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風の道を走る  作者: メガネ3353


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第二章

バスは山道をゆっくりと登っていく。

枯れ草の匂いが車内に漂い、暖房のかすかな音だけが響いていた。


信一は、ふと遠い日のことを思い出していた。

あれは、二十年も前のこと――。


東京の雑踏。

夜遅くまで光るネオンサインの下で、信一は工事現場のヘルメットを脱ぎ、汗をぬぐった。

作業着のポケットから出したスマホには、一本の着信履歴が残っていた。

「母さん」

数時間前の発信履歴。出ることも、折り返すこともなかった。

理由なんて、なかった。ただ、忙しさにかまけて放置していただけだった。


翌朝、同僚の「おい、実家から電話だぞ」という声で現場事務所の電話を手に取ったとき、信一の心臓は一瞬止まった。

「親父が倒れた」という声が、受話器の向こうから響いてきた。


信一の心臓が、今でもあの時のように鈍く痛んだ。

あの頃の自分は、何を考えていたのか。

都会の喧騒に紛れ、自分の居場所を必死に探していたつもりだったが、結局は何も得られなかった。

親父が倒れ、村に戻った時には、もう病院のベッドの上だった。

親父の手は冷たく、母は肩を落とし、村の空はあの日も灰色だった。


「なんとなく、か……。」

佐伯は、誰にも聞こえない声で呟いた。

窓の外、冬枯れの田畑の向こうに、あの日と変わらない小さな集落が見えていた。


「佐伯さん、次のバス停で降ろしてください!」

咲の声で、信一はハッと現実に引き戻された。


「ああ……分かった。」

ブレーキをゆっくり踏み込み、バスはカーブの途中で止まった。

咲がノートを胸に抱えて立ち上がると、信一はミラー越しに言った。


「……小田切さん。」


「はい?」

咲が振り向く。


「そんなに気張るな。お前が変えようとしなくても、この村は、なんとかなるもんだ。」


咲は驚いたような顔をして、それから笑った。

「……分かりました。」


ドアが閉まり、バスは再び山道を走り出す。

信一は前を見つめ、ただ無言で、ハンドルを握り締めていた。

エンジンの音が、心臓の鼓動のように、どこか頼もしく響いていた。

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