森の炎で防御しても、しまいには溶けるか窒息するかだろう。


 ことここに至っても、塚森も小角もこなかった。浮橋が、花坂の知らない間に倒した可能性すらある。


 さらには、浮橋を生きたまま黄金まで届けねばならない。つまり、彼女を巨大餓鬼との対決に利用するのは危険すぎる。いや、気絶して倒れたままの浮橋がゲロに溶かされないよう、花坂こそ手を貸してやらねばならない。


 とりあえず、花坂は浮橋を左肩にかついだ。ゲロは彼の爪先まで迫っている。回れ右して逃げてもいいが、そもそもこの世界に出入口や境目があるのかどうか。極端な話、夢矢は、花坂が疲れきってたつこともままならなくなるまでゲロを吐いていれば勝てる。


 ズボンのポケットが、急にぶるぶる震えた。こんなときに、スマホが何かしらを伝えようとしている。それどころじゃない、と怒鳴りつけたくなるのを耐えてから、花坂はスマホを出した。どうせ逃げられないなら、巨大餓鬼自体はゲロを吐くのに忙しいようだし、せめてスマホが振動した原因くらいは確かめておきたい。


 それほど御大層な理由ではなかった。黄金が指定した時間が、残り一時間を切ったことを告げただけだ。


 一時間どころか、あと数十秒で花坂の命は溶けてしまいかねない。ゲロさえ始末できれば、まだしも対応はできるのだが。


 さっき犠牲にした一円玉は、溶けながら煙をあげていた。初歩的な……というより大雑把すぎる知識だが……金属は酸に溶けたら水素を発する。金属や酸の種類によっては例外があるものの、今さら云々してはいられない。


 改めて自分の財布をだし、花坂はありったけの硬貨を掴んだ。それを目の前の地面にまとめて捨てる。ゲロに接触した硬貨は、次々に形を崩していった。


 しかるのちに、花坂は塚森と小角の力を利用して火をつけた。外部消化されていた硬貨から昇るガスが、目論見通り引火し、爆発が爆発を呼んで瞬時に巨大なエネルギーが発生した。ゲロ自体は単独なら燃えないが、ゲロが溶かした物体からなるガスに点火すれば一緒に燃えた。


 花坂も、そこまで考えぬいたのではない。他に手だてがないまま、やぶれかぶれになって実行した。


 自らのゲロから火が逆流し、巨大餓鬼は口の中まで火が伝わって木っ端微塵に砕け散った。同時に、花坂は浮橋を抱えたまま爆風で地面に倒され、そのまま気絶した。


 皮肉にも、餓鬼道の異常な臭いが花坂の意識を……比較的早く……回復させた。慌てて残り時間をスマホで把握する。残り四十分。


 浮橋は、まだ気絶している。彼女をもう一度担ぎ、巨大餓鬼がいたとおぼしき方へ歩くことにした。


 あれほどたむろしていた餓鬼は、全て消えてなくなっている。ところどころに汚水の水たまりはあるが、障害というほどでもない。


 しばらく足を動かして、ようやく彼はたどりついた。あの巨体ならすぐに目星がたつかと思いきや、そうでなくなっているので少々時間がかかった。


 体格も含め、元の……というのもいささか変だが……姿になった夢矢の残骸は、五体がそれぞれ数十メートルは隔たっていた。最初に見つけたのは右足で、くるぶしから先が汚水につかっていた。次に、左手が地面に落ちていた。そうして、左側を下にして転がる夢矢の顔が現れた。断末魔を地でいく眉根と口元に、勝った達成感よりも疲労を強く覚えてきた。


