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筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します  作者: 堅他不願


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第24話 餓鬼道の債務者 その一

 とはいっても、車でいくのは馬鹿げていた。浮橋か、浮橋に味方する人間が……または、人間以外の何者かが……ある程度の力を持っているのは間違いない。往復の時間を差しひくと、たかが一時間でどうにかなる相手ではない。


「小角さん」

「はい、わかっております」


 市宮のときに発揮した力を、小角はためらいなく使った。無論、浮橋と会ったことはない。顔と名前さえはっきりすれば因縁をつなげられるところまで彼女は成長していた。


 小角の正面に、暗紅色の扉が浮かんだ。地面から数十センチほどの高さにあり、直径二メートルほどの完全な円形をしている。観音開きで、左右に引き輪がついており、模様はなかった。 


 小角は両手で引き輪をそれぞれ持ち、扉を開けた。とたんに、食べ物を噛んだり飲んだりする音が雪崩れこんできた。扉のむこうは、真っ黒な渦が巻いているようにしか見えない。


 花坂は、敢えて扉から視線を外した。そもそもこの辺りは、お世辞にも賑やかな場所ではない。その反対だ。それでも、『人間の世界』ではある。思えば、恵みの大地に直行したときですら、その要素はあった。この扉をくぐれば、もう当分帰っては来られないだろう。


「たぶん、浮橋さんという人は恵みの大地にいるはずです。これをくぐれば本人の居場所まで直行できます。車は必要ございません。でも、そこは恵みの大地の隠された姿となります」


 小角は花坂と塚森にそう説明した。


「隠された姿?」


 花坂からすれば、わかるようなわからないような表現だ。


「簡単に申しますと、恵みの大地が、勝島所長や桑葉のような運営側にどう思われているかが実体化した世界です」

「なるほど。だから飲み食いする音がするのか」

「それだけじゃないみたいだね」


 塚森は、さりげなく釘を刺した。


「他にどんなことがあるんです?」


 花坂は、どんな細かいことでも事前に知られることは知っておきたかった。


「隠されていようといまいと、恵みの大地にいくからには、浮橋だけがいるとは限らないよ」


 そう。夢矢や桑葉がいる可能性も当然ある。


 残り時間が一時間五十六分になった。


「俺が先にいきます。次に先生、最後に小角さんで。恵みの大地でやってもらったみたいに、お二人の支援が欲しいです」

「わかった」

「はい」


 夢矢と戦ったときの力が、ふたたび花坂にもたらされた。それはそれで重要だが、本来は特別な力のない花坂なら、むしろ『的』になることで相手のそれを暴露させられる。小角がやられたら帰ってこられなくなる。そうすると、花坂の考えがもっとも妥当だ。


「先輩、お気をつけて」


 小角の声援に、本当は何か気の利いた返事をしたかった。しかし、そう易々とは思いつけなかったので、黙って笑ってから扉をくぐった。戸口のむこう側にでてすぐ、扉は消え、新たな空間に花坂はいた。


 生活相談所の二階にある倉庫で、花坂は六道輪廻図(ろくどうりんねず)を見たことがある。先代所長が仏僧をしていた都合で、そうした資料もいくつかあった。


 六道輪廻図とは、読んで字のごとく、六道輪廻を図解したものだ。人は地獄、餓鬼(がき)、畜生、修羅、人間、天上の六道を輪廻し続ける。悟りを開くことで初めて輪廻を抜けられ、極楽へいくのである。


 恵みの大地の『隠された姿』とやらは、餓鬼道そのものだ。そこかしこに、腹だけが膨れ上がった緑色の餓鬼が座りこんでいる。入ってきた扉と同じ、暗紅色をした雲に覆われた空が広がり、黄土色の地面には草木一本生えていない。ところどころに、糞尿に満ちた水たまりならあるが、とても近づく気になれない。


 餓鬼の一部は、痩せほそった指で土をほじくり返しては干からびた口に入れていた。肉や野菜を噛み砕くような音だけはするが、土は土である。味もしなければ滋養になどなるはずがない。それでも餓鬼は土を食べていた。また別な餓鬼は、水たまりの水をすすっている。


