9 異世界の恐るべき子供達
実験魔法演習会。俺には刺激が強すぎた。カルチャーショックどころじゃない。宇宙巨人的に言って、ヤックデ文化だった。危険で派手な魔法のオンパレード。これほどのショーが地球に存在するはずがない。しかも、それを行うのが十代の子供達なんだから驚きは二倍増しだ。
とはいえ、演習半ば頃には若干の耐性ができたのか、落ち着きを取り戻して見物できるようになっていた。凄まじい魔法を平然とやってのける生徒達。場を賑わせる歓声と応援。黙々と採点をつける大人達。オリンピックのような競技だと思えば、軽い気持ちで捉える事ができる気が……まぁしないでもないが、それでも何もかもが異世界だと痛感した。
生徒達の中で最も危険だと感じたのは、火柱を十本同時に出現させた生徒だ。その生徒の見た目は一見不真面目そうだったが演習中の様子を見る限り、かなり真面目に努力したであろう事が窺えた。彼は前に歩み出て数分の瞑想をはじめると、徐々に彼から蜃気楼のような空間のゆらめきが発生。ギルドで美人係員を怒らせてしまった時の陽炎と同じものだった。そうして彼が瞼を開けて両腕を前へと掲げれば、どこからともなくチリチリと光る火の粉が複数の場所で舞い上がり、気合の掛け声と共に続々と炎が地面から沸き上がった。もちろん他の生徒たちの魔法も度肝を抜かれる内容で溢れていたが、危険というベクトルでは彼が一番だろう。火柱なんて初めて見たからな。
他で特別興味深かったのは、ある意味エンボス魔法に似ている造形的な要素を追及していた魔法だった。それは土魔法によって作りだした巨大ゴーレムの行進や、水魔法で作った龍を空中でうねらせる演舞のようなものだった。
というわけで、どれもこれも素晴らしい魔法なのは間違いないが、あえて苦言を物申したい。俺にとってみれば、演習で披露された魔法は全体的に見栄えの良いダイナミックな魔法、ということで締め括られてしまうわけで、実験魔法演習と銘打ったその実験らしさは一体どの辺だったのか。魔法知識が無いのだから仕方がないのは重々承知の上だが、もう少し自分の魔法を言葉で着飾ってもいいと思うぞ。いやほんとに。
俺は地面に根を下ろしたように突っ立ち、先のようなことを思っていたが、途中で頑張って頭の隅に移動させた。そして頭に残ったのは焦りだ。無論、もうすぐ俺の番が来てしまうからだ。
披露されていく魔法を横目で見つつ、仕事で散々行ってきたプレゼンの経験や知識を思い出す。プレゼンというのは内容も大事だが、結局は興味を抱かせるための魅せ方が全てだと個人的には思う。この魅せ方には色々と工夫が必要なわけだけど、今回は手札が少ない。そもそも知識がない。言うまでもなく見た目や大きさで勝負しても、俺の魔法では生徒達の魔法と比べて見劣りするのは必至。まさかこんな大魔法が披露された後に俺の番がくるなんてな――。
頭を捻りながら考え、とりあえず何かヒントを得るために自分の足元で魔法の練習をこっそりした。具体的には考える人ミニチュアバージョンを何体も作って試行錯誤した。見た目的には考える人のような造形ではなく、棒のような物しか作れなかった。どうやら土の量が少ないと、考える人を作るのは物理的に難しいみたいだ。ま、試行錯誤の上では問題ない。
生徒達の演習が全て終わるまで二十分ぐらい。これで突破口を見つかるかどうかは分からないが、何もやらないよりマシだ。というかいっそのこと、皆の前で実験してしまおうか。魔法の謎は既にいくつかあるし、なにせこれは実験魔法演習会。この線で考えてみるか。
予測通り約二十分後。ついに最後の生徒が魔法の披露を終えた。
学院長の隣にいたお爺さんが前に歩み出て、その風貌とは見合わない大きな声を張り上げた。
「生徒の中に事前に魔素を練っていた者がおる! この馬鹿たれが!! 時間がかかっても魔素を練るところからが演習じゃ! 採点は追って伝える!」
察するに生徒達が魔法をする直前に行っていた、目を瞑って祈るような瞑想行為。あれが魔素を練るという行為で、それを事前にやっていた生徒がいた、という事だろう。だとすれば瞑想中に出てくる陽炎のような空気の揺らぎは、ひょっとして可視化した魔素という物体なのか? もしそうならギルドで美人係員を怒らせてしまった時、彼女から溢れたあの陽炎も魔素を練ったゆえに生じていた事になる。つまりあの時、魔法を俺に向けて放つ直前だったのか。ハハッ。まぁそんな気はしてたけど。
さて、それはともかく魔素を練るという事が生徒達の大魔法の源だとみて間違いなさそうだ。俺もそれをすれば強大な魔法が行えるだろうけど、残念ながら仕組みをわかってない以上、今回の演習にはどうやっても間に合わないな…………ん?
