11 盲目な魔法
「う~ん。できちゃったな」
あっけないほど簡単に地面の土が隆起した。
「……なんでだ?」
疑問の答えはどこからも聞こえてこない。俺はどうしようもない気持ちを、鼻から息を出して紛らわした。
学院は既に放課後となっており、ほとんどの生徒が下校。帰りがけの教師も見かけた事だし、多分本日の仕事は終業した。と言うのも、特に上司らしい上司もいないし、タイムカードなんて無い世界だし、問題ないだろう。一応教員室というか、事務室らしき場所に顔を出してみたが、特に咎められなかった。
そんなわけで俺は一旦自宅の小屋に帰り、夕飯までゆっくりしようと考えたのだが、全くもって落ち着かなかった。なぜなら地球の事とか異世界に来た理由とか、どうしても不安な事ばかりが頭によぎり、その内容もネガティブな方向へいってしまう。どうせ寝る時に考えてしまうから時間の無駄だ。
そこで今日の見学を踏まえて学院の中庭で魔法の実験をすることにした。中庭は三つの校舎の中央にあり、ちょっとした雑木林になっていて小道が通っている。俺はいくつかのベンチを通り過ぎて人目を嫌って林に入り、適当な場所を見つけた。
で、実験というのは主に土魔法についてだ。見学の時、土人形を造るところまではできたが、動かす所まではやれていなかった。そしてたった今、足元に行った魔法。土を下から盛り上げ魔法。略して土魔法を全く苦労せずにできた。ちなみにこれには別名が二つもある。エンボス魔法とも言えるし、操作魔法とも言える。やはり魔法を一つにカテゴライズするのは難しい。造形魔法と考えたエンボス魔法だって、場合によっては操作魔法になり得る。
それではこの隆起させた土を宙に浮かせる浮遊魔法に挑もうじゃないか。これは超能力や念力みたいな魔法だが、演習の時に浮遊していた水龍を間近で見て、俺にもできるんじゃないかと。
――そう思ったんだけどな。浮遊しないね。
懲りずにしばらく浮遊の魔法を試みたが土は浮かばなかった。思い浮かべた浮遊のイメージが弱い? 間違っている? 具体的にイメージしているつもりなんだが、出来る理由も出来ない理由も分からないから、俺が出来る魔法と出来ない魔法の関係が全くわからん。単にイメージの問題じゃなく、他の要素もあるのか? イメージの問題だったとしても、この脳内活動がどういう仕組みを経て魔法として現実に顕現するのかが分かっていない。ゆえに解決策の検討もつかん。判断材料をもっと増やさないとダメだ。
さくっと諦めて次いってみよう。土人形を作ろう。今回は考える人だ。集中して見学の時と同じイメージ方法で魔法を行う。
――おおおっ!
俺は土の複雑な動きに目を奪われ歓声を上げた。考える人は地表の土を跳ねのけ、地中からボコボコッと湧き上がって造形されていった。加えて見学の時よりも出来が良い。なんでだろう? イメージのしやすさだろうか? それともこの土が魔法に適した土なのか? ……どっちも当てはまりそうな気がしないでもないが、そうじゃない感も拭えない。
謎が謎を呼んでくるばかりだな。とりあえず実験の目的までたどり着いたんだから、早速操作魔法をやってみよう。考える人は岩のような形をした土に腰を下ろして頬杖をついている。この考える仕草を特徴的に表している頬杖。この腕を下ろしてみよう。
――あっ。
腕が結構な速さでありえない方向に折れ曲り、肘からもげてしまった。もげた腕はドサッと音を立てて鮮やかに地面に散り、腕の支えが無くなった頭は首の部分から不自然にずれてしまった。
動かせた事は喜ばしい。だが所詮は土。非常に脆いようだ。俺はその光景をしばらく見つめたあと、近くにあった切り株に腰を下ろして一考した。
例えばゲーム等で見受けられる岩石で造られたゴーレム。角々しい奴だ。そのゴーレムの可動部分はどこかというと、やはり岩石の繋ぎ目を境にして動きそうだ。では、この土人形の繋ぎ目はどこか? という訳なんだけど、土はあらゆる物質が細かく密集していて、岩石ゴーレムのようにわかりやすい繋ぎ目はない。その辺をうまく解消できるイメージが重要な気がする。
しばらくして、一つアイディアが思い浮かんだので切り株から立ち上がる。もしかしたら実際とは違うものの、粘土のイメージをすればうまくいくかもしれない。早速俺は土人形が粘土で造られているとじっくり思い込んだ。すると彼の体表面がみっちりと引き締まったのが見て取れた。
あっけないほど思った通りに魔法がかかったな。これならいける。絶対にいける体つきだ。彼を立ち上げてみよう。
「――――おお! こいつ、動くぞああああ!?」
言ってる間に考える人は前のめりに倒れてしまった。不自然にずれていた頭は遂に体と決別し、地面を転がりながら溶けるように土に還った。
理由は簡単。ただの不注意だ。俺が行ったイメージを座りの状態から言うと、上半身を前のめりにして膝からグッと立ち上がる。その過程で両腕を膝において踏ん張るようにイメージしたわけだが、一つ前の失敗によって片腕がもげて無くなっていたので、初めから踏ん張れる腕が一本なかったのだ。
考える人は地面に膝を付いてから倒れたため、その衝撃で両足は折れて千切れた。上半身は辛うじて原型を保って俯せの状態。さらに考える人が座っていた岩のような物は崩れてただの土山。
ああ……出来が良かっただけに、なんだか痛ましい。そして不甲斐ない。
ここまでをまとめると、単調な動きならばあっさりと操作可能だが、複雑な動作は難しくて時間を要する。また土を動かすという点においては操作魔法だが、粘土をイメージする事で起きた土の変化。その点だけは土魔法だと認識できた。
ひょっとすると土魔法の授業で予め机の上に用意されていた土は、粘土のような特別仕様の土だったのかもしれない……と思ったがすぐに考え直した。それだったら水魔法の授業みたく、粘土を魔法で生成すればいいだけだ。なんでわざわざ用意してたのよ?
