第四章
夕方、バスの最終便。
日が傾き、オレンジ色の光が車窓を染めていた。
信一は無言でハンドルを握り、咲は前方の座席で膝の上のノートを閉じた。
車内には、古びたバス特有の匂いと、微かな暖房の音だけが漂っていた。
「……佐伯さん。」
咲が不意に口を開く。
「今日、学校の跡地を見てきたんです。誰もいなくて、校庭に草が生えてて、ちょっと寂しかったです。」
「そうか。」
信一の返事は短い。
それだけで会話は途切れ、車内に沈黙が落ちる。
咲は何か続きを言おうとして、口をつぐんだ。
そして窓の外に目を向け、ゆっくりとつぶやいた。
「……佐伯さんって、昔はどうだったんですか? 夢とか、あったんですか?」
信一はミラー越しに咲の顔をちらりと見たが、視線をすぐに前に戻した。
しばらくして、低く呟くように答える。
「……夢なんて、たいそうなもんじゃない。ただ、村から出たかっただけだ。」
「それで、出たんですね。」
「そうだ。」
「……で、戻ってきたんですね。」
「ああ。」
咲は小さく笑ったが、そこにあったのはどこか寂しげな笑みだった。
信一も、それ以上何も言わず、ただ黙って前を見つめた。
微妙な距離が二人の間に流れる。
埋めるべきか、埋めなくていいのかも分からない、そんな距離。
けれど、同じ車内で過ごす時間が、少しずつ何かを動かしているような気もした。
停留所に着き、バスが止まった。
咲が立ち上がり、降り際に小さく言った。
「……また明日、お願いします。」
「おう。」
短いやり取りだったが、信一はふと、窓越しに見送る咲の姿を、バックミラーで長く見つめてしまった。




