12 見て聞いて触れて嗅いで味わえ。
「なにがっ! これなのだっ!?」
彼女は言葉に合わせて俺を両手で跳ね除けた。
それで気がついたが、彼女に接近し過ぎていた。悪い癖だ。集中して考え出すと時たま周りが見えなくなる。
「失礼しました。しかし参りました。先生の魔法を防ぐにはもっと勉強しないと難しそうです」
「そそそっそんなことより、いいい、いきなり近づいて、キキ、キ――」
どんどん声が小さくなって聞き取れない。
「キ?」
「もういい!! なぜ私の魔法を防げないんだ!?」
「それは……」
ああ、考えてみれば、そもそも同じようには防げない。想像してみると、考える人で炎の全面を押しても進行を止められないし、方向も変えられない。きっと炎は考える人を飲み込むようにして進んでくるだろう。演習が終わった時、水より炎の方が質量的に軽いので最適だったかもしれないと反省したが、水龍を選んで正解だったな。
「それは先生の魔法が――」ここで正直に理由を言ったら、またつっかかってきて長くなりそうだな。
「なんだ? 私の魔法が?」
「先生の魔法が素晴らしいからです。生徒の魔法を防げても、先生の魔法を防ぐのは流石に……」
「フンフン! そうかそうか! ならいい!!」
「……」
さて、すっかり忘れていたが演習の時に聞いたり見たりした「魔素を練る」という行為。俺もこれをすれば強い魔法が起こせるかもしれないと、演習の時にも思ったわけだが、先ほどの水龍の考察を元に考えてみれば、魔法の強さや大きさがどーのこーのという単純な話しではない。もはや次元が違う魔法が可能になる。実際に魔素を練って使ったわけではないから断言できないが、十中八九リースの水龍マジックは魔素を練る事で可能なのだろう。
「ところで、先ほどの炎は魔素を練っておこなっていましたか?」
「ん? さっきのは少しだけ練っていたかな」
ふむ。彼女は目を瞑っていなかったが、瞑る必要はそもそもないのか。となるとイメージの構築や、魔素の練りやすさに関係するだけか。
「そんなことより何をしていたか知らんが、もうここには来るな。怪しすぎるぞ!」
「もうそれとなく分かっているでしょう? ちょっと魔法を試してみたかったんですよ。一人で」
「だったら他所でやればいい。ここじゃダメだ! 校庭でやればいぃ…………にゃん玉!」
険しい表情から一転、顔を綻ばせた彼女の視線は俺の足元へ。見ればそこには猫がいた。
にゃん玉ねぇ。ずいぶん可愛い名前をつけてるな、と思った矢先、にゃん玉は俺に飛びついてきた。両手が胸に、両足は腹に、爪を立てて引っ付いて上目使いで要望してくる。撫でろと。
俺は片手でお尻の背側から軽く支えると、もう片手で頭を撫で、鼻筋を撫で、喉を掻いてやる。にゃん玉は目を瞑ってゴロゴロと喉を鳴らした。
「おっ?」
もう一匹現れた。背中に飛びつき、ササッと肩まで登ってきた。コイツは俺の頬に頬ずりしてきて尻尾を頭に絡めてきやがる。まったくこいつら……、超可愛いな!
「おい! にゃん玉にゃん吉を降ろせ! それは私の――!」彼女は両手を胸の前で握りしめ、メチャメチャ羨ましそうにしている。
「うーん。かわいいし、もうちょっと」
すると彼女は小さく舌打ちしてしゃがみこみ、鞄から紙の包みを取り出して地面に広げた。途端に猫たちは俺を跳ね除けるようにジャンプ。その包みの方へ飛んで行った。
「なるほど。先生は餌やりにこの場所に来たんですね」
「……誰にも言うんじゃないぞ」
「どうしてですか? かわいいし、別に誰も気にしないでしょう?」
「気にするんだよ! 学院長がっ!!」
それは意外だ。猫アレルギーか何かだろうか。魔法使いといえば猫はセットだろうに。あ、それは魔女か。いや似たようなもんか?