疑問が消えないどころか、疑問がしつこい! いちいち煩い! 俺は頭を左右に振って湧いてくるハテナを他所へ飛ばす。考え事は最後でいいから、さくっと彼を修復だ!
――周囲の土が考える人へ吸い込まれて、みるみるうちに無くした欠損部位が再生されていく。そのうち周囲から手繰り寄せた新しい土が多すぎて、彼の体が若干埋もれてきた。
よし。これで十分だろう。片膝を付いてからの屈伸。これで考える人を立たせる。俺は自分の体を使って練習した後、慎重にイメージを起こして魔法を行なった。すると考える人は、余分な土を地面に落としながら不気味に立ち上がっていく。まるでハムナ○トラだ! アナクスナムーン!
「おい。何をしているんだ。こんなところで」
突然声をかけられて反射的に振り返ったが、すぐに顔を考える人へと戻した。危なかった。意識が離れた瞬間、彼はたちまち崩れ落ちそうになったからだ。俺は今一度、粘土のイメージで彼に魔法をかけた後、彼に気を配りながら今度こそ声の方へ振り返った。
そこには肌の浅黒い女性の先生がいた。演習の時に軽く挨拶した覚えはあるが、名前を覚えるのは苦手で思い出せない。しかし、これだけは明確に覚えている。そのときの彼女は髪を下ろしていた。今のようにポニーテールではなかった。
彼女は黒い半袖のシャツを着ていて、二の腕まで覆う黒い手袋をしていた。だが鍛えぬかれた筋肉はその上からでも十分判別できる。下は腰下で履くような浅いピチパンでヘソ出し。良い具合に腹筋が割れている。
そして重要なポニーは、赤茶の髪を少し高めの位置から一本に束ねテール! いいね! 凄く――。
「いいっ、いやぁ、なにもしてないですよ〜」
彼女は体育教師だろう。間違いない。
「怪しい。正直に言え! 何をしていた!?」
かなり強めな物言いをする方だ。というか、なぜ怒ってるんだ。
「えーっと、さんぽ? そう! 散歩してただけですよ!」と言ってみれば、彼女の視線は今しがた作り直した考える人へ向けられた。「こいつのことは気にせんでください! それより先生こそどうしてここに? こんな何もないところに何用で?」
彼女は肩から斜めにかけていたカバンを腰横から背中の方へ回した。
「わっ、私のことはいい!! その前に散歩の件が終わってない!! こんなところを散歩するわけないし、その人形は何なんだ!?」
お互いに喚き合う言葉の応酬は、きっと遠くから見れば痴話喧嘩のように見えるかもしれない。
「なんでもいいじゃないですか! 何でも!」
「なんでもよくない! 明らかに魔法をしていたのは見て分かるぞ。こんなところでなぜ土魔法をしている!?」
どうしたものかと黙って彼女を眺めていれば、なにやら考える人をチラチラ気にしているのが分かった。
「…………どうです? この造形。結構忠実な人型でしょう?」
「顔が気持ち悪い!」
ズバッと言われて少し凹むが、たしかに顔のパーツと呼べるものが考える人には無いからな。仕方ない。
「だが、立派な方だとは思うぞ。指もしっかり出来ているしな……。ところで気になっていたんだ。私の魔法も演習の時のように防げるのか?」
彼女は右腕の手を反対の左頬までもっていき、そこでぐっと拳を握った。そしてそこから滲み出る陽炎。
――えっ?