爺さんは鼻息を荒くしたまま踵を返して、テントの方へ戻ってくる。
おや? 俺の番はもしかして……。すると学院長が爺さんに見えるように、俺の方を可愛くツンツン指さした。――っち。
「おお! そうじゃったそうじゃった。もう一人おったわ」
先程しゃがれた大声で叱責していたのに、ころっと優しい音色に変わった。
「やや。忘れてたわい。おーい。皆に紹介させておくれ」
爺さんがヒラヒラ手招きしてきたので、俺は足元に作っていた考える人もどきを蹴り払い、爺さんの隣まで駆け寄った。
「お前たち。聞くのじゃ。新しい先生が学院にきたぞい。冒険者ギルドから来た……あー、なんじゃったっけ?」
「エイジです」
「エイジ殿じゃ!」言葉尻に合わせて俺に背中をバシッと叩いた後、爺さんは俺だけに聞こえる小声で「まだ本決まりじゃないがのう」と言ってきた。
「せっかくじゃ。エイジ殿の魔法を一つ披露してもらおうじゃないか。お前たち! 素晴らしい魔法じゃぞ。よぉく見ておれ!」
爺さんは俺へ親指を立ててニカッと笑った。このじじい!!
生徒達は爺さんの分かりやすいハードルの上げ方から、授業とは少し違う雰囲気を感じ取ったのか、和やかな拍手で俺を迎えてくれた。
あぁ〜。こんなに緊張するのは久しぶりだ。みっともない。失敗してもいいだろ。死ぬわけじゃない。ちょっと文無し宿無し状態になるだけだ。……いや、それだとやっぱり結局死ぬ事に繋がる。って、やめやめ! プレゼンでネガティブはダメだ。マジでよくない。大丈夫だ。えぶりしんぐおーけー。きっとうまくいくさ。
俺は一歩前へ出て口を開いた。
「どうも初めまして。さっそく魔法を見せたいのですが――」俺は生徒達がいる土手を眺め、ある生徒を見つけて声をかけた。「先ほど水の魔法を使った女子生徒さん。お手伝いをお願いします。前に出てきてください」
こうして初めての魔法のプレゼンが始まった。
女子生徒は困惑気味にゆっくり土手を降りて俺の前に来てくれた。
俺はこの場にいる全員に聞こえるよう、滑舌良く大きな声で言う。「お手伝いの内容は、さっき見せてくれた水魔法。あの龍を俺にぶつける事だ」
「それって……攻撃って事ですかー?」
「その通り。遠慮はいらない。おもいっきりぶつけてくれ」
そう言い切ると場が静寂に包まれ、途端に騒がしくなった。学院の教師(仮)に向かって魔法で攻撃するなんて中々ない事だろう。やがて一部の生徒らがはやし立てるように「やっちまえ!」と声が上がり、伝染していくように生徒達は興奮して盛り上がりはじめた。
掴みは上々。もうプレゼンの半分は成功だ。これは自分の魔法のしょぼさをカバーするために、生徒の凄〜い魔法を利用してしまおうという作戦。そして魔法による攻撃を運良く切り抜ける事ができれば完璧だな。
教師陣のテントをちらりと見ると学院長がニヤニヤしながら「どうぞ好きにやっていいわよ」と、手振りで促してきた。他の先生方も、これは面白そうだ、といった表情で注目しているご様子。
目の前の女子生徒も学院長のジェスチャーを見ていたのか、俺に対して攻撃する事にためらいがなくなったようだ。
「ケガしても私のせいにならないみたいだねー」
「もちろんさ」
肩をすくめて答えたが、その肩が小刻みに震えてしまった。これは緊張であって恐怖ではない。――恐怖では、ない。
「じゃ、とりあえず攻撃する前にもう一度、あの魔法をじっくり見せてくれないか?」
「わかりました」
彼女はまるで祈るように胸の前で両手を組むと、魔素を練り始めた。その証拠に彼女の手元から陽炎が現れ、ゆっくりと大きくなっていく。
三分経過。さっきの演習の時よりも明らかに瞑想が長いな。
五分経過。俺は嫌な汗をかきはじめた。――うん。これは恐怖だ。
その間、周りの生徒達は実験演習会の終わりに突如始まった【生徒 VS 新人教師?】という催し物に興奮し、声を荒げて女子生徒を応援していた。俺は恐怖を表に出さないよう、やれやれ、はりきっちゃって。やっぱりまだまだ子供だな。と、ニコニコ顔の表情を作って大人の余裕を装った。実際は笑っているのか笑っていないのか、よく分からない微妙な表情だったかもしれない。
ようやく魔素を練り終えた彼女は目を開け、両手を天へと突き出した。同時に体に纏っていた陽炎が腕に沿って昇っていく。続いてその陽炎の後を追うように、腕に絡みつく一筋の水が生成されていく。その水はどんどん量を増していき、ついに彼女の手の先から天へと昇リ始めた。
圧倒される。本当にすごい魔法だな。胴回り一メートル程の龍が彼女の頭上で踊っていやがる。
観衆が水龍の出現に合わせて一際大きな歓声を上げた。
「リースーーー!!」 「殺すなよー!」 「やっちまえー!!」 「先生ヤバイよー!!」
ヤバイのはわかっちょるから! ちょっと静かにせい! 集中させてくれ! ともかくテストを! 今すぐ!!
