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【完結】境界のウィル ~王都の騎士団に拾われた少年は、自分が何者かを知らない~  作者: 文木あお
第三部 王の居場所

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第97話 エピローグ

 空に赤みがさしている。

 日が傾き、これから王都は夜を迎えるのだ。

 大きな瓦礫に腰掛けたウィルの顔に夕日が差している。

 西日を遮っていた大聖堂はもうなかった。


「あれでよかったのかな」


 ウィルの言葉に、傍らにいたリンが顔を上げる。


「よかったのよ。王都をこんなにしてしまったんだもの。こうするしかなかったわ」

「うん……」


 おーい、と人の声が聞こえた。

 ベオルスリック大通りだった道を、たくさんの人たちがこちらに向かって歩いてくる。

 生き返った王都の人々、その先頭にいるのは、頼もしい仲間たちだ。


「ウィル! リン!」


 セオルとフローラがそこから抜け出し、ウィルたちのもとへ走ってくる。


「すごいよ! ウィル!」

「うん、みんなのおかげだ」


 セオルが差し出した拳に、ウィルが自分の拳を合わせて応える。


「改めて、おかえりなさい! リン!!」


 フローラはリンに抱きつき涙をこぼしていた。


「また、四人揃ったね」


 傭兵騎士団の新人四人が手を取り合う。

 埃と血で薄汚れているが、みな笑顔だ。


「よくやったな。ウィル、リン」


 追いついてきた人々の中からメアウェンがウィルたちのもとへやってきた。


「君たちは、本当に……」


 メアウェンが言葉に詰まる。

 口をぐっと真一文字に結び、溢れ出す何かを必死にこらえている。


「メア!」


 ウィルとリンがメアウェンに抱きつく。


「本当によくやってくれた! 君たちは私の自慢の子供たちだ!」


 涙声のメアウェンと二人の子供たちが固く抱擁を交わす。


「こんなにも立派に成長してくれるとは、私も親冥利に尽きるというものだ」

「へへ」


 照れくさそうな顔をするウィルとリンの顔も涙で濡れている。


「そして、これは傭兵騎士団団長として」


 メアウェンが四人に向かって言う。


「ウィル、リン、セオル、フローラ! 君たちは騎士団の新人団員として、格別の働きをしてくれた! 君たちのおかげで王都は救われた! 団長として、王都の治安を預かる者として君たちに礼を言う。ありがとう! よくやったぞ!」