「やる前から壊れそうだぞ?」
彼女の視線につられて考える人を見ると、若干震えているのがわかった。このままでは崩れてしまいそうだが、いやいや、なんでだよ? 震えている彼を見ながら直立不動を意識した。だが良くならない。今にも足から崩れて倒れてしまいそうだ。
彼女はクスッと笑った。「緊張してしまうのも無理ないか」
緊張? そりゃいきなり目の前で魔法を使われそうなんだから……あ。俺が原因という意味なのか? だとしたら。
大げさに深呼吸して心を落ち着かせる。彼女は教師で敵じゃない。同僚だ。怪我を負わせるようなことはしないはず。大丈夫大丈夫――。俺は無感情のまま、考える人を直立させるという事だけを考えた。その途端、考える人は直ちに大地を踏みしめ直立不動となった。
……意外にナイーブだ。
つまり俺の精神状態によって考える人もその影響を受けるという事らしい。無意識で気が付かなかったが、影響を終始受けるという事は、操作魔法は持続。あるいは維持されるものらしい。だからこそ俺の精神状態に左右される。実際、先生が登場した時のように彼への意識を手放そうものなら、途端に考える人は倒れてしまう。
「準備はよさそうだな。火の魔法だ」
彼女はそれだけ言うと何の前触れもなく、上げていた腕を袈裟斬りするように斜め下へ振った。同時にポニーテールが左右に揺れて、その手元から炎が吹きあがった。あまりに突然のことで何もできなかったが、唖然としていたからか、瞬きもせずに両目でその一部始終を捉えていた。そして数秒遅れで熱気がわっと襲ってきて我に帰り、考える人は炎に包まれ燃え上がっていた。
「…………へぇ。燃えるんだな」
土だから燃え続ける要素はあまりないはずなのに、一向に炎は弱くならない。
「おい! なんで防がないんだ!? 期待はずれじゃないか!」と、ムスッとした表情で言われた。明らかにご機嫌斜めだ。
「いきなりそんなの無理ですよ。というか危ないですよ。てっきり自分がやられるのかと思いました」まんま思っている事を口にだした。
「そんな事するわけないだろ! 私は教師だぞ!」
「じゃあ、ちゃんと説明してください。いきなり攻撃まがいな事をした理由を!」
「フン。言っただろう。演習を見て私も試してみたかったんだ! 冒険者の魔法なんて目新しくないと思っていたからあれには驚いた。他の先生方も試してみたいと言っていたぞ」
やっかいな話だ。
「それにしても、いきなり炎を浴びせてくるなんて、やりすぎじゃないですか?」
「そっ、そうかもな! すまない」
謝ってくれた。意外に素直。初めから言ってくれよ。肝が冷えたわ。
「周りの木々に延焼したら大変ですよ」
「私は火の魔法を専門としている教師だ。そんな事になる前にいつでも消せるぞ」
失礼な事を言ってしまったようだ。そりゃ消化も簡単に魔法で出来るよね。じゃあなんで消さない? と、未だに燃え盛る考える人に視線を向けたあと、再度彼女へ視線を戻した。
「私は魔法を止めないぞ。“先生”のやり方を見たいからな!」
なるほど。一つ前の「いつでも消せる」という言葉の意味は、水か何かの魔法で消化できるという意味ではなく、彼女が火の魔法を持続しているのを止めないという事か。だから燃焼しにくい土が相手でも関係なく燃焼し続けていると。こういう放出する魔法は、術者が放ってお終いなイメージだが、一度放った魔法を持続させる事もできるんだな。
「消さなくて良いのか? 次で壊れるぞ」
つぎ?
すると彼女はもっと燃やしてやると言わんばかりの意地悪な笑みと共に、再び手を頬へとやった。
……どうしても魔法で防いで欲しいらしい。まぁ、自分が狙われていない事は分かったので俺は頭を切り替えた。まず、燃え続けている考える人を消化しければならないが、ここに都合よく水はない。そして水魔法の見学で判明した通り、俺は水を作りだせない。だったら削りとってみるか――。
そうして思い描いた通り、考える人の表面が自身の土ごと地面に落下。燃えた事でカサカサした硬いものに変化したのか、ある程度塊でボロボロ落ちていく。
よし。これで大体火は消えたので、痩せてしまった体を太らせていこう――。サラサラと新たな土が考える人の体に登っていき付着していく。
これを満足そうに見た彼女はニッコリしながら、「いくぞ?」と言ってきた。
っ!? ちょっと早いよ! あー!? えっと!? と、とりあえず走れ! 走ってにげろ!!
しかし、考える人は走らない。なんで!?
