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風の道を走る  作者: メガネ3353


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第五章

雪のちらつく早朝。

エンジンの音が冷たい空気の中で震えていた。

佐伯信一はバスのハンドルを握りしめ、深く息を吐いた。

手のひらの痛みが、じわりと骨の奥にまで染み込んでいる。

最近、指先のしびれが取れない。肩も重く、視界もぼんやりと霞むことが増えた。


「……これじゃ、事故でも起こしかねんな。」


ぼそりと呟いた声が、誰もいない車内に溶けた。


その日の午後、役場から一本の電話が入った。

「佐伯さん、そろそろ次の後任を決める時期かもしれませんね。」

淡々とした職員の声が、妙に現実感を帯びて心に突き刺さる。


「後任……。」

受話器を置いた後、信一はバスのシフトレバーにそっと手を置いた。

長年握り続けてきた金属の感触が、妙に重たく感じられた。


数日後の夕方。

咲がバスに乗り込み、信一の顔を見て不思議そうに眉を寄せた。

「佐伯さん、何かあったんですか?」


「……いや。」

信一は短く答えたが、その声はどこか沈んでいた。

しばらく沈黙が流れた後、ぽつりと口を開く。


「俺ももう、そろそろ引き際かもしれんと思ってな。」


咲が驚いて顔を上げる。

「引き際って……バスの運転、やめるんですか?」


「分からん。ただ、体がな。最近、思うように動かんことが多くてな。」

信一はハンドルを見つめ、ゆっくりとその表面を撫でた。


「でも、佐伯さんがいなくなったら……このバス、どうなるんですか?」


咲の声は震えていた。

信一は答えず、窓の外の山影をじっと見つめた。

枯れ木が風に揺れ、薄暗い雲が低く垂れ込めていた。


「そうだな……どうなるんだろうな。」

その言葉は、自分自身に向けた問いでもあった。


車内には、ただバスのエンジン音が響いていた。

微妙な距離感が、少しだけ、重たく、胸にのしかかる。

それでも、バスは次の停留所へ向かって進んでいた。

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