「はい!」


 四人は姿勢をただし、敬礼をする。

 メアウェンが答礼をし、その後ろで、アルドが、フェイが、ガーが同じく敬礼をした。

 みな、晴れやかな顔をしている。


「うぉおおおおおお! ウィル!!」


 そこに飛び込んできた者がいた。


「やるじゃねえか! 神様ぶっ倒しちまうなんてよお!!」


 ドラヴァルがウィルを抱え上げ、ぐるんぐるん振り回す。

 ウィルはすでに目を回し始めていた。


「ちょっと! ドラヴァルさん! 今いいところだったのよ!!」


 リンがすかさず止めに入る。


「いいじゃねえかよ! こんなにすげえことはねえぜ! ウィル、さすが俺の息子だ!」

「ウィルはメアの息子なの! ねえ! やめなさいよ!」

「まあまあ、リン、いいじゃないか。みんな嬉しいんだ」


 メアウェンがリンを引き止める。


「ドラヴァル殿、貴殿にも改めて礼を。貴殿が我が息子(・・・・)を保護してくれなかったら、ここには辿り着けなかった。感謝する」


 メアウェンがドラヴァルに手を差し出す。


「いいってことよ! 俺の息子(・・・・)がこんなに活躍してくれたんだ。あれくらいなんてこたあねえよ」


 ドラヴァルがメアウェンの手を取る。





 握手する二人の腕がぷるぷると震えている。

 二人の前腕の筋肉は盛り上がり、血管が浮き出していた。


「一度決着をつけなければならないようだな」

「望むところよ」


 周囲がはらはらと見守る中、新たな人物が現れた。


「道をあけてもらえるかな」


 武装した一団を従えた男が歩を進める。

 王都の民は物々しさに恐れをなして、人混みが二手に分かれた。

 現れた道を悠々と歩いてきたのは、ヴェトス兵を引き連れたヴェトス国国王アウグスだった。


「ウィル君。君たちの戦いを見ていた。素晴らしい戦いだった。よくやってくれた」

「アウグス……陛下。ありがとうございます」


 差し出された手を握り返し、ウィルはおずおずと頭を下げる。


「アウグス、というと――」


 メアウェンの目がすっと細くなる。

 六年前王都で起こったテロ事件の首謀者、捕まっていない最後の男の名だ。

 行動の気配を見せたメアウェンの前にドラヴァルが立ちふさがる。

 二人を横目に、アウグスは大きな瓦礫の上に登った。

 後ろの方にも聞こえるよう、大きめの声で群衆に語りかける。


「さて、王都の諸君に伝えなければならないことがある。諸君らも知るように街は破壊され、我が軍の兵士(・・・・・・)が王国の国王を討ち取った。聖騎士団は壊滅し、他方我がヴェトス軍は少数ながら健在だ」


 アウグスは言葉を切り、群衆を見渡す。不安そうな多くの目がアウグスを見ていた。


「ここに私は、ヴェトス軍による王都アウレクスの制圧が完了したことを宣言する。君たちは負けたのだ」


 群衆にどよめきが走る。


「何を言うか! 我々は貴君らに負けたわけでは――」


 アウグスに掴みかかろうとしたメアウェンをドラヴァルが押し留める。


「でも、俺、確かにヴェトス軍としてここに来たから」

「状況的にはそうなってしまうのかも」


 ウィルの言葉をセオルが受け継いだ。


「制圧したからには、王都アウレクスは我々が統治しなければならない。エンリック王国は我らが首都ロマを制圧後、放置してくれたようだが? 我らヴェトスはそのようなことはしない」


 アウグスは左手をあげ、皆に見せるように街を示す。


「見よ! このように街は崩壊し、機能を停止している。制圧した以上、ここの再建は我らヴェトス国の責任となるが、すべてを立て直してやれるほどの国力は我が国にはない。我が国に従ってはもらうが、併合はしない。そして、ここに暮らす諸君らが難民と化し、我が国に押し寄せることも我々は望まない。諸君らは自らの足で再び立ち上がらなければならない」