俺は走る動作を瞬間的に思い起こして再度命令したが、考える人は両腕を前後にふって、片足を前に出して走り出すような姿勢を取っただけだった。
ちっがう! こうだよ。こういう感じで――。
ようやく考える人は、ぎこちなく大げさに腕をふって一歩、二歩と進む。
「……い、いくぞ?」
ぶっきらぼうな俺の魔法に困惑したのか、彼女は戸惑いながらゆっくり腕を振り下げた。
当然、考える人は炎に包まれた。
「あっつ!!」
考える人に近づいていたせいで熱気に耐えられず、一歩二歩と後退した。
「私の魔法は防げないみたいだな」
やけに嬉しそうな表情で彼女はそう言った。
ここでリースの水龍について考えてみる。
あの水龍は終始、彼女の思惑通り動いているように見えた。よって常に水魔法、あるいは操作魔法を維持することで水龍を動かしていた、と仮定する。そうなるとだ。よくありそうな動物を模した魔法は、それが自律的に動いているように見えても、実際は自律的に動いているかのように細かい操作魔法を常にしていたという事になる。
だが、この惨状を見ろ。走れと念じて、走るポーズしか取れず、もっと細かく念じてようやく不恰好に歩いた。いくら俺が経験の浅いペーペー新米魔法使いでも、リースと同じやり方をした結果とは思えん。そもそもここまで細かい作業が必要な魔法を、戦いの中でやり続けられるわけがない。戦術魔法学科という観点からもありえない。
それならばリースの方は、そのまんま自律的に動く水龍自体をイメージしていたかもしれない。たからこそ、あのように軽やかに動いていた? もしそれが可能なら、動きをつける魔法は随分楽になる。
さっそく普通に存在している人間をイメージしよう。これで勝手に土人形は動き出すかもしれない。
既に火だるまになった考える人は、焼け崩れて原型がないので再度新しく作り直した。
「なんだ。もう一度やりたいのか?」
――ダメだな。新しく作った考える人はまったく動かない。人ではなくロボットイメージでもダメだ。自律性を持たせる線は間違いだったのだろうか。リースはどうやってあんなふうに水龍を動かしていたのだろう。謎だ。この件も浮遊魔法と同じく、今考えても答えは出なさそう気がする。
浮遊といえば水龍も浮遊していたんだよな。先ほど仮定した考えだと、操作魔法を常に維持していなければ水龍は地面に落ち、水たまりになっていたのかな。いやちょっと待てよ。そもそもあの巨大な水龍を浮遊させるどころか、動かしていたんだよな? あの水量だぞ? 千リットル以上に及ぶかもしれない。すると重さも半端ないわけで、それを最終的には飛ばしてぶつけるという力技まで。
「おい。聞こえないのか?」
奇跡だな。いや魔法自体が奇跡の代名詞だが、理屈をふまえるとその奇跡の度合は半端ない。そして半端ないからこそ腑に落ちない! それほどの重量物が浮遊可能だとしたら彼を見てみろ! そうだ。目の前の考える人だ。今は考えてないけども! 彼はきっと数十キロの重さだ。だというのに立つだけで一苦労だったし、そもそも浮遊魔法を試した時の土の量はもっと少なかった。つまり水と土という対象の違いは関係ない。というか浮遊魔法や操作魔法においては、水という液体よりも固体として存在する土の方がイメージ的に遥かに簡単そうだ。となると術者の問題か? 経験や腕の差があるのは分かる。実際その差はかなりあるだろう。だとしても違いの幅が大きすぎやしないか?
リースの魔法と俺の魔法とでは、何かが絶対的に違う。目の前で起きた彼女の炎も、きっと俺とは何かが違う。
違いのヒントを探すため、俺は彼女に近づいて上から下までジーッと眺めてみる。「なっ、なんだ?」スタイルが良いくらいで特別変わった所は……。この長い手袋は少し変わってるな。腕を取って引き寄せて見てみる。「わわっ! ちょっ!?」手袋が肘上まであって大きいので、少しめくってみる。「おおおお、おいっ!?」いたって普通。綺麗な肌で火傷もしていない。あるかもしれないと思った魔法を増大するような呪文や刺青はない。
場所が違うのか? なら魔法発動時の手の動きからして顔? いや、首あたりか? ……首? 呪印か!?
彼女の顎に手を添えて「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?」首筋を観察するが……特に何もない。忍術の類でもないようだ。
俺は目を瞑り、リースとの演習を細かく思い出す。
「なななななななっなな何をするつもりだぁ!?」
あっ! そうだった! そうだった! 忘れてた! そういえばリースも魔法の前にこうやって目を瞑っていたじゃないか!
演習の時にあの爺さんが言っていた【魔素を練る】という行為。違いはきっと「これだ!」




