第96話 王都の民の戦い
上空から見る王都だった場所は見るも無惨な姿を晒していた。
五万人もの人々が暮らした巨大な都は、見渡す限り瓦礫の山と化し、そこここからくすぶり続ける火がどす黒い煙を上げている。
「ひどい……」
傍らにいるリンの漏らした声が聞こえる。
オリゴから聞いて知ってはいるが、実際目にするとその光景はウィルの心に強い衝撃を与えた。
ウィルは西側にある瓦礫の少ない区画に目をやる。
おそらく元は大聖堂前広場だった場所だろう。
その中央に佇む一組の男女の姿が見えた。
こちらに気づいたアウレクスとエミリーが飛び上がり、ウィルたちのもとへやってくる。
「お前ら、なんで生きてる」
驚きと警戒、敵意が混ざり合った表情でアウレクスがウィルに問う。
「神様に助けられたんだ。この国を、王都をこんなにしてしまったお前を討つために、大陸の人々をお前の手にかけさせないために、託されたんだ。俺は、俺たちは、アウレクス! お前を止める!」
ウィルが父と母、それぞれの剣を抜き放つ。
神気を纏った二刀を振り上げ、アウレクスに向かって飛翔した。
アウレクスは神気から作った光る剣を掲げ、ウィルを迎え撃つ。
二本と一本の剣がぶつかり合い、逃げ場を失った力が衝撃波となって周囲に吹き荒れた。
「なるほど、神々から力を授かったのか。せっかく分不相応な神の力を取り上げてやったのに。だが――」
アウレクスがウィルの二刀を受け止めている光る剣を横薙ぎに振り払う。
ウィルはその圧力にこらえきれず、大きく吹き飛ばされた。
「大した力はもらえなかったみたいだな。完全となった俺に敵うほどじゃない」
アウレクスが二十九枚の翼を大きく開く。
その翼の内から、無数の輝く羽根が矢のごとく飛び出した。
「くっ」
態勢を立て直したウィルは、光の羽根から逃れるべく飛翔する。
雨のように次々と撃ち出される光の羽根が、右へ左へ蛇行しながら飛ぶウィルを追いかけた。
「ははははっ! どうした! ほら、もっと逃げろ! 当たってしまうぞ!」
光の羽根に追われ、広場の上空に弧を描いて飛ぶウィルの目の前に突然エミリーが現れる。
「!?」
『あっちよ』
エミリーの放った魔力の塊がウィルの顔面を打つ。
「がはっ!」
思わぬ打撃を受けたウィルは飛行の制御を失い、アウレクスの待ち受ける広場中央に向かって吹き飛ばされた。
その体をアウレクスの腹部から生えた神気でできた触手が掴み取る。
「俺を討つんじゃなかったのか? 手も足も出ないじゃないか」
両腕、両足、胴、そして首に巻き付いた触手がウィルの体を高く掲げる。さらに残った最後の一本の触手が鎌首をもたげ、その鋭い先端をウィルの眉間に突きつけた。
「う……」
「ウィル、俺は完全な存在になった。この俺がいる以上、不完全なお前たちは必要ない。完全はそれだけですべてが満たせる。お前も、国も、神々ももう不要だ」
アウレクスの触手がウィルをぎりぎりと締め上げる。
「そ……れは、違……う」
「あん?」
「完全なんて……存在……しない……ヴェトスも……人間も……神だって……過ちを犯す……」
アウレクスがにやにやと笑い、ウィルの首の締め付けを緩めた。
「だから……だからこそ、みんなで補い合うんだ。人と話し、協力し合って前に進むんだ! それは人だって神だって関係ない!」
「それはお前らが不完全だからだろ。数を増やせば強くはなるだろう。だが、数である限り、完全にはならない。どれだけ増やしても、数である限り、カンストはしねえんだ。メアウェンもエセルガーも何もできずに死んでいった。攻め寄せてきたヴェトスの連中もだ。完全な存在の前では無意味なんだよ!」
「俺たちは無意味なんかじゃない! メアが育ててくれたから、ドラヴァルさんたちが連れてきてくれたから、俺はここにいるんだ!! 俺は絶対にお前を止める!!」
ウィルの胸の紋様が光を放つ。
それは一つの光珠を生み出した。
光珠は暖かな光を放ち、その大きさを増していく。
「なんだ!?」
光珠がウィルとアウレクスの二人を包む。
「何をする気だ!?」
光珠が一気に広がっていく。大聖堂前広場も旧王都全域に散乱する瓦礫も飲み込み、あたりは光に満たされた。
直径二キロメートルを超える半球となった光珠はゆっくりと光を弱め、そして消えていった。
「な、なんだったんだ」
あたりが通常の光景を取り戻すと、眩しさに目を覆っていたアウレクスが、自らの体を調べ始める。
外傷はないようだった。
「は、はは、なんともないじゃないか。ウィル! お前一体何のつもりだ!」
「わ、わからない……」
