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これが最初の魔法論  作者: 界人 峻一
10/25

10 見学者の目


「変な格好をした若い子だと思っていたけど、不思議な魔法を使うのね。見直したわ」

「エイジ殿。あの魔法はなんじゃ? 障壁魔法かの?」

「足元で何かやっていたのと関係あるのか?」

 などなど。教師陣のテントに戻ると一斉に質問を浴びせられた。俺は「ごめんなさい。秘密です。でも、そんな大した魔法じゃないですから」と、にこやかに返答して有耶無耶にしておいた。魔法の詳細なんぞわからんし、会話からボロがでたら大変だ。

「皆に改めて紹介するわね――」

 学院長は俺の紹介で年齢をあえて言ったようだ。案の定、二十五という事に先生方は驚き、本当かとしつこく問われた。やはり若く見えるらしい。で、昨日の面接で言っていた通り、雑用等をこなすお手伝いさんとして紹介されたわけだが、最初の数日は学院の事を知ってもらうために授業見学を指示された。

 これでようやく学院のお世話になる事が決まったわけで、俺は少し大きめな息を吐いて緊張していた体をほぐした。

「カカカ。新米教師は朝からお疲れのようじゃの」

「ゆっくりこの学院に馴染んでいきましょう。期待してるわ」


 一息ついた後、授業が行われている学棟へ赴き、色々な教室を自由に見てまわった。

 事前に説明されていた通り、進学校のように感じた。理科室のような教室や、工作室のような専門教室もたくさんあり、設備が十二分に整っている。他の学校を知らないので比較はできないが、感覚的には公立学校と私立学校との違いに近いと感じた。

 教室のほとんどは階段教室になっており、円柱構造の校舎を生かした扇の形をしている。大学にありそうな大教室や講堂と一緒だな。午前中は学年ごとの必須科目を学び、午後から専攻学部ごとに別れて授業となる。午前の内容には、魔法だけではなく歴史や数学等、魔法以外の勉学もあった。おかげでこの世界の教育水準が少しわかった。薄々感じてはいたけど、やはり日本のそれと比べると低い。正直アホな俺でも教えられる事が結構ありそうだ。ギルドでお金の計算をして驚かれたのはこの辺りが理由だろう。

 それから生徒達についてだが、俺が見学のために教室へ入ると途端に注目を浴びた。ざわめき出し、演習の事で質問をしてくる生徒もいた。さすが十代。教室が一気に喧騒で一杯になった。だが授業が一度始まると一斉に静まり、熱心に授業を受ける。なんだ。優等生しかいないのか。と思ったのだが、優等生という言葉だけでは言い表せないクセのある生徒達も多かった。もちろん優等生といっても当然色々なタイプに別れるだろうが、中でも印象的だったのは、エリート感を漂わせる子達だ。実際エリートなのかもしれないが、誇りやプライドをわざわざ誇示しているかのような、いわゆる坊ちゃんお嬢ちゃんがいて、俺に対して見下すような視線を向ける子がいた。いやはや、十も歳下の子から蔑まれるというのは中々貴重な体験かもしれない。そういう子達は冒険者という職業を見下している節があって、もっといえば無価値だと思っているようだ。

 たしかに俺は見下されても可笑しくない。事実、ただ運が良くて学院に転がり込んでいる訳だし、別に不快だとも思わなかった。しかし、別の事で懸念はある。そういった生徒が複数いれば、生徒間でよくない上下関係が生まれていそうだからだ。イジメとかが横行してなきゃいいけど。


 時刻は午後となり、戦術魔法学部、魔法力学部、魔工学部という三つの学部に生徒達は別れ、それぞれの魔法授業が始まった。

 俺は冒険者として雇われた経緯を踏まえて、戦術魔法学部の見学を優先することにした。一概に求められている事が荒事関係とは言えないが、恐らく一般的に冒険者というのは戦闘に長けている集団なのだろう。ギルドで見た同僚たちを見る限り、立派な武装集団だったわけだし、そういう類の魔法関連を最初に勉強するべきだ。本当は魔法力学部や魔工学部を見て回りたかったが、今回は断念しておこう。

 というわけで今、戦術魔法学部、土魔法学科の教室にいる。授業内容は土魔法で人形を作って動かす練習みたいだ。

 具体的には、生徒たちが座る長机に土がてんこ盛り状態で置かれており、その土を利用して魔法行っていた。仕上がった人形自体は、立方体をくっつけたような角々しいものや棒人形を太らせたようなものなど、生徒によって形が微妙に違う。

