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風の道を走る  作者: メガネ3353


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第六章

春の訪れが、かすかに山を包み始めた頃だった。

咲は小さなカフェで、一枚の手紙を手にしていた。

差出人は、都会で働く昔の恋人――拓海だった。


「お前、いつまでそんなところにいるんだ?」

便箋には、そう書かれていた。

「今度、こっちで仕事の話がある。戻ってこいよ。お前がいたら心強い。」

数行の文字が、妙に軽やかで、それでいて心を乱した。


咲は手紙を折り、テーブルの上に置いた。

外には、佐伯のバスが止まっているのが見えた。

小さな集落の停留所。誰もいないベンチ。

ふと、あの日の夜を思い出す。


一度だけ、咲と拓海はこの村で再会したことがあった。

昨年の夏、咲が東京に戻った時、偶然再会し、少しだけ気持ちが戻りかけた。

そして拓海が言ったのだ。

「もし無理なら、いつでも帰ってこいよ。お前、田舎で潰れちまうタイプだろ。」

その時は笑って流したが、心の奥底には、彼の言葉が刺さっていた。


「……佐伯さん。」


咲はふとバスの座席で声をかけた。

信一はちらりとミラー越しに彼女を見たが、特に何も言わなかった。

咲は少し迷いながら、ぽつりと口を開いた。


「私、多分、村を出るかもしれないです。」


信一は表情を変えず、前を向いたままだった。

ただ、指先がわずかにハンドルを強く握り締めた。


「……理由は?」


咲は窓の外を見ながら、小さな声で答えた。

「…好きな人がいて、その人が戻ってこいって。もう一度、東京でやり直せるかもしれなくて。」


しばらく沈黙が続いた。

エンジンの音だけが、二人の間を埋めていた。


「そっか。」

佐伯の声は、いつもより少し低く響いた。


咲は思わず佐伯の背中を見つめた。

何か言葉を待っていたのかもしれない。

けれど、佐伯は何も言わず、ただ前を見つめたまま、バスを走らせ続けた。


山道のカーブを抜けたとき、咲は胸の奥に、かすかな後悔と、誰にも言えない寂しさを感じていた。

窓の外では、春を告げる梅の花が、かすかに風に揺れていた。

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