「わからないだ? 自分の力も把握できていないやつが俺に口答えしたのか!」
再び触手がウィルの体を締め上げる。
「あ……あ……あ」
「お前ごときが! 不完全なお前ごときが!!」
触手がウィルの腹を打ち付けた。
「ごふッ」
ウィルの口から吐瀉物が溢れ出す。
「神に力を託されただと? そんなもので俺に勝てると思ったのか!」
アウレクスの触手がしなりをつけ、ウィルの顔面を何度も打つ。
「不完全なやつらが束になったところで、完全には勝てないんだ! お前も、神々も!」
「お前……だって」
ウィルが腫れ上がった右目を薄く開き、アウレクスを見る。
「お前だって……不完全じゃないか」
「なんだと?」
「エミリーがいないと……何もできない。今の力だって……エミリーが持ってきたおかげじゃないか……」
「……ッ貴様!」
アウレクスがウィルを拘束していた触手をすべて解き放つ。そして七本の触手を絡み合わせ一本の巨大な触手を作り出した。
「俺は! 完全な存在だ!!」
振り下ろされた触手がウィルに直撃する。
体内で骨の砕ける音がウィルの耳に響いた。
触手のエネルギーを受けたウィルは、そのまま弾き飛ばされ、地上の瓦礫の山に突っ込む。
「不愉快なやつだ! 今すぐ消してやる! お前が終わったらこの大陸のすべての民、それにお前に力を貸した神々も! 全部! 全部消してやる!」
アウレクスが地上に向けた掌に光が灯る。
神気が集まり破壊のエネルギーを蓄え始めた。
「ダメっ!!」
アウレクスの前に三体の精霊が立ちふさがる。
「ウィルを殺させはしない! 私が相手よ!」
リンに召喚されたスルト、ヴァーユ、ラーフの上位精霊たちが、アウレクスに襲いかかる。
「精霊ごときが俺を止められると思うな!」
◇
瓦礫の隙間から空が見える。
アウレクスの触手に打たれた顔面や肩に強い痛みが走った。
体内に流れる神の力によって、砕けた骨が修復されているのがわかる。
しかし大きなダメージを受けたウィルの体は、まだ思うように動かすことができないようだった。
体に力が入らない。
時折強い光が瞬き、ウィルの血に塗れた頬を照らした。
リンが自分に代わりアウレクスと戦っているのだ。
行かなければ。
上位精霊の力は強大だとはいえ、神に匹敵するほどのものではない。
ぐずぐずしていると、リンが。
「ぐっ……」
痛みの走る右腕を無理やりに動かす。
のしかかる砕けた石材の重みが、腕の動きを妨げた。
それを押しのけ、ウィルは立ち上がろうと足掻く。
その時、指先に触れるものがあった。
ウィルと同じく瓦礫に埋もれたそれは、目視することこそできずとも、その感触から何なのかはわかった。
人の手だ。
アウレクスに殺された、王都の民の手。
崩れた建物の瓦礫に覆われ、瓦礫の中で息絶えたのだろう。
ウィルの心に怒りの火が灯る。
こんなことは許されない。
再び、体に力を込め起き上がろうとする。
しかし、まだ体は動かない。
「くそっ。早く行かないといけないのに」
ウィルがそうこぼしたその時、傍らにあったその手がウィルの手をぐっと掴んだ。
ガラガラと音を立て、瓦礫が崩れていく。
それと同時にウィルの手が上に向かって引っ張られた。
手の持ち主が起き上がろうとしているのだ。
「立て、ウィル。君は立てるはずだ」
手の主が瓦礫の中からウィルを引っ張り出す。
力強く、優しい手。幼い頃、リンとともに手を引いてくれたあの感触。
忘れるはずもない、手の温もりがウィルを包み込む。
「まだいけるだろう?」
頭から流れる血の中で、メアウェンの顔がにやりと笑う。
「メア…… 生きてた……」
「フ……やつを残したまま我々は死んでいられないようだな」
「まったく、そのとおりだな」
ウィルの背後で誰かが瓦礫の中から立ち上がった。
振り返ったウィルの目に飛び込んできたのは、頼もしき巨体だ。
「アルドさん!」
「冗談じゃないね。こんなにされちまってさ」
足元の瓦礫を押しのけ這いずり出してきたのは、フェイだ。
「フェイ!」
ドン! という音とともに大きな壁だったものが吹き飛ばされる。
中から出てきたのは足を振り上げたドラヴァルとフローラ、そしてセオルだ。
「あんにゃろ! 許さねえからな!」
「ウィル!」
皆がウィルのもとへ集まってくる。
「ウィル」
メアウェンが声をかける。
「我々の任務はなんだ?」
「王都の人々を守ること。でも街のみんなは……」
あたり一面瓦礫の山だ。街であった頃の面影などかけらもない。
「そうでもないさ。よく見てみろ」
言われたウィルはあたりを見渡す。
あちらこちらで瓦礫ががらがらと崩れる音がする。