俺は出現した水龍に考えていた仕掛けをこっそり試みた。だが、水龍と自分との距離があるせいか、仕掛けの反応が中々現れない。
「君の名前はリースというのかな? あとこの魔法は誰から教わったんだい? 先生かな? それともう一つ。これは水龍? でいいのかな? それとも何か違う呼び方があるの?」
無駄に質問して時間を稼いだがテストは失敗。どうやら空間には使えないみたいだ。一応もう一つ手はあるが、こちらの方が失敗するだろうと予想していたので不安が募る。うまくいかなければ、あの水龍に飲まれ「フィアー!」と叫んで、ジ・エンドだ。
俺は若干ふっきれたような思いで、優雅に踊る水龍の顔を目で追いかける。
「そっ。リースは私の名前。この魔法は家のお手伝いとかで、お母さんがよく教えてくれてたの」
家のお手伝いで教わる魔法!? どんなお手伝いだ!
「それと、もちろん水龍で合ってるよ。こんなに細かく再現してるのに分わかんないのー?」
この子の言葉遣いは時たま語尾が伸びて、若干幼い言葉遣いといった感じなんだが、見た目は……見た目も幼い方か。いや、勘違いしないでほしい。身長は普通にあるし、可愛らしい女子生徒というだけで……ん?
「再現? 再現って、実際に水龍ってのがいるのか?」
「えっ!! しらないのー!? 有名な龍だよ! 本物はもっと大きいらしいけど、すっごくリアルに造ってるんだからね」
俺は空中で踊る水龍の顔を注視し続ける。
「おーい。聞いてるー?」
「あ、ああ。……本当に龍がいるみたいにリアルだよ」
そう答えながら、俺は水龍の顔が不自然に変化したのを捉えた。
この水龍は体の全てを水で形成しており、常に海のように波打っている。その波の動きから推測すると、胴体後ろの部分の水が体の中を通って頭部の方へと押し進み、頭部の水は体の中から流れてくる水に押され、体の外側を通って胴体の方へと戻されていく。そんな流動的な水の動きをしている、にもかかわらず体表面はしっかり龍を模し続けている。
そして肝心の変化を捉えたのは龍の顔。その特徴的な顔の造形が崩れ、歪な形に変形したのだ。もはや最初に見た芸術的な水龍の頭部は半ば消えかけている。まさか、こっちが成功するとは思わなんだ。これなら質量的に火魔法が相手の方が良かったかもしれない。だが、もしものことを考えると火傷より水に吹っ飛ばされる方が良いと思った。そうだろう? 火の方が断然怖い。
「何話してんだよー!」 「はやくやれー!」
オーディエンスがはやし立ててくるので私語をやめた。というか時間稼ぎをやめた。顔の変形の事がバレてしまうとやっかいだ。
俺は意味ありげに手をゆっくり上げ、観客と化した生徒ら先生らを自分に注目させた。効果は抜群だ。ついに俺が魔法を行うと思ったのか、皆静まりかえっていく。そうして腰を低く重心を下げ、上げた手もゆっくり下げて武道で見るような構えをとった。
「来い!」
途端に生徒達はざわつき始めた。構えの件もあるかもしれないが、一切陽炎を出していない俺を見て、まさか魔法を使う気がないのかと思っているのかもしれない。
目の前の女子生徒、もといリースさんは終始落ち着いた表情のままだったが、俺としっかりアイコンタクトを取った後、両手を天に挙げた。校庭に固唾を飲みこむ緊張感が漂ったのが分かる。
「いきますよ?」
彼女とは十メートルくらい離れているのに、その言葉はひどく耳元に響いた。心臓がダンプカーのエンジンのように強く走る。前に構えた両腕に力が入って指の先までガチガチだ。テスト結果を思えばうまくいくはず。腹をくくれ。考えるな。
彼女の最終確認の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
宙で踊っていた水龍がピタリと止まり、彼女は声を上げて両腕を振りおろす。同時に水龍が身をくねらせた屈伸で小さくまとまり、一気に体を伸ばして飛来した。
冒頭に【ぶつけろ】と指示した通りの攻撃。俺は突進してくる水龍の恐怖に負けず、目を見開いて水龍の顔面に焦点を定め続けた。そして迫りくる水龍が、俺の目の前で文字通り割れた。