 とまぁ、授業を見て分かるのはそれだけだ。魔法の事が無知過ぎるゆえに、先生の話しを聞いていてもよくわからなかった。こうやってこうして次にこうする。するとこうなる。ではやってみよう。という流れの中で、その理由や仕組みについての説明が補足的すぎて、心の中で「why?」が止まらん。恐らく生徒たちは事前に習っているのだろう。

 しかしながら、よくわからなくても魔法を直に見れば、ある程度の想像はできる。それに興味深い事だらけだ。人形を作って動かす。この流れを総じて土魔法というくくりで行われているわけだが、俺からすればこの魔法は、作る。動かす。この二つの魔法に思える。【作る】という部分はエンボス魔法と同様で【造形魔法】と言えるし、【動かす】という部分は、【操作魔法】と呼称したいところだ。 

 などと色々考えつつ眺めていると、土魔法の先生が近づいてきて「熱心に見学されていますね。どうです? この机は空いていますので、よかったら先生もどうぞ」と言って教壇に戻っていった。

 うむ。先生、か。なんだか急に偉くなったような気がするな!


 物は試しだ。さっそく促された机の前に移動した。生徒達が行う土魔法の様子は、一気に周りの土が密集していって人形が出来上がっている。難しそうだが、見様見真似で同じようにイメージしてみよう――。

 若干の期待と緊張を持って励んでみたところ、土はいとも簡単に動いた。ただし、人形ではなく土団子になってしまった。

 演習の時に地面の土で実験していた経緯もあって、そこまで驚きはしなかったが、それなりに感動はした。まるで超能力者だ。しかし結果が不満だ。すぐに再挑戦してみるも、やはり出来上がるのはコロコロ転がる土団子。周りの土が一気に密集していく過程はできている。なので人形を造形するイメージ部分が疎かということか……。

 というか、生徒達が具体的に何をイメージしているのか不明ゆえ、見様見真似で同じ魔法ができるわけがないな。考えてみれば、これは生徒達にも当てはまる。同じ魔法をしているように見えても、恐らく各々違うイメージで魔法を行っている。だからこそ生徒によって土人形の形が違うのだ。つまり結果的に同じ魔法に見えても、過程のイメージが違うので、同じではなく【似た】魔法と言えるだろう。実際今やっている土人形の魔法は、俺がエンボス魔法で考える人を作る行為とほとんど同じで似た魔法だ。意外と魔法というのは何々の魔法といって区分けできるほど、はっきりできないものかもしれない。

 とりあえず真似る事は大事だと思うが、イメージは自分なりに工夫してみよう。

 俺はもう一度生徒のやり方を、さっきより目を凝らして注意深く観察。そして見落としに気がついた。土が密集していく段階で既に人形の外見を象り始めている。よって、密集と同時に造形のイメージをしているようだ。同時進行は難易度が高い。この際生徒達が行うスピード感は忘れてみよう。別にゆっくり作ってもいいじゃないか。

 徐々に土を密集させて人形ができていく。それを具体的にイメージしやすい何か――――。

 今までの経験から色々思い浮かべてみたところ、人形ではないがロボットで使えそうな映画のワンシーンを思い出した。人型ロボットがゆっくり落ちていき、溶けて死んでいく有名なシーン。よく覚えている。それを逆再生させればいい。

 ……おっ。おおおお!

 目の前の土が中央に集まり、そこからサムズアップした手がゆっくり上昇。続いて腕、頭、胸、腹、足が順調に現れていった。

「アイルビーバーック。あ、この場合、アイムバックだな」


 初めて作った土人形を観察した後、続けて自分なりに土魔法の練習をして分かった事がある。イメージという曖昧なものに完璧を求めるのは難しい、ということだ。

 魔法を行うときに必要なイメージ。このイメージとやらは、いかにも簡単に聞こえる抽象的な表現だが、そういう意識では上手くいかない。土団子のイメージなんで全くしていないのに、結果そうなってしまうのだから事は簡単ではない。単純に人形をイメージするのではなく、人形をどんな順序でどうやって作り上げていくかを考えないと失敗する。というか失敗した。成功した経緯を顧みれば、自分が熟知している事に置き換えると、自ずとイメージに具体性が持ちやすい。だからこそ映画のシーンを思い出した時にうまくいったわけだ。それは絵面の正確性をしっかり頭の中で思い起こす事に近いし、立体的で写実性があるからかもしれない。