 周囲二キロメートルにわたって、瓦礫しかない街を自分たちの手で再建するのだ。

 わかっていたことだが、王都の民はその困難さを改めて認識した。


「俺たちだけでこの瓦礫を……」

「自分たちの街だけど――」

「私たちにはもう王様もいないのよ。そんなことできるの?」


 口々に不安を吐露する民たちをなだめるように、アウグスは両手を上げる。


「援助はしよう。だが、街の再建は諸君らが主体となってやってもらう。とはいえ、集団を動かすには導く者がいる。この国には新たな王が必要だ」


 言葉を切ったアウグスは、視線を群衆からウィルに移す。


「ウィル、君が王になれ」

「え!?」


 突然に指名されたウィルは驚きのあまり目を見開く。


「君はスペドラ族族長家の血を引き、前国王ガリエヌスの子息だ。ヴェトス国として占領地の統治を任せるのに不足はない」

「え、いや、でも」

「さらに、君は当地の公爵家、果ては王家の血まで引いているそうじゃないか。新たな王にふさわしいと思うが?」


 確かにウィルの血統は高貴なものだ。だがそれだけで、まだ年少の自分が王になどなっていいのだろうか。

 王になるといっても何をしていいかもわからない。そんな者が人の上に立って、皆を導けるのだろうか。


「俺は……そんな、王になれるような者じゃ……何をやっていいかもわからないし、人間でもないし、みんながついてきてくれるとは――」

「そうか、なら自分の目で確かめるといい」


 アウグスは再び群衆に語りかける。


「諸君! この地の新たな王に、私はこのウィルを推挙したい。諸君らはどうか! 彼を王として戴き、街を蘇らせることができるか!」


 アウグスの問いかけに、群衆が再びどよめく。

 みな口々に意見を交わし、この先のことを決めかねている。


「俺は賛成だ!」


 一人の男が声を上げる。

 あのエードだ。


「ウィルは俺たちを救ってくれた! ウィルが王になるなら俺はウィルについていく!」

「俺も賛成だ」


 また一人の男が声を上げた。

 口ひげを生やし、衛士隊の鎧を身にまとっている。


「彼のことは少し知っているんだ。みんな、大丈夫だ。彼はいいやつだよ」


 一人、また一人と賛成の声が上がっていく。


「ウィル、俺からも頼む! 王になってくれ」

「私も賛成よ! 彼は英雄だもの!」


 人々の声を聞きながら、アウグスはウィルに語りかける。


「どうだ。みな、君についていくと言っている。君はどうする?」

「そんな……でも、王って何をしたらいいかも知らないし……」

「ウィル、やってみたらどうだ」


 そう言ったのはメアウェンだ。


「導く者がいれば、みなそれを目指してついていける。何をすればいいかは、知恵を出し合えばいい。君が言ったんだぞ。力を束ねれば神をも超えられると」

「う……言ったけどさ」

「政の経験がある者もたくさんいる。知恵は知っている者に出してもらえばいいさ」


 メアウェンが後ろを振り向く。

 全身ピンクの男がウィルに手を振っていた。


「我々もウィルを支えよう。みなでこの街を再建するんだ」


 ウィルは眉根を寄せ、考え込む。


「やってみましょうよ。きっとなんとかなるわよ。今までもそうだったじゃない」


 リンがウィルの手をとる。


「王妃も決まっていることだしな」


 アルドがちゃちゃを入れた。


「ちょっ……アルドさん!」


 頬を赤く染めるリンを見てウィルは微笑んだ。


「わかったよ。何ができるかわからないけど、みんなのために、王様をやってみる」


 アウグスが満足気にうなずき、ウィルを自らが立つ瓦礫の上に引き上げる。


「さあ」


 背中を叩かれ、ウィルは群衆に語りかける。


「俺……まだ何もできないし、歳も若いけど、みんなのために精一杯働きます。だから、俺についてきてほしい。俺もみんなを助けるから、みんなも俺を助けてほしい。みんなで力を合わせて、この国を再建しよう。よろしくお願いします!」


 ウィルが深々と頭を下げる。


「ウィル君。国王として君はなんと名乗るかね?」

「名前……」


 アウグスに問われ、ウィルは少し考え込む。


「俺は……メアに育てられて、この街に生きてきたウィル・ハースウィンだけど……産んでくれた父親、母親、それに父さんのタレン、みんなのおかげでここにいる。だから、名乗るなら――俺はウィル・スペドラ・ハースウィン、かな」