水龍は顔面に現れた何かに遮られ、自らそれにぶつかっていく事で頭から裂けていく。まるで一本の川が何本もの支流へと別れていくかのように。
しかし読みがはずれた。それぞれの支流は全く減速せず、ほとんど直進して突き進んできたのだ。
「っく!!」
滝のような轟音と共に、片腕と側頭部に衝撃が走る。その片腕は背中の方へ飛ばされ、首から頭がガツンと持っていかれる――。
幸いな事にそれぞれの関節機能範囲内に収まったおかげか。それとも水龍の体当たりを多少受け流せたからか。ともかく痛みはあったものの大事には至らなかった。おかげで体が飛ばされる事もなく、足はしっかり大地を踏みしめている。
眼前の光景は台風の目ならぬ滝の目だった。水龍は目の前で裂けるように上下左右、あらゆる方向に分裂。その全てが俺の体ギリギリ外側を通過していく。まるで落ちてくる滝の真下から見上げているのに、俺の所へは絶妙に水が避けていく。そんな様だった。
水龍の尾が全て通り過ぎると、無意識に止めていた呼吸を再開させる。自分の後ろを見てみれば、俺を起点に広がるように水浸しになっていた。
……あ、やばい。緊張の糸が解けたせいか、なぜか足に力が入らない。堪えきれそうになかったので片膝だけついて深呼吸する。
前を見ればリースが自分の両手と俺を交互に見ながら驚いている。いや、むしろ怖がっているようだ。
「なんで……? 誰か、いた……?」
リースの呟きを聞いて思わず口元がつり上がる。その誰かは考える人だ。俺は水龍が飛んでくる前から、水龍の頭部をエンボス魔法で押していた。そのため水龍が俺に体当たりをしてその尾が尽きる時、リースの視点からは瞬間的に水の膜で出来た透明人間が垣間見えたのだろう。それは雨に打たれる透明人間のようにロマンチックなものではなく、なんだろう? 手に顎を乗せた彫りの深い誰かがいるわけだから……。うん。不気味だっただろうな。
程なくして周囲が騒めきはじめた――。
聞こえてくる言葉の端々から察するに、生徒達は俺に水龍が当たる直前、リースが自分で水龍を離散させたと思っているようだ。だが、それにしては明らかにリースの態度が不自然な事に疑問を感じる、といったところだろうか。
そこで唐突にパンパンと手を叩く音がして、その方を見れみれば、あの爺さんが前に出てきていた。
「今、たしかにエイジ殿は魔法で防いでおった!」と、まるで宣言するように大きな太鼓判を押してくれた。
続いて爺さんは俺の魔法を称えるように拍手した。それにつられて生徒達も拍手をしはじめたが、納得していないのか、その拍手に力は込められていない。
仕方ない。オーディエンスに伝わりにくかった。本当はもう少し前に水龍は離散すると思っていたから、バリアのように見えるんじゃないかと。……残念だ。プレゼン的には不完全燃焼になってしまったな。
さて、初めての魔法実験で分かった事は二つ。最初に失敗したテストの方は何もない空間にエンボス魔法を仕掛ける事だった。これが可能だったならば、目に見えない考える人という障害物ができる。実際は空中で踊っていた水龍近くの空間にエンボス魔法を試みても、水龍がそれと衝突するような事は起きなかった。つまり魔法が起きていないという事がわかった。よって次のテストで水龍に直接エンボス魔法を施してみたわけだ。言わば魔法に魔法をかけるという事になるわけで、ただの先入観だが、こういった二重掛けは出来ないかもしれないと思っていた。
結果的には水龍は考える人に押され、自らぶつかっていくことで体を複数の流れに分裂させた。今回は水龍という水魔法に対してエンボス魔法はしっかり働いたわけだが、他の魔法に対しても同様に通じる事なのかは、数をこなしてみなければ分からないだろう。
それと後々思ったのだが、俺に近づくほど強く分裂していった気がする。これは早朝に木の幹に対して魔法を行った時と同様、術者と魔法発動場所までの距離が関係しているようだ。
エンボス魔法は水魔法の水龍や土魔法のゴーレムのように何かを造形する魔法行為だが、やはり使い方次第で化けるな。とりあえず今後は混乱しないよう、総じて造形魔法というカテゴライズで決定だな。そしてエンボス魔法の属性は無属性だと勝手に決めつけよう。