その後、猫好きという所をからかいつつ、猫たちと戯れて彼女と仲良く? なり、人目につかない場所を教えてもらった。それがここ。俺の仮住まいの小屋の裏。教えてもらわなくてもそのうち分かりそうな場所だけに、案内されたとき微妙な表情をしてしまった。彼女は俺が小屋に住んでいる事を知らなかったのだ。
猫好きの先生と別れたあと、空腹を堪えて試しておきたい二つの事をやっておくことにした。
一つ目。魔法の根源、魔素。これについてだ。
魔素を練るというのが魔法を行う上でいかに重要か、実験と考察でわかってきた。だからこそ魔素について知らなければいけない。
ダリウスとこの街に着いた時、門前広場にあった巨大な穴。たしか“大気穴”と言うそうだが、その穴から魔素が放出されているとダリウスは教えてくれた。これは魔素が空気中に存在している事を示唆しているだろう。大気という名称が付いているくらいだしな。よって魔素を練るというのは、空気中に存在している魔素を利用している可能性が高いだろう。多分。
とりあえず、感じた事もない空気中の魔素をなんとなく想像して、それらが手のひらに集まるようにイメージしてみよう。俺はとっくりと魔素が手の平にあると思い込み、その見えない魔素を掴みこむように握ってみる。軽めの握りから徐々に力をいれていき――。なんだ!? 手に纏わりつくこの感じは。
「…………手汗だな」
ギルドの美人係員や演習での生徒達を見る限り、魔素を練ると出現する空気の揺らぎ、陽炎。それが全く起きていない。まっ、わかっていたさ。なんとなくのイメージでは不十分ということだろう。ちなみに手汗以外に感じた事は、そよ風が手を撫でていった事ぐらい。ひょっとして、手で感じようとするのは間違いなのだろうか? 美人係員の時は陽炎が体全体から出現していたが、リースや先ほどの先生の時も手。演習の時も手の動作から魔法を始める生徒が多かったが……。
いいや、待てよ。俺がエンボス魔法や土魔法を行なう時は手の動きは特にしていないが、それでも魔法は起きているじゃないか。というか今まで魔法した時に、ただの一度も魔素を感じた事がないというのは不自然じゃないか? 魔法に自然不自然もないかもしれんが。
ともかく、大気穴の件から空気中に魔素があると仮定するならば、やはり気体のはず。――うん。匂いを嗅いでみても無臭。触覚的には風しか感じない。普通の空気としか思えない。
他に何か神経の種類はあっただろうか。……あ、違う違う。感覚器官がそれぞれの神経と繋がっているわけだから、この場合は神経じゃなく、他の感覚器官で魔素を感じ取れそうな何かってことだが。
無いな! 俺の体には、透明かつ無臭の気体を空気中で判別する器官はない。じゃあこの世界の人間にしかない、特別な神経や感覚器官が存在していたらどうだ?
無いな! 異世界人の俺が既に魔法を使えているわけだから、この世界の人間のみに存在する特別な器官なんてない。こういう生物的な線は無さそうだぞ。
「ハハハハ」自分の取り留めもない考えに笑って――。
ちょっと待て。果たして自分の体は変わってないと言いきれるのか? 変わってるんじゃないのか? 異世界に来て、魔法が使えてるんだぞ?