「諸君、君たちが証人だ! 戦勝国の国王として、新たなエンリック王国国王、ウィル・スペドラ・ハースウィンの即位を承認する!」


 アウグスが高らかに宣言する。


「ウィル王万歳!」

「新たな王に幸あれ!」


 人々が祝福の声をあげる。

 その声はいつまでも尽きることはなかった。


 エンリック王国の第二王朝であるハースウィン朝は、このようにして始まった。

 みなと力を合わせ、王都を再建し、人々の幸せのために尽力したウィル王の名は、後の世に偉大なる王、再建王として語り継がれていく。



    ◇



 男が走っている。

 すでに午後八時を回り、あたりは暗くなっていた。

 駐車場から病院の入口まで五十メートル。その僅かな距離ももどかしい。

 ITエンジニアである男は、どうしても片付けなければならない仕事のため、家を出ていた。

 陣痛が始まった妻を置いて仕事に向かうのは相当に抵抗があったが、まだしばらく掛かるから今のうちに片付けてきちゃって、という、妻の勧めに甘えてしまったのだ。

 こんなときになんで来たのだ、と同僚と上司に罵られながらも、仕事を片付け、事務所を出ようとしたときに受けた電話が、そろそろ生まれる、だった。

 必死に車を走らせ、ここまでたどり着いた。妻と子供のことで頭がいっぱいで、運転中のことは記憶が曖昧だ。ひょっとしたら信号無視くらいはしてしまったかもしれない。

 夜間入口に飛び込み、受付で名前を名乗る。入館証を受け取るとエレベーターへ走った。


「走らないでください!」


 ナースの声が後ろから追いかけてくるが、気にはしていられない。

 産科のある五階のボタンを連打する。

 妻に付き添って何度もこの病院には来ているが、エレベーターのスピードはこんなにも遅かっただろうか。

 階数表示を睨みつけ、早く行け! と心の中で罵る。

 五階にたどり着いたエレベーターの扉が開ききらないうちに、男は飛び出した。

 すぐ左手にナースステーションがある。


「あの! リック・ブラウンです! 妻が!」

「エミリーさんのご家族ですね。奥様はLDR室に入られています。ご主人が来られたら通すように言われていますのでご案内しますね」

「LDR室、どこですか!」


 ナースがにっこりと微笑む。


「焦らないでください。まずはあそこで手洗いと消毒を。それが終わったらこちらを身に着けてください」


 マスクとガウンを手渡された。

 急いで手洗い所に向かい、念入りに手を洗う。

 消毒薬は十プッシュほどした。

 マスクとガウンを身につけると、ナースの先導に従い廊下を進む。


「こちらですよ。さあ」


 ナースがLDR室の扉を開けたと同時に、赤ん坊の泣き声が響き渡った。

 LDRという物々しい名前とは裏腹に、室内は明るく、一見普通の部屋のように見えた。自宅のリビングと似たような内装だ。

 リビングと違うのは真ん中に分娩用のベッドが設えてあること、そのまわりに医療機器がいくつか置かれていることだ。

 妻のエミリーはベッドの上でぐったりと横たわっている。

 リックはエミリーに駆け寄り、彼女の手を握る。


「ごめん、遅くなった」

「ふふ……本当。もう、生まれちゃったんだから」


 弱々しく微笑むエミリーの頬を撫でる。


「よくがんばったね」


 こくりと頷くエミリー。その胸の上に生まれたばかりの赤ん坊が置かれた。


「さあ、抱いてあげて」


 ふくよかな体の助産師がエミリーに微笑んで言う。

 赤ん坊はけたたましく声を上げ泣いている。元気いっぱいのようだ。


「ほら、見て。これが遅刻してきたあなたのパパよ」

「まだ目は見えてないんじゃないかな」

「でも、声はきっと聞こえてるわ。ほら、あなたも」


 妻に促され、赤ん坊に顔を近づける。

 まだ、赤ん坊は濡れており、血や羊水がついたままだ。お腹の真ん中からはへその緒もつながっている。


「やあ。僕はリック。君のパパだよ。元気に生まれてきてくれて嬉しいよ。僕は君と君のママを絶対に大事にする。これからどうぞよろしく、アレックス」

これにて、境界のウィルは完結となります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

感想、面白かったところ、ぜひ教えてください。

☆☆☆☆☆評価や、ブックマークもよろしくお願いいたします!


それでは、また次回作でお会いしましょう!


Xやってます。

@fumikiao


境界のウィル 設定資料集( https://ncode.syosetu.com/n9053lq/ )にウィルたちのその後の動向を掲載しています。短いテキストではありますが、ご興味のある方はご覧ください。

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