石塊の中から立ち上がる男。壁面の陰から這い出す老人。
半分になった建物の二階から手を振る人もいる。
大勢の王都の民が姿を現した。
「でも、この状況でみんな助かってたなんて」
「あー、たぶん助かっちゃいねえんだ」とアルド。
「ああ、おそらく我々は一度死んでいる」
メアウェンがあとを引き取った。
「やつの攻撃で王都は破壊され、そこにいた人々はみな命を落とした。私も、アルドも。他のみなもそうだ。だが、なぜかはわからんが、我々は再び息を吹き返した」
「なんかあったかいものを感じた気がするんだけどねえ」
フェイが不思議そうな顔をしている。
「ウィル」
メアウェンがウィルの肩に手を置く。
メアウェンの魔力がウィルに流れ込んでいく。
「王都はまだ終わっちゃいない。守るべき民もそこにいる。街は破壊されてしまったが、民がいればそこが王都だ。ウィル、やつを倒すぞ。みなを守るんだ」
ウィルの黄金の紋様に光が灯った。
「ウィル!」
仲間たちの声がウィルに力を与える。
みなからもらった魔力によってウィルの紋様が強く輝き出した。
ウィルが傍らに落ちていたタレンの剣を拾い上げる。
「行け! ウィル!」
「ああ!」
光を纏ったウィルが飛び立った。
◇
「きゃあああああああああ」
激しい爆発とともにリンが吹き飛ばされる。
(ウィル……早く……)
落下するリンを地上から昇ってきた光が拾い上げた。
「ウィル!」
ウィルの腕の中でリンは驚きの声を上げる。
「やるよ、リン。力を貸して」
「わかった!」
尾を引く光塊がアウレクスめがけて飛翔した。
「アウレクス!」
待ち受けるアウレクスは両腕を前に突き出し、受け止めるつもりのようだ。
「何度やっても同じだ!」
ウィルとリン、一緒に握ったタレンの剣を突き出し、光の矢と化した二人がアウレクスに激突する。
「ぬおっ!?」
想定より強い力にアウレクスは押し込まれる。
「この期に……及んで!」
「アウレクス! 俺たちは負けない! ここはみんなの街だ!」
「ここは……俺の街だ! エミリー! お前も力を貸せ!」
『ええ、アレックス』
押し戻そうとするアウレクスにエミリーの力が加わる。
アウレクスとエミリーがウィルたちを押し返しはじめた。
「ぐぅぅぅぅ」
「お前らは……大人しく……死んでろぉぉぉぉおおおお!!」
アウレクスがさらに力を注ぎ込んだ。
タレンの剣が激しく震える。
強大な力のぶつかり合いに剣身が耐えきれないのだ。
仲間の力を束ねても届かないのか。
「ウィルーーーーッ!」
誰かの声が聞こえた。
確かエードと言った、ポーションを持ってきてくれた男だ。
「俺の力も使ってくれ! ちょっとだけど、俺も一緒に戦う!」
エードの体から飛び出した魔力がウィルの元へ向かう。
「私も力を貸そう!」
オスリックが叫ぶ。
「私のも使ってくれ!」
「わしの分もじゃ!」
「ウィル! 王都を守って!」
エードに続いた民たちから放たれた魔力が、次々とウィルに集まってくる。
力を託されたウィルとリンが徐々にアウレクスを押し込み始めた。
「こ、こんな……」
「不完全でも! 仲間がいれば! 力を束ねれば! どこまでだって行ける! 神を超えることだって!!」
「ひ……卑怯だぞ! 俺には仲間なんて……」
「人だって! 神だって! 支え合えばもっと強くなれるんだ!!」
民たちの少しずつの魔力が合わさり、大きな力に変わる。
タレンの剣の切っ先がアウレクスの腹部に潜り込んだ。
「いけええええええええええ!!!」
ウィルとリンを包む強烈な光がアウレクスを押しつぶしていく。
剣の切っ先が穿った穴は大きく広がり、やがてそれは、アウレクスの体を二つに分断した。
「が……あ」
断末魔の声がアウレクスの口からこぼれ出る。
「なん……でだ……なんで……いつも最後は……俺は……」
「一人でやろうとするからだよ」
ウィルの声には悲しみと哀れみの色が滲んでいた。
「だって……俺……には、誰も……」
「人と協力することができれば、こんなことにはならなかったのかもな……」
「く……そぅ……そんなの……俺は、うまく……」
落下を始めるアウレクスをエミリーが優しく受け止める。
『アレックス、私はいつでもあなたのそばにいるわ』
「エミ……リー……」
アウレクスはエミリーの胸に抱かれ、二人は光が消えるように消滅した。
感想やリアクション、お待ちしております。
☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもぜひよろしくお願いいたします。
Xやってます。
@fumikiao