「きゃ……きゃっひゃふもりくわ」

「うわぁっ!」


 夢矢の顔が、というよりは生首がたどたどしく口を開閉させ、台詞らしきものを吐いた。勝ったつもりか、といいたかったようだ。


「ほ、ほれをほんなひじめなしゅぎゃたにしやがって。ほれのはたきは、しゅぐにうへのりぇんりゅうがれはいしゅるんだ」

「惨めな姿になって負かされた仇を、上の連中が手配してくれる? 部下思いな組織だな。もっとも、それなら最初からこんな調子にはならないだろ」


 うんざりしつつも、花坂は相手をしてやった。慈悲をかけるつもりは毛頭ない。夢矢が負け惜しみのあまり何か役にたつ情報を漏らす可能性はある。


「うへは、ほれよりはるきゃにふよひ。せいぜい、ひぎりぇいに……」


 どうやら悪態しか出てこないようなので、踏みつぶした。浮橋の体重もかかってはいるが、思ったよりあっさりと頭蓋骨が割れ、脳がはみでてきた。


「上の連中が強いんじゃなくて、お前が弱すぎるんだよ」


 花坂は、永久に静かになった夢矢を見おろしてしめくくった。ボディビルダーたるもの、清潔感は筋肉の次に重要だが、夢矢ごときに身綺麗にしろなどといわれる筋あいはない。


 それよりも、夢矢が言葉通りの意味で粉砕され、ようやく餓鬼道が消えた。


 新しく至ったのは、なんとも四角四面な部屋だった。四畳半ほどの広さに、事務机とロッカーが置かれてはいる。空調やパソコンもあり、誰かが仕事に使っている部屋なのは確かだ。それらのせいで、ただでさえ狭い空間が余計に狭くなっていた。出入口としては、ドアが一枚あるのみ。


 ロッカーにもたれて座る格好で、塚森と小角が失神している。二人とも負傷はしていないようだ。


 いくら花坂でも、浮橋を含めて三人を抱えていくのはキツい。だいいち小角が目を覚まさないと時間内に帰られない。


 その時間は、あと三十分しかなかった。かがんで二人の肩をかわるがわる揺すったものの、うめきさえしない。


 ここが恵みの大地の一室なのはほぼ確実として、たとえ花坂一人にしろ、うかつに部屋を出ることは不可能だ。


 背に腹は変えられない。いまだに意識のない浮橋を肩から降ろし、この部屋に唯一ある椅子に座らせた。それから塚森や小角をどかしてロッカーを開け、物色する。うまい具合に衣服の上下とベルトが吊ってあった。


 ロッカーからベルトとズボンを持ちだし、浮橋の右手を椅子の背もたれ側に回してから、胴体ごとベルトでしめつけた。敢えて左手は自由にさせる。念のために、両足首をズボンで椅子の柱に縛っておく。しかるのちに、パソコンを起動した。


 画面に現れたアプリケーションから、この部屋が恵みの大地における衛生管理室であり、つまりは夢矢に割りあてられているのがはっきりした。狭くはあっても、自分専用の仕事部屋が与えられるのはかなりな厚遇だ。同時に、あの性格では一緒にいる人間の方が耐えられないのも容易に想像できる。


 ともかく、ワープロソフトをたちあげてから、花坂は浮島を乱暴に揺すった。起きるまでとにかく揺さぶりつづけた。


「う……ううう……」

「おい、あの二人を起こす要領を知っているか?」


 椅子を回転させ、花坂は塚森達を浮橋に見せた。


「う……」

「時間がないんだ。今度は腕を折るぞ」

「ひ、ひっれ……」

「はい、いいえは首を振って示せ」


 浮橋は、首を縦に振った。


「なら、要領を簡潔にそこのパソコンで書いて説明しろ。いっとくが、わざと能率を落としたりしたら一本ずつ指をへし折る」


 脅してから椅子の向きをパソコンに据えると、浮橋は左手を使って不器用にキーを叩いた。時間はかかるが、どうしても知っておきたい。黄金がありのままの事実を包みかくさず述べるかどうか、ある程度は判断する基準になるからだ。


『知っています』

「なら教えろ」

『解毒剤を注射するか、ほうっておいても二時間ほどで目を覚まします』

「解毒剤? 薬品でも注射したのか」

『はい』

「さっき、俺をだまそうとしたやり方でか」

『はい』

「具体的には、どんな薬品だ?」

『睡眠薬です』


 つまり、時系列として、塚森と小角は予定通り花坂のあとを追った。

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