 だが、どうしてもイメージが疎かになってしまう部分がある。映画の件もそうだが、そもそも記憶や思い出は曖昧だ。例えば毎日出勤時に通っていたコンビニのロゴマークでさえ、実際に描いてみろと言われたら描けない。7の色は? そのまわりの色は? 文字は? たしか7は途中で区切られていて色が違うんだけど、どっちがどっちの色だがさっぱりだ。

 今しがた作った殺人マシーンもどきで言えば、一番印象的なサムズアップした手と腕と顔のクオリティは本当に凄い。チラ見してきた近くの生徒の目が、まるで出目金のようになって驚くほどだ。ただ、記憶として曖昧だった部分の胴体や下半身は、やはり棒人形に近い形状となっている。もちろん時間をかければそれなりに出来るかもしれない。今朝の演習で見たように、己の腕を上げる動作と共に大量の水を出現させ、しかもほぼ同時に龍という造形に完璧に仕上げた生徒がいるわけだが、その境地に至るには何日も練習したころだろう。素人の俺が数十分鍛錬したところで、早々真似できやしない。

 ま、ディティールを追求しても戦術魔法学部的には、あまり意味ないというのはある。リアルに造ったところで何のタクティカルアドバンテージもない。この人形にも、そこまで細かいディティールはいらない。それこそ曖昧なイメージのまま、棒人形もどきが出来れば十分なんだろう。

 しかし、それがわかっていても個人的にはやはりクオリティは求めてしまう。妥協はしたくない。今までの仕事もそうだった。これはさがだな。

 そんなわけで改善すべき点はまだまだ多いが、エンボス魔法とは違う魔法ができたのは良い経験だった。違うと言ったのは、未だ土魔法とは思えないままだからだ。どうしても作って動かすという流れから、造形魔法と操作魔法の混合だと思ってしまう。




 土魔法の見学を終えた後、今度は水魔法の授業に行ってみた。

 教室に入ると、今朝の演習で相手をしてもらった女子生徒がいて、俺の所へトコトコ近づいてきた。たしか名前はリースだったっけ。

「あのとき、どんな魔法を使ったんですかー?」

「それは秘密だよ」

「なんでですか? 教えてください。何の魔法なんですか?」

「……」

「えー? どうして? なんでー???」

 気になるのはわかるけど、ネタばれする気はない。

「考える事も勉強の一つ。ヒントは目に見えない魔法だよ」

 ハハッ。目に見えない魔法だって? 言っといてなんだが、俺が言える言葉じゃないな。魔法全般、色んな意味で何も見えていない。こういう世界だし、この学院の仕事を通じてなんとしても魔法が見えるように、そして使えるようになりたいところだ。考えたくもないが元の世界に戻れなかったとして、この世界特有の魔法が使いこなせないままだと、何の財産もない俺は死ぬまで苦労の一途を辿るだろう。


 さてさて。水魔法の授業は水を作り出す。水を操る。この二つの魔法の練習を行っていたわけだが、この作り出すという部分に違和感があった。先の土魔法の授業では土が予め用意されていたからだ。一体なぜなのだろう? 

 と考えつつも、またもや見様見真似でこっそり教室の隅でやってみる。しかし――。

 できん。まったくもって何もできん。

 まずもって水を作る事ができない。水=H2Oというのは知っているが、具体的に水素がどういう状態でどんなふうに存在するのか全く“イメージ”できない。いやいや魔法なんだし、そこまでの理屈は関係ないだろ。空気中に水っぽい分子みたいなのがあるんだろう、とは思うんだが、理屈を少しでも知っているとそれが邪魔して中々イメージがまとまらないのだ。それに空気中の内容物をそれっぽくイメージしたところで、具体的な絵が出てこない。

 土魔法の授業と同じように生徒たちからヒントを得ようとしても、何もないとこに、いきなり水を出現させているわけで、順序もへったくれもない。もちろんどんなイメージでやっているかも全く分からない。ちなみにギルドの冒険者に魔法は具体的なイメージで行う、という事を教えてもらったわけだけど、その例え話に小川の冷たいせせらぎをイメージする、という下りがあった。その教え通り、化学式なんて忘れてイメージしたが、これもダメだった。

 う~む。詰んだな。

 生徒達が化学式をイメージしてるわけないし、もっと単純で分かりやすい何かをイメージしているはずだが……。あれ? 単純でいい、のか? 矛盾してるじゃないか。より緻密なイメージを持たないとダメっていう流れだったのに……。

 待てよ。そういえば土団子を作ってしまった時は、単純に土を一箇所に動かそうとしただけ。それだけで動いたぞ。特別詳しくイメージしていない。

 おかしい。魔法のイメージとやらの認識がまだまだ不透明だ。



 


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