 そして、鼻が曲がるどころか抜けおちそうな臭気。もっぱら腐臭や汚物臭が主成分のようだが、目の前の光景からして当然だろう。


「ここの職員が、利用者さんをどう考えているのか丸わかり」


 いつの間にか、塚森が隣にいた。


「あくまで運営側の視点であって、利用者さんは、恵みの大地をこんな風には考えてませんよね?」


 花坂は、せめてそうあって欲しいと思った。


「だと思うし、リハビリや養生に一生懸命な人達だっているはずだよ。だから、ここまで極端になるのは意外かな」


 その矛盾にこそ、大地の恵み……引いてはTWCの重大な謎が秘められていると、花坂は直感した。


「あっ、夢矢だ」

「えっ!?」


 塚森が指した方向に視力を集中しようとしたとき、当の塚森自身が燃え始めた。


「ぎゃあああぁぁぁっ!」


 文字通り、化けの皮がはがれ、一匹の小鬼が煙をあげてくすぶりながら倒れた。小鬼は夢矢が使役するそれと寸分変わらない。もっとも、地面に伏してすぐ、どろどろに溶けて消えた。


「花坂君! そいつは偽者!」


 全身に炎をまとった塚森が、走りよってきた。


「先生!」


 花坂は、まさに地獄ならぬ餓鬼道に仏といったていで塚森と合流した。かと思いきや、塚森の頬を殴りとばした。


「ぐわぁーっ!」


 これも偽者だった。塚森を装う皮……材質が何なのかは知らぬが仏か……がずるりとむけて、夢矢の小鬼が地面に投げだされる。花坂は無言で踏みつぶした。


「つまらねぇ小細工はやめろ、清潔オタク。どうせ餓鬼のふりをしているんだろうが」

「よくぞ見ぬいたな」


 水たまりの水を飲んでいた餓鬼の一匹が、手で口元をぬぐいながら立ちあがった。


「お前……夢矢か?」


 綺麗好きの権化が、下水そのものを飲むこと自体、理解できない。


「そうだ。悪いか!」

「ああ、餓鬼はそもそも悪党がなるものだからな」

「これは一時的な懲罰にすぎん! そんなことより、どうやってさっきの罠を見破った!」

「先生は、俺が買ってきたシャワーコロンを使ってる。さっきの二匹は、なんの香りもしなかった」


 隠すまでもない。花坂はあっさり真相を明かした。


 それより重要なのは、夢矢が口走った『懲罰』だ。花坂達が恵みの大地から去って、まだ一日とたってない。たしかに逃亡を防げなかったのは失態ながら、それをいうなら所長や桑葉も同罪となる。そんな短期間に、夢矢だけが餓鬼に()とされるのは無視できない違和感があった。


「ふんっ。いっとくが、施設でお前を助けたやり方なら対策ずみだからな」

「その対策ってのがさっきの小細工なら、お前が餓鬼にされたのも不思議じゃないな」


 しゃらくさく花坂が虚仮(こけ)にすると、夢矢だった餓鬼はたちあがった。この衰えた姿のどこにそんな力があるのか、しっかりした足どりで花坂めがけて走ってくる。彼を無視して、花坂は、さっき殴って踏み潰した小鬼を拾った。まだ生きているそれを、手近な餓鬼めがけて投げつける。二匹が激突するはずなのに、触れあった瞬間に消えてしまった。


 花坂は、半ば無意識に身体ごと百八十度うしろにむき直った。注射器を手にした若い女が、まさに自分に注射針を突きさそうとしているところだ。遠慮なくぶちのめした。黄金からもたらされた情報で、浮橋だと判明していたから。


 完璧なはずの奇襲を見破られ、顎を花坂の拳で砕かれた浮橋は、数メートルほど吹っとんで背中で地面を叩いた。相手は女性だが、花坂は一切手加減しなかった。自分が生き延びるために全力を尽くさねばならず、たまたまその対象が女性だったというだけだ。


 浮橋が倒れ、ふたたび花坂は振りかえった。自分を狙っていた餓鬼の姿はない。とはいえ、餓鬼道の空間にいること自体に変化はない。


「浮橋め。せっかくつきあってやったのに、結局このザマか」


 どこからともなく、夢矢の声がした。


「どうせこんなことだろうと思った。要するに、俺達がたどってきた因縁を逆用して、部分的に幻覚を見せたんだろう」


 つまり、餓鬼や餓鬼道は『本物』だが、塚森や夢矢だった餓鬼は偽物だ。それらを用意して操るのが浮橋の特色なのだろう。もっとも、注射器を使おうとするところからして、夢矢ほどの強さはない。


 こちらが任意の対象に会う力があるのと対等に、先方にもそれを干渉する力がある。市宮との対決でもそうだったが、彼らは仲間内で同じ因縁をある程度まで共有できるようだ。


「けっ。あんないじましいドケチ人間なんて、しょせんは前座だ。どのみちお前はおしまいなんだよ!」


 声だけ聞かせていた夢矢が断定するや否や、目につく範囲の餓鬼という餓鬼が互いに集まり始めた。

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