「……嘘ダぁ」
動揺して声が浮ついてしまった。。
深い溜息を吐いてモヤモヤを終わらせる。出ない答えを探していても仕方がない。二つ目の実験に取り掛かろう。魔法の距離についてだ。
これは演習の時、水龍を分裂させた時から気になっていた。実験の仕方は、土魔法で作った考える人を直立状態で維持しながら自分が後退する。これで考える人の反応を観察すれば魔法の届く距離が明確にわかるはずだ。逆に彼を歩かせて自分から遠ざけても解る事だが、歩かせる事に多大な時間がかかると予想できるので自分が動くことにした。
そして実験は順調に進み、いくつかの発見を得た。まず、十メートルぐらい離れた所で、考える人の下半身にいくつもの亀裂が入った。恐らく自重に耐えられなくなったのだろう。そこからさらに距離をとると、それまでギュッと身が詰まっていた表面の土が、柔らかいものへと変化した。まるで耕した畑のようになり、自然と土が零れ落ちていく。この表面変化は土魔法による粘土化現象が解けた証拠だ。
よって十メートルが魔法の届く距離だ。今朝木の幹に対して行なったエンボス魔法の時や、演習時に水龍に行なったエンボス魔法の時も同じくらいの距離だった。
念のため、その十メートル地点で考える人の腕を上げ下げする操作魔法を数十秒以上念じ続けてみた。するとやはり時間をかけることで、僅かに考える人の腕が動いた。粘土化の土魔法のかけなおしも、同様に時間をかければ復活した。
つまり魔法の種類に限らず、即効性のある魔法距離は十メートル未満で、それ以上は極端に魔法が掛かりにくくなるという事が分かった。
距離と時間ときたら、次に注目すべきは速度だろう。術者から発動場所までの速度について一旦思念速度と呼称する。実際、魔法を起こすためにやっている事はイメージだけなので、思念のようなものが飛んでいくと捉えても間違いじゃないだろう。で、この思念速度は距離に伴って一定的に落ちていく、というわけではないようだ。ギルドカードをエンボスした時や、足元でやった土を盛り上げ魔法(土魔法)等、一メートル以内の近距離で行う魔法の場合、瞬時に発動するわけだが、五メートル程の距離でもほぼ体感的には変わらない。しかし八メートル前後から一気に速度が落ち込むのである。
結論。思念速度は加速度的に減速している。原因は不明だが、魔素に由来した何かか、距離に応じて思念自体が弱くなっているのかもしれない。
夕焼けの空を彩る赤。そこに夕暮れの青紫が侵食していく様子に少し見惚れたあと、俺は駆け足気味で食堂に向かった。
――晩御飯は美味しいのに、気分は晴れないな。
俺は今日の経験で魔法がより身近になったのを実感して、色々と考え込んでしまった。考え事は紆余曲折を経て、最終的には身辺事情にいきついた。
もしもこの仕事が終わった時。もしくはこの仕事がダメになった時、自分の生活を考えるとぞっとする。最悪その日のご飯にありつけないかもしれない。この衣食住付きの仕事がぽしゃったら本当にやばいぞ。今の所いくら考えても日本に帰る方法は分からない。それが分かる日まで、この異世界で何とか生き残る術を身に付けなければ本当に死ぬ。何か商売を始めるにしても、この世界の知識が足らない。魔法の知識はここで得られるが、それで事足りる程甘い世界ではないだろう。
「…………」
頭が痛い。いや、本当に痛くなってきた。今の俺にはこの学院と冒険者ギルドしかない。学院で暮らせる今の内に、ギルドで他の仕事も経験して教養を深めるべきだな。
「なんて顔で食べてんだい!! まずいのかい!?」
「ブボッ」
ふいに背中をバシッと叩かれ、ご飯が吹き出た。むせながら振り返ってみれば、面接の時に出会ったお茶目なおばちゃんがいた。あの時も突然背後に現れたけど、どうしてそんなに気配がないんだ。
「――と、とんでもない。凄く美味しいですよ」
「じゃぁ何さ。悩んでんのかい? おばちゃん相談のってあげる」
まるで語尾にハートがついていそうな言い方。強制的に暗い悩みから解放されていく。
「ありがたいですけど、おばちゃん、少し怖いんですよねぇ」
「なんだって~?」
おばちゃんは慣れ慣れしく肩もみしてきた。だが痛い。怪力すぎる。HP200くらい減った。けど、気力が100上がったような気がする。
「ありがとう、ございます」




